【解決編】未後悔タイムループ
前にホラーとして投稿していた話です。
①結末を途中で切ってホラーで余韻つくるか、
②不器用な人間の拗らせ取っ組み合いできっちりさせるか
どちらがいいか考えた結果、①にしていたのですが、やっぱり②にしたくてこちらにて投稿です。
お手数をおかけします。
そして『愛され聖女』のコミカライズが8月29日スタートです。よろしくお願いいたします。
20代最後の夏、アイドルをやめようと決意した。
人気がないとか運営が売り出すつもりないとか色々あるけど、第一にマネージャー……雅備掬薇という名の女がクソというのに限る。
どれくらいクソかといえば、私に対する関心が一切ないこと。
マネージャーにとってはタレントは商品なので、普通に褒めたりとか励ましたりとかするはずなのに、そういうのが一切ない。
私がちょっと病気を拗らせ一週間連絡がつかずとも「あ~なんか分かんなかったですね」のみだし、その後……というか先週、地方ロケで頭ぶつけて検査入院になったと連絡を入れても「承知しました」とだけ。
お大事にもない。なんなら私と相性が猛烈に悪い、何があっても私に原因が100あるみたいな言い方で突っかかってくるチーフマネージャーのほうが、「酷い状態で驚いています。どうかお大事になさってください」としっかりした文章が届いた。
本当に、私への関心が無いのだ。私がどうなってもいいしどうでもいい。「どう、将来のこと考えてる? こうしたいとかある?」ときいても「いや、分かんないですね」だけ。
頑張りたいとも一緒にやりたいとかも言わない。
周りのマネージャーさんはタレントに対して頻繁に頑張ろうって言ってるし、タレントが上手くやれば褒めている。
だから一生懸命頑張ってきたけど、結局ダメだった。めちゃくちゃ誹謗中傷されてへこんでも、「旅に出れば」「しばらくは適当に仕事して」「みんな孤独なんですよアイドルは」「みんなひとり」「自立してほしい」ばっかり。
挙句の果てには「婚活したらいいんじゃないですか?」「マッチングアプリしたら」とか。
私が好きについて話をすれば「自我が強い」「ブラック企業で自我を殺せばいい」「マッチングアプリとか婚活でDVモラハラクズ彼氏を作って自我殺せばいい」と言ってくるし、一方で「●●はダンスがすごい」「✕✕は歌が上手い」「△△流行ってる、動画配信したらいいんじゃないですか」と他人は肯定する。
私は「共演のあの人ちょっと……」と言えばその共演者を全力で守りに入るし、よくアイドルとマネージャーは二人三脚って言うけど、雅備は普通に、何、という気持ちだ。
前に詰めたとき、しゃべるのが苦手、褒めるの得意じゃない、上から目線な気がすると言っていたけど、何で他のアイドルは饒舌に褒めて弁護するのに私の時ゴリゴリに殺しにくるんだよ、そこまで恨まれることしたのかよ、と悲しい気持ちになる。しかも褒めてって言ったら「親に褒められたことないんですか?」という剛速球が飛んできたし。
だからもう、いいやと思った。
私は蝉の煩い夏空の窓を睨んだ後、自分のスマホを手に公式アカウントを確認した。
『おはようございます。本日も暑いですね』
相変わらずの通常営業だ。このアカウントはあの女が管理しているけど、どういう心境で管理してるんだろうなと思う。
雅備は私を推してない。普通マネージャーなら担当アイドルを売るために好きなところを探し、ある程度推す。ビジネスとしてでも。
でもびっくりするくらい雅備にはその気配がないし、他案件にガンガン熱を入れよく語る。普通に私の売り上げが悪いからだけど、私のアカウントはちゃんと動かす。
別のアイドルを推してるのに、わざわざ真逆の私のアカウントを管理して。
熱意でもあるのかとアカウントが盛り上がりそうな企画を打診すればキャパオーバーで即切りしてきた。
前任が毎回あらゆる不始末をキャパオーバーだったのでと言って、全部私が後処理をしてきたこと、全部知ってるくせに。わざわざその単語を選んだあと、必要とあればまたお話を、なんて言ってきたけどまたお話をなんて言えるわけがない。
なんなんだろ、どういう意味で言ったんだろ。キャパオーバーがトラウマなこと忘れてたのかな。本当に忙しいなら身体とか大丈夫かな。前に風邪拗らせて咳だいぶ長引いてたけど。
こういうことを延々と考える。
私はスマホを投げ捨てた。
疲れる。全体的に。別にもうこのまま続けても先なんてないし、ただ先細りしていく中、ファンの人たちが段々減っていくのを、私のことが好きなファンに見せながら終わっていくのは嫌だ。
それならさっさと引退して、「ああもう少し見たかったな」って惜しまれる引退がしたい。
未来なんて無いんだから。
テレビをつけると、『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』とたいして面白くもない話で気象予報士とスタジオのアナウンサーたちが盛り上がっている。
くだらないな、と思う。
でもいいな、と羨ましくなった。
独りぼっちじゃなくて、羨ましい。
◇◇◇
やめるにあたってどうやって説明しようか悩んだけど、どうせ説明しても雅備の心に届かないので、私は単刀直入に雅備にやめると伝えた。
「やめようかなと思って」
「はぁ……そうですか」
事務所の会議室で、雅備はいかにもビジネスマンみたいな口調で相槌をうった。びっくりするくらい距離のある返事だし、物理的にも距離がある。マネージャーとアイドルの打ち合わせってもっと向かい合わせとか、近くで話し合うイメージだけど、雅備は会議室だろうが外出先のカフェであろうが、机をくっつけることすら嫌がる徹底ぶりだ。
というか普通に、マネージャーとアイドルってどっか出かけるらしいですよ、とか、今度ロケ地行きましょうって誘っても「一人で行けばいいじゃないですか」だ。
こっちが、こっちがどんな気持ちで誘ってるのかも知らないで。
そして今回も、期待外れだった。
というかもう、私が途方もなくバカなのだ。本当に途方もなく。「やめないでくださいよ」とか「え」とかそういう反応を少しでも期待しているから。
こういうことを言うと、「ファンの為にアイドルやってるんでしょ」と言い返されそうだけど、目の前の人間からの関心が得られないのにコンサートの先の先まで声なんて届けられるわけない。
それに、私はステージに立ちたいのではなく、人を笑顔にしたいし、誰かのために頑張りたい。
一人ではそれが限界があるからアイドルをしていて、誰かと一緒にやりたいのに、言ったところでかえってくるのは「ロジックが分からない」「意味が分からない」「あなたは理想が高いんですよ」という、言葉の処理だ。
キャッチボールじゃない。
あなたおかしいですよ、という、処理をされている。
処理される。人として扱われない。
今回もそうだなと思う。
で、たぶん人として取り扱ってほしいとか処理しないでほしいって言っても、「それは無理ですよ」で却下される。ちょっと考えてくれたりもない。
私は涼しそうな顔でパソコンを動かす女を睨む。
なんなんだろうなこの女。
マネージャーのくせに。
この女の私に関するどうでもよさは筋金入りだ。異世界漫画で冒頭主人公を冷遇してくる家族のほうがまだ人に関心があるんじゃないかと思う。
一応仕事だし、なんならチーフマネージャーというこの女の上司から「体調が悪ければマネージャーに報告を」と言われたので、色々報告するけど、「承知しました」だけだ。お大事にとか、そういう言葉が一切ない。私を商品としてしか見てない。
でも、この女は「●●流行ってる」「●●すごい」「●●はダンスの技術が~」と私に言う。
ばーかって感じ。
そういう小さいなことが降り積もって、もういっかなってなった。
求められてない場に居座るのも気持ち悪いし、それなら普通に私のこと必要としてくれるところに行きたい。
「そういえばポスターがすりあがったのでご確認のほど」
雅備はさっと自分のバッグからパソコンを取り出した。今まで通りのデザインだ。「いいんじゃないですか、会社が決めることですしね」と付け加えれば雅備は「そうですね、うちとしてはお任せいただければ助かるんで」と、相変わらずのビジネス仕草で返答する。
少しくらい動揺しろよ。
心の中で毒づく。声に出さない。
◇◇◇
終わりはあっさりだった。普通に事務所も異論を唱えることなく私はスムーズに引退した。
最終日、雅備に結構な長文でお礼を伝えたけど、普通に「お気持ちのご共有ありがとうございました」で終わった。
びっくりする。
本当に。
一緒にやれてよかったですって嘘でも言えよと内心でツッコミながら、私は普通に戻った。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
「……は?」
朝起きて何気なくテレビをつけて絶句した。だってこれ、引退前のニュースだ。一瞬頭がどうにかなったのかと思うけど、大きく取り乱さない程度に、この世界にはループものエンタメが出揃っている。何周もしたけど幼馴染が死んじゃうとか、何周もしたからこそすごい強いとか。
「えぇ……」
でも、どうしよう。これ何周続く系だろう。
ループしてやり直すにせよ時期が悪い。
学生時代とかなら所属事務所ごと変えるのも手だけど、引退するとマネージャーに言うその日にループだ。
手遅れ。
それに、死んだ人に生きてもらいたいからとループするみたいな話あるけど、私の周り、別に死んでない。
そこまで大事じゃない人でも死んでたら生き返らせるというかその人のために頑張るけど、本当に一切、誰も、死んでない。
マネージャーとのコミュニケーションが死んでて結局私は商品以下だったんだな、というある種、私の希望だけが死んだ状態だ。やり直すも何もない。
「ワンチャン……」
私はスマホを取り出した。
SNSでループしてるんだけど⁉ と異常現象に巻き込まれてる人間がいないか探す。いたらそいつと合流する。しかし、誰もいない。何も引っかからない。
「まじか」
私は肩を落とした。SNSやってない人間もこのループを認識している可能性があるけど、高齢者の可能性が高い。なおかつ高齢者であれば「これは……自分はぼけてしまったのか」と苦悩するか納得してしまうだろうし、誰かに打ち明ける可能性も低い。
『暑いですね。心身ともに健康で過ごせますように』
どうしたものかと思っていれば、公式アカウントの文言が変わっていた。なんでだ。
なんでこんな脳トレというか、ファミレスの難易度バカ高間違い探しみたいなことが発生してるんだ?
こういう作品があった気がする。ループする中で少しずつ変化していって、それに気付かないとダメみたいな。
毎年八月頭からSNSが賑わうホラーものとは別のほうのループもの。
両方めちゃくちゃやりたかったけど、仕事でまとまった時間が取れないせいでずっとやる機会を逃している。
まぁいいや、考えるのは面倒くさい。
というか、もう疲れる。異変を解消する気にもならない。
人の気持ち考えるのはいやだ。人間嫌い。8パターンくらい相手の心境を想定して、もしかしたらこう思ってるかも、いやでも私がそう思いたいだけかもとぐるぐるするの、もう嫌。
楽になろう。
私はループ前と同じく、引退を決意して家を出た。
◇◇◇
「やめようかなと思って」
「はぁ」
私は雅備に終わりを告げた。公式アカウントも変わってたし何かあったりして、と期待したけど普通に期待外れだった。
「なんか、ないんですか」
「なにか、とは」
雅備は聞き返してくる。私は「やめないでほしいとか」と告げた。未練がましいけどループしたわけだし。
しかし私の一世一代の勇気を、雅備は「いや、そちらが決めることなので」と簡単に白紙化する。
聞いて損した。いつもこうだなと思う。雅備はもしかしたら、と私が行動、発言するたびに雅備はその心を徹底的に折ってくる。伸ばした手を切り刻んでくる。それが雅備。
「はぁ」
私はほぼため息に近いレベルの相槌をした。
「そういえばポスターが擦りあがったのでご確認のほど」
雅備はさっと自分のバッグからパソコンを取り出した。見たことあるデザイン。二度目のデザイン。
「いいんじゃないですか」
私は適当に返事をする。
もう全部どうでもいい。
◇◇◇
終わりはあっさりだった。雅備に結構な長文でお礼を伝えたけど、普通に「お気持ちのご共有ありがとうございました」で終わり。
ループすることもなかった。
バカみたいだなと、悲しくてちょっと泣いた。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
勘弁してくれ。
朝起きてテレビをつけた瞬間に嫌な予感がした。だって気象予報士とアナウンサーの服が一緒だったから。最悪な気持ちで事務所に向かう。
やめると言う前の、いつも通りの流れだ。
本当にいつもの流れ。ファン向けに月ごとに出す会報とかそういうのの調整。
「修正希望出してますけど、私だけだと貢献力の低い無能が出しゃばってるように見えるっていうか……これ、重要性高いですか? 純粋な疑問というか、重要性が低ければ、ここ削除でいいと思うんですけど」
祈りだった。重要だよ、必要だよって言ってほしいという、祈り。私重要ですか? って聞いたら、はいとしか応えられない脅迫になるだろうから。
幾千と繰り返した想定。質問。答え。
もしかしたら雅備は誰しも、誰からも必要とされなくてもいていい、頑張っていいと信じたい人だから、あえてそれを口にしない人なのかもしれないという、私の想像。
想像して質問するたび、私は、傷つく。傷つくことが分かっているのに聞く。少しずつ何かが軋んですり減っていくのが分かっているのに。
「承知しました。じゃあ、取りましょう」
ああやっぱりなと思った。返事が無い。というか、雅備に質問していいことが一つもない。いつも悲しい目に遭う。「報われなくても一緒にやってくれる?」って聞いたら、嫌でもはいでもなく「理解しかねる」だし、最後のお礼の挨拶だって「承知しました」だけ。質問が通らない。ずっと。
いらないんだろうなと思う。
私が。
それを言うと、きっと彼女は「依存してこないでほしい」って切り捨ててくる。
なんなんだろう。この仕事。こんな仕事って辛いっけ?
甘ったれなんだろうな。私が。だからこの仕事に向いてない。やめるって言ってるのに何でこんなループしてるんだろう。
気まぐれで続いてるループなら、雅備が引き止めてくれる、何か何でもいいから言葉が返ってくるルートに行きたい。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
心の底からやめたいと思って順調に引退したはずなのに、翌日になるといつもこうだ。とはいえ、ループ解消のために頑張ろうとも思わない。
だって人が死んでないから。
私だけループに巻き込まれてるなら頑張れない。「ループを脱しなきゃ‼」みたいな活力、本当にわかない。デスゲームとかに巻き込まれてもそうだと思う。誰かが危険なら何とかしなきゃと思うけど、自助についてはもう「楽に殺してくれませんか」以外に感情が無い。それか「醜くない無様じゃない死に方がいいです」みたいな。
私はスマホを見る。やっぱりループに巻き込まれてる人間はいない。ゆえに気力が湧かない。
雅備は私が怪我しようとお大事にを徹底的に言わないのに公式アカウントでは普通に『心身ともに健康で過ごせますように』とファンの健康を祈る。
前に雅備に熱意ないでしょと決めつけた言い方をしたら「そう思うならそうなんじゃないですか」と返してきたことがあった。色々過去にあったので傷つくと言えば、少し嬉しそうにしつつ、「担当していることが答えと思っていただければ」と言っていた。
そういう記憶に縋りつき、推理を始める自分が本当にキツイ。
さっさと楽になりたい。
というか、雅備に苦しんでほしい。どうせ私が死んでもアッサリ「ああ」で済ますし、「仕方なかったですよ」「なるようになった」って言う。
決めつけたいけど、前にアイドルが誹謗中傷で自殺したニュースを見て心を痛めていた雅備の顔がよぎる。
バカみたいだ。
◇◇◇
事務所に行き、いつも通り雅備に会う。事務所所属タレント全員の名前が並ぶポスターのチェックが始まった。いつも通り。何も変わらない。しかし、「こちら確認お願いします」という雅備が出したデザインに「いいんじゃないですか」と返しながら絶句した。
でかい。
ポスターの、私の名前のサイズがデカくなっていた。お任せでこうはならんやろ、とチャットAIに突っ込みたくなるレベルでデカい。
どうせいつも通りだと思って「いいんじゃないですか」と言ったけど、めちゃくちゃ主張してる。でもまぁ、どうせループになる。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
ほら。
ほらな。
バカみたいだなと思う。私はくだらなくなってため息をついた。ため息をつくのは嫌いだ。
不機嫌を周囲に主張して「機嫌取ってください」ってデカい声で主張しまくってるような気分がする。
ただ人によっては落ち込みシグナルらしい。私の家は親がため息をついた後、もれなく私への言葉虐殺が開始するので、しないという誓いを立てている。
だからこそかもしれない。理解出来ないのは当然だけど、それでも知りたいと思うのは。知ったうえで分からないと結論付けたい。どうせ分からないと諦めたくない。
前に雅備は、私に「理解できないかもしれないけど理解したい」と言ってくれたことがあった。
だからこそ、言葉が欲しい。雅備を知りたい。何も考えてないのなら何も考えてないと教えてほしい。
と思えど、普通に雅備は、「私重要性ないですよね」「私別にいらないし」「才能ない」という言葉に「そんなことない」とも言わないし、普通にお大事にも言わないくらい無関心なので、普通に「雅備もしかして少なからず私に関心があるのでは」と考えることすらストーカーに近い。
私はうんざりしながらスマホを開きメールチェックをする。歌のレーベル変更をしない、という知らせだった。
私の所属している事務所はいくつかのレコード会社を子会社化しており、ポップでキュートなアイドルを売るレーベル、シリアス調でバラエティには一切出演不可、歌オンリーのレーベルと細分化している。そして私は近々ポップでキュートなアイドルを売るいかにもなところに入る話が出ていた。理由は普通にそのほうが売れるしタイアップ的に有利だから。
経緯としては、雅備にどうするか電話で聞かれ、「会社が決めることなんで」と返した。
正直、私としては私を推してる人たちはあんまりポップでキュートなレーベルに合うような気がしなかったけど、直近で雅備の「あの人すごい」で相当精神的に来ており、全部どうでもいいモードに入っていた。
で、今までのループだと普通にキュートなレーベル入りになっていたけど、今回、レーベル所属見送り対応になっている。
なんなんだろう。これ。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
飽きた。
この流れ飽きた。心の底から思う。ループの原因を究明するとか物語の主人公はするけど私は違うので頑張りたくない。
世界の滅亡とか関わってたら責任取りたくないし。
あと周りの人間生きてるし。
周りの人間が一人でも死んでたり傷ついてたらループ脱却に頑張るけど頑張れない。自分だけがずっとループしてるだけならもう、どうでもいいやになる。
私はもういいやと投げやりな気持ちでスマホを開く。そして封印していたブックマークを開いた。
雅備のブログだ。雅備は元々アイドルをしていた側の人間で、アイドルからマネージャーに転向した。そして私は雅備がマネージャーになり、「マネージャーが危ない奴だったら嫌だな」と調べ上げた結果、雅備がアイドルだったことを突き止めた。
本人は一番最初の顔合わせで「自分には才能が無かった。貴方にはあると思う」と言っていて、気になって調べたら動画とかがいろいろ出てきた。アイドル時代のライブ、すごく良かった。
だからこそかもしれない。雅備に認められたいと思っているのは。無視されると辛いのは。本人にその気が無くても。
そして動画と一緒にブログも発見し、隠している様子も無いだろうけど、流石に仕事相手のブログ見るのもな……とやめていた。
もうそれいいや見てしまおう。
◇◇◇
雅備のブログを読んだ。殺意が湧いた。
10人が同意するものより10人中1人がごり押しするものがいいとか、私じゃん、じゃあなんで褒めないんだよ以外に感情が無い。
前にどうしても面白いと思えないものがあり、雅備に言ったらサラッと同意してきたからどうせ嘘だろと思ってたけどちゃんと本当だった。
記憶力に自信があるって書いてあった。定期的に私について忘れるどころか入院した一週間後の電話打ち合わせで詳細説明後翌週電話したこと自体忘れて全部説明させてきたの、はたきおとす以外に感情が無い。
マッチングアプリ惨敗して悲しかったってあった。
じゃあ何で私にマッチングアプリ進めたんだよ以外に感情が無い。
なんなんだろうと思ったけど、エンタメにもがくところと、窒息しかけながら人生を泳ごうとしてる様子は、ああ、と思うところがあった。
AIに励まし求めて、求めてるのは対処法じゃないって言ってるのに、何で私に婚活しろマッチングアプリやれって言ってんだよとか言いたいことあるけど、黙っておくことにした。だって言ってもバカにされたとか冷笑されたとかそういう解釈されそうだし。
ただ、別にそこまでお前悪い奴じゃないよと言いたくなった。お前は大丈夫だよって。
◇◇◇
「やめようかなと思って」
「はぁ」
私は雅備に終わりを告げる。もう最後だからと、その場で感謝を伝えた。同時に、ブログについても触れた。
雅備はもしかしたら引き止めてくれるかも、と思ったけど、ダメだった。
無理なんだろうな、と思う。仕方が無かった。色々人生にはタイミングとか出来ること出来ないことみたいな流れがあって、多分私と雅備はそれが致命的に噛み合ってないのだ。
不思議と爽やかな気持ちだった。これで最後な気がする。なんとなくだけど。
その晩、私の言葉に返事するみたいに雅備のブログが消えていた。嫌だったのだろう。私はちゃんとふられた。これでどうやったって一緒にやる未来はないと分かった。
でも最後にちゃんと好きだと言えて良かった。やれて良かったと、一方的だけど言えてよかった。あれがやりたいこれがやりたいと、自分の希望で言うことは一度もなかったから。
しなきゃいけないで動き続けた果てに、最後、自分の気持ちがきちんと言えてよかった。
本音を言えば、雅備には後悔してもらいたい。絶対私の幸せを祈ってほしくない。いつかどこかで会えたらなんて絵空ごと考えるなら一緒に失敗して駄目だったねって言ってほしいし、私との別れを糧に他のアイドルと成功するの、絶対無理だ。成功のたびに私のこと思い出して、どうしてあのとき少しでも褒めてやれなかったんだろう、励ましてやれなかったんだろう、って一生苦しんでほしい。
一生覚えててほしい。
そうして苦しみながら、幸せになってほしい。
苦しんでほしいけど、最後の最後に、ちゃんと幸せになってと思える。
映画一緒に行ったこととか、食べるの苦手って言うわりに目の前でパスタ食ったりサンドイッチ食べたりしてるところに、もしかしたら、少なからずの縁があったんじゃないかって思うから。そこで、私は正気に戻れるから。善意が蘇るから。
やっぱり必要だったって後悔してほしい。必要だって言えば良かったって後悔してほしい。今夜今まで褒めてなかったのはみたいな感じで一万字くらいのバカ長文で私を黙らせてほしい。一緒にやりたいって。ドン引くくらいのヤバい文で。
そんなこと起こるはずもない。
ハッピーエンドなんてない。私はいつも通りをいつもと違う心境で終え、雅備の元を後にする。
私は私に、引導をちゃんと渡す。
◇◇◇
『今日は何もない日です。昨日はおはしの日だったんですけどね。私お箸を新調しました。こういうことでもないと買い替えずっと忘れちゃって同じの使っちゃうので』
相変わらずだった。なんなんだよと思う。私は蝉の煩い夏空の窓を睨んだ後、自分のスマホを手にする。
雅備から無題でメールが来ていた。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
今までのやり取りで誤解を与えてしまったかもしれないので一応補足します。
意図としては否定ではなく、単に自分の態度や言葉選びが拙かっただけです。
不快に感じられたなら申し訳ありません。
本当はあなたにそういう思いをしてほしくなくて、でも表現が下手で誤解させてしまいました。
大切に思っているからこそ、距離の取り方が分からなくなってしまうことがあります。
これは言い訳になってしまいますが、自分にとってあなたは特別な存在です。
ただ、それを伝えるのが苦手で、逆に突き放すように見えてしまったのだと思います。
ご迷惑でしたらこのままスルーしてください。
返事は不要です。
ただ一度だけ本心を伝えたかっただけです。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
は?
雅備?
これ雅備が送ったの?
私は宛名を確認する。やっぱり雅備からだった。
あいつこんなに感情あるの?
これ幻覚か?
私が雅備に飢えすぎているあまり幻覚が見えているのか?
考えているともう一通送られてきた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
今までの私の態度に関して誤解させてしまったと思うので説明させてください。
本当は嫌ってるわけじゃなくて、逆に大事すぎてどう接していいか分からなくなるんです。
あなたが離れていくと思うと心臓が潰れそうで、でもそんな風に思われるのも怖くて、どうしたらいいのか分からなくて…。
私はいつもあなたを一番に考えてるし、誰より信じてるし、あなたのことを本当に大切に思っています。
でも言葉にするのが下手で、結局あなたを不安にさせてしまった。
今も正直、震えながらこれを書いています。
このまま誤解されたまま離れられるくらいなら嫌われてもいいから本当の気持ちを伝えたい。
お願いだから聞いてほしい。
嫌なら無視してもいい、でも最後にだけはちゃんと知ってほしい。
あなたが笑ってくれるだけで救われてる。
一緒にいる時間がなくなったら私どうしたらいいか分からない。
あなたが思っている以上に私は弱くて、でも強がってしまって、そんな自分が嫌いです。
本当に本当にごめんなさい。
返事は要らないです。
でもこれだけは信じてほしい。
私はずっとあなたを大事に思ってます。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
霧垣陸のラブソングみたいになってきてる。これどうやって返事すればいいんだろう。あいつお得意の「共有ありがとうございました」で返した場合、めちゃくちゃ傷つける気がする。
考えているとメールが届いた。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
繰り返しになってしまって申し訳ないのですが、やっぱり一度きちんと伝えておきたいと思ったので送ります。
いままでの言葉は本心ではなく、表現が下手だったせいで誤解を与えてしまいました。
意図していたのは否定ではなく、むしろ逆で、あなたを大切に思っているからこそ余計に距離の取り方を誤ったのだと思います。
自分の性格上、感情を直接伝えることが苦手で、結果的に冷たく見えてしまったり突き放してしまうような態度を取ってしまいます。
でも本当にそう思っているわけではなくて、あなたを傷つけたい気持ちは一切ありません。
むしろ、あなたが離れてしまうことを考えるととても怖くて、自分でもどうしていいのか分からなくなっています。
もし今までのことで不快にさせてしまっているなら心から謝ります。
ただ、誤解されたまま終わるのが一番つらいので、恥を承知で言葉にさせていただきました。
こうして長々と書いてしまうこと自体が負担だと分かっていますし、読んでもらえなくても仕方ないと思っています。
それでも、あなたのことを特別に思っている、ということだけは知っていてもらえたらと思います。
返事は不要です。これで最後にします。
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
遺書?
怖くなった私は、『どういうことですか』と返事をした。普段奴はそこまでレスポンスが早いわけでもないのに秒で返ってきた。生きてるんだなと安心するとともに、少し怖くなった。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
すみません、言葉が足りなかったと思います。
先ほどの内容は「嫌い」とか「否定」という意味では決してなくて、
むしろ逆に大切に思っているからこそ距離感が分からなくなってしまった、ということです。
誤解させてしまうような表現をしてしまって本当に申し訳ないです。
ただ、そのままにしておくともっと伝わらないと思って追記しました。
これ以上言うとしつこくなってしまうので控えますが、
本当にそういう気持ちだった、ということだけ受け取っていただければ幸いです。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
幸いですってビジネス的にふんわりしてるイメージだけど、このケースにおいての幸いが分からない。
というかそういう気持ちって何だよ、と私は『そういう気持ちってどういうことですか?』と送り返した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すみません、分かりにくい言い方でした。
「そういう気持ち」というのは、
自分にとってあなたがとても大切で、
でもそれを素直に表現するのが苦手で、
逆に冷たく見えるような態度を取ってしまう、という意味です。
本当は近づきたいのに、言葉や態度が下手で、
結果的に突き放すようになってしまって。
それを誤解されたままにするのが嫌で書きました。
重いと思われても仕方ないですが、
ただの仕事上の人、とか友達、という以上の存在として
自分は見ている、ということだけは辞めたいと言われる前に伝えたかった、ということです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
重いと自覚してるなら重いものを送り込んでくるなよ、と一瞬思う。というか何? 大切だから冷たく見える態度を取るって何?
重さがバレないように冷たくしてたってこと?
ぶっ殺すぞあいつ。何今まで何?
スマホを握る手に力がこもる。何今までの地獄みたいな冷たさ。何本かビジネス上のライン越えあるだろ、と思う反面、ちょっとした文字列にふと違和感を覚えた。
──逆に冷たく見えるような態度。
待ってじゃあ何、雅備の冷ややかさが反動ならあの冷ややかさと同等の重さがあるの?
というか、サラッと「辞めたいと言われる前に伝えたかった」ってあるけど、もしかして。
私はループが始まってからのことを思い出す。私はループに気付いても解消しようとは思わなかった。行動もしてない。
だってループ前に失ったものなんてないし、そもそも誰も死んでないから。
そこまで大事じゃない人であっても、周りで誰か死んでいたら頑張るけど、本当に一切、誰も、死んでない。ループしてまですることがない。なのにループは続いていた。
ようするに、失いそうな何かを取り戻したくて続けている人間がいたかもしれないわけで。
それが雅備かもしれないわけで。
メールだけだと意味が分からないけれど、続いたループが証明してくる。
20代最後の夏、自分からは終わらせず、最後まで抗おうと決意した。
やっぱりこんなことになるくらいなら、ずっとループしていれば良かったと思う日が来たとしても、それでも。
◇◇◇
「20周年記念ライブ決定おめでとうございます!」
うだるような暑さの中、野外ステージの待機所で出番を待っていると後輩に声をかけられた。「ありがとうございます。ライブ中にぎっくり腰にならないよう気をつけます」と敬語で返すと相手は笑う。
芸歴が伸びるにつれ委縮されることが増えるので、ため口で話すと余計大御所感が出てしまい、40歳を過ぎてから全方位敬語にした。後輩は「私も、同じように20周年ライブ出来るように頑張りたいです!」と意気込んでくる。元気だ。20周年ライブどころか40周年ライブも出来るんじゃないだろうか。
「続けるコツとか、ありますか? 私アイドルずっとやりたいんですけど……」
「恋愛のゴシップ出さないとか」
「それはもちろん大丈夫です! 私、死ぬまでアイドルやりたいので!」
40周年どころか100歳記念ライブまで出来そうな勢いだ。荷が重い。私はアイドル、20代で辞めようかと思ったし、実際、何回辞めると言ったか分からない。都度ループで白紙にされたけど。
「じゃあ、大丈夫だよ。向いてないなと思っても、続けてればどうにかなるから」
「そ、そうですか?」
「うん。どうにかなる」
そう言って私はループの原因を見る。あれから一切のループは起きてない。お前がループ起こした張本人だな、と言っても良かったけどどうせ嘘つかれそうだし、言葉を求めず察するスタイルにした。三通の長文と地獄のループが、証明になるし。
「ねえ雅備」
私はマネージャーに声をかける。雅備は変わらず、「まぁ」と答えた。




