お局(つぼね)の壷井さんは私にだけ意地悪してくる[女×女]
うちの部署にはお局様ネオと呼ばれる勤続年数15年の社員がいる。
名前は壺井富士子、37歳、私の先輩だ。彼女は自身の大学卒業と共にこの会社に入社、
20代後半で結婚、34歳で離婚し、管理職の話も出たが出世コースにのることなく今に至る。
他の女子社員からイケメンともてはやされるような男が好きで、課長と部長、若手女子社員を心の底から憎む彼女は、上司、目上の人間に対しては柔らかく、自分より下の存在には辺りがきつく、もっといえば機嫌のアップダウンが激しい。
私は入りたての新入社員なので、だいぶターゲットにされている。
壷井さんは私の言うこと、すること、全部気に入らないので困ったものだ。
「あの壷井さん、このシステムについてなんですけど」
業務中必要なので壷井さんに声をかけると、壷井さんは私に目を向けることなくキーボードをとんでもない速度で打ちながら「そこ説明したけど」とそっけなく返してきた。
「あっ私壷井さんの言うこと全部記憶してるので壷井さん私と誰かを間違えてると思うんですけど……今日はちなみに朝、フロアに入るときはーぁ、とため息4回、椅子に座るときのよいしょ1回、あらぁ~部長おはようございますぅ~が1回なので」
「……」
壷井さんは不満そうな顔で「どこが分からないの」と手を止めた。こちらを見向きもしない。「そろそろお昼時なのでランチと一緒にどうですか」と誘うと「なんであんたなんかと」と嫌そうな顔をした。
「え、でも先週私の後に入ってきたそこの男に、後輩とごはん食べると元気になるって言ってたじゃないですか」
「貴女には言ってないわよ」
「じゃあなんなんですか、あの男のほうがいいんですか⁉ 私がいるのに‼ あの男のほうがいいんだ‼ あの男のが‼ なんでですか‼ どうして‼ 私は‼ こんなにも貴女のことを思っているのに」
「煩いわね分かったわよ行けばいいんでしょ」
「はい」
私は自分のデスクに戻りランチの支度を始める。すると部長が話しかけてきた。
「お前上手く扱ってんな」
上手くやるとは一体何のことだろう。
「何がですか」
「壷井だよ。下手すれば一番お前がうまいんじゃないか?」
課長は「任せたぞ」と何故か得意げに私の背中を叩く。
上手く扱う。なんのことか分からない。
壷井さんは私の思い通りにならないのに。
首を傾げつつ、任せてもらうのは大変助かるので私は笑みを浮かべた。課長がいなくなったあと、壷井さんが「ここなに、汚い。掃除なってないけど」と私の机の上を人差し指でなぞり、嫌そうな顔をした。
「壷井さんがこの間そうやって触ったから取っておこうと思って」
「気持ち悪い」
こうやって、壷井さんは私のすることが全部気に入らない。彼女との交流はスルースキルが必須となる。
この間もうるさかった。壷井さんは私と帰りが一緒になると時間をずらそうとするので、壷井さんの真後ろにずっといたら「いつまでぼーっと突っ立ってんのよ‼ 仕事したらどうなの⁉」と、定時のあとに仕事をふって、私を帰らせないようにしながら自分だけ帰ろうとした。
倍速で終わらせて駅で捕まえた。驚いた顔が可愛かったのでまたやりたい。
私は「へへ」と壷井さんの「気持ち悪い」を流しながら、彼女とランチに向かう。「あの男と行ったランチがいいです。あの男との思い出を上書きしたいです」とお願いすると無視をしてきた。この間、ネットの動画で見たお局あるあるに無視があったので、多分それだろう。
「……もうすぐ、人事異動じゃないですか」
私はランチに向かいながら壷井さんを振り向く。
「うん」
「めちゃくちゃ不安なんですよね。何食べても……なんか、お尻痛いっていうか、精神がお尻に来るというか。肛門括約筋大運動会みたいな感じで胃、下腹部、腸、お尻、全部駄目ですみたいな」
「もう最近の子、メンタル弱すぎでしょどうなってんの?」
「多分私だけです。お尻の筋肉めちゃくちゃ痛くなるって言ったら、小中高大全部引かれてるんですよ」
「で、なに、どっか行きたい部署があるの?」
壷井さんは改めて聞いてくる。多分、私が仕事にやる気があるとか、今後のキャリアのことを考えていると誤解しているんだろう。
私の未来。
それは壷井さんと同じお墓にはいること、もしくは壷井さんの遺骨をもらうこと。目下の目標はそれ。だからここの部署に行きたい、みたいなのはない。
しいていえば壷井さんと一緒にいるうえで有利な部署もしくは壷井さんと一緒の部署だ。
「壷井さんと同じ部署がいい。だからもう最近眠れなくて、すごいあれなんですよ。神社に行ってて、夜に。寝れないから。だから考えたんですよ。先輩の家の隣に引っ越そうかな」
「アンタ私の家なんか知らないでしょ」
「だからどうせ移動するならそういう個人情報管理する部署か、壷井さんと同じの二択なんですよ。なんで、人事に言ってくれません? どっちがいいです? 私とお隣さんか、部署そのまま」
「私にそんな力なんてあるわけないでしょ。第一そんな力あったら貴女のことやめさせてもらってるわよ。気持ち悪いし」
「確かにそうですね」
「アンタ納得するならやめなさいよ」
「止まらないんですよね」
壷井さんは私との出会いを入社だと思っているし、自分のお局ムーブと勘違いしている気もするけど、普通に勘違いだ。
遥か昔、駅で迷子になっていた幼い私を私を助けてくれたのが、当時新卒入社として社会人デビューを果たしていた壷井さんだった。
その時に一目ぼれをし、壷井さんはずっと同じ会社にいたので普通に再会できたわけだけど、初々しく、希望に満ち溢れたピュアな壷井さんは、社会の荒波にもまれてお局と化していた。
まぁ、お局だなぁとは思うし過去の原型なんてものはないけど、前に戻ってほしいとかはない。普通に壷井さんは壷井さんだし、お局ムーブをしていても、らしいなぁと思うのでそのまま自由にいてほしいし、ゆくゆくは一緒のおうちにいてもらいたい。
それに最近気づいた性癖だけど、怒りっぽいとかクールとか、外向きの顔がそつないほど、本能が漏れ出ている瞬間が愛おしく感じるし、興奮する。ああ、私で心動いてるなと思う。
だからどんなにお局ムーブしても、いつかその顔崩してやるからなという興奮で、ガソリンになる。
「止まらないんですよね」
私は繰り返す。だって止まらないから。すると壷井さんは「アンタどうかしてるわよ」といつものお局ムーブではなく、多分素の壺井富士子の顔で呟く。
どうかしてる。
でもそれは貴女のせいなので、私にはどうしようもないです。
言っても言い返されるだけなので、私は心の中で留めた。




