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8 慌てる父親

 息も荒く目が覚めた。

 王宮勤めの人間が魔術の力で窃盗を働き、警備の人間にも術をかけるという現場を見た怒り。心臓が早打ちしている。


「アルバート!」

「旦那様、おはようございます」


 ジェラルドが珍しく大きな声で執事の名を呼ぶと、スッとドアを開けてジェラルドと同年代の執事が部屋に入って来た。


「手紙の用意を」

「ただいまご用意致します」


 アルバートはジェラルドのただならぬ様子を見ても慌てずに、足音を立てず下品にならず、かつ最速の速さで部屋を出ると、便箋、インク壺、羽ペン、着色された蜜蝋、印のセットを持ってきた。


 それらを寝室の文机に並べて使いやすいように配置した。


 起き上がり、ガウンを羽織ると、先触れの手紙を書き始める。もちろん相手は特務隊のアーヴィンである。


「手鏡を盗んだ犯人がわかった。魔術師の若い男、茶色の髪、紫の瞳、顎の右側にホクロが二つ…」

と、書こうとしてハタと手が止まる。


 夢で見たから知っている、などと言えるわけがない。あの夢は間違いなくエレーナの力が見せたものだろう。

 犯人はこの男だから尋問せよという根拠をどうするか。


 国内はもとより各国で諜報活動をしている特務隊に、「娘は時間を遡り行きたい場所の様子を夢で見させる力があるようだ」などとは危険すぎて言えないし言いたくもない。


 特務隊はエレーナを利用したがるだろうし、そんな便利な能力の情報が外に漏れればエレーナの命が狙われる可能性も出てくる。


 ギリっと歯噛みして考える。

(その手の人間を使った、と言うことにするか)と決心する。


 特務隊が見つけられなかった犯人を軍務一筋の自分が見つけた不自然はなんとか押し通すしかない。


 と、ドアをノックする音が響いた。

「お父様、おはようございます。お目覚めになったとアルバートに聞きまして、あの…」

「ああ、エレーナ。入りなさい」


 ドアを開けて愛する娘が瞳をキラキラさせて入って来る。

「お父様、私の刺繍はお役に立ちましたか?」


 ああ、そうだった。

 血脈の力がエレーナに受け継がれていたこと、まずはそこだ。


 エレーナの刺繍が見せた夢が思いがけないものだったので、すっかり忘れていた。


「エレーナ、おめでとう。お前の刺繍には力があったと思う。しかし…思いがけない力だったのだよ。それでその…エレーナはどんな気持ちで菩提樹を刺繍したのだろう?」


「気持ち、でございますか?それは、お父様が気持ち良く眠れますように、とか、楽しい夢を見てお心が癒されますように、とかです」


「そうか」


 しばし黙り込んで考えを巡らせていたジェラルドは、しょんぼりした娘を見て慌てて言い繕う。


「違うのだ。勘違いしないでほしい。お前の力は想像していたよりもずっと、その、役に立つものだったのだ。それについて、お前だけでなくマーサとバートには是非知っている必要があると思っているのだ」


「え?」

 娘にしてみれば思いがけない話である。




 すぐさま書斎にマーサとアルバートも呼ばれ、何事かと心配そうな三人に、ジェラルドは自分の見た夢の話をした。

 自分の昔馴染みがあらぬ疑いをかけられていることも。


 これからその魔術師を尋問してもらい、事実を確認したいこと、その上で夢で見た通りだった場合のエレーナの力の今後について話し合わねばならないこと、を話した。



「しかし今は時間が惜しい。お前たちとの話し合いは今夜だ。特務隊に連絡しなくては。私が情報を持ち込めば、特務隊がその魔術師を尋問するはずだ」


 ジェラルドは結局、先触れの手紙も出さず、朝食も食べずに馬を走らせて出て行った。



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