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天上尊の存在意義



 自分にしか出来ない仕事を求められても無理だと思っていた。勝手に期待されて失望されるのは嫌だし、辛いし、そういうのをきっぱり割り切れたらいいけど、自分はそういうのはどうにも難しいから。


 だから一応最低限のことはしているし、それ以上を求められても頑張りようがないし、そもそも御上さんの期待や理想が高いし、その割にじゃあ御上さんを押し出そうとするわりに御上さんは我が強いし不安定だしこだわりも強いので困る。要するに自我が強くて扱いづらい。売りづらいのだ御上さんは。


 とにもかくにも。


 それに編集者は好きなように仕事してるだけじゃなく売らなきゃいけないし、手を出さなきゃいけないほど御上さんは作風が定まってないわけじゃないし勝手にほっといていれば勝手に書く。下手に自分が手を出して濁したくないし邪魔したくない。そもそも前の担当者と揉めてたし。


 しかし御上さんの言葉に愕然とした。


「12万字消したんですよね」


 いつもどおり、喫茶ぱらいそでの打ち合わせ中御上さんの言葉に頭が真っ白になった。


「え」


「だって刊行予定ないでしょ。だから、意味ないじゃないですか」


 刊行予定の言葉に、一か月前のメールのやりとりを思い出す。ほんの些細なやり取りがきっかけだった。ある日突然御上さんから「推し作家さんみたいなこと書けますけどどうしますか、そうしますか?」とメールが来たのだ。


 そんな剽窃みたいな指定した覚えはないので、刊行自体白紙の予定がある、と逃げた。結果的に御上さんは「分かりました。じゃあないようにしますね」と終わった。


 後々、御上さんが前の担当とのトラブルで、元々文庫化書き下ろしの仕事だったものを単行本掲載と色々変更があり、あまり契約を信じてないということを思い出した。


 でも、そもそもそういう体裁というのは変わるものだし、普通に考えれば万が一の話だというのはわかるだろう、と思って気にしないように努めていた。ただ文庫書き下ろしと掲載済みの単行本は違うものだし、それ以前に色々説明をスキップされていたフシがあり、本当に御上さんは絶望か何かしてるのかも、と考えがよぎりつつ、いや、御上さんに限ってとなんとか気持ちを持ちなおそうとしていた。


 それに御上さんなら通じるはず。色々調べてるし。探偵だし。


 でもその後考えてみれば見るほど、御上さんは普通ではないし、ほかならぬ自分自身が考えすぎという言葉に苦しめられていたのになんでそんなことを言ったのか分からなくて、考えることをやめた。目の前の仕事を片付けるのが優先だし、他の作家が困る。


「だって天上さんが言ったんじゃないですか。未定だって」

「いやでもあれは」


 言い返そうとしてやめる。御上さんの選択なんだから、御上さんのやりたいようにすればいい。なのに二の腕がざわざわして恐怖が滲む。自分がなにか大きな間違いをして、取り返しのつかないことをしてしまった。そんな気がして、いや、多分、したのだ。


「あと天上さんがダラダラ持ってた、去年11月送付の原稿、半年たっても開きもしてない感じだったので消しました」

「え」

「くだらねえなと思って」

「ど、読者は」


 そう言うと御上さんは鼻で笑う。


「だってこれビジネスですよ。目の前の編集者がやる気持たないで逃げてばっかじゃ投資価値ないじゃないですか」

「いや、私は関係ないじゃないですか御上さんの執筆物なので」

「だって貴方担当編集ですよ」

「担当編集としての仕事はしてますよ」

「本当に?」


 御上さんが探るようにこちらを見る。


「前に言ったじゃないですか、僕に天上さん、あの先生みたいにされないんですかって。同じこと思ってたんですけど天上さんってほかの編集者さんみたいなことしてます? 僕のこと理屈ばっかで対して何もいわず、先生は書く人だからって。天上さん僕に自立してほしい、甘えないでほしい、会社に甘えてるって言ってましたけど、天上さんって作品の為に何してるんですか? 僕がほっとけば書くって新しい企画一つ自分で言わずに、未来の話もせずただヘラヘラしながらどうしましょうかねって言ってるのが編集者なんですか? 天上さんサブでほかの編集の仕事見るときありますよね? してます?」

「いや」

「ほっとけば書く僕に甘えてません?」

「……」


 言い返せなかった。いやでも、仕事が多いのだ。ほぼブラックだし。


「天上さん自分は感想伝えるの下手みたいに言ってましたけど行動は? 何してるんですか? 伝達が下手なのにどうして編集者してるんですか? 作品作りがしたいよりも責められたくない失敗したくないが勝つのならアマチュアで良くないですか? 趣味でやってますって言えば誰にも責められないでしょう──ねぇ、あなたがぼくに関わる意味って何ですか? 貴方しか出来ないことを僕は求めてるんですよ。貴方である意味を求めてるんですよ。僕の言ってる意味わかりますか?」


 御上さんはいつになく饒舌だった。一番最初の打ち合わせで「自分は言葉がきついから」とこちらを様子見していたことを思い出す。


「天上さんが動かない限り、僕は動かない。書かない。何も動かない、言わないのが貴方の処世術で成功ルールなら、それを殺す。廃業する」


「いや、読者は」


「独下ケイの才能を殺すのはお前です。読者がいるというのなら、その読者を悲しませないようせいぜい足掻けばいい。僕は絶対に動かない。前に貴方は僕へ作家だと言ったが──」


 そう言って御上さんはこちらを射貫く。


「僕は探偵なので。作家じゃない。」

「……」

「自分なんか全然何もしてないって謙遜するなら、これだけのことやりました、でも上手くできませんでした、勘弁してくださいよ、何で不満なんですかって言い返せるくらいのことしろよ」

「……そんなこと言われたって」


 黙ってると御上さんは「あああああ」と唸りだした。


「仕事出来る風が上手いだけのメンヘラキモアラサーおじさんだぞ、そのままなら。毎日メルヘンランドでドラマ全盛期の週半ばお仕事ドラマヒロインぶりっこの界面活性剤以下だぞ。マッチングアプリ惨敗の分際で他人にすすめやがって。ブスいじりにもほどがあるだろ。っていうか他人のこと思春期って散々言ってたけどお前なんか精通前の8歳児じゃねえかよ。こちとらまだ機能不全家庭育ちのアダルトチルドレン仕込みの20代だぞ。てめえもう30すぎてその仕上がりどうなってんだよ。てめえ分析家気取ったこと言ってるけど全部の言語情動じゃねえかよ。お前この令和に作家に結婚すすめる編集者がどこにいんだよカス。コンプラズタボロ童貞返りが」


 こんなにこの人は口が悪かったのか。っていうか前は褒めてくれたのに。あれやっぱりうそだったのか。いや、期待を裏切った自分が──、


「俺は、出来る奴に出来ることしか言わない。次に少しでも逃げてるビビってると思ったらてめえの過去作品もブログもなにもかも全部目の前で音読してやるからな。お前の大好きな女上司の目の前で恋愛小説のデート場面もいってやっからよ」


 そう言って、御上さんはぱらいそを出て行く。その姿をただただ茫然と眺めていた。



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