ウサ
(と、取り敢えず……どうにかしなきゃ!)
このようなウサギの姿で一人、いや一匹……いや一羽、庭園へと置き去りにされるだなんて、どうしろと?
それにしても、ウサギになる呪いを掛けられるなんて、血の繋がった妹に随分と嫌われてしまったものだ。
まず逃げたフェリアを追いかけて探そう。
呪いを掛けた張本人のフェリアなら、この呪いを解く方法を知っているはずだから。
ふざけているだけで、案外近場に隠れているだけかもしれない。
それはそれで悪戯の度が過ぎている気がするが、身の安全には変えられない。
どうかすぐにフェリアが見つかりますように。
そう心で祈っていたら、本当にフェリアを見つけることが出来た。まだ庭園とテラスの境目辺りにいたから。しかしその場にはフェリア一人ではなかった。
もう一人のあれは……。
「シオン様……っ」
「フェリア? リディアはどこかな、一緒じゃなかったの?」
シオン殿下の名を呼び、フェリアが駆け寄る。
光に当たると紫にも見える、美しい黒髪に、紫水晶の双眸。憎らしい程整った美貌の持ち主である、この国の王子であるシオン殿下。私の婚約者で、年齢は同じ十七歳。
そんなシオン殿下を前に、フェリアはわざとらしく、握ったハンカチを目尻に当て始めた。多分泣いているかのように、演出したいのだろう──だが涙は一粒たりとも流れてはいない。
それでも、声を震わせてまぁまぁな迫真の演技を始める。
「実は……先程お姉様が、どうしても王太子妃になりたくないからって、逃亡してしまいました……」
「何……?」
シオン殿下は微かに一言だけ呟いた。眉根が僅かに寄せられたものの、相変わらず何を考えているか、分かりづらい表情。
(フェリアったら、わたしの姿をウサギに変えたくせに。わたしが自分の意思で行方をくらませたことにするつもりね……)
「行き先は分からないのか?」
「はい……」
そして顎に手を当てて、しばらく何かを考えたのち、ぽつりとシオン殿下は呟いた。
「確かにアイツなら言いそうだな」
(何ですってー!!? 真面目な顔して考えて、導き出した一言がこれ!? とんだ婚約者ね!)
憤慨しつつも、わたしの心は不安の影が増していく。
不味い。このままではフェリアの嘘を、シオン殿下がいとも簡単に信じてしまう。
焦燥感に駆られてしまい、脳内でつい暴言を吐き散らしてしまいそう。
「いつも勉強でも社交でも、バレないようにどうやって手を抜いたり、サボるかという事ばかり考えるような奴だからな。リディアは」
「全くです!」
すかさずフェリアは、大きく頷いて同調してみせた。
(フェリア! あんただけには言われたくないわよ!)
バレないようにほんの少しだけ、手を抜く私とは違い、常にサボってばかりの妹には絶対言われたくはない。
「大体清楚で控えめだと、世間はリディアを称しているが、どいつもこいつも見る目がないと、つくづく思うよ。大人しそうなのは見た目だけで、内面をまるで分かっていない」
「シオン様に同意しますわ!わたくし子供の頃から常々、お姉様の前世は猿なのではないかと思っていたのですわっ。木登りとか好きでしたし!」
(何で私の悪口大会に突入してるのよ!?)
今すぐ出て行って抗議してやりたい所だが、生憎今はウサギなので文句の一つも言えない。悔しい……。
気付けばわたしは、ウサギの大きな足を地団駄させながら、草むらの影から二人に恨みの眼差しを向けていた。そんなわたしの気配をに気付いたのか、ふとフェリアがこちらに視線を向け、目が合った。
気付いてくれたと歓喜するやりも、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
次の瞬間──
フェリアは右手に魔力を溜め始め、向けてくる琥珀の瞳は殺気を孕んでいた。
生憎シオン王子は私に背を向けた状態で、わたしのことにもフェリアが魔法を使おうとしている自体にも、気付いていない様子。
ウサギだからか、声を出して助けを呼ぶ事が出来ず、当然詠唱も唱えられないので魔法も使えない。このままでは非常に不味い。
(フェリア!? 本気でヤるつもり!? 脅しである事を祈るけど、今は逃げなきゃ!!)
わたしは見事なウサギダッシュを披露し、全力で逃げ出した。




