郡司君のことは全部知ってる
転移転生ファンタジアというタイトルで無能料理人の投稿をしています。お心当たりのある方はよろしければ。
文化祭一か月前、家庭科部の郡司等一くんの隣の席になったとき、私の気持ちは嬉しさと不安で二分された。
『ぜってぇいい女のところに買われたい。聡明で、教養があって、頭が良くて、かしこくて、聡明な女がいい』
『それ全部同じ意味だよ。聡明って二回も言ってるし、いい女はそんなバカなクマ選ばないよ』
聞こえてくる声を無視しながら、私はちらりと隣を見る。今は数学の授業中だというのに、私の隣の席である郡司くんは机の下でせっせとゾウのぬいぐるみを縫っていた。
タオル生地を使ったことでふわふわな見た目をしているそれは、今まさに胴体と首を繋げられ、完成を待っている。
その隣には、おそらく同じシリーズになっているらしい、クマとネコのぬいぐるみが、トートバッグから顔を出していた。
こちらは授業を受けているというのに、クマはせっせと『頭のいい女に買われたい』とネコに話しては馬鹿にされている。
『もっとさ、慎み深くなりなよ』
『でも生まれたからには幸せになりたいだろ』
この声は幻聴じゃない。
私は小さいころから、手作りの『なにか』の言葉がわかる。
歴史あるものに魂が宿る文化は聞いたことがあるけど、どうやら私は、他人が思いを入れて作ったものの声が聞こえる。
ぬいぐるみと話をする子供は、小さいころは可愛いで済んでいたけれど、可愛いで済んでいたその特性は、年齢を重ねるごとに負債に変わる。
近所の子供が誘拐されたとき、その子が落としたぬいぐるみと話をして、犯人の特徴を伝え事件解決に至ったこともあった。
しかしぬいぐるみから声を聞いたと話せば、感謝していたその子の家族は困ったような顔をし、後日、両親は私を病院に連れて行った。
医者は「寂しがり屋だからこういうことをしてしまう。この子は悪くない。環境がよくない」と、もっともらしいことを両親に伝えた。その一方で私は心の中で固く誓ったのだ。
いつも部屋にいる彼らと会話をするときは、絶対に夜中に。
そして誰かにこの能力について信じてもらおうとしない。
高校に入ってもなお、それは変わらなかった。
そして今はといえば──、
『僕は、小さい男の子のところがいいな。小学校に入るちょっと前がいい。小さい男の子は、存在するだけで愛おしい』
『死んじゃえよお前もう』
ネコがうっとりと言い、クマが引いている。
私の隣の席が、裁縫部の部長、郡司等一くんになってからというもの、穏やかな暮らしは一変した。
裁縫部に所属しているとは聞いていたけど、まさかぬいぐるみを作って売るなんて。
来たる一か月後の文化祭で、自作のぬいぐるみを売るらしい彼は、授業中も商品製作に没頭していた。
さらに彼は自分のぬいぐるみをシリーズ化しているらしい。
すでに完成済みのぬいぐるみも、トートバッグに入れ、製作の場には必ず連れていた。
『はーあ、鈴木の声はいい声すぎて眠くなるな。こういう時にちゃんと起きてるかで、実力に差がつくんだよな』
『塾の案件でも狙ってる?』
だから、授業に集中できない。
生物の鈴木先生は、「声がかっこい」「ASMRダディ」と評判だけど、確かにぬいぐるみの言う通り眠くなる。
周りの生徒もわりと寝てる。
私も眠ってしまいたいけど、現在二体のぬいぐるみが絶え間なく喋っているため、眠れない。
『しっかし、好きな女が隣になったってのに、せっせこぬいぐるみ作りとはなぁ。手作りパンツもプレゼントしねえし』
『でもプレゼントしないほうがいいよ。手作りのパンツとか気持ちわるいよ。犯罪だよ』
さらに問題なのは、ぬいぐるみたちが郡司くんの恋心をリアルタイムで暴露してくるところだ。
私が幼少期、ぬいぐるみの声を聞いて助けた少年は郡司くんだったらしい。
衝撃的な事実は彼と隣の席になってすぐの数学の授業中、クマのぬいぐるみの声を聞いて知ったことだ。もう少しこう、郡司くん本人との交流で知りたかったけれど、彼の情報は逐一ぬいぐるみたちが漏洩してくるし、郡司くん本人はあまりしゃべらない。
結果的に、郡司くんは私に好意を伝えるために、手作りのパンツを作っているという、とんでもない情報を私は一方的に知ってしまっている。
紳士的で柔和で、「保育園の先生とか向いてるよね!」なんて言われていたけど、母性を拗らせてるとかのレベルじゃない。
『さっさと話しかけちまえばいいのになぁ。ううーん』
クマが。もっともらしく唸っている。
『パンツ作りましたって?』
ネコは否定的だ。私も同意見だ。
正直、パンツを手作りしている相手と話をするのは厳しい。
ぬいぐるみに関することを除けば、彼のことはかっこいいとは思っていた。
成績もいいし、文化部なのにといってしまうのはあれだけど、リーダーシップもある。大人びてて、いいなぁと思っていた。
『どうせプレゼントするなら、貰って困らないものにしたい、邪魔にならなくて、利便性があって、誰にでも必要なもの……それでなんでパンツいったんだろうな……』
『女の子と話をしてこなかったからだよ。あとほら、妹とか姉とかがいれば違っただろうけど、母親もほぼ家に帰ってこないし、女の情報が本当にないから』
前にクマとネコの会話を聞いたけど、どうやらプレゼント候補には、レースの鍋敷きやつけ襟、コサージュがあったらしい。
だからこそ、数多ある候補をすり抜け、プレゼントレースでパンツが勝ち上がってしまったことがつらい。
郡司くんは人の気持ちを考えすぎた結果、最低のセクハラを行おうとしている。
『絶対嬉しくないよパンツなんて貰っても。パンツマンってあだ名つけられていじめられるよ。それに最悪郡司が退学になるか、彼女が引越しするかでしょ』
『なんで引越し?』
『普通の親御さんなら嫌でしょ、自分の娘にパンツ送ったやつが同じ学校通ってるって。ゾッとするね!』
ネコが正論を言う。小さい男の子が好きであることを除けば、倫理観はまともらしい。
『郡司と話せたらいいのになぁ。そうしたら色々アドバイスできるのに』
そして、ぬいぐるみたちは、郡司くんのことを大切に思っているらしい。作ってくれたこともあるだろうけど、彼は物を大切にする性格で、ぬいぐるみたちを洗ったり手入れをしているようだった。
かわいいな、と思う。作るぬいぐるみ含めて。
『そうしたら、パンツなんて絶対やめろって言えるのに』
ただ、パンツはもらいたくない。
◇◇◇
文化祭二週間前、どこのクラスも当日に向けて準備に大忙しだ。放課後はクラスのため、だから授業中は部活の出し物のために内職している子たちもいて、先生は見逃したり見逃さなかったりする。
判断基準としては、規模だろう。イラスト部の子たちが絵を描いているくらいなら問題視されないけど、この間、料理研究会の子たちがクッキーの型を作ろうとしていたら「不衛生だから」と止めていた。
そして、郡司くんはといえば、場合による。針を出しているときは危険だと注意されていたけど、布に定規をあて、チャコペンシルで線を引いている限りはなにも言われない。とはいえ科学の実験中はさすがに危険だと判断したのか、自主的にちゃんと授業に参加、ぬいぐるみたちも教室に置いていた。
だからか、すごく静かだ。目の前には三角フラスコにガスバーナーのほか、マッチが並んでいる。蒸気に関する実験だ。メモリをみて、数値を書き込む。目の前には郡司くん。さっきからずっと無言だ。
こういう時、いつもなら彼のぬいぐるみが大体の心境を語ってくれる。でも今ぬいぐるみたちはいない。だから彼が何を考えているか分からない。
普通は、こうなんだろうな。相手の気持ちがわからず当たり前。
「……」
郡司くんは理科室のマッチを見つめている。多分目のやり場がないのだろう。前にぬいぐるみたちは「誰も俺の前に立たないでほしい……」と郡司くんが言っていた、なんて話をしていた。
誰も俺の前に立つな、だけ聞いてたら、めちゃくちゃ絶対王政の俺様気質の人みたいだけど、ぬいぐるみたち曰く、女の子が目の前に立つとどこを見ていいか分からなくなるらしい。
でも、このままだとマッチ箱をただ見つめ続ける郡司くん、という絵面だ。
「羽芝さん」
どうしたものか考えていると、郡司くんがこちらを見た。
「どうしたの?」
「ひらがなとカタカナ、どっちがすき」
彼は問いかけてくる。なんとか話をしようとしてくれたらしい。
「カタカナかも。おしゃれな感じがするし」
「そっか」
郡司くんはそれきり黙ってしまった。彼から話しかけてきてくれたのは初めてだ。私も、頑張らなきゃ。
「郡司くん、手芸同好会だよね、文化祭、なにするの」
「……修学旅行に、ちなんだものにしたいなって、今、作ってる」
「ああ、和風系?」
修学旅行は京都に行った。だとすると、あのぬいぐるみたちに着物でも着せるのだろうか。
「うん。最初は、和菓子にしようと思ったんだけど、茶道部とかぶるから……」
そういえば茶道部が和菓子を売ると言っていたような。
「なるべく、今までなかったようなものが作りたいんだ。思い出に残るような……そうじゃないと、駄目だから」
和菓子のぬいぐるみを作る予定を変更して、ぬいぐるみたちになったのかもしれない。
「駄目ってことはないと思うけどな……好きで楽しくやれるほうがいいと思うけど」
「……ありがとう、羽芝さん」
郡司くんは少しだけ嬉しそうにしてから、うつむいた。彼はこんな風に笑うのかと、少しだけ胸の奥が切なくなって、落ち着かない。
私はぬいぐるみたちの声から、彼を勝手に知った気になっていたけど、私たちは全然話をしていない。
仲良くなって相談しあえる関係性になれば、パンツ贈呈の凶行を止められるかもしれない。
私はマッチを眺め始めた郡司くんを盗み見てから、これからまた声をかけていこうと決めた。
ーーーーーーーーーーーーー
「科学室からマッチが消えたんだって」
文化祭、一週間前。
授業の合間に、郡司くんと少しだけ話をするようになった。当たり障りのない話題だけど、彼は一度こちらに視線を合わせてから「へぇ」と返し、また自分の作業に戻る。
声をかけると、視線を合わせてくれる。好きだなと思う。でも、
『ブラとパンツになってるよ! このままだと郡司捕まるよ! どうしよう!』
『どうしようも何ももう……打つ手がない!』
郡司くんは今、私に見えないようにスマホを見ている。
開いているのは、下着メーカーのサイトだ。ぬいぐるみたちが教えてくれた。
どうやら彼は、パンツを作るにあたり各種サイトを調べる過程で、「パンツとセットになっているブラがある」みたいな情報を得たらしい。
『郡司、どうしよう。悪意があるならさ、警察に連れていくだけで済むのに……文化祭で、告白するんでしょ? そのために、ブラとパンツ作ってさ……なんで付き合うために嫌われることを……』
ネコが苦悩している。私も苦悩している。郡司くんと話をするようになり、私は好きなものを聞かれたりした。
もらいたがって好みを伝えるのは気が引けたけど、花は贈っても捕まらないし、もらうほうも困らない。
そうして花が好きと答えた結果、花の刺繡が組みこんだ下着にしようと彼は考え、サイトを調べブラづくりの着想に至ってしまったのだ。
『まぁ、郡司は何が必要で何が不要なのか悩んでいますからね』
あたらしく加わったゾウが、淡々と言う。
『なんでそこまで考えて全部地雷踏み抜いてくわけ。いくらでもあるでしょ布のものなんて。なんでよりによって全部最悪のところだけ凝縮して選んでくるの⁉ ハンカチとかでいいじゃん!』
『ハンカチを使わない人間もいますから』
『つうかもう、俺たちの中で誰かがあの女に貰われればいいんじゃないか? えー郡司くんぬいぐるみ作ってるの? かわいー! とか言って近づいてこないかな』
ああ、その手があった。私がぬいぐるみを欲しがればいい。彼らを一匹引き取り、離れ離れにするのはかわいそうだけど、もともと彼らは文化祭で売られる……と思う。ならば……今私が買って、ブラとパンツ贈呈の未来を阻止すれば……。
『おい、俺かわいいだろ、かわいいと言え。お前だって隣の席の奴からパンツとか貰いたくねえだろ。トラウマになるだろ。かわいいクマさんだぞ。歴史のテストで28点だったところは多めに見てやっから、おら、欲しがれ』
なんで私のテストの結果を知ってるの……? 隣で見てたのか郡司くんから聞いたのどっちかだけ知りたい。
『危険です』
声をかけようとすると、ゾウがクマを止めた。
『郡司の彼女への想いは強い。彼女が我々を欲しがれば、我々のおなかに何か仕込むかもしれません』
『仕込むって』
『カメラなどです』
それは犯罪だよ。
そんなことありえない。心の中で否定するけど、ネコは『確かにね』と怖いことを言う。
どうしよう、ぬいぐるみも欲しがれない。袋小路とはまさにこのこと。
私は郡司くんを横目に見る。彼は真剣に縫物をしている。
いやがらせ目的じゃないし……私は彼のことが嫌いじゃない。ならば……もういっそ受け取ってしまうのがいいんじゃないか。受け取ってから、プレゼントでブラとパンツが良くないというか、常識的な諸々を伝えるほうがいいのでは……。
私は私で、こうしてぬいぐるみたちの声が聞こえているのだから。
郡司くんの職人のような眼差しを眺めた私は、黒板横、文化祭当日に二重丸がされているカレンダーを見て、覚悟を決めた。
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文化祭当日、私は郡司くんに呼び出された。
今日私は、とんでもないプレゼントを受け取る。そして、ありがとうを言いつつ、もしも今後お別れした後、郡司くんがまた誰かを好きになったとき同じ凶行を起こさないよう、防ぐ。
告白をされるのなんて初めてだけど、こんなにもハードなのかと複雑だ。でも、好きな人が自分を好きでいること、なおかつそれを知っている状況は、人生としてかなり幸運に思う。
だからこれは、その幸せの代償。そう思って呼び出された家庭科室に向かい、私は絶句した。
教室の壁一面に、「ダイスキ」とカタカナの形に沿いながら、ぬいぐるみが張り付けられていた。
『アアアアアアタスケテエエエエエエエエエエ!』
そして断末魔の叫びが聞こえる。
全部しゃべってる。彼らは。自分たちは商品であると認識していた彼らもまた、まさか背中を縫いつけられ、巨大「好き」パネルの一部になるとは思っていなかったらしい。阿鼻叫喚の声がさざめき、地獄と化していた。
ひらがなか、カタカナが、どちらが好きかの質問。
凝視していたマッチ。
京都にちなんでいて、茶道部と絶対被らないもの。
「大文字……」
つぶやくと、郡司くんが「うん」と静かにうなずいた。とてもこんな凶行を起こすようには見えない。
「僕、羽芝さんが好きなんだ」
「あ、ありがとう……」
「いろいろ理由はあるんだけど、突然のことだし昔のことだから、信じられないと思う」
信じる。絶対。あと本当に申し訳ないけど突然じゃない。ずっと聞いてた。ぬいぐるみたちから。
「だから一生懸命作ったぬいぐるみが燃え盛る瞬間を見てもらうことで、僕がどれくらい羽芝さんを好きかわかってもらいたい……」
「いやいや、せ、せっかく作ったものなんだから、私このまま持って帰るよ」
「うん。一生懸命作った。だからこそだよ。羽芝さんのために燃やしたいんだ」
サイコっぽくない? サイコパスなのかな? 道徳慮り系サイコパスの感じなのかな?
このままだと、ぬいぐるみたちが燃やされてしまう。でも、こんなことを言っても信じてもらえないかもしれない。ためらう間に郡司くんはマッチに火をつけた。思わず私は叫ぶ。
「郡司くん! 私! ぬいぐるみの声が聞こえるの!」
受け入れられないだろう。郡司くんの顔を見ると、彼は驚いていた。やっぱりだ。頭がおかしい人間だと思われた。
「あ、まだその能力あったの?」
え?
「小さいころ、そう言ってたって……でも、羽芝さん、僕を避けたりしないから成長とともに……なくなったのかと……」
「いや、あ、あるよ」
「そっか……え、っていうか僕のこと、覚えてた?」
「う、うん。えっと、ぬいぐるみたちが話をしてて……」
「そっか……え、ひ、引いてるよね……なんか、高校生にもなってぬいぐるみに話しかけてる男って」
「いや……別にいいんじゃないかな……?」
「い、いいんだ」
郡司くんは戸惑っている。私も戸惑っている。まさか彼が私の能力を当然のように信じているなんて。
「あ……じゃあ、も、燃やさないほうがいいか、と、トラウマになっちゃうよね」
郡司くんはマッチの火を消した。
「う、うん。悲鳴が、すごくて」
「ごめんね」
「ぬいぐるみたちに言ったほうがいいと思う……」
「うん」
郡司くんは律儀にぬいぐるみたちへ謝罪する。『絶対許さねえからな』『次はただじゃおかねえぞ!』と不良漫画ばりの罵声がとびかっているなか、郡司くんはこちらに振り返った。
「えっと羽芝さん。僕は君が好きです。付き合ってください」
「わ、私でよければ……」
彼は手を差し出してきて、私はその手を取る。危なかった。ぬいぐるみたちの身の安全が保障され、ほっとする。彼らも同じなのか、やや静かになり断末魔の叫びが消え、和やかムードだ。
だから、気付いた。
「じゃあこれ……お付き合いのしるしに、どうぞ」
そう言って、郡司くんはそばの机に置いていた箱を手に取った。
ぬいぐるみたちの断末魔の叫びで、聞こえなかった。その──声。
箱の中身は、分かる。郡司くんが何も言わずとも。
『俺様を履くこと、感謝しろよ』
『そうだそうだ!』
完全に失念していた。これも、手作りだ。
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