表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/112

書き損じ未満のワードセレクト

 僕、古宿左月は、ファンレターが欲しいと発信することはない。なぜなら和菓子屋の商売人としての僕に対しての恋文が多く、作家のアカウントで発信しても読者じゃなくて繋がりみたいなものを求める人間が多いからだ。


 ただ、このご時世、不景気で切手も高いし色々面倒だしポストなんてどこにあるかも分からないくらいなわけで。


 プレゼントだって段ボールの大きさや何やら調べて梱包材やらガムテープやらどうにかしないといけないわけで。


 恋文はひーさんがいるから捨てたい一方、読者は大事にしたい。作家である以上感想も欲しい。でも本は静かに読みたい、好きなものはひっそり一人で楽しみたいのが僕の信条だから好きの共有強要みたいなのも嫌いで、ファンレターの返信は悩みどころだった。


 手書きで返すか、ワードファイルを印刷して返すか。


 手書きの利点は早くかけることと、本人認証ができること。ワードファイル印刷の利点は読者への圧の軽減だ。一方的に送れる交流が楽、みたいなファンがいたとしたら、手書きのファンレターは嫌かな、と思いつつ、なんやかんやで「こいつワードやし使いまわしとるん違うか」と疑われるのも嫌だし、僕の場合は何より手書きのほうが早いので、結局手書きに落ち着いていた。


 しかし、丁度季節の変わり目、ぼちぼち手書きのほうがいいかと悩む時期があり、こういう答えのない悩みが発生すると御上くんを呼び出し聞かせていた。


「それをそのままSNSにのせればいいのに」


 御上くんが呟く。今日も今日とて御上くんは彼の行きつけのカフェにいた。カフェオレを豆乳変更にして飲んでいる。


「あほか、余命感動泣けるエモで売っとる古宿センセイのイメージ大崩壊やわ。ファンレター手書きかワードかで悩んどる古宿センセイなんかいらんわ」


「エモさ逆に引き立ちそうですけどね」


「ファンにすり寄っとる、馴れ合いや言うてぶったたかれるやろ」


「古宿先生、エモ映画実写化でアイドルでしたっけ、ヒロイン役のキャスト。だったら人間味削いでたほうがいいかもしれないですね。人間と交流一切しませんのほうがファンは安心するでしょうし。20代男作家なんてガチ恋アイドルヲタクからしたら不愉快でしょうし」


「せやろ。僕がもしひーさんがアイドルでひーさんに主演実写化決まってその原作がひーさんと年近い男やったら殺したるわ」


 というのは冗談だけど、正直、ファンとしていい気はしないと思う。特に御上くんや僕なんかは受賞してデビューじゃなくネットから拾い上げられただけの素人だし、編集者に「漫画家さんは専業で働いているので」「絵師さんは生活があるので」と言われる兼業の半端者。アイドルと一般人だったら一般人よりの人間が、原作者という謎立場でもっともらしくしゃべるのは、複雑な気分になって当然だ。そのアイドルのアンチのエサにもなりかねない。


「で、どうするんですか、手書きかワードか」


「御上くんどっちが嬉しい?」


「ない。どちらでも嬉しい」


「めちゃめちゃ模範解答するやん。おもんな」


 僕はわざとらしくため息を吐くが、これがいつも通りの流れだった。どっちでもいいというのは適当な返事に聞こえるかもしれないが、どちらを選んでも問題がない、という太鼓判でもある。これが聞きたかった。まぁ、御上くんがどちらを選んでも良かったけど。御上くんは論理サイボーグで最適解しか出さない人間だから。


 とある、一点をのぞいて。


「そういや、独下くん短編一位やんか。それも総合日間一位、認められてよかったなぁ」


「うん」


 御上くんは静かに笑う。先日御上くんはネット小説のサイトで一位をとった。特定のジャンルではなく、全ジャンルの総合だ。みんなが狙う総合一位。しかしそれを手にしたというのに、声に明るさがいっさい無かった。「嬉しそうやないな」と突っ込めば彼は「嬉しいよ」と付け足した。でもやっぱり嬉しそうじゃない。


「天上さん見返せてよかったやんけ、リベンジ早すぎるやろ。流行ってる言うてほかの作家の名前出して、それも君が一番、名前出されたなかった作家ピンポイントでいったやんな」


 御上くんは先日、天上さんという編集者と揉めた。そしてそれからすぐランキング1位をとった。まるでリベンジするみたいに。しかし御上くんは「リベンジじゃないよ」とやけに幼い調子で呟く。


「攻撃とか、見せしめがしたかったわけじゃない。そもそも、やり返すとか攻撃とかも、考えてない。ただ……やっぱそう見えるかぁ」


 想像通りの反応だった。ネットサイトのランキング一位は、ほぼ運。流行のタグをつけたり、タイトル等で釣ることは出来るけど、1位から3位は実力なんて関係ない世界だ。それも御上くんが1位をとったのは、和風シンデレラを踏襲しつつ、物語ラストまでヒロインが一切喋らないもの。特にヒロインの心情に至っては彼の手癖……世に対しての嫌悪と期待の薄さを前面に出したもので、いわゆる応援したくなる、共感されるヒロインとはかなり逸れている。設定はそれっぽく、中身は売りづらく好まれづらいものだ。


 天上さんが言ったらしい一般論や流行について突き返すものだが、御上くんは自分自身のために誰かを攻撃することはしない。仕返しも復讐も興味を持たない。


「御上くんなんで怒ったりは激しいのに自分のためにキレへんの。天上さんにすら怒ったように見せかけて。出版社に対しても、ほんまは一切キレてへんやろ。御上くんへの扱いがゴミやったんも、キレてるふりで」


 御上くんは定期的に出版社に対してキレるが、ほぼ芸人のキレ芸に近いものだった。怒るということは、自分という作家や作品に価値がある、もしくは、相手に自分の言葉が届くと期待することに近いが、御上くんにはそれが一切ない。


「……だってほかの作家で同じこと起きたら駄目だから予防だよ。というか、そもそも怒りの感情が無い。おばあちゃんみたいになりたくない」


「おばあちゃん?」


「おばあちゃんさ、すごい怒る人だったから。お前なんか生まれてこなきゃよかった。お前みたいなみっともないの恥ずかしい。なんで生まれてきたんだって小さい頃から言われてたし、僕が誕生日プレゼントとか、貰うたび私から盗んだお金だろとか、怒ってて、私を大事にしてくれない悪い孫なのにみたいな、キレをよくされてた。元々多分祖母、毒親気質で、うち、母子家庭なんだけど、小さい頃僕が身体弱くて、母親は、同居しなきゃいけなくて、僕が生まれてきたせいで、逃げれなかった人だから。だから、自分のためにとか、自分本位な行動だけは絶対取らないようにしてる。おばあちゃんみたいになりたくないっていうか……おばあちゃん、貰いたいの人だから、絶対にあげる、捧げる、差し出す側でいたい」


「なるほどなあ」


 御上くんは自分に価値を一切感じてないわりに会社に対しての不満はやけに饒舌だった。それが今まで矛盾であるように感じてならなかったが、そもそも、怒ってたりハッキリものを言うタイプではなく、将来の第三者を見越して未来を捨てているゆえの無敵さだったのかと納得がいった。


 辛いことがあり、死にたい人ではなく最初から全部諦めてる人。


 この心の底には活力なんてものはそもそも存在してない。あるのはただ、祖母みたいになりたくないの一点。


「でも、天上さんにおばあちゃんみたいって言われたよ」


 御上くんは呟く。


「あれやろ、騙したんやろ」


「そう。家庭環境問題ないようにふるまってるから。ただ必要があって天上さんに言った。便利に使えるカードだから」


「そのカード自分の為につこたん違うやろ」


「うん。自分の為に自分の素性明かすの嫌いというか、こう、僕ほら、母子家庭とか毒祖母とか、介護で半分以上人生死んでるとか、掘れば掘るほど、気まずくさせるじゃん。同情を誘ってさ。だから、言わないようにしてる。でも、地雷踏んじゃったって思われてるかも。別に地雷じゃないし、家庭環境良く見えるほうがありがたいし。だからそれがちょっと、気になってる」


 確かに。御上くんの家庭環境は闇そのものだ。天上さんあたりが知ったら気にするだろう。


「だからさ、本当は文章の仕事なんて引き受けていいわけないんだよね。それこそ、僕みたいな、毒言葉で凝縮されて育った人間じゃなくて、天上さんがほら、流行ってるって言ってた作家さんみたいにちゃんとしてる人がする仕事であるべきなんだよ。僕がいていい場所じゃない」


「ランキング一位とったやん」


「うん。そうだね」


「なのになんで、そんな、悲しそうなん」


「悲しいから」


 御上くんは視線を落とした。子供が叱られたみたいな顔だった。


「正しくて悲しい」


「正しくて悲しい?」


「うん。天上さんは正しいというか悪くないから、悲しい」


「どういうこっちゃ」


「だって、みんな、10人中9人が好んで、応援したい、素敵だなって思えるほうがいいわけで、だから人気が出て、みんな幸せになる。何も間違ってない。それにこう、社会ってそういうものだから。自己卑下して被害者ぶるんじゃなくて、論理的に、そういうもの。だってほら、学校で授業を受けているときに、一人の生徒がうるさくしてたら立ち行かないじゃん。それと同じ。だから、天上さんの論理は間違ってないし、正しい。そもそも僕は、筋道の通ったことが好きだ。だから、僕は、誰かに認めてもらいたいとか、そういう感情じゃなくて、天上さんだから認めてもらいたかった、天上さんだから、読みたい、好きだって思ってもらいたかったってことに気づいて、悲しい」


 御上くんは顔を上げ、笑った。穏やかな顔をしていた。


「他の作家さんと比べられるとかも、まぁ、勿論傷ついたけど、ビジネスの上で比較は必要で、比較によって発展したこともあったわけで、僕自身、天上さんを誰かと比べて褒めたりしたこともある。ただ、代替えじゃなく、僕の話を欲してほしかったなって。そういう、作家じゃなく、個人としての我儘だよ。だから、やるせなくて悲しいんだ」


「それは……あれやんな。読者いらない! 他の編集者もどうでもええ、天上さんさえ! じゃなくて、完全に天上さんだけべっこだったぶん、キツイな。もし、天上さん以外どうでもええんやったら、代わりも出るけど、代わりも比較もないくらい、別格のとこおったんから、そうなったわけで」


「そう。それが、悲しいんだろうね」


「別格のとこおるせいで切り捨てられへんなって」


「うん」


「そもそも御上くん他人のこと切り捨てるん下手やろ」


「何で分かるの」


「目え見れば分かるわ。接客何年やっとる思てんねん」


 御上くんは、人を助けたいわけではなく見捨てられないのだろう。想像力が高く今まで一人で何とかしなければならず、誰からも助けてもらえない期間が多かったために、目の前の人間が独りぼっちだったら、誰からも助けてもらえない人だったら、と、想像して動く。その想像が自分の妄想に近いものだと自覚しながら、万が一が怖くて止められない。


「天上さんに親に褒められたことないのかって言われたことある」


「褒めてとか言うたんやろ」


「そう。そうしたら、誰でもいいから褒めてもらいたいって思ってる人間だって誤解された。ワンチャン、どう褒めていいか分からなくて、そういった可能性もあるけど」


「分岐ゲーム理論思考やんな。ただ天上さん君の家庭事情聞いてぞっとした可能性あるで」


「実際ない。無いけど……あるって嘘ついちゃった。僕は、誰かの承認じゃなくて天上さんの誉め言葉が知りたかったから」


「ほかにどんな分岐あるん」


「褒める価値がない人間だから褒めない」


「反論はあるんか」


「ビジネスにおいて褒めて仕事させるほうが円滑だから褒める人間かどうかの価値選別まで思考する人間が、褒めないことおよび親に褒められたことが無い、と質問する可能性は低く、褒める価値がないから褒めないおよび、ビジネスとして感情を動かさず発言した可能性も低い、むしろ、何か苦心した形跡が見られる。同時に、慎重な性格であり第三者からの気にしいという評価から、家庭環境への指摘を行う言動と整合性が取れないため、褒めてほしいというオーダーに関しての動揺があった、もしくは何かの考えがあったと、思う」


「めちゃくちゃプロファイリングするやん」


「でもこれは可能性のひとつ。で、さらに家庭環境についてのあれこれは、正直、あまり気にしてないというか地雷にまみれているから、踏ませて申し訳ないが強いし、天上さんが他の作家さんにしなければいいなと思う。こう、大切だなって思う作家さんに。僕をいい失敗作として。あの人は才能があって……才能なんてなくてもいいけどさ、僕がいいなあって思った人だから」


「本音は」


「家族のこととかもっとちゃんとなってて、10人に好かれる人間だったら、天上さんにやりたいって思ってもらえる人になれたかなって。そうしたら、制作に迷惑かけずに済む」


「迷惑なんかかけて上等や言いそうやけどな、独下先生」


「本当はずっと怖いよ。不安だし。辛いなあと思う。ただ、そう振る舞わないと、駄目だから。それに、僕は代替品だけど、人が立ちたくても立てない場所に立ってるわけだから、我儘言わないようにしないと。エンタメってそういうものだし。大人にならないといけない。ただ本音を言うと、諦めきれないし、天上さんに、独下ケイがいいです、大事ですって言ってもらいたかった。一番最初に好きだって言ってもらったことあるけど、それは、天上さんが会社について知る前だから。聞いたら違うだろうし。でも、もしかしたらって思いそうになるのが、苦しいんだ。いまだに、期待と折り合いがつかなくて苦しい。天上さんがもし、一人だったらって、天上さんが、僕が天上さんから代替品としてしか見られてないって思ってることを、信頼されてないんだなってショック受けてたら、ただ、言葉選びがちょっと違ってたとか、前提が違ってただけなのにって、思ってたらって想像があって、それが、論理的に作動してるのか、僕が期待を捨てきれず感情で動いているのか、僕自身、分からない。だから、途方もなく、苦しい」


 御上くんは、「だからね」と続ける。


「よく分からないんだよ、僕も。どうしていいのか。誰も、見捨てたり見放したくない。見捨てられて見放されての人生だから、誰かには絶対したくない。だけど、待たれてるのかも、と思うと怖いよ」


「待たれてる?」


「はやくいなくなれみたいな。言い辛いじゃん。立ち去れって」


 御上くんは呟く。


「でも、聞けない。人の真意を、知るのは怖い」


「天上さんに好き言うてたやろ。果敢に」


「だって好きだから。初めて好きだと思った。でもすごく繊細な文章を書く人だから、なにかしら辛い経験があったかもしれなくて……天性の才能の可能性もあるけど、万が一、この世界に全部に嫌われてるくらいに思いつめたときに、僕の好きがお守りになればいいと思った。ゴミみたいな奴からでも、好かれはしたって」


「ゴミて、自己卑下強いな」


「おばあちゃんに言われてたから」


 そう言うと御上くんは、「だから仕方ない」と笑う。自分が知らないだけで、御上くんみたいな人間は多分、いくらでもいるんだろうなと思う。


 ファンレター、やっぱり手書きで返そう。 


 僕は御上くんの話を聞きながら決め、珈琲を飲んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ