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いい子に生まれ変わる


「鹿治さん僕やっぱ才能なかった」


 興信所で書類の整理をしていると、御上くんが呟いた。


「それは……執筆の?」

「うん」


 御上くんは感情の読めない表情で話す。最近の彼はずっと感情の起伏がなく、天上さんと出会う前と変わらない、喜怒哀楽のすべてが欠けた『御上望』だった。辛さも苦しさもない。ただ淡々と死に向かう。自我のない、自分の無い御上望。


「僕さ、一回くらいは商業の場で、いてくれてよかったとか、あなたのおかげで〇〇が出来ましたみたいな、そういうの欲しくてさ、というか、自分が成功しても売れても何の価値もないから、どうせ、死ぬだけだし。目の前の誰かを見たかったんだけど、無理だった」

「目の前の誰かは、読者じゃないの?」

「だって読者は、いわば商業もWEBも関係ないじゃん。商業は一応、誰かと作るわけで、一緒に作ってる人の承認と読者からの承認って別軸じゃない? だって一緒に作ってるんだから」

「確かにねえ」


 独りでしたいなら同人という道がある。所内にいわゆるサブカルチャーが好きな子はいないけど、コミケとかで自分のつくったものを売ってる人もいるし、そういう道もあるのだろう。


「だから、商業においてどうすればいいんだろと思ったんだけど、黙ることが、一番の貢献でさ。自我を殺すというか。それに気づくのが遅すぎたなって」

「天上さんによく言われてたやつ?」

「うん。僕、必要ないし、天上さんにさ、これからどうしたいって聞いたことあるの。すごく嫌そうだった。なんにも、喋んない」

「失敗しちゃったら、期待させちゃったらどうしようって思ってたんじゃなく?」

「僕は、そう思いたかったけどさ、天上さん何にも言わないから。失敗してもいいって、少しでも、未来見ていいって、こういう考えがあるよって言ってくれたらと思ってたけど、迷惑になるから。それすら」

「どういうこと?」

「前にも言った通りキャパオーバーでって、断られた。仕事。だからもう、黙ったほうがいいって。迷惑かけたくない。だから、黙る。ちゃんといい子になる」

「天上くん、どう思うんだろうね」

「やっとあいつも自分の身の程をわきまえたか‼ ざまあみろこれで邪魔者は消えた! 今までの全部無駄にしやがって役立たず‼ いなくなってくれてよかった‼ って、今頃、清々してるんだろうなーと」

「そんなこと思うかな」

「分かんない。何にも知らないから。想像するしかない。ただ、最後に言いたいことあったから、メールした。それで最後にした」

「なんて送ったの? 助けて? 一緒にやりたい? 好きだよとか?」

「そんなん送ったら迷惑になるじゃん」


 御上くんは笑う。泣きそうな顔をしていた。多分もう見れない御上くんの笑顔だろう。


「才能あるって言った。あと返事いらないって。返事いらないってわざわざ書くか悩んだんだけどさ、傍目に見れば、突っぱねてるみたいに感じるかなって。でも、何書いても届かないから」

「届かない?」

「うん。返事要らないって言わなかった、今までありがとうとかも、触れられたことないし。僕の言葉、届かないというか。天上さんの言葉に、僕の言葉は届かない。……いやわかんないや。なんだろう。手かけるの嫌……なんだろうね。平気な人だと思ってる。何もかも。僕は平気じゃなきゃダメだから。強いからいいや、大丈夫って。どうでもいいから。手間かかるの嫌なんだよ。一人で何とかしてほしいなの。数字の出せない商品だから。時間をかける価値もない」

「またそうやって自己卑下に走る」

「妥当な評価だよ。僕の僕についての評価は」

 

 そう言って御上くんは、静かに息を吐いた。


「あなたがいて、には、決してなれなかった。そういう人間です。僕は、負け犬。だからみんなの幸せを願って、尽くして消える」


 御上くんは言う。


 それが御上くんの願いなら応援するよ、とは言えなかった。御上くんの捨て身を見捨てることだから。助かればいいな、誰か助けてあげられないかな、と思う。でも無理だろう。御上くんは助からない。助かることを望んでいた時期もあったけど、それは過ぎた。もう、自力で動くことは無理だろう。


 以前、御上くんの脳回路を見たことがある。御上くんは大きな事故にあったときに、脳をアレコレしていた関係から、定期的に頭を見てもらっている。セロトニンやドーパミンなど、本来人間が興奮したり幸せを感じるときに分泌するものが、本来の人間が分泌するタイミングで、ほとんど出ない状態だった。


 たとえば、自分が成功するために頑張るとき、人間はドーパミンが出てやる気を出す。御上くんは一切ない。御上くんのドーパミンが出るときは他人が関わっているだけ。そして感謝されても脳の報酬系は働かない。当たり前だと認識するからだ。人に尽くすことが。読者が面白いと言っても、多分、御上くんにとっては、読者を喜ばせることは作家にとっての当然の義務であり、レビュー評価はビジネス的な分析によりセロトニン分泌に至らない。自己存在の承認に繋がらない。一方で執筆により「迷惑じゃないか」「届いているか」「書いていることは許されるのか」が絶え間なく発生する。


 どれだけ人に尽くして無駄になろうと御上くんは何も思わない。


 一方で、自分との関わりが誰かの迷惑になる、害になると判断すると一気にシャットダウンする。自分で再起動することはありえない。


 探偵に向いているな、と思う。最適化されている。探偵に。


「苦しいの終わるといいね」


 僕は御上くんに願う。その苦しみが、御上くんの消失なのか分からない。


 ただこういう人間が生まれない世界になればいいな、と思う。御上くんの言う、いわば、手遅れが。


 






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