表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/112

唯一無二

 探偵の仕事を終え、ぼんやりとチェーンの喫茶店でくつろいでいると、横に誰か座った。空いているのに勘弁してくれと思っていれば、古宿(ふるやど)先生だった。


「おーがみくーん、遊びましょ」


 ニヤニヤ笑う先生は、いつもみたいな和装ではなくラフなシャツ姿だった。


「和菓子屋炎上廃業したんですか? それとも原稿エスケープ?」


「あほか、筋トレの帰りや。君の興信所のそばと僕のジム近い言うたん忘れたんか」


「覚えてますよ。でも古宿先生どうせ顔で集まってきた女に嫌気さして秒でやめると思ってたんで。なんだ、続いてるならやめてくださいよ。そこ金持ち多いからそこ使うクライアントの依頼絶対とりたいんですけど」


「横暴すぎるやろ」


 そう言いながら古宿先生はカップに入った黄色い液体を飲む。ここはバナナプロテインスムージーを出すから、多分それだろう。


天上(あまがみ)くんと揉めたん?」


「あっちは揉めたって思ってないですよ。癇癪起こしたとか周期的と思ってる程度で」


「でも君にとっては選別やろ」


 僕は返事をしなかった。


「編集は素材を生かす、個性なんかいらん思うて、君のこと大事にしとるんちゃうんか」


「……編集が無味すぎるのもどうかとどうかと思いませんか」


「思うで、あんま無味ならAIでええからな。無味すぎる編集も無味すぎる作家もいらん」


「前に、上手かろうがこだわり強い作家は売れへんし売れんもんは使えへんからいらん、って言ってたの古宿先生ですよ」


 以前古宿先生は言っていた。エンタメは人間社会としてのビジネスでしており、人と人との繋がりで出来上がっているし、そこのクオリティはどうあれ、人間と上手くやれない人間はコンテンツに関わるべきではない、と。


「言ったわ。でもそれは僕の意見や。編集だのプロデューサーとかエンタメ論としては言うてないよ。扱いづらい君みたいなんを飼いならして上手くつなぎ合わせておもろいもん作るのがプロデューサーやから。自立して誰でも扱えるんを扱うんならAIでええねん」


 古宿先生はかつての発言から正反対の主張をしだした。




「今は飽和状態で漫画家や絵師の手が足りないから、とかって話になっとるけど、出版業界は反比例して人材難。コンテンツ出さなあかん量に対して圧倒的に人間が足りひん。せやからクリエイターないがしろにしてしまった~なんてアホみたいな言い訳がまかり通る、画像一枚で絵師の筆折りかけたん詫びて、その後の対策もなあなあにしたまま、コンテンツで流してもう大丈夫やんな? うちの会社は作家思いブランドにしがみつくのもまかり通る。人間がおらへんから。仕方ないで割り切れる。面白ければなんでもええ。売れれば正義で割り切らな生きていかれへん。代わりがないから。なぜなら言葉を用いる以上海外の留学生や人材は使えへんし、そもそも海外の人間を雇えるような円まわりの状況やないし。でも、せやったらAIでええやろ? リサーチするのも校正添削するのも。だって市場調査はAIのほうが制度が高い。作家性が強いとか癖があるとか、そういう人間をやりこめて調整することで運用するから、お前みたいなプロデューサーという仕事があるのでは? それが出来ないなら、逆に広告とか売り出し方を計算して作家のSNS運用や人格込みでクリエイトしてアイドル売りしながら、作家性と物語と人格ごと組み合わせたマーケティングをすればいい。ああ、エンタメでメディアミックスを考慮するのであれば、演者と仲が良いのも加点になるな。そうすれば人間関係ごと売り出しが出来るし、金は儲かる」


 ──でもそこまではしとうない。意味ないから。


 古宿先生は薄く笑う。


「エンタメは儲からなダメやけど、それだけがエンタメやないから。それみんな分かっとるからところどころ、手間かかっても面倒でも、合理的でなくても、人間使うんやろ。矛盾ありきで。完全なかしこさも上手さもいらんねん。ダメくらいが丁度ええ。仕方ないよねで済ましとんのは論外やからな」


「古宿先生、そんな風に思ってたんですね。てっきり、汗水たらしてる人間馬鹿にして餌にしてるとばかり」


「君、探偵もしとるんやから僕の真意くらい汲み取ろうしてくれたらええやんか、お得意の推理で」


「探偵は推理しないんで」


「想像せえ、物書きやろ」


「実在の人物に対する想像は好きじゃないんで」


「ああでも言わんと生きていかれへんかったんや」


 古宿先生が呟いた。古宿先生は身体が弱いので生きていく生きていけないをどういうつもりで言ってるのか分からない。


「交渉?」


「ちゃう。そん時の僕は、僕には僕にしか書けるもんがないって思うてて、でも、心のどっかで自分にしか書けんようなもん書いて人に必要とされたいって思うて、書いて、でも、全然上手く書かれへんかったから、人当たりや、頼まれやすい奴になって、処世術磨いて、他のこだわり強い、癖強い、人間嫌いみたいな社会不適合者の奴らと差別化して、上手いこと生きぬいたるって、なんとか抗ってたんよ。今思えば、めっちゃダサいけどな、強がって線引いて、こいつらと自分は違う、こいつらとは勝負してない、せやから負けてないって、言い聞かせてた。そんなん線引いたところで、負けるも何も僕がただ不参加ってだけやし、線引いたら線引いたで、自分の実力とか才能あるやつみたいになれない自分がどうにもならん気持ちになって、苦しいだけやのにな。受け入れられへんかった」


「……受け入れられるようになったんですか? 今は」


「いーや? 今も受け入れられへん。ただ、受け入れられへんことを、自覚はした」


「どうやって自覚したんですか」


「ひーさんが、かっこつけんなって怒ってくれたんよ。ひーさん分かる? 僕のかわええ女なんやけど」


「貴方がわざわざ悪人ムーヴで新人とっちめて守ろうとした担当編集者でしょ」


「おん。君がバラしたせいでせっかくかっこつけてええ感じになろう思うた計画めちゃくちゃにしたひーさんやで。だから、逆を言えば僕がちょっとかっこつけて嘘つくとひーさんから見れば、めちゃめちゃこいつ滑っとるわぁで僕は死ぬんよ。読者の前では嘘ついてハッタリきかせなあかんけど、そういうのも疲れるから、滑ってようがひーさんがいるのはでかいわ」


 古宿先生は珈琲を飲みながら、「君は」と僕を見返す。


「ダサいとこ天上さんに見せれるんか」


「僕はダサいところしか見せてないよ。っていうか原稿読まれるのも結構な恥じゃない? こいつこんなこと考えてるんだ、みたいな。自己満足痛キモ発表会と変わんないじゃん」


「君、何でそんなこと言うん。っていうか君、天上さんの作品好き言うてたやんか。君、天上さんの作品も自己満足痛キモ発表会って言うてんのと同じことやで」


「だって天上さんのいいところは痛くてキモいところにあるじゃん」


 僕は即答した。古宿先生は「は?」と目を丸くする。


「君、天上さんのことめちゃくちゃ褒めてたやんけ。顔も好きなんやろ」


「顔も好きだよ。世界で一番かっこよくて、綺麗な物語を書く。その上で、途方もなく救いようのない痛さとキモさがあるじゃん。僕はそこが好きなんですよ。最高のカッコよさは最高のキモさと痛さから出来上がるから。だからこそ、唯一無二。かけがえががない。完璧超人とかただのかっこいいなんていくらでもあるけど、あんなキモくて痛いの他にいないから」


「どういうこっちゃ。具体的にこことか言えるんかそれは。魂がキモいとかやとスピリチュアル入っとったらちょっと君のことひーさんに相談して三人で病院行かなあかんけど、そういうのとは違うんけ?」


「これは僕の憶測にしか過ぎないけど天上さん顔も見た感じも限りなく童貞じゃないけど明らかに童貞なの。だって僕の書くヒロイン童貞が好きそうって言ってて、天上さんもそう言うの好きなんですかって聞いたら童貞が好きそうなの好きなんでって言ってたわけ。普通童貞じゃないやつは童貞好きそうな奴好きなんですよーで話終わらせるじゃん。そこをさ、童貞が好きそうな奴ってワンクッション入れてるの。そこのこだわりがまず童貞って言うか何かのこだわりがあるじゃん。そこが好き。あと、人を傷つけたくないみたいな、軋轢を生みたくない感じがあるけど、根底にあるのは人を傷つけてしまった場合にやり返されたら嫌、傷つきたくないっていう自己防衛本能なのね。弱そうで可愛い。あとよく分析してるけど、多分分析そのものが好きって言うより、その裏にある事情とか理由とかを調べるのが好きなのと、分析したふりをしてるというか、分析ムーヴにいることというか評論、批評家としてのロールにいることで評論や批評されないように安全な場所に必死にしがみ付こうとしているところにさっき話をした傷つきたくないと多分見下されたくないが強く出ていて好き。ただ最近は一般論とかロジックとか謎の理論武装というかあくまでこれはこの世界の大衆の見解なので僕の意見ではないですけど意見として提示します、みたいなカード切ってくるところ。ただ人のこと論理で殺せるタイプじゃないし多分そもそも論理的じゃないから、ここ理数系の場だとぶっ殺されるなっていうカードをぎゅっと握りしめて使えるカードだと思い込んでるところ? おもちゃの剣なのにこれ僕の武器! って健気なところが守りたいという気持ちに繋がる。本人絶対守られるの嫌だろうけど。っつうか天上さん僕のこと思春期っていうの。すごいもっともらしく。そこがいいと思ってて。だって好きな人間を前にして思春期にならない人間っているの? 逆に。僕今まで好きな人間出来たこと無かったんだけどさ、不倫みてえなクソ繋がりってさ、すごいあれじゃん。かっこつけてお互いスリルを楽しんでます、恋愛してます、純愛なんです、これは割り切った関係ですとかってポージングしてるオナニーだけど、推し活にせよ恋愛にせよ友愛にせよなんでも、人間のああこの人が大事だって繋がりの感情って思春期のままじゃない? それをさも分析しているように言っているっていう、それがまたさらに天上さん童貞説を高めていることに彼は気付かずという。っていうか童貞じゃなくてもねえ、彼の無垢さは希少ですよ。心が綺麗。童貞じゃないのにメンタルはまんま童貞なんだから。たまに受け答えがプロデューサー風というか冷笑気取るのも、たぶん僕が指摘すると、いや、これはあくまで客観的な意見なんでってバリアで傷つくことから恐れてるビジネスマンごっこの着ぐるみの中にぼくをいじめないでっていう五歳くらいのちびっこが透けて見えて可愛い。あと自分は選ばれないし、弁えてるんでって言うことで、選ぶ選ばないの土俵から逃れ、見下されたりあいつ調子にのってるとか冷やかされたりする場からなんとか遠ざかって自分の居場所死守したり、痛い人間とか浮いてる人間だと思われないように見せかけの明るさ出して疲れる割に、他のめちゃくちゃ早口で喋ったりする、本物の痛いヲタクを見て、自分はああじゃないって安心してそうな器の小ささが感じられるところとか、その見せかけの明るさを自分がきちんと演じ切ってると過信してるところがあるわりに、周りは自分が無理してるの気付かない、気付いてくれない、中々周りと迎合できない点に生き辛さを抱えつつそこもセットで自分としているから、案外お前生き辛い不器用な異物人間じゃないよ? って否定されても絶対心から安心することもなければ下手すれば自我崩壊しかねない危ういところが好きだし自分凡庸です、普通ですって主張するところ。都合のいい切り替え。そこがすごく痛くてキモくて駄目で好き。すごい特別だと思う。ぎゅってしたい。天上さんが俺のこと好みだったら絶対ぎゅってしてるのにな」


「じゃあなんで天上さんの一言でダメになったりするん。クソほどへこむやろ君」


「じゃあお前はは好きな人間の言葉で左右されねえのか。つうか、今日上司に言われたこの何気ない一言で傷ついたけど古宿先生の小説で元気出ましたみたいな読者に支えられて生きてるんじゃねえのかお前は。一言の価値を軽んじていいご身分かよ、お前は」


「それ天上さんの前でしたことある? そういうこと言ったことある?」


「一回もない。だって、実際のところどうか分からないから。俺にはそう見えてそう感じてるだけじゃん。こうならなきゃ、こうしなきゃって思わせたくないし、こんなの俺じゃない! って思った場合だって、それに近い行動絶対取れなくなるだろうし、制限かけることになるじゃん。まぁ、俺の支配力なんてたかが知れてるだろうけど、どんな言葉が魔法の言葉になるか呪いの言葉になるかはそれぞれじゃん? というか、こういう風に責めちゃったら天上さんは怖がっちゃうから、優しくしてる。あと普通に天上さんを前にすると僕の攻撃意思とか全体的に抱えている殺意とかがなんでか消える。この人を、柔らかいぬいぐるみで囲んであげたい、と思う」


「他の人に対しては」


「視界にちらつくな、十八以下と六十以上以外に向ける優しさなんかねえんだよ散れ、カッコ読者は大事、以上」


「その年齢は何なん」


「社会的に気使えってされてる年齢だから。あと子供は普通に嫌いではない。僕をジャングルジムとして認識してくる子供以外は」


「ああ、君、養護施設でボランティアしとるんやったな」


「うん。探偵しながら調理員の道もあるんだよね」


「でもする気ないんやろ」


 古宿先生はすぐに返す。人の人生を決めるようなことを言わない気質の彼がそう言ってくるということは、僕は相当、覚悟を決めているふうに見えるのだろう。


「まぁ、求められているうちは。っていうか、天上さんがアレでもさ、一人でも読者がいる以上は、作家でいなきゃいけないから」


「一人も読んでる人間がおらんかったら作家やないんか」


「揚げ足取りやめろ。書きながら読んでるだろ。作家本人が。他人に一回も読まれなくても、自分がこれ必要だと思ったらそいつは一生作家なんだよ。趣味ですって言っても、商業で出さずとも、文字が組みあがった時点でずっと作家だ。なにがあってもそこからは下りられないけど、見ている人間がいる限り、自分だろうが他人だろうが作家だ」


 そう言うと、古宿先生は笑って、「らしいな」と呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ