脅されました
人間の姿に戻って、シオン殿下のお妃様になりたいか、との質問の直後。つい思考が停止してしまっていたが、促されてわたしは急いで口を開いた。
「え、えと、もちろんですっ」
「……」
平静を装いたかったけれど、焦ってしどろもどろ答えてしまった。殿下以外の前では、決してこんな風にはならないのに。何故か調子が狂ってしまう。
「この部屋を見た後でも、リディアはそう言ってくれるんだね」
「え? えっと、そうですね」
ヤバい。今的確な返答の仕方が、全く分からない。
でも、流石に殿下もウサギの表情なんて、分かり辛いだろう。そう自分へと、言い聞かせるしかなかった。
「そうか。ウサギになったのをいいことに、行方不明のまま姿を消す、なんて考えもしなかったんだね?」
「あり得ないですわっ。第一、国やお父様を始め、全方面に迷惑が掛かってしまいますし……」
「ウサギ生活が快適だと気付き、妃教育や次期王太子妃のしがらみを放棄出来ると、少しも考えなかったと?」
わたしの心拍は跳ね上がった。
「そ、そのような事は決してございません」
(びっくりした!!快適ウサギ生活を経験して、それはほんの少しだけ、頭に過ぎらなかったわけじゃないけど……少しだけよ!)
次の瞬間、殿下の瞳が鋭く光ったかのように見えた。
「少しも思わなかった……?」
(怖っ!? 殿下って、ちょくちょくわたしの頭の中読んでない……?)
真っ直ぐに見つめてくるアメジストの瞳が、わたしの心の内を見透かしている気がしてくる。
「リディアは分かりやすいからな。僕にとっては」
「……」
何その謎のマウント?
確かに分かりやすいのかもしれないけれど、わたしの肖像画に囲まれたこの空間で言われると、妙な怖さがあった。
「分かっていると思うけど、人間の姿に戻ってから逃げるのも駄目だからね。絶対逃げださないと、誓ってくれるなら。そしてこの部屋を見た今も、僕を受け入れてくれるというのなら、元の姿に戻してあげる」
「逃げるだなんて……」
さっきまで心を読まれているかのように、錯覚していたのに、何故逃げるなどと疑ってくるのか。
不思議で仕方がない。
わたしのような産まれてからずっと貴族として生きてきた娘が、いきなり外の世界で生活なんてできる訳がない。そんなの非現実的すぎる。
(はっ!? ……もしかして脅し? 脅しなの!? 何で呪いを掛けた本人じゃない人にわたし、脅されてるの!?)
わたしに呪いを掛けてきたのは妹のフェリアなのに、何故呪いに関して、戻すか戻さないかの主導権を殿下が握ってくるのか。
そして先程の「戻してあげる」という言葉通り、殿下はわたしの呪いを解いて、ウサギから人間の姿へと戻せると確信している?
確かに殿下はわたしやフェリアより、魔法の才能もあり、同時に魔法オタクと称されるまで魔法研究に熱心に没頭している。
「殿下はわたしを人間の姿に……戻せるのですか?」
「出来るよ。魔法は仕組みや術式さえ分かれば、解くことは難しくないよ。それに今回は、術者がフェリアだというのも判明しているし。フェリアが使うにしては強力な魔法だけど、満月を利用したようだね」
わたしは頭を傾けながら呟く。
「満月?」
「満月の夜は、術者の魔力を高めてくれるんだよ。月の魔力を借りながら、ウサギに姿を変える魔法を使ったみたいだ。特に変身魔法は満月と相性がいい」
思い返すと、確かにあの夜は見事な満月の夜だった。
普段サボり癖のあるフェリアなのに、悪巧みのため、熱心に目的の魔法を調べ上げるとは。
明らかに力を注ぐ方向性が間違っている。
未だウサギである、わたしの身体を持ち上げている殿下は、何かを思いついたように口を開いた。
「ああ、もし今後また僕がいない時に、リディアに何かあったら……。僕が側にいられない時は、美しい魔法の鳥籠でも作らせて、閉じ込めておこうかな?」
「え」
何を言ってるのコイツは?と、わたしでは彼の思考は、全く理解が追いつかなかった。
そんな戸惑うわたしに、殿下は口の端を持ち上げ、端正な顔に微笑みを浮かべて見せる。
一見、清廉な笑顔にも見えるが、目が笑っていない。
「こんな僕でもいいって言ったよね?」
(言ってなかったわよ! 後出しズルくない??)