お茶会
殿下が執務に向かわれて、別行動となった。部屋で暫くのんびりしていたけれど、折角だから離宮を散策してみることにした。
侍女を連れて庭園を見ながら回廊を歩いていると、目の前からフォール子爵令嬢が歩いてくる。
彼女は共の一人も連れていない。
(家の馬車が襲われたのだから、共がいないのは仕方がないのかもしれないけれど……。ならば王宮から連れて来た使用人を一時的にフォール嬢付きにするとか。そもそも子爵家の方々は無事かしら?)
捜索隊が派遣されていると聞いているので、後は無事を祈るばかり。
「あの」
「はい?」
「一緒に来た従者は連れていないの?」
「家でもあまり共を付ける習慣がないもので……わたくしったら、令嬢らしくないですよね」
つい声を掛けてしまったけれど、可憐な令嬢が、自身を令嬢らしくないと卑下するような言葉を呟くとは思わなかった。
外見や立ち振る舞いは、どこからどう見ても守ってあげたくなるような深窓の令嬢である。
特に張り合うつもりはないけどフォール嬢とわたし、どちらが令嬢らしくないかの勝負をしたら、負ける気はしない。
世間ではお淑やかで落ち着いた令嬢と言われるわたしだけど、中身は真逆である。
何せ私の幼少期の特技は木登りであり、その身体能力は今も尚健在。尚且つ裏では口も悪い。
まあ、わたしだって淑女の仮面を被っている訳だし、彼女も謙遜しているだけかもしれないけれど……。
「貴女は十分令嬢らしいと思うけれど。……それはそうと、わたしは丁度お茶にしようと思っていたのだけれど、もしよろしければ一緒にいかが?」
「是非お願いします」
あっさりと快諾してくれたフォール子爵令嬢を連れて、回廊を渡った。
こうしてガラス窓から庭園を眺められる部屋を選んで、二人だけの細やかなお茶会が開かれた。
テーブルの上には紅茶が入ったティーポットに、二人分のカップ。
ベリータルトには、苺やクランベリー、ラズベリーといった果実に美しくパナージュが塗られ、宝石のように輝いている。
先程は自身を令嬢らしくないと卑下していたラステル嬢だけど、洗練されたお茶を飲む所作は何処から見ても非の打ち所がない令嬢といえる。
「貴女には侍女もついていないようだけど、シオン殿下に言って身の回りの世話役を付けて貰いましょうか?」
「ありがとうございます。ですが、わたしの方からお断りさせて頂いたので、ご心配には及びませんわ」
「あら、そうだったの」
世話役がいらないとなると、身の回りの大半を自分自身で行なっているということが伺える。
見た目によらず本人の言う通り逞しい令嬢なのかも?
意外だったのは、同年代の令嬢達と対面していて緊張されることが少なくないわたし──それに対してフォール子爵令嬢は終始落ち着きを見せている。
決して軽んじられている気はしないのに、彼女の堂々たる振る舞いには素直に感服する思いだ。
(別に値踏みしている訳ではないけれど、やはりある程度気にしてしまうわね)
思案しているわたしに、ラステル嬢が声をかける。
「あの、リディア様、殿下とのお時間をお邪魔してしまって申し訳ございません」
「気にしないで、それに今殿下はお仕事をなさっている最中だから」
「そうだったのですね、例えご旅行といえど王族の方は常に責務を抱えておられるのですね。
殿下の遠出の際には、リディア様はよくご同行されているのですか?」
「いいえ、今回が初めてよ」
会話をやり取りしていく中で、わたしはフォール子爵令嬢を「ラステルさん」と呼ぶようになっていた。
「そういえば、この地ではお二人で何をなさるか決めていらっしゃるのですか?」
「特に決まっていないけれど、遠乗りの約束はしているわ」
「遠乗りっ?」
「えぇ」
「リディア様は乗馬をなさるのですか?」
「子供の頃から乗馬は好きよ。王都にいると中々機会に恵まれなくて、久々にはなってしまうけれど」
「王都のご令嬢が乗馬をなさるなんて、驚きましたわ。そう思っているのはわたしだけで、意外と乗馬を嗜むご令嬢は王都でも多いのでしょうか?」
「わたしが特別好きなだけで、他はあまり聞かないわね。それにわたしは動物の中でも馬が好きなのよ」
わたしの言葉に、ラステルさんは朗らかに微笑んだ。
終始和やかなお茶会の中、やはり心の片隅には昨夜の見てしまった光景が燻っていた。
(殿下はラステルさんのお部屋で何をなさっていたのかしら……)
それでも表面には微塵も出さず、平静を装えていたと自負している。
純粋に楽しい時間を共有したい気持ちの中、僅かに何かを探るような感情が入り乱れる。
ラステルさんが殿下の愛人や浮気相手ではなかったとしても、今後彼が別の誰かとそのような関係性にならないとも言えない。そう頭の中で思案すると、即座に新たな考えが過ぎる。
(それなら、殿下が気付かない間に愛人と仲良くなって……愛人もろとも掌の上でころがしてやろうかしら!?)
まさに今の状況でもあるけど、ラステルさんをお茶に誘った時点ではそのような打算はなかった。そもそもまだ浮気が確定した訳ではないし……。
(それとも浮気が確定した時点で、シンプルに殿下を引っ叩くか、張り倒すか……。
黙って泣かされて虐められるわたしではなくてよっ)
様々な考えや選択肢が渦巻かせながら、お茶会の時間が終わりを告げた。




