不可逆輪廻自主箱庭
宣伝します。攻略対象異常コミックス7巻が0602発売です。殺し殺され関係のある百合に興味のある方はぜひ。
親がいない。捨てられたから。
私は施設の前に置き去りにされていて、素性が知られると「あなたのお母さんとお父さんはやむを得ずあなたを手放した」「でも死んでほしくなかったから施設の前に預けたのよ」と言う。
貴女は要らない子じゃない。必要な子。そう言いたいのだろうけど上手く受け取れなかった。
だって捨てられたのは事実だし、この国には法律がある。殺すことはいけないことで法に触れる。
両親は悪者になりたくなかった。だから私を捨てた。許される方法で。自分が傷つかない方法で。それを言っても、受け取り方が独特とか、両親に失礼だと言われる。お母さんとお父さんが可哀そう、事情があったはずって。
私が親に捨てられた事実は、何も変わらないの。誰もそれを認めてくれない。勝手な救いを見出す。誰の為かといえば私の為ではなく、自己満足の救いだ。
だって私の現実は変わらない。なのに悲観的だと責められる。辛いと言えば、責めてない、そんなつもりないと言われる。
息苦しくて面倒くさい。この世界に救いなんてない。すべてが嫌になったときは桃の花を見るようにしている。桜や梅に話題を奪われがちだけど、私は桃の花が一番好きだ。桃の花を見ていると、生きてていい気がするから。
◎◎◎
「この七人、顔と名前に覚えは」
中学校から帰ってきて、ぼんやり梅を眺めていると、施設でボランティアをしている御上さんに問いかけられた。御上さんが見せてきたA4の用紙には七人の男女の隠し撮りがある。全員、覚えがない。
「いや……分からないです」
「そっか。じゃあいいや」
そう言って御上さんは踵を返す。
「待ってください、その七人、なんなんですか」
「前世の記憶があってお前と接触したいと言い出したキチガイクソ集団」
御上さんは嫌そうに話す。御上さんの本業は探偵だ。浮気調査や人探しを生業としているけど、特に人探しでは好きな人と関係があるふりをして、彼に調査を依頼し、家を突き止めようとする──いわばストーカー依頼主がいて、彼は善良な依頼主と悪質なストーカーの選別を適宜行っていた。
そして今回、おそらくそのターゲットに私は選ばれた、ということだろうか。でも、悪質なストーカの相場って、一人じゃないだろうか。七人って、どうなんだ。私は覚えが無いけど、あまりにも数が多くてなにか事情がある気がしてきた。
「前世の記憶って? たとえば」
「あんまり詳細には話したがらない。七人全員、思い出が大切だからって」
そう言って、御上さんはA4の用紙を握りつぶそうとした。私はその手を掴む。
「あの、会いたいです。その七人」
「会わせるわけないだろ。お前の身が危ない」
「お願いします。会いたいです。話が聞きたいです」
誰にも必要とされない、親からも必要とされなかったのだから、誰かに必要とされるわけがない。
でも、たとえストーカーであったとしても、七人も、私と会いたいと言ってくれる人がいる。だから会ってみたかった。
そもそもこのまま生きていたって、誰にも必要とされない。
それなら、ストーカーでも私を必要としてくれるなら、私はその気持ちを受け入れたい。
必要とされてみたい。
◎◎◎
一人目のストーカー面談は、写真の中で一番真面目そうというか、優等生っぽい人にした。
結果は惨敗だった。人を見た目で判断した私が悪かったけど、「はじめまして」と挨拶をして開口一番「俺様のことを覚えてないなんてどうかしてるんじゃないか」と上から目線で言われた末に、長々と前世の話をされ、私が必要なのではなく彼の語る思い出の人が必要なのだと行きついた。
二人目のストーカー面談は、その人の妹だった。兄について謝罪され、軽い世間話をしていると「漫画で読んだんですけど、頭をぶつけてみるのどうです?」ととんでもないことを言われ御上さんがキレて強制退出させた。
◎◎◎
「マジであと五人会うの?」
三人目の面談は、一人目と二人目とは別日にした。一人目の眼鏡の人のとき、ほぼ五時間前世の話をされ、大河ドラマのあらすじを言われているみたいな気持ちになったので、一日につき一人か二人が限度だなと結論付けたのだ。
「はい」
「思ったんだけどなんでお前は、前世? の話の時、前世の自分の嫌だったとこ聞くの? メンタル自傷行為?」
「いや……好きなところはありふれてるじゃないですか。優しい、とか、優しい人なんて、いくらでもいるし。顔とかは、まぁ、その人にしかないものですけど、私は選ばれる顔でもないですし」
「顔のよしあしなんて芸能人しか関係ないだろ。収入に直結すんだから」
「結婚とか」
「じゃあお前結婚相手が犯罪者に面の皮剥がされて命からがら発見されたら離婚する?」
御上さんは即座に聞き返す。
「……御上さんって、口喧嘩で負けたことあります」
「口喧嘩しない。絶対に勝つから。俺に負けて立ち上がれる奴なんかいないから、一方的な制圧戦と変わらないからしない。つうか勝っても意味ねえし」
御上さんは遠くを見つめる。
「……御上くんは天上さんの嫌いなところないの?」
御上さんは興信所で探偵をしているけど、副業で小説家もしている。今までは「もう一つの仕事」と言っていたけど、この間から「副業」「クソ投資」と呼び方を変えていた。
「俺を好きじゃないところ」
御上さんはつまらなそうに話す。「それ以外は?」と問いかけると、「論理性に欠ける」と即答した。
「論理性?」
「そう、論理性」
御上さんは将棋の駒を二つ並べて立たせた。
「天上さんは、小説と漫画があったとして、刊行できない可能性があると著者に伝えるわりに、漫画家先生が不安がるからあとがきで打ち切りにについて書くのはやめてほしいと著者に伝えるわけ。いわば俺には不安を与える」
ぱちん、片方のと将棋の駒を倒した。
「で、多分これ指摘された時にロジックの話を持ち出してくる。この倒れた駒を俺として、そもそも刊行って別にそういうものでしょ、仕事として打ち切りになるのは当たり前だよねって論理が、ある。俺に対してその論理の説明を天上さんがするとき、さっきまで自分が守ろうとしていた漫画家の心は存在してない。多分俺が、でも漫画家先生の心は守ってますよね? って言えば守る守らないの話じゃない、って始まる。では何の話ですか? と問えば、何の話、とは? って多分聞いてくる。想像がつくし、それを指摘すれば、そうですかね? って聞き返すか、そんなことないと思いますけどねえ~ってへらへら笑うかの二択。ちなみに、俺に不安を与えてもいいと思ってるんだ、って聞けばそんなつもりはないって返すだろうね。これも想像がつくし、それを伝えても天上さんは否定もしないし肯定もしない。そう思うならそうなんじゃないですか、で終わり。で、ここで何が問題かといえば、天上さんは結局、誰も守れないってこと」
「どういうことですか?」
「だって、漫画家だけ守ってキッショってなるでしょ? 普通に。そして俺はそのうち漫画家も嫌になる。結局共倒れ。でも、ロジック的には正しい」
ぱちん、と御上さんはもうひとつの駒を倒した。両方の駒が倒れている。
「だから天上さんは、絶対に負けない。ずっと正しいから」
「御上さんは?」
「俺は論理の上では全部勝ち戦だから。構造的な議論において負けはない。ただ、人を救えない論理に価値はないし、論理はあくまで武器だから、ロジックがどれだけ通っていようが人を殺したら負けだし、どれだけ論理破綻してても、自分以外の第三者が助かったら勝つ。天上さん負かすのは簡単だけど、ボコボコにしたら嫌われるだろうし、意味が無いんだよね」
そう言って御上さんは二つの駒を取り出した。もう一つは御上さんが漫画家とした駒のそばに、もう一つは盤上に置かない。
「これが漫画家の担当編集として、天上さんはここ」
そう言って、御上さんは盤上の外に駒を置いた。
「俺が何を言っても、そもそも天上さんは、面白いなあで終わる。テレビ見てるみたいにしてるだけ。だから天上さんに俺の言葉は届くことがないし、響かない。仕方ないですね、俺のこと嫌ならやめますか? になる。チャンネル切られて終わり。議論にならない。議論風で終わる。前提条件のすり合わせくらいじゃない? これとは一体なにか、そういう意味ですね、これとは一体なにか、こういう意味ですね、その前提のすり合わせに、自分がこう思ってるはない。ずっと添削。それも大切だけどさ、なんで前提のすり合わせが必要なの? すり合わせの先に何があるの? が、甘い。すり合わせをすることが目的になってる。そもそもすり合わせは、前提のもと進めて間違いが起きないようにするためのものと同時に、その先を考えるもの。そこが非常に甘い。大事なのは今だけど、その今に過去と未来が繋がってる。ただ天上さんは──これは俺の想像の天上さんだけど、もしこれを言って大問題になったらどうしよう、がっかりさせたらどうしようがあって、その気持ちが異常なほど強すぎることに気づいてないから、結果的に人を傷つけるというか、どうやったって何を話したところで沈黙も発言も凶器になることに一切の自覚がないから、そのままでは、無理だろうなっていう。だから多分、その議論をしても平行線だろうね。俺は、失うものが無いから失敗できる人、チャンスがないからこそ、自由にできる。天上さんはチャンスが沢山あり、カバーして助けくれる人がいっぱいいるから自由にできるはずだけど、だからこそ、失敗したくない人」
御上さんは「世界が違う」と笑った。笑った後に「そんなこと最初から分かってたはずなのにな」と吐き捨てるように言い、続けた。
「だから前世? 異世界? あいつらの言ってることはおかしいと思うけど、この世界で前世なんて何にもない中でも異世界を感じるから、まぁ、どうなんだろうなとも思うよ」
◎◎◎
三人目は、あまりしゃべらない男の子だった。私よりひとつ年下で、ちょっと甘えん坊みたいな雰囲気がある。母子家庭で離婚歴があるような話があり、少しだけ共感した。ただ、やっぱり前世の話をされて私じゃないなぁ、と思った。
四人目は、ちょっと怖い男の人。粗暴な雰囲気とは裏腹に趣味が女性的で、それを指摘すると「今はジェンダーフリーの時代だろうが」と怒られた。そしてその後、やっぱり前世の話をされた。私じゃない。
五人目は、穏やかで優しそうな人。一人目から四人目がどうだったかの話を聞いてくれて、私は、私が何も覚えていないことや、私を求めているわけではないことに対する、空虚を伝えた。すると彼は、「記憶が無くても、同じだと感じますよ」と、前世の話をされた。私じゃない。
七人もいて、もう五人とも、私が必要な人じゃなかった。
必要とされるはずなんてない人生で、もしかしたらと期待して、やっぱり不要でしたという烙印が、ぽん、ぽん、とスタンプのように押されている。
会わなければ、知らずに済んだ。
◎◎◎
辛いことがあったあと幸せな話を聞くのは正直つらい。
同じ痛みを抱えてそうな御上さんのもとへ向かった。御上さんは死んだような表情で魚をさばいていた。私が手伝おうとすると「ガキはガキらしくしてろ」と怒られる。
御上さんは子供が大人ぶったり、手伝おうとすることを嫌う。「大人の顔色を窺うガキなんていなくなればいい」という発言が物議をかもしたこともある。その真意は、「子供は子供らしくいて欲しい。遊んでご飯を食べてのびのびしてほしい」という願いだったけど、御上さんが言うと「ガキは死ね」くらいの圧がある。
「最近天上さんとはどうですか」
「分からん。どう転ぶか。俺は手を尽くした。意思は見えぬまま。信頼と意味づけの要求として意見を求めてもロジックが分からない、承認欲求のはけ口にしないでください、依存しないでください、で終わる。そういう話じゃねえんだよな。と思っているけど、それを言っても理解は発生しないので、タイパ重視でやめた」
「天上さんってイエスマンじゃなかったんですか?」
話を聞いていると調整役のイメージが強い。御上さんは首を横に振った。
「いや? 自社関連ではよく否定してる。たとえば前任が……俺がストーカー日報で書いてた界面活性剤と沈黙クソはにわ、あいつら一切感想なかったんだよ。原稿に。はにわがギリ、友人の結婚式が近いのでヒロインの気持ちが分かりましたって書いてて、もう三年前かな。覚えてるくらいそれだけ。その話したら、そんなわけないでしょって言ってた。まぁ、界面活性剤、多分だけど感想を書く奴なんだよ。ただ俺の時は、OKです気になるところはなかったのですすめてください! っていう業務ベースで。多分だけど、界面活性剤その頃、すげー忙しかったから、多分、天上さんが事実確認したら、界面活性剤の置かれてた立場に同情して共感する。そして、俺に対して、界面活性剤が裏で頑張っていたことを想像できない、困った恩知らずの感想クレクレクソ作家と認識する。終わり。まぁ、クソ作家とは認識しないだろうけど、最初にそんなことないでしょって言ったことは忘れてるんだろうし、それを指摘すれば、次になにつつかれるか分からないから何も言えないって、黙らせることになるから、言わないけど」
「天上さん、御上さんと真逆では」
「真逆というかエンタメ業界と興信所業界が合わないんだと思う。あと育成環境とか。興信所は百人いたら百人が絶対赤って言えるものじゃないと出せないわけ。裁判で勝つことが絶対だから。絶対的な正当性と妥当性が求められるの。合理論理実利、絶対的な正しさ。それ以外は無価値で、百人いたら百人が価値があると判断したものしか許されないの。でもエンタメは、魔法だから」
御上さんは「死者転生なり~」と高い声を発し、裁いていた魚の骨を動かし、魚焼き機に入れた。御上さんは骨煎餅……というか料理で出る魚の皮や骨を食べることを好んでいる。
「エンタメは、正しさも間違いもある世界。いくらでも嘘がつける。許される。辛い過去も痛みの記憶も、実は意味があったんじゃないかって錯覚できる。救いのない現実で、希望が見いだせたらそんなにいいことないけど、本当のハッピーエンドなんてどこにもないわけで。地獄の旅路の苦痛への麻酔になる側面も、ある。無価値な存在でもエンタメの魔法で価値があるような魔法をかけられる──ただ、俺には、無理だった。魔法使いにはなれなかった。エンタメに俺の居場所はない。天上さんと出会う前に思い知って、もしかしたらって思ったけど──やっぱり、駄目だった。俺は正論を武器に出来るけど、俺そのものは正しくない、中途半端でひとりぼっちの劣等種だから」
「御上さん」
「そして、天上さんはきっとそんな俺の言葉を、無視する。受け止めはしない。読者がいるとしか言わない。エンタメ業界の繋ぎ手である天上さんがそこにいないと僕は誰とも接続できないのに、天上さんは、それを依存だと、自分の世界の言葉にあてはめて、天上さん自身の価値から目を背ける理由にして、自分が傷つかない手段をとる。僕は、傷ついてでもいいから一緒にやりたいと思える作家になりたかったけど、無理だった。僕には、天上さんの背中を押す唯一無二の才能を、持ってなかった」
御上さんは笑う。そして「だから」と続けた。
「お前は偉いと思う」
「え」
「ストーカーに立ち向かう肯定になるから、絶対物語の中じゃ言えないっていうか、お前と二人きりだから言えるけど、ストーカー七人、前世の記憶がどうのこうの言い出す奴らときちんと向き合って、対峙してる。俺は、そこまでの勇気はない」
「御上さん、勇気あるんじゃないですか」
「どうなってもいいから。ただ俺の勇気は限りがある。もうそろそろ無理というか、騙し騙しやってきたのにガタが出てきたって言うか、前任と揉めたときにもう相当限界で、今までやってきたのが、多分奇跡だったんだよな。よく動けたもんだわ。天上さんのおかげだわ。普通の作家だったら死んでるってよく言われてたし、普通の作家が与えられるもの、なにひとつなくて、それ言うと、ないものばっかり目を向けてるって責められるし、出版社からはガッツリのけ者で置いてけぼりにされてた二年間、絶対変わらねえのに。その傷が、ずっとふさがらない。ふさがらないのに悪気なかったんですね、仕方ないですねって笑わなきゃいけない。バカ見てえって思うけど、でも、俺がこのままみっともなく死ねば、こういうことは繰り返しちゃダメだって、礎になる。価値が生まれる。俺はそこに逃げる。だから、お前は逃げなくて偉い。すごく、偉い」
「御上さん……」
「五人目と、七人目、双子らしいけどどっちから会う?」
「両方と」
「タイパ重視?」
「いえ、両方とも最後の枠を譲りたくないとかで」
「キッショ」
御上さんは苦笑いした。
「御上さん、ストーカーもの良く書かれてますよね。気持ち悪いって思うんですか?」
「俺はストーカーされるくらいの想いがあるなら受け止めるけど他人は止めるよ。犯罪だから」
「自分はいいんですか?」
「俺は好きにすればいい。ファンレター毎日30通送ってもいいし、アンチ目的じゃないなら家来てもなんでも。一緒に住んでくださいって言われたらガンガン住む」
「そういうのネットで書くんですか?」
「書かない。だって何のいいねもつかなかったら傷つかない?」
御上さんは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「必要とされない証明を自分で押し続ける覚悟を持てるのが作家けど、俺は、その勇気ない、弱虫だから」
◎◎◎
六人目と七人目は双子だった。少し妖しそうな雰囲気を持つ青年と私と同い年くらいの女の子。二人とも私より二つ年上で、良いところの家の人らしい。私とは世界が違う人だった。
「私には、前世の記憶がありません。なので、お二人が希望される人間ではないと思います」
開口一番告げる。御上さんは私に勇気があると言ったけど、対面に至るまでのそれがあるだけで、私も私で弱虫だった。
「記憶がなくてもいい、戻らなくていいですよ」
男の人が言う。
「え?」
「そのままのあなたで構いません。私はそのままのあなたがいいので。記憶がないあなたであっても、記憶が戻らずとも、構わない」
「それは、誰でもいいのでは」
「いいえ、あなたじゃなければ、駄目なのです」
「その理由は」
「言えません。この心が、途方もなくあなたを欲する。それがすべてです。それが理由です。私はあなたがほしい、それが、すべて」
男の人は近づいてくる。すると、男の人の間に入るように女の子が私の肩を掴んだ。
「私はずっと貴女を待ってたの。会えて嬉しい」
「人違いだったら……」
「絶対にない。断言できる。貴女は私のかけがえのない人だから。だから──たとえ記憶が戻らずとも、前世のあなたのいいところと悪いところ全部違ってても、私は、あなたが大好き」
「どうして」
「どうしても!」
そう言って、女の人は私を抱きしめた。
誰かに抱きしめられたことなんて一度もない。ふわりと、桃の香りがする。その瞬間、ぶわりと視界に桃の花が舞う錯覚がした。そこから、誰かと一緒に食事をした記憶や、悩んだ記憶、戦った記憶がよみがえる。
私は、ここじゃない別の世界で、そこでも捨てられていた。
でも、今目の前の女の子と出会い、助けられて、でも、私は目の前の彼女を助けられなくて、その後、他の六人と出会った。そして、生きていた。必要とされながら。
ああ、私にも、私を必要としてくれる人が、ちゃんといたのか。
「──」
かつて呼んでいた名前で、彼女を呼ぶ。「え、嘘、思い出したの⁉」と目の前の彼女は驚いた顔をした。
「新しい思い出を作ろうと思ったのに‼」
まるで思い出したのが駄目だったみたいな言い方だ。彼女はこういう女の子だった。親に捨てられ一人で生きるほかなく、やさぐれていた私を助けてくれた女の子。誰より正しく真っすぐで、それでいて人を助けることにひたむきで──なのに最後は報われずに死んでいった、女の子。
「会いたかった……」
私は涙を流しながら彼女を抱きしめる。すると、「私のことは、私もいるのですが」と、背後から冷ややかな声がかかった。
「……あ」
「その顔は覚えている顔ですね」
「まぁ、まぁ、まぁ」
「そして相変わらず私は二番手だと?」
男は彼女を睨む。血の繋がった存在だというのに敵意を隠さない。彼女を失ったことの寂しさを抱える私を、この男は愛してくれた。でも今世は明らかに違うらしい。
「いいです。以前は死者に勝ち逃げされましたが、今世はそうはさせないので」
男は言う。私はひやひやしながらも、何百年、何千年ぶりの人のぬくもりを実感していた。
◎◎◎
「ミイラ取りがミイラになったを体現する人間が現れるとは」
休日、御上さんが嘆く。私はすみませんと謝罪した。あれから、私は御上さんに自分の前世の記憶について話をした。「勘弁してくれ」と即答されたけど信じてくれたらしい。理由を問えば「八人の集団幻覚患者の存在を受け入れるよりそっちのほうが優しくて夢がある」とのことだったけど、「まぁ、プライベートくらい疑いはやめたい」と続けていた。多分、どっちも本心だろう。
「で、今日は外出? 防犯ブザーちゃんと持った?」
御上さんは「最近物騒だから」とポケットから防犯グッズを取り出そうとする。彼は子供に対しては過保護だ。あとは冷たいけど。
「ももちゃん」
名前を呼ばれ振り返る。振り返ると、五人の男の子と二人の女の子──私の七人のストーカーが立っていた。
「ストーカースピ疑い集団幻覚七人衆じゃん」
御上さんが心底嫌そうな顔をして、こちらに振り返る。
「待ち合わせしてた?」
「まぁ、その、はい。勉強を教えてもらうことになって……」
七人は同じ中高一貫学校に通っていて、そこには特待生枠がある。その枠に入れれば、学費がすべて免除される。御上さんは「行きたいなら俺のきったねえ印税報酬で行けば。俺もう30で死ぬから。20代のうちに数多の受賞歴を持った作家として死ぬんだわ。そして伝説になり馬鹿みてえな悲劇を起こさぬ礎となる」と言うので、余計勉強しなきゃいけない。
「勉強は応援するけどマジで学費の心配はいらないよ。俺本当に20代作家ブランドを抱えて死ぬから」
そして今日も同じことを言う。
「どうしてですか」
「それが一番、美しくて正しいエンターテイメントだから。このロジックは誰にも崩せない。ビジネス的にも価値がある。正当で絶対的。最大多数の幸福を最大限にまで引き上げた、完璧な論理」
御上さんは笑みを浮かべた。
「未完の物語は」
「読者の想像の補完で生き続ける。っていうか、先に言って。俺はあいつらに会いたくはないから。っていうか、未成年依頼主ってだけでも最悪だから。一人の未成年者の依頼を引き受けたのが、どっかしらにバレたかして、七人突撃してくるってだけで最悪の煮凝りだから」
「え……ほかにもあったんですか?」
「今回とは最悪度が違うけど最悪の中の最悪だし結果も全部最悪だった。もう二度と会いたくない依頼主。いや、依頼主とは全員会いたくないけど……まぁ今回は探偵の中で一生あるかないか分からない奇跡的な正規の人探しだったから、あれだけど、でも、七人の未成年を自分の関わってる施設の未成年に会わせるって、マジで興信所的には破門だから。俺、二十代前半の職歴真っ白だし」
「あ……どうもすみません、お手数をおかけしました」
「まぁ、いいけど、他人が幸せならそれが、俺の勝ち」
御上さんは左腕をかく。しかし「でも」と語気を荒くした。
「お前に聞く前にさ、俺あいつらとちょっと話してたんだよ。お前、素性本当に分かんないから万が一があるわけだし。でも双子の女のほうは強引って言うか善ムーブのわりに面の皮が厚いしで男のほうは弁護士引っ張りこんできて未成年者でも依頼受けろストーカーじゃないって書類持ってくるし、眼鏡は態度が悪いし、その妹は怖いこと言うし、小っちゃいのはいつのまにか背後取ってくるし。正気なの、あの髪の長い男だけだから。あいつしか情状酌量の余地ない。このご時世、手作り月餅重箱に詰め込んで差し入れ持ってくるところ若干怖いけど……ああやっぱり全員おかしいわ」
御上さんは早口で話す。
「……でも、ありがとうございました。また会えるなんて思ってなかったというか、まぁ、その、最近まで私も、あれだったんですけど……」
「幸せならそれで、なんでもいいよ」
御上さんは首を横に振る。私は彼に会釈をしてから七人のもとへ駆け出す。
桃の花が七人への道しるべを作るように舞っていた。
後宮でひと問答起こしてそうな人間たちの話でした。ありがとうございました。
宣伝します。攻略対象異常コミックス7巻が0602発売です。殺し殺され関係のある百合に興味のある方はぜひ。