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天の恵み

「会社の好きなようにでいいですよ。売れるほう、数字出るほうでいいです」


 今日は刊行作の打ち合わせだ。天上さんに呼びだされた僕は、企画意図について話した。


「やる気なくなっちゃったんですか?」


 天上さんがおそるおそるといった調子で聞いてくる。「なんでですか?」と聞き返せば「いや……まぁ、お任せいただけるのであれば助かりますけど……著者さんの意向が……あれなんで」と迷ったような口ぶりで言い淀む。


 面倒だなと思った。普通に。天上さんのこの感じが。


 自我を殺すと決めてから、僕の切り替えは早かった。難所としては天上さんが僕に嫌われたと思うことだけど、そんなこと思うはずがないので実質ノーダメだ。


「はい」


 僕は相槌をうつ。天上さんはやりづらそうにしていた。謎挙動だ。今まで僕が自分の意見を出したり提案していたら嫌がっていたのに、この一か月、利口に、何も僕の自我を出さず業務遂行に務め、ただただ「売り上げ」「数字」と続けていたら分かりやすく天上さんに疲れが見え始めた。


 今まで天上さんのことを心配して行動してきたけど、そのたび裏目に出て地獄を見ている。僕の前任がCCにいるメールで僕のプライベート気味の発言を引用してきたり、キャパオーバーなんでと突っぱねられたり、理解しかねると拒否られたり。


 なんか理由があるんじゃないか、本当は別の意図があるんじゃないかと思ってきたけど疲れたし、それを言っても天上さんの伝家の宝刀である「そう思うならそうなんじゃないですか?」が炸裂するので、諦めた。


 そうすると楽だ。自分の意見を言わずにすむから傷つかなくて楽。あれこれ考えなくていいし、相手の言う通りにしていれば「相手の責任なんで」で済む。相手の気持ちを考えたり想像して悩むというのが消えた。


 結果的に何で天上さんと仕事してるんだろ、と疑問が浮かび、同時に書きたいものも消えた。


 天上さんは「書きたいものを書いていいと思うんですけどね……」と繰り返す。何を目的としているのかよく分からない。社交辞令の定型文なのか、売り上げが全然駄目で同でも良くなったのか。判別が出来ない。編集者はみんな担当作が好きみたいな話を聞いたけど、天上さんは初回の打ち合わせで僕の話の好きなところを言った後、何ひとつ何も触れない。感想は言うけどいいとも悪いとも言わないので一緒に作ってる感が無い。


 そう言うと、多分天上さんは「じゃあやっぱり前任とやったほうがいいんじゃないですか」とか言って来るのが想像に容易いので言わない。 


 前任は、「ここはヒーローがヒロインの耳に触れると、とっても読者が盛り上がると思います♡」と、意味わからないベッドシーンですか⁉ みたいなスキンシップを要求するし、人を殺したヒロインが幸せになるために、やっぱりけじめとしてある程度の怪我、腕が切られたりすることは必要だと思う、それに、どうしても自分を殺そうとしたり誰かを無理に助けて命を投げ出してしまう人だから、敵を庇って負傷する場面が欲しいと言えば「可哀そうです幸せなほうがいいです。読者もそれを望んでると思います‼」と言うタイプだ。しかもオール善意で。


 腕を切ることについての反対、エンタメなら許せた。グロいとかそういうのなら、なんとか調整するし無理そうなら麻痺にする。


 でも違った。相手の主張は「腕が切られたら大変で幸せじゃない、可哀そう」だった。


 それだと五体不満足の人間はそうなった時点で幸せになれない、ということになるがと話せば完全にその考えの人だったのでもう、僕は投げた。


 すべてを。


 その人と仕事をすると選んだ僕の自己責任なので、すべて捨てた。そもそも僕は必要じゃない仕事だったし。文庫本の書き下ろしの依頼が来たと思いきや普通にWEB投稿してくださいと指示され、最後の最後にこういう制作は本意ではなかったと言えば「認識が違い過ぎる‼」とヒスだ。終わり。


 そういう干渉は嫌だけど、理解し合えない前提で、出来る範囲ですり合わせはしたい。


 ……と天上さんに言ったところで、僕は前任を恨んでる人間になるのでおしまい。打つ手がない。


 褒めてほしいも、天上さんには届かない。目の前の人の心に届いているかどうかを僕は気にしているけど、天上さんは多分目の前の僕がものすごくどうでもいいので「なんでそんなことしなきゃいけないんだろう」で終わりだ。


「っていうが、漫画の監修、貴社の作家さんにお願いしたらって思うんですよね。いっぱいいるじゃないですかライターさん」


 僕は提案する。最近、コミカライズの監修というか仕事全般「僕、いる?」と不思議でならないし、パワハラ調査の仕事中普通に頭を保温ピッチャーで殴られて脳神経外科でMRIにより調べるみたいなことも多く、全部どうでもよくなってきた。


「やりたくないということですか?」


 天上さんは問いかけてきた。


「必要ない存在が求められてもないのに居座る感じキモくないですか?」


 あと普通にこれがデカい。


「読者がいるじゃないですか」


 天上さんは言う。読者がいたところで出版社は数字を見るし、数字を見ないならば作家の才能を見る。ああこの話は売れないかもしれないけど届けたほうがいい、必要な読者はいると考えて仕事をするものらしい。でも僕の話はその前提が存在しなかった。


 読者がいても、それを一緒にやる天上さんの同意がなければ、読者に編集者が不本意な話を届けることになる。そこの不誠実さ。


 制作なんてそういうものならば僕は絶対にそうしたくない。抗いたい。


 だって、仕方ないしょうがないで耐えてなんとか生きてる読者に届ける話は、誰も取りこぼさなかった話でありたいから。


 というか普通に、僕のファンが存在したとして、その読者喜ばせるなら無料投稿だけでいい。商業において必要なのは人間の想いだ。数字なんか正直いらない。売り上げなんてどうでもいい。僕は……作家じゃないけど、僕の商業の成功は、相手がやって良かったと思えるか、その一点。


 その一点がずっと埋まらない。なんとか頑張ってきたけど、結局何も言わないこと、自我を出さないこと、提案をしないこと、なにも手間をかけないこと、死ぬことが埋める鍵だった。最適解だった。なのでこの人生全部捨てて、もういいやした。全部面倒くさい。


「だから?」


「読者は必要としてる」


「で?」


 天上さんはすぐ他人の名前を出す。自分がどうしたいか言わない。誰と話してるんだよ僕はと思う。僕の担当者は誰なの?


 天上さんは「立ち上げた人間が一番エライ」と言う。読者が気にしてるのは今だ。今の編集者だ。それとも天上さんは立ち上げた作品じゃないと一番偉くないから僕の作品をどうでもいいと言ってることと変わらないけど、どうする?


 立ち上げた人間と並べるくらいの結果は出せないかもしれないけど、熱意は負けたくないとか言えばいいのに、と思えどそんな熱意はないだろうし、そんな熱意を煽れるほどの才能が無い無価値のドブクズゴミなので最近はもう「数字で」と言う。


「御上さんは何を求めてるんですか」


 天上さんはしびれを切らした調子で問いかけてきた。何を言ったって理想が高いで突っぱねる。しいていば、天上さんの本音だ。どう思っているかが知りたい。いいと思うのか悪いと思うのか。


 打ち切りのときまで、僕は頑張っていていいのか。


 僕の話に、なんでもいいから、何かを思うことはあるのか。


 僕の伝えたことでやだったことでもいいことでも何でもいい。


 何か、届いたか。


 なんでもいい。考えが欲しい。結果なんかいらないから、成功も幸せもどうでもいいから、今書いていることは迷惑じゃないか知りたい。


 僕の話を担当していてやりがいを感じるかも。感じないならそれでいいのだ。知れるから。


 知らないことがずっと怖くて一人で苦しいから。何も分からないままなのが辛くて仕方がない。


 そして、天上さんが伝えているつもりなのに僕が分からなかったらと疑うことが正しいのか教えてほしい。天上さんの真意を探ることが、負担なのかそうじゃないのかを知りたい。


 本当に今、何も分からないから。


 でもどうせ通じないので、僕は視線を逸らした。


 ふと、天上さんがせっせと名前を出していた作家を思い出す。


「あの、全然関係ない話、していいですか」


「なんですか」


「天上さんってなんで人気の編集者さんみたいなプロデュースしないんですか? 流行りの感じと言うか。僕をそういう風にしたいなら、それこそ天上さんの推し作家さんの編集みたいになればいいじゃないですか、天上さんが」


 ほんの出来心だった。だって天上さんは一般論を持ち出すし、世間話として言ってきた。


 なのに。


「……っ」


 天上さんは絶望したような顔で僕を見る。嘘だろと思った。


 目の前の光景が信じられない。


 天上さんが、泣いた。


 嬉しいと、瞬間的に思った。



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