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ゲームのシナリオライターをしているからか、よく聞かれることがある。
『学生時代、国語の成績は良かったんですか?』
まぁ、ハイとしか言いようがないけど、正直なところ親が事件を起こすまでは塾に行っていたし、普通に教育環境だけは整った家だったので、国語がどうとかじゃなく全部の成績が良かった。聞き手はおそらく「学生時代から国語が得意でその才能を開花させた作家」という物語を作りたいのだろうが、俺はそうじゃない。天才じゃないし、天才だとしてもそう思われたいのは一人だけ。それ以外の人間からは、泥臭く血反吐ゲロしながら苦しんで創作してますと思っていてほしい。普通に、毎作息詰まるし。どうしたら売れるか、収益に繋がるか考えて計算して頭パーンしてからが本番だし。
そもそも、自分の話を書きたいっていうより、俺は俺の認めた人間に文を添えたいだけで、そいつの前でだけ書けたらいいから。
だから、スランプ解消のために御上がボランティアをしている養護施設に来て、取材の対価として読書感想文の書き方を教えることになったはいいものの、俺は自分のポジションをはかりそこねていた。
「廻田せんせー」
可能な限り段差を排除されたフローリングの上で寝ころびながら、子供たちが作文用紙に向かう中、俺は「なんや」と呼びかけに応じる。俺を呼んだ子供は、真っ白な作文用紙をそのままに、「何書いていいかわかんなーい」とペンも持たずに言う。
「まずお名前書こか、どんなにええもん書いても名前書かな誰が書いたんか分からへんから。まぁ……名前出しとってもほんまにそいつかは……なぁ?」
おどけると子供は不思議そうにするが、傍にいた御上くんが「殺すぞ」とどついてきた。
「なんやねん。子供が真似するやろ」
「子供に汚い世界を教えるな」
「綺麗なもんだけ与えとっても強くなられへんよ」
「汚い世界で得た強さなんて所詮ゴミ。他人に理解されない好かれない嫌われる強さ。誰も助からない。カスを道連れにする以外に利用価値がない。僕がその証明だ」
御上くんは小声で言う。子供へ聞こえないよう配慮しているようだった。
「君が言うと説得力が違うなあ」
「分かったなら教えてください。無垢なキッズたちに。きゅんきゅん♥らぶすくーる2で子供出すとき、気持ち分かってるほうがいいでしょ」
「出さへんよ。ふつーに何て言うの? 女の憧れみたいな男出すよ」
「でも乙女ゲームって、攻略対象の男の心をカウンセリングするって聞きましたよ」
「せやからそこの差別化や。だから聖女の恋と星の伽もヒーリング効果バッチリでやっとんのや」
初めて書いたゲームのシナリオは、乙女ゲームだった。理由はインディーズでも伸びやすく収益回収がしやすそう、というものだったけど、元々女々しい気質なのでカチッとハマったのか、『とんでもないゲーム』として少し流行り、そこから細々ゲームを作って飯が食えるようになった。ただ、その一作目で「最凶最悪の女」というか、ですわ口調の癖の強い暴力女を出したが為に、そのイメージが強すぎて、じゃあ次はと魔法世界のファンタジーを出して……としてみたものの、その後がどうしたものかと悩んでいる。
いわば、何をしていいか分からない。
「ああ、あの魔法の、あれですよね。エヴァルトっていう黒髪キャラがすげー人気出ちゃったやつ。メイン攻略キャラの王子様飛び越えて」
「おん」
「なんか不本意でした」
「別に、そういうわけやないけど」
そういうわけじゃないけど、複雑だった。登場人物には全員思い入れがあるし、正直、登場人物が一番多い人物も、一番少ない人物も、全員濃度は同じだ。
しかし、ビジネス的な……複雑さがある。
こういうキャラが売れやすいだろうなとグッズを用意していたりするので、自分の売れ筋戦略のビジネス的な視点が良くないのか不安になるのだ。しかも俺の場合、ゲームのシナリオを書くのも、ゲーム会社の経営をするのも俺なので、なおのこと難しい。
プレイヤーは、正直顔が見えないから。
買ってくれる人間はいるし、収益の数字が出ている以上、ゲームで遊んでる人間はいるだろうが、それは発売してからだ。発売前は楽しいか楽しくないかの判断をするのは自分だし、よく「自分が楽しいと思うものを作りました」という制作者がいるが、俺はそもそも好きが薄い。
学生時代の作文はコンクールに出す場合、「どういうのがウケるか」と過去の傾向をもとにしたり、それを踏襲しつつ奇をてらい世情に合ったものを出す、いわば予想ゲームだったし、正直、簡単だった。教師相手ならもっと楽だ。そいつ好みのを書けば一発で終わる。テストの点がある程度落ちても5かA+か◎だった。
でも商業では不特定多数の人間をターゲットにしなきゃいけない。
だから、見えなくなる。誰に届けていいかもそうだし、誰に届いているのかも。
「ありゃ、直やんけ。どしたん? 素井に捨てられたんか。それともとうとう推し作家突き止めたんか」
聞き馴染んだ声に振り返れば、左月が立っていた。左月は俺の親戚かつ、菓匠古宿という和菓子屋の次男で、御上と同じ小説家だ。
「お前こそなんでおんねん」
「僕は白木さんにご挨拶や。上お得意様やからな」
白木、というのはこの養護施設の管理運営をしている人間だ。柔和で穏やかで──本当に問題のない、品行方正な人間だ。女に人気の顔だが、正直──気まずい。俺がすごく好きなデスゲーム漫画……さよ獄の黒辺に雰囲気が似てて。サイコパスな気がしてくるというか、実はこの人裏で何人か殺してるんじゃないか、と不安になる。
「古宿先生もいかがですか。次は幼女モノ書くんでしょ。小さい子いっぱいいますよ」
御上が左月に言う。らしくない言葉選びに思い、嫌な予感がした。
「お前それで僕が少しでも幼女いっぱいやかわいい言うたらどうする」
左月が警戒した様子で御上を睨んだ。御上は「殺す」と即答した。
やっぱり、罠だった。俺は心の中で納得する。御上は定期的に「あーあ、性犯罪者30人くらい殺して死刑になろうかな」と言う。巣作り中のカラスと同じ頻度で言う。さらに善意ではなく欲求を満たすために養護施設のボランティアを希望する犯罪者を選別しているからか、当たりが強い。今御上は左月を試したのだ。
「絶対そうや思ってん。カスみたいなトラップしなやカス。てか思たんやけど天上さん自分のことロリコン言うてたやろ、君どうしとん」
「天上さんは幼い子供がてちてち頑張ってるのが好き、もっと言うと短い手足の50センチくらいの何かがうんしょうんしょえっほえっほしてるのが好き、無垢で有害じゃない存在が好き、この醜い世界にも救いがあると思えるような、押し付けがましくないゆるい何かが好きだからドロドロクソロリコンとは違う。ゲボロリコンってあれじゃん。服はなければ無いほうがいいタイプじゃん。天上さんペンギンとか恐竜の着ぐるみとか着てる五歳児とかががおーとかしてるさまが好きなタイプだから、そして多分、子供と喋りたいとまでは思ってない。がおーってしてきたら、ロリコンはさわろうとするじゃん。天上さん、その一秒後にはもう立ち去って欲しいとすら思ってそう。それを指摘されると、いや、立ち去ってほしいとは思ってないですよ、って言いそう。ただ、じゃあずっといて欲しいんですか? って聞いたら、返事しないよ多分。そしてゲボロリコンは一人で子供がいたらチャンスだって思うじゃん。天上さん多分ね、何で一人? 親は? 自分いたら誘拐犯扱いされない? どう説明したらいい? 自分この後予定あるんですけど、自分いたほうが子供の安全のためにいいだろうけどこの場にいたくない……って悩む……まぁ僕の想像ですけどね。全部僕の幻覚」
「そこまで想像できんなら御上くん幼女もの書かへんの。こんだけいっぱいおったら、ちびっこの世界なんか無限に分かるやろ」
「家庭環境に問題あるんぼ」
御上の即答に左月が察し顔をした。左月も左月で家庭環境に難があるし、俺も俺で問題がある。だからこそ創作で発散している部分があり、神経を使う。受け手の大半は家に問題がなく、その問題のない状態を知らないからだ。
「御上くんは何が書きたいん」
「最近は、子供育てて、人生きついな、誰も褒めてくれない、誰かに褒められたいと思っている親を、60時間くらい褒めたい。僕の言葉が届くならば。あと、毎日つまんねえなとか、生きてるのちょっとなって思ってる親」
「親だけなん? タゲってるの」
「ううん。励ましも褒められも慰めもない人間は全員というか独りぼっちを、独りぼっちにさせないような、感じ。毎日ハッピーなわけじゃない人向け。ほぼ福祉」
「優しいなあ」
「優しいかどうかと役に立つかどうかは別だよ。親に褒められたことのない人間が誰かを褒められるかというところだし、生まれて来なければよかったって家族に言われた人間が、誰かを応援する言葉を紡げるのか、という話」
「若干やけどこの間より御上くん前向きになっとらん?」
「最近天上さんに対して気付きを得たから」
「どういうこっちゃ」
「あの人、他人を言語化するのは得意だけど自分の内面とか気持ちを言語化するのが多分絶望的に下手なんだと思う。自称ロリコンしかり。言葉の影響を重んじてるから言い切りたくないし決めつけたくないけど、本人には言葉の才能があるから、本人の気質と才能の馴染まなさがあるというか、多分本人の考えてるいいポイントと本人の才能ポイントが若干ズレてるのかも」
「天上さん気にしいで考える慎重派やろ」
「自己の言語化と思考は別じゃん。多分なんだけどさー天上さんがなんか食べて、触感がもちゃもちゃして嫌だなと思ったとするじゃん。それを多分もちゃもちゃしてるって思ってはいるんだけど、もちゃもちゃという単語を知らないし、もちゃもちゃしてると至るまでに、こういう風に言ったら周りの人どう思うんだろう、嫌に思われないかな、まだ感想言ってない人に影響しないかな、そもそもこの表現正しいの? って無数のハードルが発生して、結果的に、死んだような顔して黙ってるか、感想聞かれて、あー、まあいいんじゃないですか? って食ってんだか食ってねえんだか分かんねえ返事になる」
以前、御上は天上について話すとき目に見えて荒れていた。しかし、今は穏やかな口調で話をしている。それが気になったのか、左月は「その結論にどうやって至ったん?」と突っ込んだ。
「顔」
「顔?」
「天上さん顔に出る。死ぬほど顔に出る。だから、ちょっと分かって安心というか、あの人話作るのは上手だけど、自分のこと話すの苦手なんだよ。本当にどうでもいいものというか、ちょっと悪いネット作法について話をしたときの瞬間最大火力を発揮する時の顔と違う。だから、それが分かったから、良かったなーと思って。まぁ、良いことばっかじゃないけどね」
「たとえば」
「死ぬのが怖くなる」
御上くんは冷静に呟いた。
「仕事上、刃物出す人間はいるしさ、家庭環境はゴミドブだし、長生きには適してないのにさ、普通に、怖くなる。天上さんと実際に会うと、生きててみたいと思うし死ぬのがすごく怖くなるんだよ。こういうと、どうせ天上さん誤解するから言わないけど。自分のせいで自殺させちゃったらとか、死にたいと思わせたらとか、天上さん悩むだろうから。違うのに。僕には、人生のベースとして祖母から培った、生きていたくないがあるわけ。はーあ生きるのも死ぬのも怖いし、知らんことばっか教わってる。あの人には」
「ほかには」
「笑顔見れば、元気が出ること……と、僕は、顔の良さとかで判断する人間じゃなかったはずなのに、あいつの笑顔見てると元気出るっていうか、この間、会ったんだけど、髪型変わってて、あとなんか、服も変わってて、今回と前回でテイスト変わってて、どっちも天上さんだしどっちも好きだけど、少女漫画とかでさ、女が浴衣着てきて男が調子狂う……とか言い出すのあるじゃん。アレになった。匂いも違うし。グググギュギュギュグゴゴゴゴ」
「匂いてなんやねん」
「前はラベンダー。今はなんか、ヒノキとか白檀。制汗剤ではない……っていうか僕に話をさせるなよ。読書感想文の書き方を子供に伝えてくれ」
「君は」
俺が聞くと御上くんは「なにかの感想書いて送ったのは天上さんが初めてだから僕が言うことは結局読書感想文コンクール受けマニュアルを噛み砕いて説明しているにすぎない」と突き返してきた。
「左月は」
「僕、小児病棟の常連やったから万年夏休みやで。なんでお前知らんねん」
「いちいち覚えてられるか、親戚何人いる思てん」
「要所やろ僕は。古宿家の次男やん。格下の廻田家なら上様のご内情についてちゃんと覚えとき」
「格下どころか親の一件で島流しやろ廻田なんぞ」
「まーだ分からへんよ。直系の我斉のジジイが後妻こさえたらおしゃかなるやろ」
廻田家──俺の家はそもそも西の大地主の、いわば昔の時代に華族とか貴族とか言われてた家だけど、分家も分家だ。それに俺の両親が事件を起こしたので廻田家はほぼ死んでいるといっていい。そして古宿家は直系の家に少し近い家で、直系に色々あったら遺産とか面倒ごとが全部転がり込んでくる。
そしてさらにややこしいのが、絶対的な権力を持つ直系当主が、早くに妻を亡くしその後新しい嫁を連れてくることなくデカい屋敷の地下にこもって執筆に勤しんでいることだ。作家としての財をなし、さらに直系当主として先代から引き継いだ遺産にも手をつけないので、いったいどうするのかという話になっている。
俺としては本当に関係ないけど、同じ作家同士ということで左月と俺が当主から特別に遺産を貰えるのではと親戚から疑われ、定期的に何年も会ってないような人間から電話がかかってくる。
「我斉のジジイ本体は何言うとんの。金」
俺は左月に問う。しかし左月は首を横に振った。
「金の話なんぞ聞きたないの一点張りやわ。税理士と弁護士に任せてる言うて、刀抜いておどしよったらしい」
「ボケてそうなっとんのか元からか分からんな。病院連れてかれへん」
「元からやろ、嫁が生きてた頃はまーだ人間や言うてたから。手伝いの婆」
我斉──ようは当主は一人で暮らしている。結構な年だし、周りが手を貸そうとするが、突っぱねている。だからいま当主のそばにいるのは、当主にずっと仕えていた死にかけの婆しかいない。
「婆いくつなった? 俺らがガキん頃からずっと変わらん婆やろあれ。妖怪とちゃう? 代々伝わる変な刀もあるし」
「ジジイの10上やろ」
「そいだら婆とジジイくっつけばええんちゃう」
「婆にブチ殺されるどそんなん聞かれたら。婆ずーっと嫁のこと狙っとったんやから」
「なんそれ初耳やわ」
「ジジイが嫁に好き言わへん、言えへん泣き言いうてたら殺すど言うて刀抜いたらしいからな」
「怖すぎるやろ。婆、本家に仕えてる婆やろ。何でよそもんの嫁にそこまで肩入れできんねん。おかしいやろ」
「嫁がおかしくさせたんやろ、あのジジイに気に入られるて相当なタマやで。あんなジジイと1時間でも同じ部屋おったら普通気狂うからな」
左月の言い分に確かに、と俺は心の中で頷く。当主の爺は基本黙ってるし、何を考えているか分からない。全部を見透かされそうだし、失言すれば斬りかかられそうで怖い。
──と、身内話をしてしまったけれど今日は読書感想文について子供に教えなければいけなかった。振り返ると、子供たちと御上がこちらをじっと見ていた。ただし、子供たちの作文用紙は埋まっている。
「こういう風に、感想というのは、思ったことを自由に言っていいものだから。分かった? 刀抜く人、怖かったら怖かったでいい、たとえば、誰かのことを考えて刀抜くのかっこいい、って思ったら、それを書けばいい。感想だけは自由な世界だから」
御上は柔らかく微笑みながら子供たちに教えている。子供たちは「やだー!」とふざけながらも作文用紙に向かっていた。
「モヤモヤしたなら、なんでもモヤモヤしたのか考えればいいだけだよ。一つ一つ、文章を読んで、ああ、自分はこの台詞に苛立ったんだなって思ったら、どうして苛立ったんだろう? って考えればいい。それを、書く。たとえば──この登場人物は、こう言いました。その言葉に、自分は苛立った。なぜかと考えて、決めつけた言い方をしているから嫌だと思いました、とか。ただポイントは、決めつけた言い方が悪だと切り捨てないこと、僕はここが悪いと思います、でとめる。何て言い方をするんだ死んだほうがいいカス、は作文には書いちゃ駄目だけど、思っててもいいし、このキャラは本当に死んだほうがいいです、と書いてもいい。ただ、この話を書いた作家は死んだほうがいいです、家に火をつけたほうが良い、は駄目。何でだと思う?」
御上くんは問いかけた。子供たちは口を揃え、「傷つけちゃうから」と答える。授業で習っているんだろうなと思う連携だった。
「誰を」
御上くんが問う。
「相手の人ー!」
子供たちがまた一斉に返事をする。やっぱり授業みたいだ。そう思った瞬間だった。
「じゃあ相手が傷つかない場合は?」
御上くんがうっすら笑った。シン……と子供たちは静まる。
「相手が傷つかない場合も、自分が傷つく場合がある。だから、しちゃダメ。心が傷つくんじゃなくて、裁判になったり逮捕される。おまわりさんに捕まっちゃうから。だから、こういうことしちゃ駄目だよって理由は、実は一つだけじゃない。いっぱいある。同じように、ここが好きだなーってところもいっぱいある。だから、読書感想文は好きなように書いていいし、テストじゃないのにこんなことおかしい、こんな感想はだめって言ってきた先生がいたら僕に言ってね」
にこ、と御上くんは音がしそうな笑みを浮かべた。ゲームのプレイヤーに対する反応に悩んでいる自分に対して突き刺されている気がして、俺はその笑みから視線をそらした。
◇◇◇
会社兼自宅に戻ると有栖がせっせとイラストを描いていた。俺たちが第一作、きゅんきゅんらぶすくーるの2のスチルと呼ばれるワンシーンだ。
「どんくらいで出来そう?」
「32時間くらい。わちゃが多いからちょい想定よりかかってる」
「お前僕が書いた痴情のもつれをわちゃついてる言いなや」
「それは……ごめん」
「詫びの気持ちないやろ」
「ない。痴情のもつれだと思ってないから。っていうかそれどころじゃないし」
「それどころじゃないってなんやねん」
「これ」
有栖はもう一作のヒロインのキャラデザを取り出した。
「スフィア・ファザーリ。ピンクはヒロインの色、っていうのが僕らのやり方なわけで、差別化したいんだよ。表情でも何でも。絵師さんとか書き手が別ならあまり気にしなくていいけど、僕が絵柄を変えて描いてる──ようは出力が一緒だから」
「こまいな。そんなんこだわり誰も気付かんで」
「だからお前に言ってる」
「え」
「直は絵が描けないし、僕が彩度ちょいあげたとか言ってもそれを認識する目が無いけど、でも、僕はそう思った事実は直に言った瞬間残る。それを直が忘れても、証明にはなるから。このゲームが売れず、というか一作も売れなくてこの絵を見る人間がひとりもいなくても、その事実は消えないから」
直は画面から目を逸らさず、モノクロ線画のキャラクターに色をつけている。
「俺、ビジネスの視点あるとおもう?」
「まだアンテルムよりエヴァルトが人気出たこと気にしてんの?」
「だって俺のビジネス思考が通用せんの困るやろ」
「ビジネス思考で予想的中させまくり経営者がいたら国が拉致して政治家にしていいように使ってるよ。それか、国外の経営者がコイツ邪魔だなって殺してるだろうし」
「もしかして、失敗してもええよって言ってくれてる?」
「直が失敗って思ってるだけで僕にとって失敗じゃない場合もあるからね」
「たとえば」
「直がシナリオで大ミスして家が吹き飛ぶ失敗は僕にとって失敗じゃないけど直が他の人間の前で訛ったら打ち首にする。ただ、まぁ、僕に約束してくれた直を、僕は尊重するけどね、結局」
「でも、もし俺が駄目だったらどうする?」
「俺は絵の仕事して、直はホストになりなよ。顔がいいし、今ホスト需要かなりあるらしいよ。元々ホストにハマってる女がパパ活してっていういつもの流れに、推し活がしたい女、整形がしたい女が参入してきて、精神摩耗して、近場の酒とかホストに流れて、でパパ活したいから客単価上げるために整形に行ったり、普通に自分磨きしたい可愛くなりたいコンプレックスをなくしたいっていう女の子が、パパ活に手を出し、ストレスが激しすぎて整形費用ではなくホストに使ってしまうとか、そしてそのホストが一緒にお出かけしようって言ってきて闇カジノとかに連れて行って借金させてさらに……みたいな。そういう泥沼に行かないように気をつけながらお金儲けすればいいよ」
「ホストすすめる気ないやろ」
「無い。最悪駄目だったら、一緒に死ぬから。それまでは、あんまり考えないようにしときな。俺は、下手に成功して直が調子に乗って他の絵師に頼むようになるくらいなら、普通に、きたねえ中華屋でもそもそチャーハン食べながらあんまり売れねえなーなんなんだろうなーって言いながらゲーム作ってるほうがいいよ」
「ほんまか」
「ほんま」
「エセ関西やめろ殺すど」
「好きにしな」
直はこちらも見ずにいう。
俺は「言ったな」と念を押すように言った後、大きく伸びをして自分のデスクに向かった。
なにも書けないかもしれないけど、なにかが書きたかった。




