となりの異世界
『デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した』コミカライズ⑥巻に、ぺぷ先生のご厚意で天上と御上がいます。「答え合わせ」となれば嬉しいです。彼らです。
読者に自分の応援が足りなかったなんて思わせる作家なんか全員すべからく死んでしまえばいい。
死んだら紙の本の売れ行きが上がるかな、と計算していると必ず思い至る結論だ。なぜならば死んだのがどんなに死んだほうがいいクズであろうと、読んでいた話の原作者が死んだ場合ショックを受ける人は存在している。
どんなゴミカスでも慈悲をかけられる存在がいるからこそ、この世界はある程度マシな作りになっているわけで、大切ではあるものの僕のこの計算においてはとてもイレギュラーかつ不確定要素としてデカい。
「御上さん、もうすぐ発売ですね」
喫茶ぱらいそで天上さんが言う。今日は打ち合わせであり、もうすぐ僕の書いた話の単行本の発売日だ。同時に、天上さんの愛想が完全に尽きる日でもある。何故なら売り上げが出たら天上さんの中の「この話は売れるかもしれない」という幻想が砕け散り、今まで自分が一応、担当作として持っていたカードが、無尽蔵にポストに投かんされ見もしないで捨てるよなチラシと変わらないものだと知ってしまうからだ。
「ですね」
「発売日、本屋さん行かれたりするんですか」
「行かないですね」
「やっぱお仕事ありますもんね。潜入捜査とか」
天上さんはかっこいい呼び方をするけど、僕の仕事は興信所勤務の探偵であり正義の味方ではない。「店長のパワハラを訴えたいです!」というバイト大学生のために、バイトしてその店長から土下座させられたり、何時間も屋外で性行為を行う馬鹿の監視により膀胱炎になるというダサい仕事だ。僕なんでか膀胱炎耐性がありなったことないけど。
そして発売日に本屋に行かないのも仕事だからなんて理由ではない。惨めだからだ。僕の何処の本屋さんも馬鹿みてえな万引きのせいで経営に困っている。10冊盗まれたことから100冊売らなきゃ場所代が払えないなんてザラだし、不景気かつネットでめくるめく流行りが変わる中、雑誌はどこも豪勢な付録で読者を釣る。その雑誌の付録は本屋さんが合体させているので、地獄だ。
そんな地獄みたいな状況で、僕みたいな人間の本を本屋に置こうなんて思わない。どこ探してもない。無いものねだり無いもの探しほど惨めなものはない。だから発売日から一か月は本屋に入らない。なんならエゴサもしない。
だって僕に関心のある人間なんて存在しないから。検索して0。悲しいもん。普通に。
ということで読んだ人間を感じる瞬間はファンレターもしくは通販サイトのレビューだ。大抵僕の話は発売即日に☆1レビューが到着するので、読んだ人間は保証できる。あとDM。書くのやめろとか。だから読んでる人がいるのは分かる。たとえそれが酷評だとしても。
それに酷評の中には僕が書きたかったことについて触れてる人がいて、理解されたうえで、ゴリゴリに言われるので、正直すごく嫌とも言えないし次に生かす。
きちんと、僕は僕を殺す。
殺しきれると思う。天上さんが密かに仕事をしたいと思っている人気の作家に寄せるつもりだ。ちょっと聞いたら違うみたいに言ってたけど、僕が完璧に模倣できるみたいな言い方をしてしまい警戒させてしまったので、あくまで参考に。
というか多分、僕がやらないというか僕が個性を全てなくして、王道に寄せれば模倣以前に近いものが出来ると思う。
天上さんは好きなのを書くのがいいというけど、僕が好きなのを書いても誰も喜ばない。害にしかならない。誰かの迷惑にしかならない。それに売り上げの出てない今、たぶんだけど天上さんは「好きなのを書けばいい」って言っている。実際売り上げが出てしまえば、「前はああいいましたけど実は」となるのは明白だし、一回「好きなの書けばいい」なんて言った手前撤回するのは難しいだろうから、僕はきちんと弁えておく。
それに僕の好きなようにとなると、やっぱり僕は僕を殺したいのだ。だって惨めというか、求められない、価値が無い、邪魔でしかない3点セット持ちなのに出しゃばるのが気持ち悪い。
僕自身、僕がいらない。必要ではない。というか邪魔で迷惑なのだ。僕にとって僕という存在が。そもそもこうして生きてるのだって罪滅ぼしだ。気持ちが悪い。じゃあ何で行動するか発言するかといえば、動かせる駒がそれしかないから出版社との交渉において、自分なんてと弱みを見せれば最後読者も絵師も漫画家も馬鹿を見るので僕は強く出る必要がある。そもそも、応援や協力してもらえる才能や実力、精神がないため武器が無いのだ。ハッタリと交渉と論理が僕の全てであり、だからこそ、周りに人がいないので僕がいなくなろうがどうなろうが誰も悲しまない、ゆえに未来もいらないので、自由な行動と発言がある。
誰からも大切にされない、大事に思われない。それを嘆くのは簡単だ。僕はそれを武器にした。僕が防ぎたいのは、不幸な未来を辿ることではない。
誰からも顧みられないことで被害者意識を増大させ、誰かに迷惑をかけること、その未来の邪魔をすることだけを避けたい。逆を言えばあとはどうなってもいいから、僕は論理において隙がないし、天上さんに負けることは無い。
天上さんの会社関係なく、一般論として。
僕は価値がなく、絵師と漫画家に恵まれ人気があるように見せかけた存在であり、僕を好きだと言ってくれる読者は、僕に騙された被害者だから。そして僕も、騙される。読者からすれば騙す気なんてないだろうけど、あたかも生きていて良い人間なんじゃないかと勘違いしそうになる。
そんなことないのに。
僕は退場することで初めて、価値が生まれる。僕が生きて救われる人が万が一いたら、死ねばもっと助かるはずだ。絵師も漫画家もデザイナーも僕みたいなのから解放される。天上さんもだ。
だから、読者を助けなきゃいけない。騙されてるから。
というか正さなきゃいけない。誤解してるから。
僕が良く見えてるんだろうけどそれは錯覚で、僕に価値なんかない。何も持ってない、重要性が低いからこそ自由に動けて、その自由さに誤解してるだけ。
「次回作どうです? 異世界転生。物語の世界に転生して、シナリオ改変していくやつ。転生ものは定番化していますし出版社としても扱いやすいでしょう? それで……」
「……御上さん」
そこまで言うと、珍しく天上さんが僕の言葉をさえぎってきた。
「それ本当に書きたいんですか?」
天上さんが僕を見据える。
書きたい。
書きたい?
何を?
僕が書きたいものを書いて、一体何になる?
誰が求めてる?
「私は作家さんが好きに書くのが一番いいと思いますよ」
天上さんは言う。
僕もそう思う。『作家さん』なら。作家さんなら。
でも僕は違う。作家の前に、誰からも必要とされない人間だ。生きていていい人間じゃない。作家として活動して、少しは生きていていい人間になれるかもしれないと思ったけど、そうじゃなかった。
僕の話は、いらない。
そもそも天上さんの会社が決めたことだ。読みたいに繋がらない。いらない。商業においてぼくはいらない。誰かの迷惑にしかならない。いらない。いらない。いらない。僕はいらないやつ。僕が一番よく分かってる。
でも僕は、たぶん、誰かが死ぬほどなりたかった仕事についている。才能も実力もないのに。資格なんてないのに。運でたまたま、人権が保証された。でも本当はその人権は、僕が実力で手にしたものではない。他人の力に依存したもの。僕は空っぽの無価値なドブクズで本当は弁えなきゃいけない。
僕が、一番よく分かってる。
そもそも祖母に死ぬほど呪言をかけられた僕に、誰かを楽しませたり励ましたり元気づけたりする文章なんて書けない。そもそもこの仕事に絶対についちゃいけなかった。普通に、死ぬべきだった。なんでか馬鹿みたいにしぶとく生き残り続けてるだけで。
だからこそ、小説家になりたくてもなれなかった人の為に商業において果たさなきゃいけない義務がある。
才能ある人間の足を引っ張らないように、少しでもその才能を届ける手伝いをすること。自分のことを「裏方だしな」「裏方の自分なんかに」、なんて謙遜する制作の「だしな」「なんかに」を奪いつくすこと。
そのうえで、未来を見ないこと。僕に未来なんかあってはならないから。未来を見る余裕があるならそれは全部他人に投入すべきだから。僕は手遅れで生きる価値が無い。
僕は窓に視線を向ける。僕の顔が見える。嫌いだ。顔の造詣がどうこうみたいなルッキズムじゃなく、僕の姿を認識するのが僕は嫌いだ。
何の役に持たたない分際でまだ生きてるのか。人に迷惑しかかけられないのに。生まれてこなければよかったのに。つくづく思う。お前は絵師や漫画家やデザイナーや校正や営業や自分の名前も分からない人間の努力労力全部無駄にして、応援してくれる読者を悲しませながらなんでそうやって生きてるんだよ。ちょっとだけ未来を考えそうになると、反芻して冷静になる。
誰もお前のことなんか求めてない。弁えろ。
お前は誰にも必要とされない。
お前が生きてるのは誰かの為に命を捨てるための残機。
お前に未来なんかない。身の程を知れ。
自分の生き汚さで他人の足を引っ張ろうとするな。
「なら前に話したアレで。そっちがモデルの、探偵は……」
天上さんに提案する。以前から僕は、天上さんが探偵……というか推理をするミステリーの構想を練っていた。天上さんの言葉に僕はなんども救われているから、天上さんが主人公の話があれば、もっと、毎日苦しい人が生きていきやすい世界になりそうだから。
「いえアレはちょっと……」
でも天上さんは嫌がる。
「じゃあやっぱり異世界転生でしょ。一応設定も考えてきましたから」
「設定、あるんですか?」
「ハイ」
ひとつ救いがあるとすれば、僕の本が売れずとも天上さんに迷惑がかからないという点だ。天上さんのせいにならないようにした。天上さんは僕の本が売れようが売れまいが絶対に評価が下がらない。天上さんは担当作家の一人として僕を、なんて考えるの、本当におこがましいし、天上さんは立場上、心の底では「弊社のリソースを全部無駄にして恩知らずの役立たずの分際で文句ばっかり言って少しは弁えたらどうなんだこの世からいなくなればいいのに」と思っていても全く問題が無いのに、そういう事を言わないし顔にも出さない。
ありがたいなと思う。大変だなと思う。編集者って。こんなゴミ人間扱いしなきゃいけないんだから。愛されたことが無い人間が人に応援される話も誰かを助けられる話も書けるわけないのに。
でもいい仕事だなと思う。僕はゴミだけど、普通は、作家さんを相手にするわけで。色んな世界を届ける仕事だ。トンネルというか橋というか。色んな人と手が繋げる仕事。デザイナーと作家とか、デザイナーとイラストレーターとか、本来世界が違う人同士と握手する。魔法使い。みんなに求められて必要とされる仕事。みんなを助けられる仕事。
もし死んで生まれ変わったら、天上さんみたいになりたい。誰かを苦しめるんじゃなく助けられる性格で、必要とされたい。誰かと手を繋げる人間になりたい。
そうしたら、編集者になってみたい。
『現実と重なる異世界転生』
僕は少しだけ夢物語に思いを馳せながら、構想の説明を始めた。




