共犯になってくれる堤戸さん
人は体験したことしか書けない。
そんな風に言われがちだけど推理小説や刑事ドラマの脚本家の中で国家試験を受けてる人間なんてどれほど? という話だし、なんやかんやでウケがいいのは人が死ぬ話だ。
だから普通に犯罪を犯さずとも人殺しの話を書くことが出来る。小さい頃に推理小説が好きで書いたとか、刑事ドラマ見て刑事さんになりたかったけど体力的に難しいからとか、動機は様々だ。大体、憧れ。推理する側のほうへの。
で、小説家──というより猟奇殺人や計画殺人を得意とする作家である私──孤灯綺亞といえば、普通に、犯罪計画が思い浮かぶから、小説を書いている。
ようは発散だ。子供に性的虐待することを趣味とする馬鹿とか、パワハラを通過儀礼とするゴミとか、いじめを遊びと言うカスとか、死んだほうがいい人間はごまんといるし、こうしたら楽に殺せるだろうな、絶対バレないだろうなという方法も浮かぶ。
ただ、全員殺すにしても準備がいるし何より疲れるし、女の身体──といえばジェンダー差別になりそうだけど、腕力がアレなので、殺意ばかりが募り、何かの被害者向けに犯罪計画でも売ろうか悩んで、でも被害者がわざわざ手を下す世界もねえ……と、探偵や警察が最終的に敗北する犯罪小説を書き、中学のうちにデビューを果たした。
成人したら、身体も成長してくるだろうし、そうしたら普通に世に跋扈する殺したほうがいいやつとか死んだほうがいい人間を殺していこう。そう決意した私の前に立ちはだかったのは法と国家権力だ。私が20歳になると『協力操作一対法』というクソの煮込みみたいな法律が出来てしまった。
いわば無能な警察が、警察官一人につき、任意で一名指名した人間を捜査協力のバディに指名できる、という制度で、指名された人間は、指名主の警察官が同席する限り、捜査員の一人としてあらゆる許可や権限を持つことが出来る。
どうせ警察関係者の天下りにしか使えねえ精度だろ、と毒づいていたら指名を受けた。
指名主は堤戸堅冶。名前の通りの堅物である。漫画に出てくるオールバックに銀縁眼鏡の、女性人気が高そうなキャラのまんまの見た目をしている。なので電車に乗ると普通に浮く。コンセプトカフェの店員とか、動画サイトでちょっと有名なキャラ系投稿主がそのまま歩いているようにしか見えない。
性格は本当に真面目。堅物。捜査第一だ。犯罪を絶対許さないタイプで、私の指名理由は模倣犯が出たら困ること、小説を読んで私が人を殺しそうだと思ったこと、犯罪知見により捜査の役に立ちそうだからの三点だった。
まぁ正直、全部合ってるので指名理由としては妥当だったけど、私は別に捜査協力したくないしするメリットもない。普通の作家ならネタになるからとかでやりそうだけど、私は人を殺すネタが無限に浮かぶので、自分が殺さない間、外に出してるだけだ。
今、思い浮かんだものでも、温存しすぎたら使えなくなるし、完全犯罪じゃなくなる。なので普通に断ろうとしたけど、最初の事件がいじめられっ子に対し、いじめっ子が殺人の罪を着せようとした胸糞悪い事件だったのでしぶしぶ協力し、その次がパワハラ絡みのこれまた犯人が死んだほうがいい案件だったので、協力、ずるずるずるずる今に至ってしまったが、堤戸さんがぶっ壊れた。
「堤戸さん本当に最近いかれてませんか」
捜査に向かう途中、堤戸さんの運転する車の助手席に座りながら、私は彼に話しかけた。
「俺はどこにも行っていないが?」
堤戸さんはこちらに一切顔を向けることなく言う。
「いや頭ですよ」
「侮辱か。先日犯人確保の際に、まだ日本で凶器として認められてない銃のようなもので拷問を行おうとした君にそんなこと言われるとは心外だな」
「だってあれ子供を性虐待してたんだから死んでいいやつでしょ。っていうか話逸らさないで下さいよ」
「はっ」
堤戸さんは見下すように声を低くした。私より五歳上で声も低いので、圧を感じる。頑張れば「圧をかけられてます!」と上に訴えられるんじゃないかと思えど、それより訴えたいことが山ほどある。
「あのですね流石にトラックで突っ込むのはやりすぎだと思うんです。びっくりしましたよ。目の前に一トントラックが過ぎ去る夏なんて体験できませんからね」
「それは君が捕らえられていたからだろう」
おとといのこと、私の犯罪プランが欲しいとかで、犯罪組織に掴まった。プランのクレクレをされており、面倒くさいので一度掴まり全部終わらそうとしたところ、普通に拉致現場に機動隊突入ではなく、堤戸さんがトラックで突っ込んできた。
「助け方なんて他にいくらでもありますよね。何でそんな極限状態に置かれた選択をしてしまうんですか? 精神的な治安最悪じゃないですか?」
「極限状態も何も、君の捕らえられていた廃工場での君の立ち位置は分かった。俺が突入して、俺ならまだしも君が撃たれるなんてことがないように、突入とバリケードの作成を一度に行っただけだ」
「うわ近年まれに見る野蛮な思考回路」
「元はと言えば俺を助けようとした君が代わりに人質になったからだろ。嫌でも助けねばいけないという極限状態には追い込まれる」
「いや違いますよ。堤戸さん、車乗ると人格変わるだけなんですよ。前に工事中で繋がってない橋を無理やり車で飛び越えたこともありましたよね」
「それは君が子供を庇い濃硫酸をかけられていたからだろう」
「いや普通に一歩間違えてたらあなたも死んでましたよ。危うく心中になるところでしたからね。その破天荒野蛮人記録樹立していくスタイルやめてくれませんか」
堤戸さんと組んで一年。私をほぼ犯罪者扱いしてた堤戸さんは消えた。残ったのは手段を問わないバカだ。本当につらい。返してほしい。私に対して「貴様はただの犯罪者予備軍だ」「貴様の話は信用できない。俺がお前と組んでいるのはお前を監視するためだ」と睨んでいたあの頃の彼を返してほしい。本当に。
「昔の堤戸さんは良かったなぁ」
「なんだと」
「私のことを犯罪者呼ばわりし、嫌いながらもペアを組んでいたあの頃の貴方には理性と知能がありました。お前とか貴様呼ばわりもされましたけど、車で突っ込もうとか、走れないなら飛べばいいとか、制止を振り切ったからって民間人撃ったりとか、そういうことはしませんでしたからね」
「君の影響では」
「うわー絵にかいたような責任転嫁までするようになって! 私は悲しい。悲しいですよ堤戸さん。貴方はそんなところにまで落ちてきてしまったんですか。私は悲しいおよよ」
堤戸さんは私を「君」と呼ぶようになった。嘆かわしい。あんなに美しく清廉潔白で正義の塊だったのに。
「……俺も、君には不満があるぞ」
「何なんですか言ってくださいよ」
「俺を助けるために、自分の腕や腹に針やカミソリが仕込まれているワイヤーを括り付けただろう」
懐かしい。といっても三か月前だ。堤戸さんは基本的に正義の塊なので、悪人と相性が悪いというか、恨みを買いがちだ。で、まんまと創意工夫が得意で普通に爆弾仕掛ければいいのに解除コードだったりいろいろテーマ性に沿ったギミックを扱う悪人に拉致られ、それを助ける過程で私の腕と腹がちょっとズタボロになった。
「懐かしいですね。堤戸さんを燃え盛る一階から二階へ引き上げる時にやりましたね」
「証拠品として押収した血濡れのワイヤーを見た時の俺の気持ちがわかるか」
「手ごろな物が無かったんだから仕方なくないですか? 周りにどこも紐を結ぶ場所が無かったんですよ。っていうかあのワイヤー計算されてますよね。片側にカミソリや針が仕込まれていて、そこを避けると堤戸さんのことが助けられない仕組みになってた。性格の悪さが滲み出ていると思います」
ただ、馬鹿だなあと思うのは、ギミック解除で助けられる点だ。普通に殺したきゃ殺せばいいのに、そういう甘さを残したところで、突破された。完全犯罪に必要なのは自我を殺すこと。相手を苦しめたいとか、そういうのは二の次だ。感情に振り回されるから、機会を見失い、正義に捉えられる。
「話を逸らすな。君は俺が救急搬送された病院の待合室まで負傷していることを黙っていたじゃないか」
「いや違うんですよね。堤戸さん救急搬送されたときに私もついて行くじゃないですか。それで堤戸さんが治療室運ばれて、あ、付き添いの方はそのベンチでっでときに段々眠たくなって、こう、うとうと〜っと」
「それは意識がなくなってるということだろうが!」
「まあ私生きてる、堤戸さん生きてるでこう、痛み分けにしませんか、ね」
「……思い出したら、腹が立ってきたな」
「怖い」
「あんまり変なことしてると俺の家から出さないからな」
堤戸さんは念を押す。
「変なこと考えててもだぞ。君は、捜査員だからな。勝手な真似はするな。俺を置いていくことは許さない」
「うい」
「おかしな真似をしたら撃ち殺すからな」
「ひー」
私が最初に殺したいと思ったのは、自分の父親だ。
自分の娘を女として見るクズだったから。
でも母親はまともで何も知らない関係で、母親に知られず父親を殺すためにはどうするか考え抜いた結果、犯罪プランが思い浮かんだ。でも、大人の身体じゃないと腕力的に厳しく、父親への殺意を物語に変換していた。
そして私の作家デビューが決まりしばらくして、父親は他の女の子に手を出し、逮捕された。現行法では死刑にならないので、殺すためには釈放されるまで待っていなければいけない。
それまで。
それまでの間。
そう思い小説を書いて過ごしていたら、捜査員に指名を受けた。
父親釈放までの間の暇つぶし。
釈放されたら、私は、作家でも捜査員でもなく、ただの私に戻る。計画も全部捨てて、私は私を終わらせる。
そう決めていたのに、先日、堤戸さんが私の父親を撃った。表向きは別の小さい子を襲おうとして堤戸さんが止めようとしたら、私の父親が銃のようなもので応戦しようとしてきたから撃った、というもの。
私のいない場だったから、情報と撃った状況のファイルしか知らないけど、私は──堤戸さんが意図的に私の父親を殺したと思っている。
だって、情報とファイルを精査した結果、堤戸さんと私の父親の状況は私が堤戸さんと出会う前に書いた完全犯罪プランそっくりだったから。その完全犯罪は、いちいち警察にならなきゃいけないので断念し、小説にするにせよ警察官が民間人を撃つ描写が過激すぎるので、没にした。
でも、勿体ない主義なのでメモだけ取って置いていたけど、堤戸さんだけは──かつて私を「貴様」「お前」呼ばわりしていた堤戸さんは、「何を考えているか知る必要がある」と、プランを知っている。堤戸さんだけが実行可能な完全犯罪だった。
堤戸さんは、何も言わない。私の父親を撃ち殺したことについて謝りもしなかった。「謝って済むことじゃないだろ」と言っていたが、本心か、どういうことかは分からない。
そしてその動機が──正義か、もっと違う感情なのか、分からない。
私は分からないまま、彼の助手席に座る。
彼の物語が終わらぬことを祈り、最後まで隣で見届けられることを願いながら。




