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絶対幸せにしてやるからな

 保険がないと怖い、というのは誰にでもある恐怖だと思う。


 失敗したときどうしようとか、上手くいかなかったときどうしよう、大きな問題が起きたらどうしよう。


 みんなが抱える不安だ。


 だって音楽番組で見ない日はないアイドルだって、ちょっとランキングに入らないだけで「爆死」とか言われるし、本の帯にはPVとか発行部数とかドラマ化とか、どんな話か、どういうところが面白いかじゃなくて、結果ばかりが書かれてる。


 失敗したくない。失敗すると嫌な目に遭うから。それで終わりだから。


 だからこその保険だ。失敗したとき、保険があればなんとかなる。次の一手がうてる。


 そんな感覚で、私の両親は私を作った。


 作ったとはいえ、SFとかじゃない。普通に保健体育的なほう。


 両親は第一子は絶対に男の子がいいと望んでいた。


 跡継ぎは男の子。家を継いでくれる男の子がいれば安心。男の子は身体が強いし、勉強をしっかりしなきゃいけないし、働いて自分たちを楽にしてくれるから、子供はやっぱり男の子。


 ネットで言えば火だるまになってしまいそうな思想を今もなお当たり前とする両親の夢は無事叶った。


 願いが叶った人間は、二つのルート分岐がある。ああ良かったと、去り際を整える人。もっともっとと、貪欲になる人。


 後者が危険とされがちだけど、前者も前者で、あとはもう幸せになれないと死に焦がれるタイプもいる。私はそっちだ。さっさと安らかに死にたい。


 でも両親は、貪欲派だった。


 男の子が生まれてきてくれて嬉しい。でもこの子に何かあったときどうしよう。


 そう思い作ったのが私だ。


 ようするに、兄のスペア。


 でも出てきたのが私──女だった。


 とんだ大失敗である。


 生まれてくるとき、人は泣きながら出てくるというけど、保険を求めていた両親は、私が女であったことに泣いたと言っていた。オシャレカフェの新作ドリンク発表より短いスパンで聞いていた話だ。


 しかし、泣いてばかり、俯いてばかりでは人は前に進めない。


 挑戦が大事──適当なアスリートのインタビューを読めば絶対に出てくる前向きキラーワードよろしく、両親は挑戦を諦めなかった。


 結果、成功した。私に弟ができた。私が五歳の頃だ。


 待望の次男。


 でも私の両親は、長男に対して「うちの大事な跡継ぎ」私に対して「失敗作」弟に対して「お兄ちゃんみたいにならなくちゃ駄目」と言うわりに、金銭状況や家柄的には本当に普通──金銭的に余裕のある家ではなかった。


 老舗どうこうとか、そういうのがない。ただちょっと親戚が多いだけ。


 両親に溺愛されている兄は、自由に進路が選べる。


 一応私は世間体により女学校に通っていたが、両親からの支援なんて得られるわけがないので大学は、学費が安く、就職に有利で奨学金が充実しているところと考えていた。


 しかし両親は奨学金に対して、強い拒否反応があった。


 「学生のうちから借金なんてしていたらろくな人間にならない」「女の子は勉強なんて出来なくていいの」「頭が良すぎるのは可愛くない」と叩き潰された。


 今や奨学金で大学に行く人間のほうが多いし、むしろ奨学金なしで大学に行ける人間なんて一握り。


 それを説明しても、「言い返す事ばっかり頭にあって意地が悪い」「もう少し優しくなれないの?」と責められる。


 とはいえ、努力も事前調べも、両親の気分、気持ちよさ、こだわりで潰されることには慣れている。


 カッコつけて言えば、私はもう自分の人生に早々に見切りをつけた。


 直球で言えば捨てた。


 失敗作だし、頑張っても努力は実らないし、幸せになれない。


 だって私にはあの家族の血が流れている。


 あんな血はさっさと絶やしたほうがいい。


 もし好きな人が出来て、結婚できたとしても、育てていく過程で絶対私は子供に対して酷いことを、それも無意識でしてしまうだろう。だって、身近な育児の教材があの両親だ。


 子供は好きだ。


 でも育てられない。育てる資格がない。


 そして好きな人の血は繋げていったほうがいいと思う。だから奇跡が起き、好きな人と両想いになり、結婚、子供でも望まれようものなら終わりだ。結婚と子供だけが幸せの結末じゃないけど、その結末を欲している人間を満たすことが私に出来ない。


 選択肢がない。


 だから、この呪いは自分で断ち切る。自分は手遅れだからこそ、全ての負債はここで終わらせる。


 弟だけはなんとかする。


 好きな進路を選べるように。夢を見ていいように。選択肢も分岐も結末もあふれた未来であるように。


 地獄への道は自分が塞いで、弟を幸せにする。


 そうした決意のもと、高校を卒業しそのまま就職、「金食い虫」「親不孝者」「出ていけ」「役立たず」「お前なんかいらない」と両親になじられながら一銭も家に入れることなく実家暮らしを継続した。


 弟の大学入学費用と学費を貯え、ついでに二人暮らし用の実家からかなり遠いアパートを借り、弟の大学進学を機に、夜逃げするように弟を誘拐したのだ。


 誘拐といっても、ちゃんと合意の上。というか弟は乗り気だった。


 弟は年長のころから、私を「姉ちゃん」と呼び慕ってくれていて、反抗期っぽい時期もあったけど、友達の前で「姉貴は……」と呼ぶ程度で済み、今ではただただ普通に仲のいい姉弟だ。


 でも、


「ねっ……姉ちゃん! 電気くらいつけろよ! っていうか帰ってきたなら呼んでくれよ! 床で寝るなよ! 痛いだろ!」


 お金さえあればいい、今すぐ働きたいと高卒同時に就職した企業は、普通に会社として終わっている部類だ。どう終わっているかと言えば、労基的な意味で。


 地獄を見た後帰宅し、手洗いうがいだけしてリビングの床に転がっていると、大学二年生、とうとうお酒も飲めるようになった弟が慌て始める。


「いやぁ、クライアントが本当にヤバくてさぁ」

「大丈夫かよ……やめろよもうそんな仕事。俺が養うから……」


 弟は心配そうに言う。家族を心配しすぎるあまり、彼氏面プロポーズみたいになってることに気付いているのだろうか。


「いや弟に養ってもらうには……」

「でもほら、俺も仕事してるし……丁度今日発売だったんだ、コミカライズ」


 そう言って、弟は「読んでて」と漫画を私のそばに置き、「夕飯作ってくるから」とクッションを伏している私の腰の上に置いた。


『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~2』


 弟が漫画家としてコミカライズを担当している漫画の単行本だ。


 コミカライズというのは、小説を漫画にすること。投稿者がWEBにアップしている物語を、出版社が声かけをして本にして、さらに漫画にする、という流れが増えてきている。


 漫画家は、小説を読み挿絵を見て、小説の作家さんやイラストレーターさんの意向を汲んだりしつつ、絵で表現すること、台詞で表現することを考慮して漫画にする。


 ただ弟の場合、キャラクター原案も務めている。


 キャラクター原案というのは読んで字のごとく原案だ。たいてい小説のほうが先に出ることが多く、小説のほうでは物語を書いている人が、「こういう設定だよ」「こういう髪色だよ」というファイルをイラストレーターさんに送付して、イラストにしてもらう。


 そのイラストをもとに漫画家が漫画を描くけど、漫画のほうが先に出来ていたり、最初小説を出す予定がなく漫画の人気にあやかるかたちで小説が出ることになれば、漫画家さんがデザインをもとに、小説のイラストレーターさんが人物を描くのだ。


 それが、キャラクター原案。


 弟は、『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』という小説のコミカライズを、キャラクターデザイン込みでしていた。


 理由は単純。


『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』の小説のイラストレーターさんが決まらなかったからだ。


 弟が制作をすすめられずで、先に弟がやっちゃおうという話になった。


 読者さんからの評判はいい。弟は小さいころから絵が上手かったし、普通に原作の小説の通りに描いているし、なんだったら読者のファンアートもチェックしたりしている。


 きちんと自分でデザインしているけど、たとえば原作で腰までの髪の長さと描写された人物が、自分の考える「腰までの長さ」と合っているか、小説の原作者さん、読者さんのファンアート、色んなものを見てつり合いがとれるようにしているのだ。


 私はおもむろに単行本の帯を見る。数字やなにをしたかではなく、煽り文が書いてあった。こういうのは、編集者さんと呼ばれる人が文章を決めているらしい。


 弟の担当編集者さんは、天上尊さんという男の人だ。打ち合わせのために、弟が家に連れてきたことがある。穏やかそうなビジネスマンで、外資系弁護士事務所の敏腕エースの雰囲気があった。


 雰囲気だけで考えれば、いかにもなPV数とか累計部数とか書きそうなのに、優しい煽り文を書く。いや、たぶん必要があれば書いているだろうけど。


 私はおもむろに裏を見る。


「トゥカーナのタペストリー再販決定!」


 優しい煽り文を読んだ後に地獄みたいな気持ちになった。


 トゥカーナというのは、『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』に出てくる、主人公──プロキオンと呼ばれる少年を甚振るお姉さんキャラクターだ。


 最終的に物語は勧善懲悪で進んでいき、プロキオンをいじめたトゥカーナは酷い目にあって罰を受ける……ざまぁされる。いわば悪役キャラクター。


 でも人気がとんでもないことになっている。


 ドS女王様という性格なものの、見た目は純粋そうなお姉さんで、癒される感じがする。小説の中では、食虫植物にたとえられていた。いわばギャップ要素が一つ。


 あとはもう、おっぱいがデカい。それに尽きる。


 それもリアリティがある感じのサイズで、二次元巨乳というより、絶妙に電車の中で見かけそうな女性をそのまま投影したデザインだった。「作家の性癖が出てる」「胸に対しての異常な執着心を感じる」「背中の肉やお腹の肉、骨や胸筋比率を踏まえた医学的アプローチと、本人の性癖によるハイブリッド」「漫画家じゃなかったら犯罪者になってた」「トゥカーナのコマだけ無双系の皮被った全年齢向け成人指定漫画だろ」とネットで言われていた。酷い言われようである。


「うどんと雑炊どっちがいい」


 タペストリー再販決定の文字を見つめていると、「おっぱいに対して異常な性癖がある犯罪者とネットで評判の弟が声をかけてきた。


「うどんやわめで……ね、タペストリー出るんだ」

「うん。すごい売れたらしい。ノベル絵のほうも再販するらしくて、良かった。どっちかだけ出て、対立みたいになっても嫌だし、トゥカーナ人気だしさ」


 そう言って、弟は悪戯っ子の少年みたいに笑う。小学校中学校高校と、明朗快活とまではいかないけれど、気さくな少年として近所の人にも可愛がられ、こう、湿った部分はない。


 歪んだ性癖も持ってないし、悪意があるようなタイプではない。


 私は、スマホを操作し、『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』を検索する。すぐにトゥカーナのイラストが表示された。主人公より人気だからだ。


『トゥカーナってお姉さんがモデルなんですよね? たぶん、すごくトゥカーナって思いました……!』


 天上さんの前の担当編集者さんや、出版社さんに行ったとき、その前の担当編集者さんから紹介されたほかの編集者さんに言われた言葉だ。


 元々、なんとなく嫌な予感がしていた。弟が手がけたコミカライズ作品の連載が開始してすぐ。トゥカーナのデザインが出たときに、これ、私じゃねえかな、と。


 小説を読んでみると、美人と書いてあった。

 

 ただの悪役モブなら、手ごろな身内引っ張ってきたのかな、で済む。


 でも美人悪役なら、気のせいかと思った。むしろ恥じた。美人悪役キャラを自分かと思ったことに。


 でも、弟の前の編集者さんと話をしたあと、トゥカーナのキャラクターデザインに関して、原作の小説家が「身長も体重も決めてないです! 年上というだけ! なのでお任せします!」とオーダーしていたことを知り、疑いが確信に変わりつつある。


「トゥカーナ……美化した私か?」

 そんな風に聞ければ、いいなと思う。


 でもふざけてでも言えない。


 だって自意識過剰すぎるから。


 これモデル私じゃない? などと言おうものなら「私って綺麗でしょ」「可愛いでしょ」と発言することと同じ──自称型自傷トラップまでついている。言えるわけがない。


 でも身長も体重もビタで一致している。なんだったらバストサイズまで完全一致していた。


 私のスリーサイズを把握しているのは弟だけだ。だってお互いの衣服の洗濯をしているから。一応、気を遣った。弟が健全に育つように。でも、


「下着はお互い別で洗おうか」

「なんで、水道代かかるじゃん」


 これで終わった。


 確かにその通りだった。


 洗濯機を安いのにしたけれど、「水道代がかかるから本体が安く在庫が有り余っていた」というネット通販トラップにハマっていて、家電量販店の重要性を痛感しているうちの洗濯環境下では、男女での区別ができない。


 ……ともかく、トゥカーナのデザインにあたって私が組み込まれていることは間違いない……と思う。


 そしてこんな状況で、「と、思う」なんて歯切れが悪いのは、ひとえに弟が私を意識的にモデルにしているのではなく、完全に無意識でモデルにしている……ようだからだ。


「トゥカーナの水着どういうのがいいと思う?」


 弟が冷凍庫からうどんを取り出しつつ問いかけてくる。


 普通、モデルにしている人間にこんなこと聞かないと思う。でも弟は忌憚なく私にトゥカーナについて聞いてくる。


「ふわせって子に聞いたら」


 私はネット配信をしている弟の友達の名前を出した。ちなみに男の子である。トゥカーナの水着とはいえ、男性向け読者が多いものなら、男が選んだトゥカーナの水着がいいと思う。逆もしかりだ。女性向け読者が多いものなら、女が選んだ男の服がいい。


 まぁ、こんな考えも時代錯誤だろうし、両親の考えに汚染されてそうな価値観だから、ふわせくんに頼みたい。話したことないけど。


「は? 何で今ふわせの名前が出てくるんだよ」


 なのに弟は反抗期がぶり返した。


「だってほらEスポーツ? ゲームの大会出てるんでしょ? ヲタクじゃないの?」

「ふわせはゲーマーってだけでヲタクじゃないから。ラノベも漫画も読まないし」

「私もそうだよ。捨て弱しか読んでない」


『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』は、捨て弱と略されている。元々ネット小説にも漫画にも興味なかったけど、弟が作画をするとのことで読み始めた。


「っていうかほら、先生に聞いたら?」


先生。ようするに捨て弱の著者だ。会ったことはないけど弟と同じ大学生だ。聞いたら、というものの、話をしてじゃない。編集者さんを通じて、メールのやり取りをして質問する。


 天上さんは小説家と漫画家を会わせないスタイルだ。実直に弟と対面で話をして、人物や展開についてやり取りをする企画部や職人タイプ。


 一方、前の編集者さんは、発売ごとに打ち上げをして、焼肉! 寿司! と親睦を深める、外回り営業、管理職タイプだった。全然違うなと思う。


「さらてぃ先生の意向どうですかって天上さんにメールしたんだけど、先生、女の子の水着分かんないからお任せだってきてさ」

「じゃあ、piropi先生は……」

「水着なんて一番嫌いだろ先生は」


 piropii先生──ぴろぴ先生。


 捨て弱小説の挿絵やカバーを担当しているイラストレーターさん。


 年齢非公表だけど、30代の天上さんより年上だ。元々はアダルトコンテンツ会社で働き、独立。同人誌即売会という経歴問わず本を作って販売できる販売会イベントで画集を出しながらネット投稿をはじめ、前の担当編集者さんの声かけがあって挿絵の仕事を始めた。


 SNSの呟きを見るにおじさんっぽい。変態的、性癖全開の呟きをしているけど、性的なイラスト、年齢制限がかかる表現の呟きは一切しないし、「経歴が経歴なので」と、弟や原作者さんと会おうとしない。倫理観の強い変態だった。


 そして変態とはいえ、たぶん一般的な変態とも違う。


 女性キャラクターの服に興味がないのだ。全裸に興味があるわけでもない。


 なんていうんだろう。piropi先生は、重装備の女の子に強い関心があるのだ。


 露出0の女騎士、ロボットみたいな装甲に身を包んだ女の子を好む。ロボットの女の子は違うらしい。


 そんな性癖とは真逆のトゥカーナについて、piropi先生本人は、「生身の、きちんと生きている女性を描ければ、もっと、私の絵は私の理想に近づく」「トゥカーナを描くことは楽しくもあり、勉強でもあります」「とてもうれしい」と返していた。弟は感動して泣いていた。


 その次の呟きには、「ささやかなおバストだと、胸部装甲の段差は議論せずデザインにウエイトを置ける」「しかし保水率の高いおバストは胸部装甲により女の子の肩のダメージが深刻に」「女性は月内で保水率が変わり、かつ、皮膚も敏感になるのであせも問題もある」


 と、怒涛の性癖が放たれていたけど。


「俺の周りに、女の水着知ってるの姉ちゃんしかいねーし」

「女の子は」

「大学の女に水着どうとか聞けるか? セクハラだろ」


 弟は至極真っ当なことを言う。


 でも弟は、前巻の特典描き下ろしイラストで、「現代パロ」と称し、部屋着のトゥカーナを描いていた。


 部屋着自体は、よくあるものだ。デザインした感じじゃない。


 でも、弟が私にクリスマスプレゼントとしてくれた、ちょっといい部屋着と同じだった。


 さらにその前の巻の特典描き下ろしイラスト、「コスプレパロ」と称し、白衣のトゥカーナを描いていた。



 かなり前、ハロウィンイベントが暴動レベルに発展したニュースを見ていた時に言った「姉ちゃんさーあれ似合いそう、白衣」などと宣った思考がそのまま投影されたとしか思えなかった。



「読者アンケートは」

「絶対嫌だ。トゥカーナに変な水着着せようとする奴出てくるし、全裸とか貝殻とか言いだしたら全員殺す」


 弟が即答した。


「相手は捨て弱の読者さんだよ」

「捨て弱の読者さんは変な水着着せようとしたり全裸希望出さない。全裸とかいうのはトゥカーナの身体にしか興味ないやつ。トゥカーナを性的に消費しようとする奴だから、そんな奴は殺す」

「一応……トゥカーナのデザインが好きなファン……じゃないの?」

「そんなもの、捨て弱においていらん。捨て弱あってこそのトゥカーナだろ。妄想カタログじゃねえから。トゥカーナで変な妄想する奴全員死刑でいいんだよ。姉ちゃんで妄想されてるみたいな気持ちになる」


 弟は拳を握りしめた。


 弟の厄介なところは、私そのままのトゥカーナをデザインしておきながらその自覚はなく、それでいてトゥカーナに対し男性読者が「結婚したい」と言うと「姉ちゃんに対して言われてる気がする」と、トゥカーナと私を同一視しているのかしてないのか、正直もう判断がつかないところだ。


何で私だったのか。


 前に小説家かなんかのインタビューで、好きな人や好きな場所は自然と作ったものに滲む、制御できないし、人間も失われるから物語に閉じ込める、とあったけど……。


「トゥカーナ、そんな好き……?」

「見た目は。二次元で結婚したい見た目は間違いなくトゥカーナ」

「なるほど……」

「さらてぃ先生、SS書いてくんねーかな。先生実はみんながいい人だったらってIF書いてるんだって。優しい人たちが転生してくれないかなって言ってた。んで俺、考えたんだよね。トゥカーナ義理姉現パロ。働きすぎなプロキオンを監禁するトゥカーナとか。今分からせとか病み系? 流行ってるしさー。最終的にトゥカーナとプロキオンは二人で穏やかに暮らす」


 これなんらかの犯行予告にならないのだろうか。


 書類送検無理?


 というかさっきトゥカーナで妄想している人ボロカスに言ってたけど大ブーメランになってない?


 どういう基準?


 しかし弟は曇りなき眼で言っている。本当に邪念がない。こんなねじれ性癖を獲得してしまったのは、あの両親が原因だろう。


 両親は兄に対して、「女の子に不用意に近づくな」と言い、女の子と普通に鬼ごっこをしようものなら「いかがわしい」「色気づいて汚らしい」「いやらしい」と、偏り切った教育を施した。


 スペア扱いの弟にもだ。兄は「強くしたい」「女の子に誘惑されないように」と男子校に入れられ、徹底的に生活から女の子を排除された結果、完全に手遅れになっている。


 一方の弟は、男子校──つまり私立に進学できるお金がないことで共学に行けたものの、両親の異常教育の影響は色濃くあり、女の子に関わらないというか無視をして、私への依存心が強くした。


 ただ、生きていくうえで自分が属してない性別について調べてはいるのか、「女って危ないんだろ、痴漢とか不審者とか、ネットで見た」と、一緒に通学したり、迎えに来て帰ることは学生時代の頃からあり、私が社会人になってもたまに会社に来るほどだ。


 さすがに締め切りもあるから毎日ではないけど、普通に学生である弟のほうが危ない。


「つうか、さっき話したけど、仕事変えたら? 姉ちゃん無職の間は俺がいるし」

「疲れはするけど楽しいからね。今日はちょっと立て込んでただけ。電車が満員でさぁ、車両トラブルあったみたいで」


 そういって私は躱す。


 弟がこのまま大学卒業して、漫画一本でいくか漫画と仕事の二刀流で行くかは分からないけど、私としては、自分の幸せを見つけ、自由にのびのび暮らしてもらいたい。


 自分の人生を生きてもらいたい。グロゲロ家庭環境のことは忘れて。


 幸せになってほしい。家とか関係ないから。弟はちゃんと大丈夫だから。


 私は力をふり絞りつつ、伏せていた床から立ち上がる。明日も仕事だ。いや、日付が変わっているから今日だ。


 どうかよい結末を。


 私は祈るように、やわめうどんを作ってくれる背中を眺めた。


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