呪われた
夜の帳が降り、闇夜の空には煌々と姿を露わにした、満月の光が辺りを照らしている。
このシルフォード国の王子、シオン・シルフィード殿下の婚約者である私、リディア・アマーリア・フォン・エヴァンスは、お妃教育のためにこの王宮へと訪れていた。
お妃教育の授業を終え、つい先程までは次に王宮で開催される、夜会用のドレスの打ち合わせをしていたばかりだ。
随分遅い時間となってしまっていた。王宮に遊びに来ていた妹も、新調する私のドレスについて助言をくれたりして、この時間まで私に付き合ってくれていた。
そんな妹、フェリアが「夜の薔薇園を見たい」というので、待たせてしまったお詫びも兼ねて、一緒に庭園へと足を運ぶことにした。
満月に照らされた夜の薔薇園にて、妹のフェリアが私と相対するように向き合う。
空色の髪に琥珀の瞳の、妖精のように可憐な容姿。普段の明るい時間帯では、陽の光の元にいると、姉の私の目から見ても輝いて見える。
そして現在、満月を背景にして佇むフェリアを前にして、どこか神秘的な印象を受けてしまった。
フェリアは、ぼんやりと眺めやる私に向かって、宣言するように語る。
「さようならお姉様、貴女のことが大嫌いでした。先に産まれたというだけで、私を差し置いてお姉様が、シオン様の婚約者に選ばれるだなんて。そんなの不公平だと思いますよね?」
そのような心内を疑問系で問われた所でわたしにどう答えろと? わたしは未だ、状況が把握できないでいた。
フェリアからの恨みのような言葉を聞かされながら、わたしの体が眩い光に包まれている事態に気付く。
(しまった、フェリアに何かの魔法をかけられているの!? まさか呪いとか……?)
ようやく、嫌な予感に苛まれた時には既に遅かった。
実の妹から、怪しげな魔法をかけられるなどとは思ってもおらず、完全に油断していた。
(シオン殿下……)
フェリアの口から出たシオン殿下の名。
わたしだって、なりたくて婚約者に選ばれた訳でも、好きで王太子妃になる訳でもない。
ましてや、シオン殿下に好かれているなど、微塵も思ってなどいない。
「いくら嫌いでも、流石に姉を殺すのは躊躇してしまう心優しいわたしだから……」
(ぬかすな!!)
と、言ってやりたい所だったが、何故か声が出ない。
そんなわたしにフェリアは嬉々として発する。
「お姉様を兎にしておいてあげたわっ」
(うさーーーー!?)
道理で地面との距離が近くて、フェリアが巨大に見えると思ったら、私ウサギにされてるの!?
何だか見下されているような気がしていたけれど、物理的にも見下ろされていただなんて!
きっと今の私は、ショックを受けた顔をしているのだろう。表情が分かりづらい、ウサギなりのショック顔を晒して。
「ではご機嫌ようお姉様。せいぜい野良猫や犬に捕まって食べられないように、図太く生き抜いて下さいね」
言いながらドレスの裾を摘むと、フェリアは小走りで走り去っていってしまった。わたしを一人庭園に残して。
(あわわわわ……どうしよう……)
わたしはワナワナとモフモフの手を見つめ、茫然自失となりながら震えていた。
どうやら本当にウサギになってしまっているらしい。
このようなウサギの姿で庭園に置き去りにされるだなんて。