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デイリーシザーハウス






18歳以上で砥庭に関心のある方へ

お待たせしました

察してください






美容師は髪を切るのが仕事だが、静かにしたいのに美容師に話しかけられたと一部から忌み嫌われがちな商売である。


 私も話すのが心の底から嫌いだ。理由は美容室、美容院、美容師を心の底から憎んでいる一方、喋るのが嫌なだけで美容には関心が高い為、無言の美容院を作ろうと修行中だ。


「彼女に持ち帰られてしまった」

「死ねッピ!」


 土曜日の朝、バイト中のヘアサロンで罵声が響く。


 後ろでカラー剤の整理をしながら、会話の発信源であるシャンプースペースを見ると、この美容室で最も人気も指名料も高い砥庭未智とその客が会話をしていた。


 彼女に持ち帰られたと話すのは美容師──砥庭さんのほうだ。死ねと言ったのが客のほう。カスタマーハラスメントという言葉が頭をよぎる。


「最初さ、キスで黙らせてきたのね。そもそも口論になって。何食べたい? とか聞いても何でもいいとかしか言わないし、ウエハースばっかりたべてるから身体に気を付けてとか言っても全然駄目だし、洗濯もアレで……でも、なんか、そういうの整えてきて、まぁ……すごい速度感でさ。最近の大学生ってそうなの? 手が早いっていうか」

「偏見」


「じゃあやっぱり俺の……大事な人が、そういう人ってこと?」

「知らねえッピ! さっさと頭洗えッピ! ぶっ殺すぞ! 頭濡れてんだよォ! シャンプーつけろォ」


 ただ、砥庭さんは。しかもシャンプーをしていて客が逃げられない状況でしているし、事の発端は砥庭さんのローテンション「聞いてくださいよ」がきっかけなので、裁判になると泥沼になる。


 美容室的にはこの状況が知られた時点で店の評判が終わる。しかも客は裏声で話をしているし、目元はタオルで顔が隠れているので、動画とか撮られて回されるでも十分ダメージになる。


「だってお前そういうの推理する仕事じゃないの?」

「漏洩すんなッピ! 死ぬッピ!」


 しかも砥庭さんは客の仕事の漏洩までし始めた。もう終わりかもしれない。


「じゃあホラ、女向け小説書いてるんだから女心教えてよ」

「それも漏洩ッピ! さっきからなんなんだてめえは! シャンプーしろって言ってんだよォ!」

「……」


 砥庭さんは仕方ない、といった顔でシャンプーを始める。シャンプーはそんな顔で始めるものではない。プロなんだから、と思うけど砥庭さんはそもそもシャンプーではなくカット専門だし、今は営業時間外、さらに言えばシャンプーは新作で、洗い方や仕上がりがどうなるかの実験の為に客──というか砥庭さんの知人が呼ばれた形だから、一応、法的や彼のプロ意識的な均衡は保たれている。


「そういえばお前天上さんとのアレコレどうしたの」

「どうしますかって聞かれて、売り上げがいいほうで、会社が決めることなのでって言って逃げてきたッピ。その後、メンタルについて聞かれたッピ! 何考えてるか分かんなくてどういうことか聞いたけど怖がらせた可能性あるッピ!」

「なんで」

「どういう意味って、理解しようとしてるか、殺すか分からんピヨ~論理の世界では定義づけ、前提条件の確認があるッピ。しかしそれを、こうすれば論破できるって勘違いする人間により、質問を責められていると感じる人が生まれるッピ。中には、どういう意図か聞いて、私は傾聴した! って満足する層もいるッピ」

「え、じゃあ蛍が夕飯の希望とか言わないのって、ただ、俺に対して気持ちが無いとかじゃなく……言えないってこと?」


 客の会話で砥庭さんがなにか気付きを得ている。


「彼女の名前漏洩するなッピ! お前の口から名前なんか出たら全自動名誉棄損ッピ」

「確かに……嫉妬……されて名誉棄損みたいな悪口ネットに書かれるか」

「色々違うけど名前出さないならそれはそれでいいッピ」

「で、その後どうしたの」

「なんか悩みないか聞かれたッピ! 驚いたッピ! 電話されても困るんでって言ってたのに何でか電話でもみたいな話してたッピ」

「するの?」

「していいわけないだろッピ!」

「なんで」

「みんなの人気者になれない代替品は誰かの足枷にならないようにちゃんと弁えて死ぬピヨ~でも、電話していい、なにかあったら電話でも打ち合わせでもって初めて言ってもらえたッピ。嬉しかったピ! ぼくの人生でもそういう言葉かけてもらえる瞬間あるってびっくりッピ! 何が起きるか分からんピ~すごく、嬉しかったピ」

「じゃあ相談するの?」

「天上さんが、どういう気持ちでそう言ったか分からんピ。業務上の定型文の可能性もあるッピ。僕は報われないことに慣れてるし、幸せになれない運命の出自ッピ! てめえと同じッピ」


 客が砥庭さんに言う。砥庭さんの出自……家庭環境をみんな知らない。砥庭さんが客に対して話す家庭環境はすべてデタラメだ。母親は専業主婦、母親はパート、父親はサラリーマン、父親は自営業、姉がいる、弟がいる、一人っ子、兄が三人、その日によって違う。統一性が全くない。たまに指摘されると「あれ、ごめんなさい!」と朗らかに謝るけど、バレたと焦る様子は全くない。


「天上さんが、すごく勇気をだしてなにかあったらって言った可能性を考えるッピ。その場合、頑張ったのに駄目だったって思わせたくないピ。自分じゃ役に立てない存在だ、頼られない存在だ、いらないやつだって天上さんが思うようなこと絶対避けたいッピ」

「なら」

「でも、天上さんが、人気者でみんなが好きな売れる作家さんやその話が好きなのも確かピ。最近いろんな作家さんみて辛くなるピ他の作家さんは絵師さんにやりたいって思ってもらえて、漫画家さんとかに好かれるし、みんなに応援してもらえて仲良しッピ! 僕がああなれば天上さんも気が楽になるッピ。でも僕の話にはそんな価値なんて出来ないピ。邪魔なだけピ。いらないピ。読者がいるけど、制作には不要ピ届ける価値ない、趣味でするのがいいピ誰とも関わらず一人でやって立てってものピ」

「大変そう」

「なのに、天上さんとお話しできて嬉しかったピ! 泣いちゃったッピ! てっきり、考えすぎとかそうじゃないですよとか笑われるって構えてたピ……疑っちゃったピ……怒ってるって誤解させたかも分からんピ……でもちょっと怖かったピ……信じるの怖いピ。というか断られたピ。報われないけど頑張ろうも、色々断られたピ。そもそも僕の話やりたい人なんかいないピ。しつこいと思われたくないピ。でも、天上さんのやりたいこととかしたいことが、なんか変わったのかもしれないし、色々……なにも分からないままピ」

「ほー」

「自分から行かないけど拒否はしない主張しないで様子見するピでも怒ってるって思われるのが難しいピそういうの小説に書いて投稿して供養するピ」

「天上さん読まない?」

「出版社が読みたいに繋がらないと言いなおかつ打ち上げ目減りの商業的には価値のない話ピ……」

「ごめんて」

「僕はジャンル詐欺するピ。擬態したりして、パッケージ詐欺遊びピ。騙すの好きピ。でも、好きだって言ってもらっても、そのパッケージだけなのもキツいピ。箱だけほしくて中身いらないってのがみんなピ。でも天上さん通して、もしかして中身欲しい人もいるかなって思ってたピ……思い込み勘違いだったピ。ゆえに今、僕弁えてるピ。辛くて苦しかったけど、怒ってはないピ。どうでもいいから怒ってるんじゃなく、自分に自信があれば怒れるだろうけど、僕ずっと前から自信なんかないピ。小さい頃どっか落としてきちゃったピ」


 砥庭さんがどんな反応をするのか気になった。だって砥庭さんが付き合ってる彼女、客だからだ。しかも……砥庭さんの相談内容を聞く分に最近は両想いっぽいけど、序盤は勘違いストーカーのそれだった。


「大変だね」


 砥庭さんは言う。思い込みとか勘違いについて一切、なにもない。

 完全に他人事のそれに、私は絶句した。












18歳以上で砥庭に関心のある方へ

お待たせしました

察してください

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