叶わぬ望み
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どうしてこうなったんだろうな、と思いながら僕は天上さんと向き合っていた。もともと打ち合わせがあり、今日はもう仕事の話をしようと努めていたら「今までどこに行ってたんですか? たくさん投稿されてましたよね。お元気そうで」と聞かれた。
僕が突然連絡を断ったのは、天上さんの言葉が原因だった。他愛もない話でほかの作家の名前を出されたこと。自分でも馬鹿みたいな理由だったと思う。
でもその作家さんに対して元々、僕は複雑な感慨があったというか、仕事の依頼を受けるとき「こんな感じで」と言われたオーダーの「こんな感じ代表」だし、なんならファンの人が「似てる」と言い出しトラブルに発展しかけ、僕は叩かれ慣れてるからいいけど従来作家さんというものは一発殴られたら死ぬ世界にいるため、前任に様子伺いをしたら普通に僕が相手をパクってキレてると疑われてなあなあになった結果、僕がDMでとっちめられるという最悪で終わった。
こういう風にしたほうがいいのかな、僕は僕でいていいのかな。そうやって悩んでいるとき、僕がずっと、「天上さんがしたい、書いてほしいって僕に言う瞬間ってなんだろうな」と思って待っていた時に、その作家さんの名前を出されて、全部、途方もなく、耐えられなくなった。
ちゃんと、天上さんは僕の話を望んでると思っても、言葉で言われたことが無い。僕の話を読んで担当したって言ってたけど僕を知る前だしなんなら前任は人気者なのでそっちの可能性のが100倍高い。
だからロジックや論理で、天上さんが僕を選ぶ理由が途方もなくなくて、天上さんからその作家さんの名前を聞いたときに「代替品」という言葉が浮かんだ。
だって僕の話に価値はないから。読みたいに繋がらないと編集部に一度言われた話だから。
だから、僕は、一緒に仕事をする人に、僕にしか書けないものを読みたいと思ってもらいたい。その人の時間を奪っていい承認が欲しい。仕事だからと反論されるかもしれないけど、でも僕はその仕事の人たちに、読みたいに繋がらないと言われた人だから。
たぶんそこまで言うと、もう前の話だと言われる。でも前の話が、昨日のことのようにめぐる。
僕だって消したくても消えない。僕は誰にも助けてもらえない、応援されない、味方がいない。そんなことないって思いたいけど、その繋ぎ手が、存在しなかった。
みんな頑張ってたんですよと天上さんは言う。守る。
羨ましい。僕だって頑張ってた。ここにいてもいいよって承認がない中で。
そういう辛さを全部創作にぶつけていた。元気──元気になれたらいいなと思う。手遅れだから無理だ。というかもう、終わりだから最後にって動いてるだけだし。
「たとえば、読みたいに繋がらないと編集部に言われた話なわけ、その話はどんなに売れようと編集部に一度読みたいに繋がらないと言われた話であることに変わりはない、前にそう言われたから」
「でも読者がいるじゃないですか」
「商業において仕事とするなら、出版社の承認は僕は必要だと思ってる。出版社の意向なんて関係ないって書ける作家はかっこいいとは思う」
「でも独下先生はそういう作家さんだと思いますけどね」
「ごめん、違う。そうやって振る舞わないと、無視されるから。無視されてきたから」
「無視は……」
天上さんは苦笑する。やっぱり、通じないなと思った。でも僕は諦めたくなかった。生まれてきて散々なにもかもにきっちり見捨てられて生きてきたから。助けなんて来なかったし、守ってもらったこともほとんどない。だから、変な癖が出るんだと思う。目の前の人がもし助けなんて来ないと思ってたらどうしよう。誰にも守られないって思ってたらどうしようって。だから、目の前の人間を諦めたくないし、見捨てたくない。もし、頑張ろうと思っているならそれを無視したくない。
「事実として、制作に不備があった。交渉の場において僕は三つやめてほしいことを言ってた。あなたは、会社にたくさんのいい思い出があって、僕に否定されるのは嫌かもしれないけど、交渉の場で、弁明をするのはやめてほしい。家族の話はしないでほしい。仕事の話はしないでほしいって、何も通じなかった。天上さんとのあれこれで、前任とも話をすることになったとき、打ち合わせの待ち合わせの場所、やめてほしいって言って色々またやりとりが増えたけど、あれ試しなんだよ」
「試し?」
「そうだよ。打ち合わせの場所ひとつ、満足に意向が通らない。そういう制作だった。打ち合わせの場所くらい適当でいいじゃんと思う。その打ち合わせの場所くらいですら、僕の意向は全部無視だった」
「でもそれ無視してたわけじゃないと思うんですよね」
「うん、そうだと思う。でも僕は無視をされてきたと思っているし、事実として、メールにも残ってる。そして、さっき話がそれてしまったから戻すけど、だから僕は今の状態でいるけど、決してそれが健全な状態だとも思ってないし、僕はずっと、目の前の人の承認が欲しかった。一緒にやる担当編集が読みたいと思っているかどうかを重要視してた」
「読みたい、とは」
「言葉通りの意味だよ。読みたいと思うか」
「仕事なんで読まなきゃいけないわけで」
「だと思う。でも、その仕事は出版社に言われてなわけでしょ。その出版社が読みたいに繋がらないって言った仕事なわけ。それでも大丈夫なのかってことを、僕は知りたかった。言葉で欲しかった。だって想像なんて結局は想像だから。天上さんは違うかもしれないけど、僕の感覚は、言葉があるなしで、大きく違う。だから、僕は言葉が欲しかった」
「でも、会社が打ち切りにしてないのなら、読みたいってことなんじゃないですか」
「天上さんの気持ちがそうってこと?」
「まぁ、仕事なので」
「そっか。だとすると、もう駄目かもしれないね。ランキングも、駄目だった。たぶん僕は打ち切りになる。僕はもう終わりだ」
「いや終わりってわけじゃ……ほかで仕事あるでしょ」
「僕は天上さんと仕事がしたかった」
僕は言う。もう最後だからいいやと思った。
「僕は天上さんに読みたい、担当してて嬉しいって言われたかった。個性を認められたかった。一般論じゃなくて天上さんの言葉で。ずっと天上さんの言葉を待ってた。もしかしたら、言葉にするのが苦手な人なのかもしれない。慎重な人なのかもしれない。なにかミスをしたとき、喋るんじゃなくて行動で示さなきゃって自分の首を絞めようとする人なのかもしれないって思ってた」
すべて決めつけの勝手な想像だった。
その想像に縋って僕は生きていた。
「今もそう、ありますよ、先生にしか書けないものがあって、それを読むのは楽しいですよとか言われたい。言われたかった。でも、こうして僕が言うと、脅迫してるみたいだから言えなかった。言うことを強いられる状況は辛いから」
でも違うんだろうなと思う。生き汚いと思った。つくづく自分が嫌になる。
「自立してって言ってたけどちゃんと僕は最初から一人だったよ。味方なんかいなかった。敵味方じゃないって天上さんも言ったでしょ。敵味方じゃないってことはさ、敵もいないかもしれないけど味方もいない。作家もそういうものって言うかもしれない。皆何かしらあるっていうのも分かる。だから僕はそのうえで、途方もなく一人が辛くて、多分ほかの作家さんより遠いところにいて、それが苦しい。ないものねだってても仕方ないけど、僕は、天上さんの承認が欲しかったよ」
「承認なんてなくてもいいと思いますけどね。というかそもそも、誰かの承認は必要ないわけで」
「担当編集がいないんだったらね」
僕は続ける。
「僕は、もう僕の一人で抱えるのも辛いし、責任が全部自分にあるのもきついし、読者に一気に叩かれたことあるから、また期待を裏切るんじゃないかって怖いし、累計部数が詰みあがるたびにどこにいていいか分からなくなって、貴方に電話してほしいって言うような、救いようない独下ケイだよ」
──だから。僕は天上さんの目を見据えた。
「ごめんなさい。才能が無くて。あなたの望む作家でいられずごめんなさい」




