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衝動オートエイム

 探偵という仕事は疲れる。失敗はきかない。人間の人生がかかってるから。そう言うとどんな仕事でも人生がかかってるって反論が飛んでくるけど、クライアントに刺されたりクライアントが誰かを刺しに行ったり、いわゆる無敵の人にしかねない仕事ランキング上位に入るのが探偵だ。事件解決をして「キャー探偵さんステキ‼」にはならない。


『御上望様』


 自分の宛名から始まるメールを見るたびにゾッとする。名前。親から貰ったもの。嫌いだ。望。親は……母親しかいない。父親は顔も分からないし名前だけ知ってる。元々母親は父親を死んだと言っており、色々整合性が取れず離婚と知ったので多分今もどこかにいるけど、僕に会う気が無いまま月日が経っているので、興味が無い。僕の年齢分の沈黙が、父親がどれだけ僕に関心がないかを示す指標だ。


 で、一人っ子なわけで。僕が小さい頃、身体が弱かったことを知られるともれなく「あ~お母さん大変だったね」と言われがちだけど、大変だったろうなと思うけど、母親は喫煙者で妊婦の頃から煙草がやめられず今もなお続いてる。


 幼少期食事中に吸っていたのも覚えてるし、なんなら僕は気管支ぜんそくで発作持ちだったけど、小学校の頃、入院の合間に学校に行くともれなく煙草臭いと言われ避けられていたので、そういう感じだ。でも母親は僕を好き、大事と言う。一方で褒めることは無い。


 僕が執筆の仕事で弱音を吐けば「相手は仕事なんだから遊びじゃないんだよ」と僕は遊び前提で話をするし、少し不満を漏らすと「相手は横のつながりがあるんだからもう終わりだね」と返す。


 そういう人なのだ。なんていうんだろう。致命的に子育てが向いてない人。母親は高校の頃引っ越しを決めて家を売ったけど、引っ越し先を一切決めておらず、僕が退去三週間前に大急ぎで引っ越し先を決めるなどした。ただお金の管理はしっかりしていて、借金もしないし、なんならクレジットカードみたいなシステムも憎む。そして若い女の子が楽しそうに過ごしていると「ブスのくせに」「自分のこと可愛いと思ってるのかな」「自分の顔分かってないのかな」と言う。


 そういう人間から育ったので、結婚に対して否定的だし、そもそも誰かと関わるべきではないと思っている。母親の言葉もそうだし、なんなら祖母は猛毒であり、母親の歪みは祖母由来な部分がある。


 母親があんな感じなのは僕を父親なしで育てるために祖母を頼った節があり、祖母の介護で僕の20代はガッツリ潰れたけど、身体の弱い僕の最低限の衣食住を確保するには合理性が高い判断で、でも家で煙草吸うなよと思いつつ、色々、どうにもならないものが生きながらえた結果だ。


 なので、僕の人生は基本的に生まれた時点で終わっているというか、生まれないことが周囲の最大幸福であったことは否めず、ゆえに、生きていることは罪であり、自分の為に生きるなんてありえないことで、誰かの為に償うように暮らしていなければ許されない人生だった。


 自分らしくありのままでと言われるとすごく困る。人の役に立てない自分に価値はなく迷惑になるなら死んだほうがいいから。誰かの為に死んだとき、誰かに必要とされた時に僕は多分やっと生きていたことを許される。自分で自分を肯定なんてしてならないから。


 そんな僕が、僕由来の何かで誰かに影響を与えちゃいけない。


 のに、小説家になってしまった。


 メールフォルダのタブをクリックする。


『独下ケイ様』


 僕のペンネームだ。意味はどっかいけ。居場所が無い僕にぴったり。あと自戒を込めてる。自分のいていい場所はどこにもない。お前はいつもどっかいけと言われる側だぞ、という。期待しないように。


──元々送付段階で尺と配置に問題があり、都合上、意図的な仕様でした。



「こういうところが嫌われるんだろうな、僕は」


 天上さんからのメールに疲弊する。疲弊してるのは天上さんだろうなと思いながら。


 今回、天上さんとすすめているのはキャラクター紹介動画の企画だ。僕の今書いている話はチームが存在しており、コミカライズの漫画家さんも書いている、かつ色んな特典でも顔を出している2名のキャラクターだけ抜けていた。


 基本的に天上さんは特典SSを読んだことを忘れて僕に執筆依頼をしてくることが三回、先週した電話の打ち合わせをしたことすら忘れていたりと、よく忘れる人だ。感情が動く文を書く人だから、その代償だろうと僕は天上さんが忘れる前提で仕事をしていた。


 ので、今回もその前提で、2名のキャラのコミカライズ登場場面と登場する物語の抜粋を送付しつつ、天上さんの配置の邪魔をしないように再配置し、送付したところそもそもの仕様だったらしい。


 自分でも空回りが酷いなと思う。探偵の仕事が悪い。困ったりミスをしたとき絶対に誰も助けてくれないというか、絶対にミスが許されないので、勝手にミス判定してフォローに走ろうとする職業病と言うか脳回路が出来てしまっており、悉く天上さんにキモがられている。


 天上さんからすればミスしてないのにミスしてると思われるわけで。興信所のメールみたいにしようか悩むけど物語を作ってる感受性のあるだろう人間にしていいか悩む。


『いただいたファイルに関して質問です。2名の人物が省かれています。該当人物はコミカライズでも多数登場し、特典でも活躍があります。チームでの紹介であれば読者様は三名省きに関して状況把握しかねる面が発生しますが、そのリスクを負う以上のメリットおよび省略意図をお伺いしたく存じますがいかがでしょうか』


 こんなん怖いだろと思う。機械みたいだし。


 分からないけど。機械なのか。


 これが怖いメールなのか僕には分からない。でも「ブラック企業で自我を殺すとか」「一回自我殺したほうがいい」って天上さんは僕に言っていたし、こういうほうがいいのかもしれない。僕の完全のロジックでメールを打つとこうなる。でもこのメールは完全論理派向けで、正直、何かをよくするためじゃなく、論理の世界でありがちな「勝ち」の為のメールというか、論理を目的としたメールなので、どうなのかなと思う。


 そしてこのどうなのか、が多分天上さんの忌み嫌う僕の自我だろう。自我の定義について色々調べてみたけど、「自己中死ね」「自分だすな」「感情消せ」なので、この機械ロジックが良い気がしてきた。



──追加施策について恐れ入りますが、無しでお願いできますと幸甚です。以前お伝えしておりました状況から変わらず、私の業務量的に難しいためです。誠に恐縮ながらご理解ご了承いただけますと幸いですが、必要であれば次回お打合せ時に別途お話しできればと存じます。


「言えるわけないじゃん」


 僕は呟く。周りはフリースペースなものの、誰もいないので自由だ。必要であれば次回打ち合わせとあるけど、わざわざ忙しい人に何で忙しいのかなんて聞けないし、もしかしたら別の出来る施策についても可能性あるけど、それも忙しい人に聞けるわけない。


 普通に提案については見送りって言ってくれればいいのにな、と思う。


 天上さんのメールは淡白というか、そもそもの言語化が無い人なので行間を読まなきゃいけないし、そもそも言葉の裏を想像しなきゃいけない。


 今回の場合ば、忙しい、お前に手をかける暇はない、関わるな、だろう。僕の提案は、普通に読者に質問募って何でも答えるコーナーしたいってだけだったのに。予算もいらないし、質問箱置くだけで良かったのに。断るにせよ「今回は見送りとさせて頂ければ幸甚です。ごめんなさい」のビジネスでいいのに何でわざわざ次の打ち合わせで「お前の事なんか知らねーよ」の念押しまでされなきゃいけないんだ。


 前はいちいちこういうことで傷つく人間じゃなかった。なんでこうなったんだろうと思う。前は何も感じずにいられたというか、何してても何の感情も動かなかった。会社で土下座させられても学校で泥飲まされても「これが当たり前」「そういうもの」で終わってたのに。


 そして前に電話の打ち合わせで「なにかあったら電話でも」と天上さんは言っていた。話の流れとしては「メンタルの調子はいかがですか」「メンタルとは」「独下先生周期的に落ち込むから」「一人で……解決しなきゃ駄目ですからね」「なにかあったら電話でも……」と、天上さんが唐突に言い出した流れだ。僕は、「え、天上さん、僕のメンタルについて関心あるんですか?」と思ってたけど、今、社交辞令だったというのを察した。業務無理なら無理なわけだし。


 バカだった。前の打ち合わせでは、これまでずっと絶対に机をくっつけない、僕が少しでも机をくっつけようとしたら拒否していた天上さんが無言で机をくっつけてくれたので「少し交流が発生しているのか……?」と思っていたが、幻覚というか妄想だったらしい。


 本当に怖い。天上さん。言語一致しないから。前は「人前で食べるの嫌い」「普通に無理なんで」と言っていたのに目の前で普通に「お昼食べてなかったんですよね」となにか食べることもあるし、行動と言動が一致しない。


 推理すると「僕に誘われるのが嫌」だろう。


 そういう仕方で表明してくるので、すごく難しい。察しなければいけないので。今回も危なかった。キャパオーバーについて聞かなければ直近の企画で天上さんが言っていた「好きなの書けばいいですよ」を社交辞令ではなく本気で受け取るところだった。危ない。


 本当に怖い。僕は探偵であり嘘つくのが仕事な以上、天上さんには本気、本音を言うようにしている一方天上さん嘘がガンガン混ざるので本当に危ない。ずっともう、4択のなかで後々正解の変わる問題のマーダーミステリーをしている気持ちになる。


 そして前は、そういう察しについて、何か言葉を奪われてしまった人なのかも、とか、言葉で表現するの苦手な人なのかも、と思っていた。マーダーミステリーをするのも、悪い気持ちはしなかったけど、がっつりキャパオーバーとか言われて嫌を表明されると、ちゃんと、もう、機械的に仕事しなきゃと思う。


 距離とりについて「普通に僕のご家庭は終わってるのでそもそも未来を見てないです。仕事も同じです。僕は自分の文章がいいものだとは思ってないですし、ストーカーする気もないです。みたいな表明をするのがいいのだろうけど、通じないというか常人は家庭環境の開示で同情が始まり最終的な『わざわざお前とは世界が違う、俺に期待してくれるなと表明せずとも僕はそもそも自分にも他人にも自分の人生にも期待しておらず、他人の成功、他人の役に立つことに心血を注いでいます』が届かない。


 僕は天上さんのことを大切に考えているし、すごいって言ったり感想をガンガン言うし、守れるよう役に立つよう動きたいと思ってるし、他人保全に対する諦めは悪いけど、自己保全、自己保身についての諦めは秒と言うか、自分への期待は0だ。


 小説もメッセージも何もかも、自分の言葉に価値がある、ではなく、どんなゴミでももしかしたら役に立つかもしれないという祈りで発信している。


 フォローも、「誰かを助けてあげたい‼」「みんなにありがとうって言ってもらえたら幸せ」なんて明るくハッピー、それこそ天上さんの大好きな作家さんや上司さんみたいな考えではなく、「僕みたいに味方がいない絶望を抱えている人間だったら」「見捨てたことになるのでは」という反射機能によるもので、衝動に近い。誰かの役にたたなければ生きてはならないというそういう人間だから以外にない。


 そういう人間が何人いるんだろうな、と思う。この世界に。


「というか天上さんは何考えてるんだろ」


 基本的に天上さんは拒否だけしっかり表明するし、僕について褒めたことが一度もない。

 多分それを言うと「一度もないことはない」って言うだろうけど例えばと言っても、多分言わない。「褒めてるつもりなのに通じてないならいいや」になったのか、自己保身で適当に「一度もないことはない」と言っているのか、全部、分からない。


 ただまぁ、「あの先生流行ってる」「この先生すごいんですよ」と、他の作家さんのことは僕の前でガンガン褒めるので、数少ない言葉をかき集めると「僕が嫌」になり、「天上さんは僕が嫌」という前提で仕事をすすめると、天上さんにとっての精神的デメリットが最も少ないのでそうしている。


 違うなら否定すればいいけど、天上さんに「あの作家さん好きなんですよね」って言ってもスルーしてくるし、この間なんか普通に「もうその作家さん担当がいるんで出来ないんで」って言われたし。両方個性あって、独下先生には先生にしか書けないものあると思いますよ、とか嘘でも言ってくれたってと思うし、面白いですねって適当におべっか使ってもいいのに。嘘だってすぐ分かるけど、嘘ついてくれた……それくらいのかけらのような情けをかけてくれたことに、ありがとうって思うのに。助かるのに。


「完全な、論理かぁ」


 論理を突き詰めると感情は不要になるし他者の媒介を滅することになる。繋がりの棄却が発生する。完全論理に感情はあってはならないからだ。感情があるから論理に余白やスキが生まれる。


感情のない、完璧な戦略に基づいた物語。


それで助かる人は、どんな人なんだろうと、僕はパソコンを眺めていた。


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