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八月の死にぞこない

コミカライズ「愛され聖女は闇堕ち悪役を救いたい」がスタートしました。詳細は活動報告にて。





「どうなってんだよ探偵がこの月収なんておかしいだろうがよ‼ これ何の数字だよ。手取りなんて言い出したらぶっ殺すぞ‼ このクソサイトがよ‼ どうなんてんですか⁉ なにこれ⁉ 鹿治さん⁉ これ何⁉ もしかしてぇ、僕らはぁ‼ 探偵ボランティアをしているんでしょうかぁ⁉」


 猛暑により不穏な音がするエアコンの下、御上くんが吠える。


 探偵というか興信所は依頼が来なければ話にならない仕事だし、人のプライベートを侵害する仕事なので、ネットの求人に載るものの探偵募集情報は定期的に飲みの写真を掲載する投資関連のインフルエンサー程度の信憑性しかない。


 最悪の場合、ブラフ──暴力団や闇金が警察を使わず人探しをしたいときに使う興信所でも探偵でも何でもない会社だったりするので、ネットで出ている月収通りの会社が本当にあり、ちゃんとしている会社があることは否定しないけど、そうじゃない会社のほうがずっと多い。


 探偵はなりたい、興信所で働きたいと思った時点で出来ない仕事だから。


 コネか、リーガル系会社からの斡旋。自ら探偵になりたいと願った人間はひとりもいない。


 興信所で働く人間のほぼ全員が、やりたくてもやれなかったことを抱え、挫折と喪失で構成されている。


 でも介護とか育児とか何かしらのWワークと共にやりやすいし、商店街に位置しながら大規模スーパーによりはや潰れるしかないような店の跡取りがいたりするので、避難所としても機能している。だからか全員、人に対しての期待は捨てているし、そういう冷たさによって、「本当に身内が幾重不明になって困っている人」なのか「妻や夫に対して暴力暴言を吐き、いわゆるDVの果てにストーカーになり果てた犯罪者」なのか判断し、前者なら依頼を受け、後者なら依頼を断る。


 まぁ、身内行方不明系はほぼというか100%うちは受けないし、無茶苦茶する御上くんですら断る。なんなら被害者を探り当てて内々に探していることを伝えるし、伝えるために一旦見積もりをすると言ってキープするくらいだ。


 そういう仕事なので、安易な求人を見るのも腹が立つのだろう。


「これどういう割り当てなんだろうね」

「鹿治さんもわからんですか」

「これさー……全日調査してその調査結果がすべて裁判所で戦えるレベルで揃ってないとこんな給料いかないでしょ。弁護士直営?」

「全然直営じゃない」

「ちょっと調べてみる? ヤバそうだったら警察に売る」

「それ嫌がらせでしょ。警察に売ってもマジで何もならないのに」


 御上くんが鼻で笑う。


「だって腹立つじゃんこれ」

「まぁ」


 御上くんは鼻で笑うようにしながらうなずく。


「そういえばまた人間に戻ってるけどどうしたの? 忌引き使ってスッキリした感じあるけど」

「まぁ家帰ると泥棒扱いで警察呼ばれることもなくなり、家で眠れるっていうのはデカいですけどね。掃除はクソほど大変だったし。これで死にでもしてたら母親は保険金殺人疑われてあぶねえところでしたよ」

「天上さんは一生のトラウマ背負うことになってただろうね」

「それみんな言うけど案外あの人ケロッとしてそうだよ。マジで今までガチャガチャ言ってきた奴らのほうがしんみりしそう」」


 御上くんは首をひねる。先日御上くんは忌引きを取った。長年御上くんを泥棒扱いし、警察を呼んだりと大暴れしていた祖母であり、ある意味彼の攻撃性や歪みに関連している人物でもある。


 こっちの血筋も円満な家ではないので、なんとなく「そういう身内」を弔った感覚は分かるけど、天上さんはそうではない可能性があり、天上さんが大変そうだなと同情した。


「天上さんに同情してほしくないの?」

「天上さんからの感情は何でも嬉しいけど疲れてほしくはないし、フラッシュバック誘発したら嫌だなと思ってる。天上さんの弔いの。なんか、祖母が死ぬまで、祖母暴れん坊だから、病院で娘だせ孫だせ酷くてさ、死ぬかもしれないで病院滅茶苦茶呼びだされてずっと勘弁してくれって思ってたけど、天上さんとか読者は、そうじゃない家の可能性のが高いから、身内が死んだときヤバそうだな──とか、一人でいてほしくないなーとか、生身の肉の人間が骨になる体験とかショック受けそうで、そう考えるとチクチクしてた」

「身内は」

「……中々、チクチクはないね。なんか、重介護覚悟してたから、自分の人生か、みたいな」

「そうだよ御上くんの人生だよ」

「ね、なんかふつーに作家辞めるつもりでいたんだけどね、どうしようかな」

「やめる気だったんだ」

「だって夏引退良くない? 綺麗だし」


 御上くんは平然と言う。


「普段の責任感はどこ行っちゃったの」

「僕すごい無責任だから初手バイトバックレでやめてるし」

「それは週1回3時間勤務だったのに一ヶ月後に突然7日8時間にされたからでしょ。それでも三か月続けて、最終的に若い店長が不機嫌で副店長のおじさんを客の前で怒鳴りつけて笑いものにしてスッとバックレで消えて」

「そこまで話してましたっけ」

「ブラックバイトリサーチの案件でキレてた時に言ってたよ」

「はぁ」


 御上くんは覚えがないようだ。


「天上さんは、自分のやりたいことしたほうがいいって言ってましたよ」

「御上くんのやりたいことってなに」

「天上さんとの仕事」


 御上くんは即答した。


「成功せずとも?」

「分からん。でも、はじめて好きだと思った。他人の作ったものに対して大切にしなければではなく大切にしたいと思ったのは。同時に人間に対して役に立たなくていいから一緒に何かしたいと思ったのも。だからかもしれんね。ほかの作家の名前引用しながらの書けばって言葉に、強烈にキタのは。でもまぁ、誤解だったみたいだけど」

「信じるの?」

「信じるし……なんか、僕が軽くじゃあ天上さんあの人みたいにしてくださいよって、実名出したら、顔色すげえ悪くなったというか、大ダメージになってたから、おあいこにしてもらう」

 

 御上くんは思い出し笑いをする。本人にも前に言ったことがあるけど、天上さんについて話をするとき、彼は人間らしい年相応の笑い方をする。普段は能面みたいな表情なのに。


「まぁ、あんまりいうと天上さんが担当してるほかの作家さんに何か悪いことする悪いやつだと思われちゃうし」

「御上くん嫉妬するの?」

「するよふつーに。というか天上さんにとってほかの作家さんへの感情が一律10だとしたら、僕面倒くさいややこし枠で3だから。ただ、普通に天上さんのやってる奴って天上さんが読みたい、売りたいって思った奴だろうし、天上さんが決めたカバーだったりあらすじだから好きになるよ。綺麗だしね」

「綺麗?」

「うん、天上さんは売れるために編集者として徹しているだろうけどちゃんとこれが欲しいなと思ってる人間を繋げようとしてる文だし、数字はすぐに取れないかもしれないけど、天上さんの文じゃなきゃ手に取らないと読者がいる文だから。まぁ、天上さんは、自分の文章好きじゃないみたいだし、僕の前の担当者、褒められている自分を売るみたいなマスプロビジネスマンが正義ですよなんて言うからねえ」


 マスプロ。


 大量生産という意味だ。御上くんは前の担当者さんを嫌っているけど、同時に観察と考察も続けている。周りが強い強いというからだ。


 御上くんはの前の担当者さんについて、その人が見ているのは作品や人間ではなく勝利だと分析していた。


 勝ちパターンを作って作家や物語をそこにあてはめる。


 本人は支配している気がないので周りもそうは思わないが、構造や仕組みは完全にマスプロであり、クリエイター作業の中で必須の悩みが配されている一方、感受性や感情の豊かさによりそうは見えない。


 悪意のない勝利への固執。元々勝つことを目指すことは悪ではない。ただ、純粋に盲目的過ぎる。自分自身の欲求にもだ。


 その人が求めているのは、あなただけだと言う作家、あなたがいなければできなかったという作家だ。


 そんなの誰でも欲しいと言われそうな作家と編集の繋がりを、絶対的に強いとされるその人は得られてない。


 同時に、そういう繋がりを形成する前に、その人は勝利を見てしまうし、持ち前の明るさや豪胆さから繋がりを無自覚に軽視する──というのが、御上くんの話を聞き、僕が出したプロファイルだ。


 天上さんあたりに話をしてみようかと思ったけど、僕の話を聞いて「じゃあ御上くんと前の担当者は合うのでは」と早合点しそうなので言わなかった。


 御上くんが天上さんさんしかいない、となるのは天上さんの言葉だけが刺さるという部分にある。


 感情がきちんと動いているのは天上さんに対してだけだ。ほかの人間に対しては冷酷だし、おそらく相手が最も言われたくないことを計算的に算出して言い放つ。 


「御上くん、その編集者さんにめちゃくちゃ酷いこと言ってたよね」

「本人には言ってないよ」

「面白いとヒットは作れても誰も救えないし誰にも寄り添えない、本と金は繋げても、それを本当に求めてる読者と作家を繋げられない他力本願おままごとなんて、十分悪口だと思うよ」

「本人には言ってないし、天上さんから人と比べて褒められるの嫌いって言われたから、天上さんにも言ってないよ。天上さんはマスプロビジネスマンの対極、爆発はさせられずとも、本当に求めてる読者と作家を繋ぐものを作れる編集者だよって言いたいけど言ってない」


 ──僕はそのラインを分かってる。


 御上くんは堂々とそういうけど、微妙なところだ。いつもラインを越えてる気がする。


「まぁ、天上さんの作品とか読んでこの人と仕事出来て良かったって思ったことは天上さんに言ったけどね。なんか最後の最後なのに、ハイわかりましたって感じでつめてえな相変わらずって思ったけど、なんか仕事殺されてなくて最後じゃなかったし」

「それさ、天上さんからすれば、御上くんが勝手に勘違いしてズボン脱がしてきたにならない?」

「だって検索すれば出るもん。なんか天上さんのパソコンとかパソコンからアカウントハッキングしてだったら問題だけど。それもほら、不正アクセス禁止法ってサーバーとか運営が僕を訴えるから、結果的に作品の掲載サイトから訴えられるわけだけど、ただ出てるもの見てるのをサイトが訴える例なんて聞いたことないし」

「そういうところ御上くん姑息だよね。法律から逸脱しない」

「うん」

「天上さん怒らない?」


 そう訊ねると、御上くんは笑う。


「まぁなんとかなるでしょ。どうにもならなかったら、そのときはそのときで」


 八月を過ぎた、新しい月初めのカレンダーの画鋲を、改めて刺しなおしながら。












コミカライズ「愛され聖女は闇堕ち悪役を救いたい」がスタートしました。詳細は活動報告にて。

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