ここが終点
御上望と話をしたとき、自分が世界の中心だと信じて疑わないタイプの人間だなと思った。だって行動力もあるし発言もキツいし、自分の言葉が届くと信じている、理解されると自信を持っていないと言えないことしか口にしないから。
そして普通に、あれしろこれしろ、提案が煩い。こちらは著者とやりとりするだけでなく、内部の調整をして印刷業者や漫画家、絵師、色んな人間と連携しなければいけないのに、自分のアイデアがさも正しいかのように突きつけてくる姿は、就職で言えば真っすぐと言えど、裏を返せば社会で使えない、迎合できない、扱いづらい自我の強さだ。制作に邪魔だし、そういうのが一人いるだけで空気が悪くなる。数字を出せば、ある程度の才能があればいいが、結果は出せと天才と言われるほどでもなく、ニッチで固定ファンはついているといえどそれも限定的、内容は王道を外し売れる設定との組み合わせも悪く、売れないし誰が読むのか分からないものだ。
「これ誰向けなんですか」
「ジャンルは?」
打ち合わせ中、何度聞いたか分からない。一応本人も反省があったのか、後々SNSのアカウントでそれっぽい文庫本を提示してきたが、著者に力があるタイプの本だったので、意味が無かった。
面倒くさいなあ、と思う。
御上望の存在自体が。
死んでほしいとまでは思わないが、変わってほしい。担当とかじゃなく、普通に大人になってほしい。自我が強いし、そこに見合うだけの実力があれば別だけど、そういうのも薄いので感想も言い辛い。後々責められたら嫌だし、こちらは仕事の提案で他の作家の名前を出したら、落ち込むしで面倒だ。
その作家みたいになってほしいとまでは言ってないのに。どうせその作家と仕事したいんだ、と拗ねてくる。面倒くさい。否定してほしい甘えた感じが透けて見えたので、無視している。
当たり前だろ、なんて言えるわけがなかった。
誰だって編集者であれば売れる作家と仕事がしたいし、御上望のような扱いづらい、ややこしい人間とは少なくとも仕事がしたいとは思わない。書くのをやめてほしいとまでは思わないが、本当に大人になってほしい。褒めてほしい、慰めて欲しいなんて前に言ってきたけど、図に乗りそうで嫌だった。
たいしてすごくもないものを褒めたくないし、正直落ち込んでいるほうが気が楽だ。静かで。たまにメールが長くなるけど、あれこれ提案して仕事を増やされるのも怠いし、メールについては「確認しました、お気遣いいただきありがとうございます」で返信すれば済む。どうせ本人は発散したいだけだ。話し合うとか相互理解は求めてないだろうし、一応なにかあったら電話でもとは言ったけど、こっちは仕事なのでミュートにしている。出ることは無い。適当に向こうが危なそうな時間に折り返せば、手短に終えることが出来るだろう。
いろんな会社でも同じことをしているのかと思い、他社について聞いたことがある。他社に言えばいいとも。いっそ怒られればと思い、うちの会社のこと言ってみたらどうですか、と提案してみたら、「漏洩になる」とビビっていた。
子供なんだよな、と呆れた。全体的に押し付けがましく、弁えないくせに、そういうところの引っ込みは何なんだろうと思う。そういうところもやりづらい。
皆大人で、成長しないと構ってもらえないよ、っていうか、大人になっても構ってもらえないよ。
いっそ言ったらスッキリするか、なんて悩んだものの立場的に危うくなるので黙った。前に褒めてが煩く、どうせ甘やかされて育ったんだろうなと「親に褒められたことないんですか」と聞いたとき、口ごもっていたから、多分家庭環境が悪いことで人懐っこいというか扱いづらいタイプなのだろう。何かメンタルをやっているのかもしれない。そうなるとやっぱり下手に関わると面倒だし、売り上げも微妙かつ、応援したい才能もないので、距離を置いてフェードアウトの選択を取ることにした。
すると、何かの八つ当たりなのかメールの文末に『!』『(笑)』をつけるようになった。本当に煩わしい。だから誰からも見向きされないんだよ、と思う。無能は夢を見るな、抗うな。惨めで無様なんだから。肥大化した承認欲求であれも欲しいこれも欲しい無いものねだりして我がままを言い、自我をさらけ出して惹かれる前に、ファンレターとかメッセージを送ってくれるファンを大事に出来ないのか。
御上望を見るとイライラする。
ほかに一生懸命小説を書いて模索している作家はたくさんいるのにさも自分だけが被害者で苦しいような顔をして。だから応援したくならないのだ。誰も助けないし手を貸さない。ファンを裏切ってるし、そのファンも色んな人間の手を借りて形成されたファンだというのに、自分を過信して大口を叩く。
いつか燃えるだろうなと思う。その前に仕事が来なくなるほうが先か。
実力もないのに声だけうるさいのが目立つ、ああいうのはいなくなったほうが世間の為だろう。さっさとやめればいいのに。未練がましい。感情をぶつけず、きちんと処理をして大人になって自立出来ないのならば、書くのをやめればいい。未来について聞いてくるけど、責任取りたくないし後が怖いし、何も言いたくない。喋りたくない。
でも一度言ってみたい。言ってやりたい。そうしたら──、
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「なんだこれ」
目の前の文面に、思わず声が漏れた。担当編集として作家のSNSのチェックはマストであり、炎上しそうであれば注意することも多々ある。ただ作家によっては注意されたと書いてしまうので采配が難しいところだが、独下ケイ──御上さんは、基本的にSNSをしないので、その点は安心していた。
しかし。
「なんで、自分のことを」
御上さんはよく身の回りのことをそのまま創作に投影する。たまに直の発言が飛び出す。なんかの発散だろう、自分もそういうことやるな、程度の認識だったし、ストーカー日報と称し社内事情を赤裸々に書き出したときは「やったな」と思う反面、危ないんじゃないかとひやひやしたものの、そういうのもエンタメと割り切っていた。
そしてちょこちょこ、こちらへの不満を書いていた。不満、とはいえ、不満かは分からない。不満を書かれているようには感じないけどどういう意図なのかいまいち分からないので、一応不満としているけど、そこを突っ込まれると違うかも、と言いたくなるし、さらに責められれば何を言っていいか分からなくなる。
ネットではこういう考えについて「回避型」とか「抑圧型」ってレッテルが貼られるけど、普通に、なんで皆そんな白黒はっきりさせたがるのか。
御上さんも同じ、「敵か味方か」の世界の人でせっせとラベルを貼っては一人の道へ進んでいく。だからこそ何も言えないし、たまにこちらを見透かすようなことを言うし、探偵をしているのだから少しは察しがいいはずなのになんでかぐるぐる走り回っている。
そういうところが御上さんっぽいな、と思っていたし確かに自我が強いとも思っていたし実際に言ったけどここまで悪意を持ってはない。褒めないのだって普通に、そこまで大人になって褒める褒めないの機会って発生するか? と言う所だし、御上さんは記憶力が異常にいいので、下手なこと言えないしこちらも会社員なので、会社の手前、言えないことは多い。御上さんと違って一人で何でもできる強さはないのだ。
だというのに、ここまで書かれていると怖くなる。ものすごい暴露みたいなことされるんじゃないかとか。
誰もそんなこと言ってないのに。「実力もないのに声だけうるさいのが目立つ、ああいうのはいなくなったほうが世間の為だろう。さっさとやめればいいのに」なんて誰も言ってない。作家さんだからだろうか。御上さんの中では言ったことになってるのだろうか。
怖いなと思う。だとしたら怖い。何も出来ないし、落ち着くまで距離を取ったほうがいい気がするけど、そうなると御上さんの妄想がどんどん加速していくところまでいってしまいそうなので困る。そして怖い。
最近御上さんは誰もそこまでは頼んでないのに『迷惑になるの嫌なんで原稿消しました』とか『削除しました』『設定消してるので』と宣言してくる。別に消すまではしなくていいし他社との仕事で取っておけばいいのに。
そう思うけど、思い出すと同時に少しだけ、『これ天上さんとやってみたい話だから』と笑っていた御上さんがよぎる。
そんなプレッシャーかけられても困る。企画は会社が許可をするものだし、御上さんの作家人生を背負いたくない。荷が重い。御上さんは『ものづくりをやってて良かった瞬間が欲しい』『必要とされてるな、という瞬間があればいい』なんて抽象的なこと言ってたけど、普通にファンレターは届くし、それで満たされないのなら一生満たされないので、折り合いをつけていくほかないのに。
やっぱり作家さんって変なのだろうか。少し面白いけど、やっぱり怖い。後々問題になったら嫌だし。
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「……」
電車の中、スマホを片手に絶句する。担当編集として作家のSNSの確認は必須だし、どんなに忙しくともSNSで更新について触れられていればクリックする。
そして書かれている構造に絶句した。
なんだこれ。本文に書かれてる言葉は言えない。
だってまるで、全て予想されているような文面が、担当作家の小説としてWEBに投稿されていたから。
汗がにじむ。喉が乾く。降りなければと思えど足は床に張り付くようで、いくつも駅を通り過ぎても、一切動くことが出来なかった。




