C1P4『名殺し』
有村糸音の初陣――幽哉との戦闘から一夜明け、糸音は心機一転するべくグミを買いに行っている途中だった。
「……それにしても、人騒がせな奴だったな。友人を装って襲ってくるとは」
幽哉を撃退した後も疑問点は増えていくばかりだった。まず、幽哉の人間性についてだ。演技とはいえ、とても人当たりの良いコミュニケーションを取れる彼が、『友人と居る所を見た事が無い』。と言っても、そんな点を気にしても仕方ないので次に移るが――。
「やはり一番気になるのは、明らかにおかしい『身体能力』だ」
幽哉との戦闘中に初めて気付いたが、『個彩』以外にも身体に変化が生じている。
それは、『身体能力の急上昇』。つまり、腕力や脚力――全身の動作に影響する『膂力』が改造されている様なのだ。
勿論、自分の身体なので違和感を感じていたのもあるが、明らかな自覚をしたのは幽哉との戦闘時だ。幽哉の個彩――『傀儡』は恐らく、あらゆる物体を操作する能力。幽哉はその能力を利用して、その場にあった鉄パイプ等の工具を飛ばしてきた。一般的な人間の身体能力では、全て躱しきる事は困難な筈。なのにどうして糸音は無傷でいられたのか。――考えられる答えは一つ、『KEY』の仕業である。
『その通り!』
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。その声は、一昨日の晩に『天啓』の主として現れた……
「……KEY」
『覚えていてくれたんだね、嬉しいな』
「不快になる。冗談は止せ」
「冗談じゃないってー」
今回も声の主――KEYの姿は見えない。一方的で、絶対的で、見下ろされる感覚。糸音にとっては珍しく不快に思った。
「要件は簡潔に頼むぞ」
「まあまあ、そう邪険にしないでよ。僕はただ君の問いに答えようとしているだけなんだからさ」
「……まるで『そっちの考えは全てお見通し』とでも言っているみたいだな」
「だってその通りなんだもの」
姿の見えない『KEY』と名乗る人物は、『天啓』を与えた人物の思考を読む事ができる? まあ『個彩』とか言う出鱈目なものを簡単にばら蒔く事ができるのだ……本人が魔法を使えたって別に不思議ではない。
「そう、不思議じゃないね。良い解釈の仕方をしてくれて助かるね――君は」
「『君は』? 他の生存者とも接触しているのか」
「……鋭過ぎると怖いね、まあその話は後回しだ。先ずは君の質問に答えようか、何だっけ? 『身体能力が急上昇した原因』? それで君の予想は、僕のせい、と……正解!」
「お前のそのテンションの差は何とかならないのか」
「あはは……それで正解したご褒美に教えてあげるけど、僕が君達『生存者』に与えたのは二つ――『個彩』と『驚異的な身体能力』だ。君の予想は完全に当たっているよ」
糸音からすれば、自覚した時点で疑問の先に行き着くのが『KEY』という人物なのだ。非現実的な事が起きる度に、原因はKEYだと割り切れる位だ。ただ問題はその目的なのだが。
「僕の目的ー? そんな事どうだってよくないー? ……ただ面白いだけなんだよ。個彩と驚異的な身体能力があれば、君達の殺し合いは激化し――より高度に『演出』される。それって、面白くない?」
糸音は考える。今聞いた声の内容を、どう解釈すべきかを。
確かに、突拍子もない話には大抵裏があるし、現実において非現実的な事はそうそう起こらない。……でなければ、有村糸音が自分の人生に退屈するはずがないのだから。
だが、今の話についてはどうだろう。突拍子がない話ではある。あるがそれを話す人物が根拠を持ってしまっている。――『個彩』という出鱈目を実現させ、現実を捻じ曲げる力を持つ人物が、また次の非現実を叶えてしまったのではないか、と。そして実際に変化は起きていた。
結論的には、考えても答えは出なかった。何故なら、KEYという人物が宣言する事こそ――現実と虚構の境を破壊し、文字通り『有無を言わさぬ』絶対的な脅迫に他ならないのだから。
「……成程、一先ずはその情報を得られただけ良い。この後僕は大学に行き、講義を受けつつ殺し合いに備えなければならないから邪魔はしないで欲しい」
「そこまでやんわりと断られては仕方ないね。良いさ、君はこのゲームを勝ち抜いてくれそうだし期待しているよ」
「『ゲーム』とは、よく言うものだな。じゃ、補足があればまた来てくれ」
「はいはーい、……あ、そうだ。一つ君に情報提供をしよう」
「情報提供? 別れ際に何を言い残すんだ」
最後に『爆弾』を置いて行く様な、途轍もなく悪い予感がした。
「新たな個彩の持ち主の話だ。さっき話した通り、この戦いに対して真剣な人もいれば……否定的で参加してくれない人もいる訳。それで君に反して参加を拒否し続けている子の話なんだけど」
「……まさか、敵に等しいのを呑込んで会えと言う訳じゃないよな?」
「流石にそれは君に対して平等じゃない。続きを話すとね、実は昨日……君と幽哉との戦いをその子と観戦させてもらったんだよ」
「壁に囲まれた倉庫だったのに、どうやって観戦するんだよ……」
「まあまあ。その戦いを観た『彼女』は、とても君にご執心でね。これから君と会えばきっと良い関係になれると思うんだよ」
「………………。」
『執心』『関係』と言われれば大抵は都合の良い幸運が回ってきたと勘違いする人間は多いが、糸音はKEYがそんな話を持ってくる時点で疑ってしかいなかった。
「――バレてるっぽいね。まあいいや、君が疑う通りの『情報提供』。君に激しくご執心の『彼女』、結構強い個彩を持ってるよ。その名も――『名殺し』」
「『名殺し』、か」
「そう。くれぐれも気を付けて、『名殺し』の彼女を覚えておいて欲しいね」
そう言い残し、KEYはやっと姿――声を消したのだった。
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『窮鼠噛猫』――有村糸音が持っている正真正銘の異能力であり個彩。
その本質は、自分の精神的内面に蓄積された苦痛感を全て転換し、何かしらの神業を起こす、というものだ。
前回の発動では、幽哉と対峙したあの場所が埃っぽかったので、『それを綺麗に吹き飛ばしたい』という糸音の無意識的な欲から、嵐が生まれた。
KEYから直接その解説を受けた時はまるで意味が分からなかったが、一昨日の晩に試した『爪』や昨晩の戦いで感覚を掴んだ。
問題は二つ。『なぜそんな都合良く強い能力なのか』、そして『なぜ個彩が二つあるのか』だ。
まず『窮鼠噛猫』は確かに強い能力だが、その分代償が大きい。理由は『発動に必要な苦痛感を溜めなければならない』からだ。糸音の場合は感情的になり辛い一面があるので難しいが、基本的には日常生活で微量、後は『戦闘中に受けた負傷量』が大きく影響する。つまり、糸音の能力は『単なる攻撃』ではなく、『逆転の一撃』として本領発揮するのだ。
次に『爪』は、そもそも別々の個彩ではない。正しくは『窮鼠噛猫』の一部なのだ。『爪』の役目は本来、苦痛感を一時的に蓄える『アンテナ』の様なものだが、何故か糸音はそれを『爪』として使う事ができた。
しかも、欠損する……もしくは折れる度に、折れる前より硬度が上がった状態で蘇る。だから糸音はこれを仮の個彩として『爪』を近接戦闘に利用する事を思い付いたのだ。
――現在の『爪』の硬度は、『錆びている鉄を切り裂く』程度だ。
「自分の個彩を解析はできたが、やはり気になるな……『名殺し』」
KEYが最後に置いて行った爆弾――の代わりの生存者情報。何でも脅威となる強い個彩の持ち主らしいが、『彼女』と言っていたので恐らく女性なのだろう。
個彩の危険性については詳細不明なので置いておくとして、問題はなぜ有村糸音に『ご執心』と、わざとらしい表現をしたのか。ただの悪戯か……それとも。
「……最初から無駄な期待をする程の希望は無きに等しいが、それでも何かしら執着されているとしたら、何が影響したのかが全く分からない」
KEYの話によると糸音と幽哉の戦いを観戦していたらしいが、それがきっかけでどう影響を及ぼすのか。考えられるとしたら『強者への憧れ』とか、定番なものなのだが。
「僕ら生存者は、『最初から』この戦いを知っていたはずはない。とすると、そんな軽い理由で執着などする余裕もないはずだ……どの道、今考えていても仕方ない。余裕が無いのは僕にも言える事だ」
一先ずその日は思考は後回しにし、糸音は講義を終わらせていった。
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――本日の全講義、終了。
「さて――放課後だが、どう過ごすかだな」
時間帯は無論、夕方。この時間に外で敵を探す生存者は居ないと考えたいが、確証は無い。
「昨日は生憎幽哉と探索を終わらせている。適当に散歩してから帰ろう」
そうして、夕日が煌めく道を歩いていった。
『……おっ?』
素っ頓狂な声が背後から聞こえたのは、その十分後の事。
「……。何か用か?」
「いーや、用は無いんだよ。ただそのファッションが凄い気に入ってさ」
「ファッション?」
糸音のファッションセンスは決して高い方ではないが、唯一目立つとすれば上着。黒軸に、蛍光色の黄緑ラインが何本も入っている様なデザイン。表面が黒めなカラーリングの代わりに、隠れてあまり見えない内側は蛍光の黄緑一色。次第に糸音のイメージカラーもそうなりそうな勢いだ。……イメージを持つ人間も少ないとは思うが。
「こんな奇抜な服のどこが良いんだか、僕自身もさっぱりだ」
「ええ! いいじゃんそれ格好良いじゃん! 真似したいわー」
「……なあ、僕は気にしないから良いが、街中ですれ違う初対面の人間に――そう軽く話し掛けるのはどうなんだ?」
「ギクッ」
『ギクッ』を口から言う人は、中々見た事が無い。そしてその効果音? は大抵思惑が相手に透かされた時に使うものだ。従って……
「……一回勝つと存在感が変わるのか? それともこの服のせいか? どの道面倒だが……なあ、他に用がないなら」
「いや!! 用ならあるぞ! ……少し相談に乗って欲しくてな。少し困った条件で人探しをしているんだ」
「……回りくどいので当てるけど、それ、『僕も該当者』だと思うぞ」
「はっ! え!? バレてる!?」
結構、騒がしい奴だ。暴走状態の幽哉と比べたらまだマシだと思うが。
「そんなに『相手』が欲しいなら、なってやる」
「お、おう!! 俺の名前はコウタ! 宜しく」
××個彩戦×× 糸音『窮鼠噛猫』VSコウタ『強指』
「俺の個彩は……これだっ!!」
コウタは道端に落ちていた小石を拾い上げる。糸音はもう溜息を吐いていた。……恐らくこの少年は『被り』ではないかと。
「いけーっ!! 『強指』!!!」
左手の平に石を乗せ、右の人差し指を曲げて石より手前側に構える。そして人差し指を一気に伸ばすと――
掌から、高速で小石が射出された。
「……ほらな」
糸音は余裕の表情でそれを避けて見せる。コウタは「くーっ」と悔しそうな顔。次は鉄製のゴミ箱の後ろに回ろうとしていたので、糸音は『爪』を発動し一気に接近した。
「うわーーーっ!!」
「……大きい声を出すな。不審者だと思われるだろう」
「へ? ころ、さないのか?」
「……ああ。お前みたいな可哀想な『被り役』は他で活躍してくれ」
「…………何か、俺の出番、雑!!!!」
コウタの首元に『爪』を当て、軽く脅迫した所で早くも戦闘は終了した。
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今日の放課後はコウタと帰る。ちょうどショッピングモールを境に分かれる形なのでそこまで。
糸音は段々、自分のスタンスが見えてきていた。前の幽哉戦もそうだし、コウタともそうだ。
「……糸音、ありがとう」
「気にするな。『あいつ』の思惑に乗せられたくないだけだ」
コウタが――生存者が今隣に居る理由、それこそが糸音の戦い方だ。
糸音は正直、人を殺したくなんてない。弱い平和主義の持ち主。だからこそ、例えこの殺し合いに急かされて戦いを挑んでくる人間が居ても殺さない。幽哉も、コウタもきっと――糸音と同じ境遇なのだから。
それから理由はもう一つ、KEYの思惑から外れる事だ。
「さあ、約束通り吐いてもらおうか」
「……糸音は刑事か何かなのかよ」
「『殺さない代わりに情報提供』、この条件でお前も呑んだだろう。別に何も知らないなら今日は解散だ」
「あーもう、分かったよ! ……って言ってもな、俺はまさか糸音みたいな大学生が参加してるなんて思ってなかったし」
まず、気になるのはそこだ。『生存者の年齢』。糸音は参加している人間全員が同い年――もしくは同学年だと思い込んでいたが、その予想は今外れた。KEYが集めた生存者には、『少年少女』ではあるものの年齢の違う――コウタの様に中学生だって混ざっているのだ。
「そうだな、コウタ自身が良い手掛かりになった」
「何だそれ? ……まあいいや。でも俺の方でも個彩の持ち主は一人しか会っていないよ」
「……その口調から察すると、殺せてはいないんだな。どんな能力だった?」
「何かねー綺麗な姉ちゃんだったよ。……高校生くらい? 背は高めで、白と水色のセーラー服だった。んで、能力は……飛んでた」
「飛んでた……??」
何だそのありきたりな能力は、と思ったが今は黙っておこう。
「ありきたりな能力だな」
「それ言っちゃう!? っつーかそれ言ったら俺の『強指』だって地味じゃん。何だよ、指を強くするって! そのまんまじゃん!!」
「……やっぱりお前は被」
「あーもー! それだけは言うなって!! それよりその姉ちゃんの話しようぜ」
「……誤解を生みそうな言い方だな」
制服を着ている女子高校生。能力は『空中浮遊』と考えて良いのだろうか。
「コウタもちゃんと逃がしたのか。偉いな」
「子ども扱いするな! っつーか逃げられたんだよ。浮かぶどころか割と高く遠くまで飛んでたからさ」
「……その他に能力っぽいのは?」
「いや、見なかったな。何たってその姉ちゃん、めっちゃオドオドして急いで『羽』出して逃げたもん」
「『飛べる羽』を出せる能力か」
攻撃できる道具を持っていれば使える能力だと思うが、細かい事は何も分からなかった。
と、糸音が思考を巡らせている、その時だった――。
すれ違ったのだ、人と。それだけならまだ良かった。しかし、問題は『コウタが反応した』事だった。
「わ……」
「どうした?」
「いやさ、今すれ違った子、めっちゃ可愛くなかった?」
「……そこまでは、見てなかったな」
確かに今すれ違ったのは『女性』だ。それだけは何となく外見で分かる。ロングスカートを履いていて、女性らしさを意識した服装だったからだ。
コウタがすぐに反応したのは、『可愛いと思った』のが理由なのか? 糸音は、そうではないと睨んでいた。何故なら――
「えー!? それはもう男としてどうなんだよ!!」
「……。」
「おーい、糸音? 考え事か?」
「…………ああ、済まない。見る目が違う位で勝手に性別まで否定されてショックだった」
「無表情なのに!? ごめんな!?」
コウタを軽い冗談であしらいながら、糸音は段々と嫌な予感を覚えていた。
そもそも、コウタは何故糸音が生存者だと『分かっていた』のか? 出会った流れからすればファッションセンスを褒められただけにも見えるが、服装だけでは生存者だと断定できる人間はいないはずだ。ならば、別の理由がある。
「さっきの子……なんつーか、抱きしめたくなる衝動に駆られる感じがする」
「……冗談でもやめような」
「だって、!! 言いたい事分かるだろ!?」
「分からない」
「うぅ……だって、ほら! あんな『小さい』子なのに何か大人っぽくてさ、どっちの魅力も持ち合わせてるっつーかさ!!」
糸音から見ても、確かに不思議な雰囲気の女性だと思った。『女子』と言っても良いかもしれない。特徴的なのはやはり身長。もしかしたら低学年の小学生くらいだ。
しかし、問題はそこではない。もしも糸音の予感が的中していたら、危険な展開が待ち受けているに違いない。……そう、断言できる様な感覚。
「俺、好きになりそうだわ……」
コウタが即座に反応した理由、それは糸音の時と同じ。――彼女も『生存者』だった場合だ。