バーチャル配信者威失シニタは破滅系
「だる」
絶対に昼休憩とは呼べない16時、昼食を済ませるために確保したフリースペースの座席で私は絶望する。
手にしたスマホの画面に表示されているのは、バーチャル配信者、要断キンシとゲーム配信者のふわせのゲームイベントの落選通知だった。要断キンシはいわゆる男のバーチャルアイドルに近い存在で、ふわせはイースポーツとかいう銃で撃ったりするゲームの大会に出ている選手だ。
キンシはホラーゲームで遊んでいたり、流行りの歌をうたったり、雑談をしながら活躍し、一年に数度ライブを行う、ふわせは大会に出たりチームで練習を配信し、時折、チームでのリアルオフ会の光景を流すなどして活躍していた。二人の組み合わせは『ふわキン』と若干なにかがよぎるコンビ名で親しまれていて、ボーイズラブには至らないまでも男子二人がじゃれて遊んでいる姿をそのまま楽しんだり、絵の上手い人間がイラストを描くなど、女子に人気だった。
私は、二人とも好き。元々色んな配信者の動画を見ているのでそれぞれ好きだったけど、特にこの二人が好きだ。ソロ配信の時、キンシは明るく活発な、学校ではいかにも体育祭委員とかやりそうな野球部感があるけど、ふわせと配信しているときは落ち着いたトーンで話をし、世話焼きお兄さん風になる。一方のふわせもソロ配信の時はクールに、むしろ配信する意味あるのかってくらいドライなのに、キンシの前では少し毒舌風弟に変わる。多分きっと、お互いの素が出ているのだろう。バーチャル配信者は自我を出し過ぎるな、なんて言われてるけどキンシは事務所に入ってないしふわせも配信者というより選手が配信してるだけなので、すごくいいと思う。
でも、私は生で立ち会える機会を逃してしまった。二次募集はないか確認するために呟きサイトを漁っていると、不愉快なノイズがちらついた。
『まーじでふわせとキンシのイベ倍率高すぎん? 落ちたんだが? 俺ふわせとキンシと昨日焼肉行ってカラオケまで行ったのになんでイベ行けんの? 分からんティウスだが?』
拡散数1490お気に入り約2.8万。コメントは240件。
無駄にインプレッションが多いせいで検索上部に躍り出てくる、世界で一番不愉快なアイコンからの呟き。
威失シニタ。動画サイトで登録者数50万人を超えるバーチャル配信者だ。キンシと同じ事務所所属ではない、歌い手寄りの人間ながら過激な発言とその発言による小規模炎上を繰り返し数字を稼いでいる。歌い手なら歌で人気をとればいいのに、バーチャル配信者人気を受けバーチャル化した。だからこの男はいわゆる『中身』というか『前世』というか『中の人』が割れている。それどころか普通にライブ中は顔出しをしている。顔出すならバーチャル配信なんかしなければいいのに。それもいわゆるイケメンと呼ばれる部類で、写真系SNSでは普通に顔を出しているのだ。地獄みたいな承認欲求の強さだと思う。
そして最悪なことに、最近ふわせとキンシと絡んでいて三人でトリオ化している。絶対キンシやふわせと絡んでいい人間じゃないのに。最近だって『ファンのこいつにいじめられたの「こいつ」を家族ごと集めて蟲毒して生配信で集まった投げ銭ファンに分配した後、正義感による批判全部スクショしてアカウント名ごと読み上げ海に身投げして伝説になりたい』みたいなことを発言して炎上していた。アンチヒーロー気取りだ。気持ち悪い。
私は誰もフォローしない、フォローしてきたらブロックする初期アイコンアカウントを使って、『まーじでふわせとキンシのイベ倍率高すぎん? 落ちたんだが? 俺ふわせとキンシと昨日焼肉行ってカラオケまで行ったのになんでイベ行けんの? 分からんティウスだが?』という呟きのコメントマークをクリックする。
案の定、馬鹿みたいな信者が『私も落ちた!』『っていうか参加してほしい』『特別ゲスト!』なんてリクエストをしていた。
死んでほしい。
ふわせもキンシもずっと下積み時代があって、やっと大きなステージに立つというのに何で最近出てきたコイツがおんぶにだっこで並ぼうとするんだよ。苛立ちを覚えながら私は『ほぼ関係者なわけですし、受かったら運営の便宜が疑われると思うので、仕方ないと思います』とコメントした。ついでに今朝呟いていた、『まじで俺って誰かの代替品だから。死にたくなる。生きてていい人生になりたかった』という、よしよし待ち鬱呟きを自殺示唆として通報する。
威失シニタの嫌いなところは数多くあるけど、一番はみんな努力してそれでも夢破れて挫折する人間が多い中で死にたいとか言うところだ。気持ち悪い。皆一人で頑張ってるのに自分だけ孤独みたいな顔をして、こうして褒めてもらうのを待っている。気持ち悪い。周りに人なんかいっぱいいるだろうに。どれだけ承認欲求が強ければそうなるんだろう。きっとたくさん褒められて生きてきて、心の機能や自我みたいなものが馬鹿になっているのだ。補正されればいいのに。っていうか死ねよもう。そんなに死にたいなら。
「やべー超心配してくれてるじゃん。マジありがティウスだわ」
がば、と何者かに肩を抱かれると同時に聞きなれた声に衝撃を受ける。反射的に顔を向ければそこにいたのは威失シニタだった。マスクをつけ帽子をかぶっているが、『バーチャル配信者の素顔は切れ長イケメン』という馬鹿みたいに使い古されている記事により、顔は知っている。
「は、なんで」
「だって大抵ここで昼食ってるじゃん。写真あげてる」
そう言って威失シニタは自分のスマホを私に見せてきた。そこには私がふわせやキンシにコメントを送るアカウントが表示されている。そこは配信で聞いたものを食べたり、買ったグッズをのせるためのもので、フォローはキンシとふわせ、そしてそれぞれのイベントや案件アカウントのみだ。フォローと拡散キャンペーン用に鍵はつけてないけど、人に見られるものではないはず。
「そ、そういう動画……」
もしかしてこれはアンチ特定して突撃してみたとかそういう企画か。私は顔を見られないよううつむきがちに彼の様子をうかがう。
「全然、カメラとかない。普通に会いに来たよ」
「会う? な、なんで、な、なに、なんで」
「だってもう五年くらい熱心にアンチしてくれてるから、これはもう相当だな、裏切らないなと思って」
シニタはにっこり笑いながら、私の隣に座った。確かにそれくらいアンチ活動をしている。でも訴えられるなら書面がくるはずだ。直にこうしてやってくるはずがない。それとも直接的な報復か? でも私以外にシニタを攻撃している人間はいるし、それこそ死ねとかを連投しているアカウントだっている。
「裁判」
「いや? 裁判できない。どんなに開示請求かけようとしても、お前のコメントは批評だった。すごい長文もあったじゃん。だからどっかしらいけるだろと思ったけど、全部、どんなに金詰めば何でもするような弁護士も、無理だって言われた。呼称的にはアンチコメントなんだけど、誹謗中傷じゃなく、批評だから」
その言葉を聞いて安堵する。死んでほしいとは思っているけど言葉で攻撃して殺したくはない。普通にただ思い知ってほしいだけだ。自分のやり方とかあり方がおかしいってことを。だから、私はシニタに死んでほしいと思ってるけど、何も考えず死ねとか消えろとかとコメントまでする誹謗中傷なんかと一緒にされたくはない。
「じゃあなんでここに」
「会いたかったから」
「それは、自分のアンチがどんなブスかって気になってってこと?」
だとしたらさぞかし愉快だろうなと思う。自分のアンチがこんな惨めな顔をしているのだから。なんだこんな奴の言葉かと見下すに違いない。私は不愉快極まりないけど。
「いや、顔なんかどうでもいい」
しかしシニタは即答した。
「そんなわけ」
「なんか勘違いしてるだろうから、先に言うけど俺お前のこと悪く思ってない。愛しにきた」
「……は?」
「裁判のこと言ってたけど、むしろ俺がかけられる側だから。お前とどうにかなるために開示請求で住所特定しようとして駄目で、仕方なくネットストーカーみたいな感じで特定して今日会いに来たから」
……は?
私はシニタの発言に絶句する。
「わ、話題性の、ために……き、企画」
「だから違うって。カメラない。俺が撮影でお手伝い使ってないの知ってるでしょ? 金払うのだりーって」
そう、シニタは事務所に所属してないだけでなく、外ロケもなにもかも手伝いを使ってない。全部自分で、というのがシニタだった。
「っていうかさっきから愛しにきたとか意味が分からないんだけど」
「だって俺のこと見てくれたじゃん」
「……は?」
「強がりで言ってるわけじゃなくて、みんな、威失シニタを求めてたけど、結局、過激で個性的な配信者がいいってだけじゃん? 結局俺ってなにかの代替品なわけで。でもお前は俺の弱いところも駄目なところを、それもずーっと五年間徹底的に見てくれたでしょ? それ、愛じゃん? 俺、俺のこと好きなやつが好きだから。俺、お前好き」
バカみたいな理論に吐き気がした。こいつを好きな人間なんか無限にいるだろ。
「そういうとこだよ」
私は手のひらを握りしめる。
「そういうとこって?」
「私が嫌いなのは、そういう、みんな頑張ってる中で、配信者で食べて生きたくても食べられない、なりたくてもなれない人もいるのに、色々恵まれてて成功してて、なおメンヘラしてるお前が嫌いだって言ってんの」
積年の思いをぶつけると、シニタは「ふふ」と笑う。
「何がおかしいの?」
「意思表示嬉しい。無視されてない、俺のこと見てくれてるなって、生きてるなって思う」
なんなんだよこの男は。どこか壊れてるんじゃないのか。
「そんなつもりない。っていうか意味が分からない」
「でも、法的に証明されてるじゃん? 開示請求で住所ゲットが出来なかった、お前のコメントは請求が出来ないって言われた。どんな弁護士にも。つまり法的に、君の熱意は証明されてるってわけ」
法的に守られたと思うけどそれがキショ理論の素材にされてるのが地獄のようにキツい。
「俺さ、ずっと誰かに見つけて欲しかった」
「登録者50万人がもう見つけてるだろ」
「それは、俺のこと見てない人。絵が好きで、こういう声が好きで、歌が好きで、自分の気に入るようなところにたまたま引っかかっただけで、その期待に応えられなきゃ裏切る人間だよ。俺を見てない。俺を欲する人間はいない。代替品だよ。流行ってるからで終わり」
「でも人気が」
「人気があるから好かれただけ。本当の俺を見る人間なんてどこにもいない。俺が俺のままでいることを誰も望みやしない。そんなことないって言うのは自分が悪者になりたくないからだ。誰もいてくれなかった。お前が現れる前では。俺がなにか言っても、みんな見て見ぬふりだよ。励ましも慰めもなかった。まぁ……親からもそんなの貰ったことないけど。俺の人生、そういう、当たり前の幸せなにひとつなかった」
「……」
「でもお前は違う。俺を代替品にしなかった。俺を見つけてくれた。ずっと俺のそばにいてくれた。だからすごくお前が欲しい」
シニタが私をじっと見る。瞬きすらしない、深淵みたいな目で。
こいつの50万人のファンはどうしたんだよ。なんでこいつをこんなになるまで放っておいたんだよ。というか周りの人間は何してるんだよ、と思ったところで、その人間がいなかったからこうなったのかと思い至る。
「ファンがいるだろお前には」
「うん。そのファンを信じるためにお前は必要」
「は?」
「だって俺は代替品だしある日突然いなくなってもどうせそんな奴いたよなで消費されるけど、お前がそこまで熱心にアンチしてくるってことは必要とされてなくても見てもらえてるってことだから、俺にしか出来ないことあるかもって動けるわけじゃん?」
そう言って、威失シニタはライブメールを私に見せてくる。
「ライブのゲスト参加決まってんのよ。ふわせとキンシのイベント。話題作りのため。俺じゃなきゃ出来ないわけじゃない。ただ、必要ないのに、立ってることだけ求められる馬鹿みてえな仕事。俺はそこで、必要とされてないことなんて分かってる中で、笑わなきゃいけない。誰かの代替品として、死にてえ以外にないよこんな見世物ショー。でも、出なきゃいけない。呼ばれた以上、最高のパフォーマンスをするのがプロだから。そこに立ちたくても立てなかった人間の痛みを抱えなきゃいけないから。それに、俺に期待してくれてるかもしれない人間を見捨てたくないから」
シニタは苦しそうに話す。クリエイター特有の孤独や苦悩では片づけてはいけないなにかが声に滲んでいた。
「俺と結婚してほしい」
「は?」
「だってマネジャーは無理じゃん。能力ないし。ずっと一緒にいて欲しいの。でもうちめちゃくちゃ毒親家系だからお前を養子にするとかは無理なの。だから俺を婿にして。いい感じにお前を契約で縛りたい」
「本当に意味が分からない。っていうか結婚ってそういうものじゃなくない?」
「まぁまぁまぁ別に、最悪、一緒に誰か殺すでもいい。お前の嫌いなやつ。何でもいい。絶対お前が人生に関わっててほしいから」
「本当に意味が分からない」
何もかも全部理解できない。するとシニタは「ふわせとキンシのイベント落ちてるよね?」と突然話を変えてきた。
これもしや自分と付き合えば関係者席で見せてくれるとかそういう狡い手段では──?
「俺と一緒にいてくれないなら、そこでふわせとキンシ殺して推しと二度と会えなくさせるけどどうする? どっちがいい? 俺と付き合うか推し看取って二度とその活躍見れなくなって推しが輝く機会を永遠に奪うか」
「奪ってんのお前だろうが」
「俺、別に奪ってなくない? 選んでって言ってんじゃん。俺どっちでもいいもん。ふわせとキンシ殺してお前に一生憎まれて忘れられない人になるかの二択どっちでもいい」
「いや……」
「ってか撮ろ? ストーリーあげたい。鍵垢の俺しか見れないやつ。フォローもフォロワーもゼロでお前をリストに入れてるアカウントがあるから」
新着情報が最悪を毎秒更新してくる。私が拒否を示すと「別にこっちはハメ撮りでもいいんだけど」とさらに最悪を更新してきた。シニタはへらへらと笑い、私をじっと見つめる。
「ずっと愛してくれてありがとう。これからは俺の番だからな」




