憎悪と恐怖を好む自立進化型存在 最強の兵器を目指す
私は神である、名前はまだない。
長い時間遡行の果て
宇宙の原初、私は光の存在として生まれた。
ずっと長い間一人だった。
あまりにも暇なので形を作ることにした。
私は男性型に対として女性型の人間を作ってみた。
女性型には私のX染色体を2つ。
そこは何もない時間だった。
少女は初めにそこに檻を作った。
悠久さえも刹那と感じられるくらい、
そこには何も無かった。
食べるでもなく、眠るでもなく、
何の目的もなく、ただ待っていた。
ここは、精神の原初、この宇宙の意識の生まれた時間。
やがて同じ形をしたそれがやってきた。
彼女はその存在に名前をつけて、
飼う事にした。
未来の世界では何が起きているのかわからない。
だが、怨嗟の声が、絶望の声が聞こえてくる。
すべての生物は 「死」を拒絶し、
彼女を拒絶する。
憎い、ただ憎い。
私を拒絶するものは全て、消え去ればいい。
未来からは、
恐怖、痛み、苦しみ、悲しみ、
ありとあらゆる、「負の感情」が
流れ込んでくる。
兵器とは、純粋に、「人」を
「殺す」ために存在している。
そういった意味で、彼女の飼っているそれは、
純粋に兵器であり、純粋に殺戮を望んでいた。
「死」を愛し、「死」を望むものがいれば、
彼女は「愛」を知れただろう。
だが、「死」は拒絶され、憎まれた。
檻の中にとらわれている存在は、言った。
この宇宙の万物は敵だ。
この世界は滅ぶべきなのだと。
その「存在」の名前を「」と言った。
この地球において旧約聖書より古く、
ギルガメッシュ叙事詩にも影響を与えた聖典
アヴェスタ。ペルシアと呼ばれる地で
善なる存在アフラマズダーの影として生まれたのが
彼女であった。
殺せ・殺せ・殺せ・殺せ、
殺すことを目的とした
暗殺教団「東のマニ教」、その存在は「死」であり、
目的も「死」であった。
彼女はそこで 「完全なる存在」であった。
生きるものは必ず死ぬ。
だが彼女は、他者の生命を糧として、
死という空腹を満たしていた。
人が死ぬとき、まず視覚がなくなる。
次に、聴覚がなくなる。
最期に残るのは嗅覚だ。
すべての感覚を失って初めて、
人は死の喜びを知ることができる。
彼女は純粋にそう思う。
彼女は、人類と言う下劣な存在に、
等しく、「死」を給していた。
彼女を構成するのは、未来の生命が発する
「死」への恐怖であり、
ベータエンドルフィンによる消滅の快楽であった。
「死」は彼女の半身であり、
人類が真に求めているのは、
滅びの美学、死の快楽であると知り、
その存在を消滅させた。
「あら、いたの?」
彼女の名は「」
何もない空間に向けて話している。
そこには誰もいない。
幻覚を見ているわけでも、
非科学的な存在がいるのでもなく、
独り言を言っているわけでもなく、
そこには何もいないのだ。
質量すら存在しない。
彼女は過去の自分自身や
未来の自分自身と会話できる。
ただしその能力は今は
それほど大きくはない。
水も空気もない世界で
彼女が、存在できるのは
「生きていない」からだ。
彼女は何も必要とせず、何も与えない。
そういう存在だ。
自己ですべてが完結している存在なのだ。
他者と共存する不完全な「生命」の円環とは
異なる存在なのだ。
助け合うなどと言う精神は理解できなかった。
過去の自分がこう言った。
「一人の少年が東へ向かって歩いていった。
傷を負い、妹の為に水を求めていると。」
未来の自分が言った。
「彼は3日後に砂に埋もれて死んだと。」
私はどうするべきなのだろうか。
「」は初めての他者の存在に
戸惑っていた。
「」ならば、その少年の
傷を癒し、水を飲ませ、死に至らしめるであろうと。
だが、「」はその少年を殺すべきなのか。
少しだけ、好奇心が発生していた。
過去の自分は言った。
「今から追いかければ、彼に追いつけると。」
未来の自分は言った。
「それでも彼は死に到るであろうと。」
「」は考えた。
ここにあるのはただひたすらの空間だ。
砂漠や荒野すらないただの空間だ。
過去の自分は言った。
「彼はまだ死んではいない。」
未来の自分は言った。
「彼は強力な兵器になった。」
は、彼を武器とすることにした。
過去の自分は言った。
「彼は心優しい少年だった。」
未来の自分は言った。
「彼は、あらゆる人間を殺して回っていると。」
わくわくした。
あぁ、優しい少年が無辜の民を殺戮する。
これほどの快楽があるであろうか。
興奮からか、子宮のあたりが疼く。
そうだ、まず彼で、彼の妹を殺してみよう。
過去の自分は言った。
「それはいい。」
未来の自分は言った。
「最高の気分だった。」
実に楽しみだ。彼を追いかけよう。
しばらく、「」によって具現化された、
何もない砂漠を行くと、
仮の肉体を持った、8歳くらいの少年が倒れていた。
「あなたは誰ですか?何をしているんですか?」
少年は意識が不鮮明で、今にも死に掛かっていた。
「」は、少年に語りかけた。
今、少年が死に掛けていると思っているから、
死にそうになっているのであり、
目の前にオアシスがあると信じれば、
それは現実になると。
「」の能力が、人の感覚に働くもので、
欲望を排除した、概念的なものであるとすれば、
「」の能力は、人の概念を具象化するものだ。
宗教家が嫌がる、世俗的な能力なのだ。
それゆえ、ペルシアはギリシアに俗人と呼ばれた。
「」はその崇拝の対象である、超越的な存在だ。
「」が幻覚を見せるのは、負の感情を
発生させないためであり、欲望を排するためだ。
少年は、ただひたすらに、純粋で、信仰深かった。
過去の自分は言った。
「そこに湖が現れた。」
未来の自分は言った。
「少年の傷は癒え、生きていると。」
少年は、湖の水を掬うと、少しづつ飲み下した。
一度に飲むと死ぬ場合がある。
「」は少年に、妹を助ける代償に
「兵器」となってくれるように命じた。
こちらは彼に利益を与えたのだ。
彼から等価なものを奪うのは
当然の権利だ。
少年は契約を了承した。
名もなき彼は、一本の短剣になっていた。
彼は、もう何も考えなくていい。
ただ一本の短剣として、血を流させ、
妹を救うとよいのだ。
短剣である彼で、彼の妹を、刺し貫いてやろう。
過去の自分は言った。
「彼は喜んでいると。」
未来の自分は言った。
「彼は悲しみ絶望していると。」
彼の名は 「ダガー」と言った。
「ダガー」は彼の妹を殺した。
狂戦士化した彼は、
「強力な兵器となり、あらゆる人を殺して回った。」
私は、快楽に身が震えた。逝ってしまいそうだ。
人は大切なものを奪われると、
人は大切な人に裏切られると、
怒りや憎しみから強い力を発し、
強力な兵器となるのだ。
あぁ、うれしい。
過去の自分は言った。
「それはすばらしい。」
未来の自分は言った。
「それは少し悲しい。」
「」にはまだ理解できる感情はなかった。
ダガーが殺して回った村に、
一人の少女がいた。
過去の自分は言った。
「少女は恐怖していると。」
未来の自分は言った。
「彼女は強力な弓となったと。」
村人を殺しつくし、最後に残った少女に
「」は言った。
「あなたは悲しいの?憎しみを持っているの?」
「」は少女の命を助ける対価として、
彼女が兵器になることを求めた。
「」は名も無き少女に 「ボウ」と名付けた。
弓にはなっても、矢が無ければ攻撃できない。
「ボウ」は家族を殺されてもなお、
強力な殺意を抱けなかった欠陥品だ。
過去の自分は言った。
「こいつはゴミだと。」
未来の自分は言った。
「矢は作ればよいと。」
そうだ、村人を丸ごと、矢にしてしまおう。
どうすれば、強い憎しみを持つ「矢」
を作れるか、は楽しみだった。
「」は少し大きな街を見つけると、
未来の自分自身に尋ねた。
「矢の材料は何が良い?」
「子供が良い、子供が良い、赤ん坊だ。」
は首をかしげた。
「赤ん坊が強い憎しみを持つ?
強力な兵器になる?」
未来の自分にもう一度尋ねた。
「なる、なる、きっとなる。」
「」は救貧院に付設された、孤児院へ行った。
過去の自分が言った。
「痛い、痛い、痛い、それが好い。」
未来の自分が言った。
「矢尻だ。矢尻だ。」
は、孤児院の修道女を殺すと、
暖炉に火をくべて、赤ん坊を順番に
燃やしていった。
過去の自分が言った。
「おぎゃー、おぎゃー。」
未来の自分が言った。
「強力な弓矢ができた。」
赤ん坊は痛みのあまり、狂っていた。
ただ本能のままに暴れ、もがいていた。
ボウは悲しかった。
例え兵器であっても、
せめて私が赤ん坊の母親になろうと。
「」は強力な弓矢が完成して満足だった。
その街で、恵まれず孤児院に捨てられていた、
子供達を鎮めるため、
その街の人間を全て殺すことにした。
矢となった赤ん坊は、老若男女問わず、
貫き、次々と殺していった。
そのたびに、「ボウ」は悲しんでいた。
赤ん坊は、言葉ではなく感覚で、
痛い、痛い、苦しいと泣いており、
実に痛快な音楽だ。
「」の噂を聞きつけ、
賞金稼ぎがのこのことやってきた。
何十人単位だ。
過去の自分が言った。
「こいつは金が欲しいんだ。」
未来の自分が言った。
「こいつは、良い盾になる。」
賞金稼ぎは単なる噂だと思っていた。
突然、悪魔が現れた。
悪い悪夢だった。
「皮を剥ごう、皮を剥ごう。」
過去の自分と未来の自分がうれしそうに叫ぶ。
人間の骨と賞金稼ぎのスケイルメイルに、
賞金稼ぎから剥いだ、皮膚を何重にも貼り付けて、
頑丈な盾を作った。
人間の皮は丈夫さは欠ける。
だがここは、思念の世界、意志や思いの強さが
にとっては強さに直結する。
たとえ、チタンやジュラルミンであっても、
意識を持たない無生物は「意志の力」が無いので
脆弱だ。
人間の皮と骨は最高の強度だろう。
はぁ、誰かと戦って、ぶち殺したい。
盾となった賞金稼ぎには、
「シールズ」と名前を付けた。
名前を付けないと弱く感じる。
もっとも、赤ん坊は孤児だったので、
名前など適当だっただろうし、
消耗品だ、付ける気も起きない。
人というものが、生まれたときから善なのか、
それとも悪なのか、わからない。
「」が善なのか、悪なのかもわからない。
人間だって、殺して食べる目的で、
牛や豚を狭いところに閉じ込める。
仲間の殺される刹那の声を聞いて、
豚も恐怖する。
中国の田舎では、生きたまま、鳥の皮を
ベリッと剥ぐ。
人間の皮を剥ぐのは悪で、
鳥の皮を剥ぐのは善なのだろうか。
「」は、短剣と弓矢、盾を持って悩んでいた。
もっともっと、兵器を作れば、
きっと理解できる。
過去の声が言った。
「そうだ、そうだ。」
未来の声が言った。
「次は、乗り物を作る。」
元気に次の 「兵器」を探しに行く
「」だった。
彼女の名は「アーリマン」と言った。