表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/112

ラストスピーチ

『最後に、独下ケイ先生から』

 MCに促され、僕はマイクを前に深呼吸した。今日はラジオの仕事が入り、生き辛い人間向けに話をすることになってしまった。読者を励ますようなメッセージを、と言われても、今まで生きてて励ましも褒められも慰めもされたことがなかったから勘弁してほしい。

 受賞おめでとうございます、は言われたことあるけど、祖母からの「お前なんか生まれてこなきゃよかった」「お前は悪さばかりしてる」の25年以上のこびりつきがあるし、そもそも僕は生きていていい人間じゃない。未来ある若者に何を言えと、と思うけど何か役に立てるならと口を開いた。

「手遅れにならないよう踏みとどまれるようにできるのは、その限界ラインを超えた、生きてる価値のない、死んだほうがいい手遅れの特権です。そうすることで、生まれてきたことに価値が生まれるし、死んだら、こういうことはもう繰り返さないようにっていう教訓にできる。それを、多分、大体の人が、強い生き方だなあとか、この人はそういう人なんだなって納得して感心するけど、僕は、そういう生き方しか出来なかった、選べなかった人間であることも、伝えていかなきゃいけないと思う。だって僕は、本当だったら、生きているうちに、僕にいていいよって言われたかったから」

 とんでもない自分語りだけど、正直な気持ちはそれだった。作家はみんな孤独で独りと天上さんは言った。その通りなら、社会構造的に孤立であり、孤立は無敵の人を生みかねないというか、僕みたいなゴミを作り出してしまうので対策の必要がある。

「みんな、周りの人が悲しむよって言う。自分が悲しいよとは、絶対に言わない。もしかしたら、生きてていいなんて人に言うのはおこがましい、そんなこと誰かに言われなくてもみんな、生きてていい、そういう世界であれと祈ってるかもしれないけど、僕は、そこを超えて、生きててほしいって誰かに言ってもらいたかった。ただ、現実問題、そういう人間は現れなかった。ということで僕は、手遅れなのでもう、駄目だと思うわけですが、手遅れだからこそ、あなたたちが手遅れじゃないことが、ハッキリわかります。限界のラインを、僕はよく知っています。努力や頑張る限界のラインじゃなく、生きていても仕方がない死んだほうがいい人間のラインです。あなたたちは、絶対に死んだほうがいい人間じゃありません。僕は詳しいです。この、僕の話を聞いて、何か考えることが出来る、思えるのであれば、大丈夫です。間に合います」

 言いながら悲しくなってきた。僕も言われたいから。

「僕は、独りで頑張ることに疲れました。去年から、辛さがすごくて、他人に励ましてほしいと甘え始めた始末です。くれぐれも勘違いしてほしくないのですが、他人に励ましや助けを求めることは絶対に悪ではありません。僕の場合はです。僕は、助からない段階で他人に助けを求めました。自立してほしいと困らせました。自戒しなければなりません。誰かの支えがあって、頑張って辛いことを乗り越える、そういうことが出来る段階ではない、ギリギリのところでしたので、間違えました。後少し間違えていたら、その人を加害者にするところでした。この先、万が一にでも誰かに助けを求めれば、僕はその人を加害者にします。その視点が、一切なかった。一生の落ち度です」

 反省する。本当に。助けを求めたのが久しぶりというか、色々と流された結果、もう駄目だった時に言ってしまったのが駄目だった。というかなんで僕は助けてももらえないんだろう。小さい頃からそうだった。しっかりしてると言われてたけど、僕が悩み相談をすると、「強いから大丈夫」と言われていた。

 強くないと言っても信じてもらえないし、思えば苦しい、辛い、助けてと言って喜ばれた記憶しかない。中学の頃に僕をいじめていた連中だ。まともに僕の苦しいを聞いていたのは、案外、そいつらだったのかも。そう思うと余計、しんどくなってきた。

「親に、励まされたことも、褒められたことも、慰められたこともない、そんな人間が小説なんかを書いていること自体、間違いだったと思います。色々、出版社と揉めたりがありましたが、だからこそ僕で良かったと思います。作家になりたいと夢を見た人間が僕みたいな感情を持つことは悲劇です。僕なら、教訓になりますし、なにより、生きていたくない。生まれつき、先天性という言い方をするのは良くないですが、生まれてこなければ良かったのにと言われた子供です。お前は悪さしかしないと、祖母に言われ続けていました。母子家庭で貧しい家なので母親は祖母のもとに留まることで僕を育てましたが、いわば、僕のせいで母は毒祖母と暮らさなければいけなくなったのです。そんな母に感謝してもしきれませんが、それでも、一回、褒めたり励ましたり、慰めてもらいたかった、と甘えが出ます。自我が強いというか、本来、そうした経験を得れば少しは元気がなくなるというか、楽になれたはずなのにきちんと心があって、色々出版社とあったとき、母に相談したら、横との繋がりがあるしもう終わりなんじゃない? と言われて、諦めました。なので僕は、僕の書くものは、与えられた幸せや好きを集めて作っているというより、欲しかったものを想像して作っている部分があるのかもしれません。なので、好きを詰め込むとか、伝えたいことを書くとか、いろいろありますけど、あなた達は、書くというより、あなたたちが書かざるを得ない、伝えたいと思うものが、見つかればいいなと思います」

 言ってから、声が震えてないことに安堵する。

 誰か一人でもいいから死んで欲しくなかったなって思って欲しい。

 誰かいないか想像して、誰もいないことに絶望して、安堵する。

 僕が必要な人間はいない、僕に価値が無いと言ってそんなことないと言う人間はいない。

 辛いけどそれは救いだった。僕は生きていたくないから。生きていたくないというか、頑張ってまで生きる理由がない。死にたいとまではもしかしたらいってないのかもしれない。しばらく前から、自分が何をしたいのかよく分からなくなった。なので、とりあえず他人の迷惑にならなければと、迷惑にならなそうなことを考えている。

 楽しくはない。疲れる。途方もなく。

 そう考えるとやっぱり死にたいのかもしれない。何か意見をいうことも、元々好きじゃなかった。そう言わないと無視されて無かったことにされるから存在証明だ。そう言うと、多分、天上さんは「好きなんですよ好きなんじゃないですか? 自我が強いから」と言うだろうな、と想定できる。

 天上さんが僕に言った自我が強い、甘えてる、人に期待しない、人は孤独、みんな寂しい、みんな独り、自立してほしい──その言葉通りの意味だったら、まぁ、そうなんだろうなと思う。

 でも、もしもが襲う。

 僕が明るくて幸せそうに恵まれて見えていて、これ僕のテイで作ったキャラですと出したファイルの出自を信じていなかった……場合。言ったことに傷ついているんじゃないかな、ともしもに襲われる。

 そして天上さんが、自我が強い、甘えてる、人に期待しない、人は孤独、みんな寂しい、みんな独り、自立してほしい──そういう言葉をかけられ、自分にそういう言葉をかけて育った人、だったとしたら。

 天上さんは自我を持っていて、人に甘えて期待して、独りである必要なんかないよ。天上さんを支えたい人間はいっぱいいるし、僕は支えたいよと思う。

 証明できる。僕は自我を持ってちゃいけない、駄目な人間だから。祖母の良くない言葉を吸収している僕はいつか、読者を助けられず毒をまき散らす死んだほうがいい作家になる。なりかねない。危険性がある。生きていていい存在じゃない。

 人と繋がったらいけない人間だから。

 だからこそ、天上さんは間に合う人だと思う。ずっと間に合う。自我が強くていいし甘えていい。大丈夫な人だ。

 こんなこと僕に言われても天上さんは喜ばないだろうし、多分届かない。届かないと分かっていても、書かなきゃいけない、言わなきゃいけないで生きてきた。

 だって言わないと無視されるから。言えば、そのとき届かなくても、何かになるかもしれない。

 僕の言葉に価値があるなんて思えない。信じてもない。でも、もしも万が一に賭けている。もしも僕の言葉で間に合った人間が、手遅れになりそうな人間が、間に合えばいいから。

 そうしたら、生まれてきてしまった最悪が、少しだけ和らぐ気がする。

 僕のことなんか気にしてる人間なんかどこにもいないし、そんな人がいると思うことはこの世に対する未練みたいで気持ちが悪いけど。

 先生は周期的に凹むから。

 あの言葉がもしも、僕の悩みに触れていいか分からなくて、カバーをかけるつもりだったとしたら。

 周期じゃなくて、気分屋じゃないって、分かっていた上で、そのカバーをするつもりだったら。

 絶望的に言葉選びとタイミングが悪いだけだったとしたら。

 そのもしもを考えて、そんなことないと否定して、途方もなく独りだと思う。

 もし天上さんが、そういう言葉で枷を受けた人だったら、その枷がいつか取れればいい。そう思いつつ、そんな枷なんてつけられてないほうがいいので、ただの無神経であれと、願う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
誰よりも救済を必要としている御上さんが、自分はもう助からないと自覚を持った上で、まだ手遅れではない同じような苦しみを持った人を救えることを願っている。御上さんは分かりにくいかもしれないけれど、その実誰…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ