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3 力の有無

 私は父にプレゼントするのを白絹の枕カバーと決めて、庭の菩提樹を様々な緑系の刺繍糸で描いていた。


 左下の隅に菩提樹を。

 カバーを囲むように周囲を菩提樹の葉が風に飛ばされて流れていく様を。

 少しずつ、丁寧に、菩提樹を針と糸で描く。


 母はよくこの菩提樹の下で刺繍をしていた。木陰にテーブルを置いてお茶を飲みながら。


 刺繍をしていない時は、私を膝に乗せて本を読んでくれたこともあった。


 追いかけっこやかくれんぼの相手をしてくれた時は、菩提樹の下が休憩場所にもなった。


 父が母にプロポーズしたのも、この菩提樹の下だと母に聞いている。


 伯爵家の次女で王宮勤めをしていた母に父が想いを寄せて、もっと格上のお嬢様たちからの縁組の話を断りまくり、迷う母を押しに押して婚姻にたどり着いたそうだ。


 その話をしてくれた時の母は、とても幸せそうだった。


 ひと針ひと針、糸を刺して菩提樹を描く。

 刺繍枠の中で小さな菩提樹は枝に葉を茂らせていく。


 父に安らいで欲しい。お母さまを失った悲しみを癒して欲しい。

 お母さまとの思い出を悲しみと共に思い出すのではなく、幸せな記憶として心に蘇らせて欲しい。


 そんな気持ちで針を運ぶ。

 あっという間に一週間が経った。


 たくさんの葉を茂らせた小さな菩提樹が白い枕カバーに描かれ終わった日の夜、しみじみと自分の作品を眺めていたら父が屋敷に帰って来た。


「お父様、おかえりなさい!」

「今帰った。何もなかったか?」


 父は軽く私を抱きしめると目尻のシワを深くして笑いかけてくれる。

 

「ええ。お父様にお渡しするプレゼントが仕上がった以外はなにも」


 父は少し目を開くと、嬉しそうに笑ってくれた。

「そうか。私の宝物が増えたな」


 父は感謝の気持ちを出し惜しみしない人だ。特に母を失ってからはその傾向が強くなった。


 夕食の前に父の部屋に出向き、仕上がったばかりの枕カバーを手渡すと、父はしばらくじっと眺めてから私を労ってくれた。


「これは…。庭の菩提樹か。いい夢が見られそうだな」


「はい。お父様。良く眠れますようにと念じながら刺繍しました」


 自分に受け継がれた力が有るのか無いのかもわからないし私の力の程度もわかっていない。


 十五歳になった私に、母から受け継がれるはずの力が自分に有るのか無いのか。


 なぜその力の話をずっと隠していたのか。知りたいことは色々あるけれど、聞きたい相手はもうこの世にはいないから。


 私は自分が刺繍した枕カバーにそっと指で触れて目を閉じて祈った。


(お父様に良い夢を与えておくれ)


 何度も願ってからお父様に枕カバーをお渡しした。



 私の力は有った。

 けれどそれは思っていたのと随分違う力だった。


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