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5 父ジェラルドの願い

  ジェラルド・フォン・ワイルドハートは座り心地の良い椅子に座っていた。


 バルト麦から作られた琥珀色の酒のグラスを右手に、エレナから渡された枕カバーを左手にして。


 白く艶やかな布には庭の菩提樹の刺繍。風で飛んだように配置された沢山の葉がぐるりと縁を囲んでいる。


 刺繍の手ほどきを受けるエレーナと優しく教えるヘレナの様子を懐かしく思い出す。



 グラスにもう一杯酒を注ぐ。それをひと息に飲んでグラスを置いた。


 正直を言えば、エレーナに血脈の力が現れるのは不安だった。


 その力を他人に知られた場合、道具として利用される可能性はゼロではない。特殊な力を持つエレーナを恐れて避ける人もいるだろう。

 自分の娘にはごく普通の平凡な人生を送ってもらいたいと思う。


 妻のヘレナは「自分の力はたいして強くはない」と言っていた。


 彼女の癒しの力は、「あの人に悩み事を聞いてもらって手作りの匂い袋やハンカチを身につけているととても心が落ち着く」と喜ばれるタイプのものだった。


 その手のことを信じない人からしたら「昔ながらの気休めのたぐいではあるが、なんだか効く気がする」と思われる程度の。


 その綿々と受け継がれてきた血脈の力を、妻のヘレナが大切にしていたことや、その力で人の役に立ちたいと強く願っていたことも知っていた。


(エレーナの力も強くないといいのだが)と親のわがままを承知で思ってしまい、娘が聞いたら傷つきそうなことを願う。


 そしてまだその力がエレーナに伝わっているかどうかもわからないのにと苦笑する。


 万が一、その力のせいで狙われても身を守れるよう、エレーナには幼い頃から長男のフィリップと共に出来うる限りの武術は学ばせてきた。


 用心は積み上げてきたのだ。


 ジェラルドはゴツゴツした大きな手のひらで枕カバーの菩提樹を撫でると今夜最後のグラスの酒を飲み干した。


(ヘレナ。どうかあの子を守ってくれ)と声に出さずに祈る。


 眠気はなかなか訪れなかったが、メイドに枕カバーを手渡して枕に被せることを頼むと、ベテランのメイドは

「お嬢様の刺繍でございますね」

とにこにこと受け取り、

「良い夢が見られそうな柄でございますね」と言いつつ下がっていった。


 エレーナに力が発現しないでいてくれたらと願うジェラルドの密かな望みは叶えられなかった。



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