帰路
王都へと戻る朝。
わたしと殿下が二人で同じ馬車に乗るとして、当初よりもう一台馬車が増えている。
「フォール嬢はこちらの馬車を御使い下さい」
「ありがとうございます」
子爵家の馬車を失っているラステルさんのため、新たに用意された。
お礼を言うラステルさんはこちらに控えめな視線を送り、遠慮がちに呟く。
「でも、道中ずっと一人は少し寂しいかもしれませんね……」
シオン殿下へのお礼の言葉より「寂しい」といった彼女の発言に、ついわたしは目を見張る。
しかしこれまで離宮への滞在許可以外、要求を一切してこなかった彼女が、初めて心の内を吐露した瞬間だった。
ラステルさんは馬車で王都に向かう際に、盗賊に襲われて従者と共に逃げて来た経緯がある。
やはりまだ馬車に乗る際の身傷が癒えていなくても無理はない。
辛い目に合ってずっと不安だったのかもしれないと、彼女の心情を気に掛けずにはいられなかった。
「なら、ラステルさんとはわたしが一緒に……」
最後まで言い切る前に、殿下に手首を掴まれて遮られる。
「リディアは僕と同乗するように」
「でも、短時間なら……」
「必要ない」
わたし達のやり取りを目の当たりにしたラステルさんは、慌てて頭を垂れる。
「無礼な発言をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。シオン殿下、馬車を用意して下さり感謝致します。リディア様、お気遣いありがとうございます」
顔を上げたラステルさんは気落ちした様子は微塵も見せずに、用意された馬車の方へと向かった。
全く気にならないと言えば嘘になるけれど、殿下が決めたことなのだから、これ以上自分の意見を主張するのは憚られる。
わたし達が馬車に乗り込み、暫くすると出発した。
馬車の律動に揺られ、無意識にうつらうつらしている私を、隣に座る殿下が覗き込む。
「眠い?」
「少々寝不足なもので……」
「寝不足?昨日も就寝時間は同じだったはずだけど、寝付けなかった?」
むしろ寝台には隣に殿下がいるから、寝付けなかったんですよ! と言いたいところだけど、意識してると思われると恥ずかしいので、内緒にしている。
「では、肩を貸してあげよう」
「……」
眠気のせいか判断能力の低下したわたしは、大人しく殿下の肩を借りることにした。
なるほど、意外に悪くない……むしろ心地良いと言える程。
枕こと殿下の肩の使い心地が良く、馬車の律動も相まって暫くするとわたしは眠りの中へと誘われていった。
こうしてわたし達は休暇を終え、トゥールーズ領を後にした。




