C1P5『熱く美しき遭遇』
生存者センサー。コウタが何故か使える生存者の感知を、仮に今そう名付ける事にした。
そもそも、コウタには『感知』などという能力があるのかどうか。否、一概にそうとは言えない。コウタが授かった個彩名は『強指』であり、指に集中するあらゆる力を増大させて物を弾く事ができる能力だ。
だとすると、考えられる可能性は二つだ。
一つは、『能力の活用』。つまり糸音の『爪』と同じ原理で、元の個彩を利用して別の使い方をするというもの。『爪』は『窮鼠噛猫』の派生形で、痛みを犠牲に進化していく攻撃方法だが、『強指』の派生形とすると……恐らくは能力が宿る指を使うと予想できる。仮にKEYが『神力』という都合の良いパワーを『個彩』として与えているとする。その場合、糸音は『爪』として掌に、コウタにおいては『神力』が指に集まるとセンサーとして使える――と考えてもおかしくはない。
二つ目は大雑把だが『能力を使わない方法』。……正直これは可能性が低いと自負している。何故なら、そんな方法すら存在する根拠が無いからだ。
兎に角、コウタは何かしらの方法で『感知』ができると踏む事にしよう。
これからも彼とは連絡できるようにしておいた。コウタの『感知』は明らかに役に立つからだ。糸音が持つ――新たな目的の為に。
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その日は淡々と時間が過ぎて、いつの間にか終わる。糸音は思ったよりも体に疲れを溜めていた。夜は、いつも通りベッドで寝る事にした。
確かに、第一夜に当たる晩には物置で過ごした事もあったが、他者にも警戒心がある事を考えると不法侵入してまで襲ってくる可能性は低い。
何より、展開が進む速度が、早い。十分な休息を取っておかねばならない。夜中にまで未来予想をした所で意味が無い。こちらから動くのは愚策、動きがあるのを待つしかないのだ。
そして、ゆっくりと視界は暗くなる。糸音は眠りに落ちていった。
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鞄を持ち、靴を履き、扉を開いて歩き出す。コンビニに入ってグミを買う。そして大学に登校できたら自席に居座ってグミを嗜む――この習慣も最早パターン化したものである。
だが、今日は問題点が二つも生まれてしまう。
一つは、幽哉の所為で習慣を続ける日々が途切れてしまった事。そしてもう一つは、周りの学生がやけに早く登校してきている上に、騒がしい事だ。
百聞しても大した問題には感じないかもしれないが、糸音にとっては痛恨物だった。糸音の習慣が成立する条件には、一番乗りで大学に来る者の特権として得られる静寂も入っているからだ。だが今日に至ってはその静寂も長くは続かなかったし、この様に習慣を害されると気分が良くない。
「……。仕方ない、騒動の原因でも探ってみるか」
ここは切り替えが先決。糸音はそう決意して聞き耳を立てる。直接話を聞く事のできない者こそができる横着――盗み聞きである。
『――澄んで――』
『板、が、き』
『ス獄川――』
騒音を出鱈目に聞いた所で、騒音に変わりない。しかし、最初は異国語に聞こえる程の言葉も組み合わせれば単語になる。
「…………『休んでいた』、『凄く可愛い女子』」
なんだよ、と糸音は落胆する。有益な情報かと思えば的外れ。学年が開始してから休んでいる学生なんて中学校の頃から普通に存在する。普段見ない学生が来たところで、糸音には関係ない。そう思って、糸音は情報の掘り下げをやめてしまった。……まさかの事は起きないと断定して。
「と言う訳で、既に皆さんには知れ渡っていた様ですが、本日から――さんが参加されます」
大学教員の一人が、その隣に女子学生を連れて言うが……例に漏れず名前の部分を聞き忘れた。
「――です。お願いします」
簡単に自己紹介を終える女子学生。その服装は、黒を基調としていて、ワインレッドとのグラデーションがされているガーリーな洋服だ。
そんな異質な服装の女子学生が登場し、周りの学生もその雰囲気に当てられていた。しかし、糸音はその雰囲気にデジャビュを感じていた。
「小学生のような容姿……まさか、あの時の?」
コウタと一緒に街を散策していた時に見つけた、変わった服装の少女。その特徴はたった今自己紹介を終えたこの少女と一致していた。
「じゃあ、有村の隣の席が空いてるから、そこに座って」
「……はい」
考察を続けているうちに、少女が糸音の隣の席に座った。
「……よろしくね、有村、君?」
「ああ、宜しく」
こうして、『隣の席』という最も近くて危険なポジションを取られた状態で、新たな日常が始まった。
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謎の美少女が転校して来てから三日。糸音は身に迫る危険を予知していた。と言うのも、コウタが生存者の『感知』らしき事ができている反応をした時に、その対象になったのがこの転校生だからだ。まだ確率としては低いが、この転校生は生存者かその関係者である可能性がある。そして、もしも生存者だった場合、糸音はいつ襲撃されるか分からない状況だ。
「……ね、有村君。この大学って、良い所?」
突然に、転校生はそう質問してくる。不意にコミュニケーションを取ってくる人間は幽哉以来のものだが。
「正直、分からないな。僕もこの大学の全てを知っている訳じゃないし、雰囲気云々の話にしても、周囲の人間関係に溶け込める質じゃないんだ」
「……そうなんだ。でもそれなら、私と同じだね」
「何で同じだと思うんだ?」
「私も……友達はいないし。皆、この服装も変だって言う。もちろん、幼く見える事も」
「……。」
いくら危険人物でも、自身のコンプレックスを積極的に公開してくるのはコミュニケーションにおいて巧い技だ。自身の弱みを見せる事でオープンな雰囲気を作り、相手の弱みも自然に聞ける状態にするというものだ。
「でも、僕はコンプレックスが弱みにしかならないとは思わないな」
「え……?」
「個人差という厄介なステータスは、いつどのような状況で、どんな種類においても生じるものだろ。僕は少なくとも自分からコミュニケーションを取るという行為をしようとは思わないし、そもそもできない。そのせいで自分自身が暗い性格に感じたり、変わらない状況にうんざりして嫌な気分にもなる。ただ、正直コミュニケーションなんて、最初に話題を振れる人がいれば成立するものってだけだから、僕はこの性格も問題ないように思える」
「そっか……そうだよね。私が好きなものも嫌いなものも、個人差だもんね。それで悩む必要なんて、本当はないんだよね」
「というか、僕は君がコミュニケーションができないなんて嘘だと思うけど」
「何で……?」
「まあ、こうやって話ができるのも君が話し掛けてきたからだし。信用できるか分からない相手に、自分自身のコンプレックスを打ち明けられるのは、勇気があるんじゃないのか」
「……。」
糸音はあくまで、いつも思った事を口に出している。これも、話題の中で必要だと思う項目を抜粋しながら。
「……ありがとう。少しだけ、気が楽になった。話し掛けるまで不安だったけど、有村君が良い人で良かった」
「そんな事、初めて言われたな」
「嘘じゃないよ。でも……私、個人差ってだけじゃ、納得できない所があるの」
「まあ、全てにおいて通じる話じゃないからな。例えばどんな事なんだ?」
「そうね……例えば」
この時、またも運命が変わった。必要の無い争いが成立し、煙が立たずに、炎が巻き起ころうとしていた。
「私の、『名前』、とかかな」
一年以上、空いてしまいました。
もしも待っていただいていた方がいらっしゃれば、申し訳ございません。
モチベーションは全く無く、忙しい日々が続いていたからこその一年間でしたが、
こうしてまた続きを書けて、嬉しい限りです。
どうかこれからも、『虚無戦』をよろしくお願いいたします。