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突発性カッティング

 この世界は、ドスケベシチュエーションで溢れている。


 たとえば、新しい後輩と折り合いが悪く、仕事で苦心している受けがゲイ向けマッチングアプリに登録したり、一夜限りの相手を求めた結果、新しい後輩とばったりシチュエーション。


 嫌いあっていると思っていた同期の家に居候することになった結果、世話を焼いていくうちにシチュエーション。


 もうとにかくドスケベが読みたいという時のインスタントドスケベから、じっくり心理描写を重ねたうえで、純粋で、時には感動しながら、最後の最後に濃密なドスケベが見たいフルコースドスケベ、数多の性癖をもてあます読み専と同じように、あらゆる癖を抱える神は多く、この世界では神によるドスケベが日々もたらされ、私はそれらを享受する日々を送っている。


 中でも好きなのは、受けがうっかり合コンに参加することになり、攻めが参加してひやひやするものだ。


 大体、大学生ものに多い。歓迎会とか交流会と称されたそこに参加すると、テーブルには女の子がいっぱいて、受けは戸惑う。


 いわゆるBLは文字通り、ボーイズラブ、男同士の恋愛物語だけど、参加する合コンは攻めの男5、受けの男5ではない。何故か合コンは男女で行われる。そしてそこで、合コンに来たことは本意ではなく、さらに女の子を好きじゃない、容姿で苦労している感じの男が登場する。その容姿で苦労している感じの男は、恋人もしくは気になっている存在を気にし合コンから逃れたい主人公の受けに目をつけ、だんだんと気に入り、接近していく。受けのほうは、恋人や気になっている人がいるものの、合コンを受け付けない者同士として、交流を深めていく。そしてそこに攻めが通りかかったり、乱入したりしてこじれにこじれ、精神的にも肉体的にも絡み合いがスタートする。王道ドスケベシチュエーション。


「ごめん、これ、合コンだったりしない……?」


 私は同じ学部であり、この会の幹事になっている女の子に問いかける。皆が嫌がる幹事などを率先してやる彼女に、勉強会の参加を頼まれたのは、三日前のこと。


 彼女いわく、勉強会は他校の教授も参加する為、成績が優秀な人が必要らしい。私なんか一番駄目では、と心の中で思ったけれど、同じ学部の中で私の上の人たちは全員不参加となり、いわば連戦連敗、背水の陣で私の元へやってきたそうだ。


 私は今まで、学部の交流会に参加したことは無かった。理由は疲れるからだ。授業内の交流で、勘弁してほしい。誰かといるのも楽しいし、カップリングについて語り合うのも悪くない。ただ、人と話すのは疲れる。なるべくなら嫌われたくないし、人目も気になる。飲み会に参加してご飯を食べてお酒を飲むんだったら、家で一人で好きなお菓子を食べながら、映画や漫画を見るほうが、落ち着くし楽しい。


 だから、学部もゼミの交流からも遠ざかっていたけど、その一方、「また不参加……」みたいな空気を若干感じていた。


だからこの勉強会に参加すれば、またしばらくの間、飲み会に参加しなくてもいいだろうと参加を決めたのだ。いわば、肉を切らせて骨を立つ戦法である。


 集合場所は大学近くのイタリアンレストランだ。


イタリアンとはいえ、ランチは最高でも千円。近くの大学の生徒や働く人たち、そばに住んでいる人が行きやすいお店だった。私も何度か行ったことがある。お洒落だけど、怖くなくて、問題のない場所。


 でも、状況が問題だった。


実際入店すると、どう考えても合コンだったからだ。


 参加したことはないけれど、BLで履修したから一目で分かった。


 その後、席に案内され、片側は男性、もう片方は女性とがっつり分断されていたことから、全てを察し、「これ合コンだったりする……?」と恐る恐る問いかけ、今に至る。


「ごめん、実はどうしても片吉さんに参加してもらいたくて……」


 そして、目の前の彼女は私に頭を下げる。


 推しの自引きもままならないというのに、勉強会とは名ばかりの合コンを引き当ててしまうなんて。


 まさかそんな、王道スケベシチュエーションを自分が体験するとは思っていなかった。


「なんで、私を……」


 一般人に擬態しているが、実はバレバレの腐女子でも捕まえて燃やしてやろうとか、そういう恐ろしいパーティーなのだろうか。


生贄、という単語を頭の中に浮かべていると、彼女は首を横に振った。


「違うの、実は前に本屋さんで片吉さんを見かけたって子がいて、向こうの男の子なんだけど……それで、一応会ってみてくれないかなって」


 本屋で私を見かける。やっぱり一般人に擬態しているが実はバレバレ腐女子の捕獲会では。


ここ最近、アニメ系のショップじゃなくても、書店限定特典として4コマやペーパーをつける書店が増えている。だから私は、オンラインストアだけではなく、実店舗でも本を買っていた。


たまに理解ある……のか分からないけど、ドスケベ箇所やアダルト感満載なな人物の赤面部分に特典ペーパーを挟んでいる店舗さんもある。でも、全部が全部そうじゃない。ゆえに私は電子で発売日に読み、実店舗の紙書籍では、その月の新作ドスケベをひとまとめに買う、いわばドスケベカーニバルチートデーを設けていた。


 当然、荷物が増えるし本だけではなく特典も大切に保管したい。だから、ドスケベ以外の本を買いカモフラージュすることはない。ドスケベ以外の本は、特に特典のないドスケベと一緒にネットで買っている。


「……あの人なんだけど……」


 どうかな、と彼女が差す方向には、明るそうな男の子が座っていた。ぱっと見で分かる。腐ってない。


「なんで、そういう経緯になったか、知ってたりする……?」


「同じゲームをやってるって、あと、小説? 独下ケイ先生の本読んでて、同志見つけたって」


 同じゲームとそして独下ケイで思い出し、確信した。


 大丈夫、腐女子ということはバレてない。私は三か月前、ゲーム雑誌を買った。大好きなソーシャルゲームアプリ『惨染世界デッドエラー』の特集があったからだ。そのゲームについて検索するとき、私は惨染腐界デッドエラー/惨染世界デッドエラー(腐)/惨エラ(腐向け)と、正式タイトルを検索することはあまりない。要するに、普通の一般ゲー。


 そして独下ケイは、最近読んでいるキャラ文芸の作家だ。


男同士のバディミステリーを書いていて、とても……良い。多分、私は正しい楽しみ方も見方もしてないけど、ボーイズラブと銘打たれていないかつ、男同士の恋愛ではない絆の漂う物語は、ボーイズラブとは異なった美しさがある。


 つまりどちらもドスケベカーニバルチートデーとは無関係の、私が勝手にBLの幻覚を見ている本。つまり、私はバレてない。そしてやっぱり、向こうの男の子は、腐ってない。


完全に、同志会合を目的としたものだろう。私が気にすべきなのは腐女子バレもそうだけど、目下は相手がどれくらいのオタクか適切な距離感温度感を調べることだ。


「紹介してもいい?」


 横に居た彼女が問いかけてくる。


「あ……う、うん」


 同志交流のために開かれたならば、私が帰ってしまうのは良くないことだろう。


席につくと、早速というように、惨染世界デッドエラー、一般通称惨エラが好きらしい彼が、私に視線を向けてきた。


同志を見てテンションを上げている感じだ。やはり腐特有の同志を見つけたほの暗い歓喜とそれを相手に知られないよう嫌われないよう、でも抑えられない……という葛藤の混ざった視線とは異なる。


 純粋な惨エラ好きだと確信する。純粋な惨エラ好きというのも、あれだけど。


 私は合コン──もとい同志交流が進行していくのを眺めながら、自分のフォトフォルダの中の画像に思いを馳せる。


 惨エラは一般層にも受けている一方、今を生きる腐女にもヒットしているコンテンツだ。


 ──運命を、塗り替える。君となら、きっと出来る。


 突如現れた「濁り」と呼ばれるモンスターにより、徐々に色が失われることが運命づけられた都市、彩都。ユーザーは、「濁り」の対抗組織であるPaletteの新人隊員として、仲間たちとともに各地に現れる「濁り」の討伐を行いながら、「濁り」が発生する原因の究明に邁進する──という展開の元、定期的に新キャラのガチャが開かれ、物語がちょっとずつ進み、謎が解明されたりする。


 そして、人物同志の交流も増える。


「あの、片吉さんって、どのキャラが好きなの?」


 自己紹介を終え乾杯が始まり、食事が運ばれ、だんだんと会話が増えてきた頃、惨エラ好きの彼が問いかけてきた。


「佐久間……弾」


 答えると、彼は「ああ、あのコラの……」と言った。


ファーストコンタクトだけど、それだけで万死という気持ちが浮かぶ。佐久間さんは主人公のサポート兼、先輩隊員で、チュートリアルでガチャの引き方や、パーティーの組み方を教えてくれる。いわゆる冴えない系の年上受けだ。面倒くさがりで大雑把だけど、困っている人間が放っておけず、面倒見がよく世話焼き。だらしないところがありそうな見た目なものの、きれい好きで、服装センスがなさそうに見えて全部ちゃんとしてる。エッ要素てんこ盛りのスケベ受け。ただ、悪いユーザーから定期的にコラ画像の玩具にされており、度々学級会が開かれる。


「俺、解木方が好きでさ」


「そうなんだ……」


 その答えに、目の付け所は悪くないな、と思う一方、やっぱり腐ってないなと思う。


解木方というのは、惨エラの期間限定イベント「ヒマワリ燃ユル浄香花」で、「Palette」とは別の「濁り」対抗組織、「crayクレイ」のトップとして登場するキャラクターだ。


 穏やかで人当たりがいいけど、手段を選ばない。無能な者は、ずっと世話になっていた上司であろうと、自分に忠実な部下であろうと関係なく即座に切り捨てる、解木方明歩。


 ただ彼には、実妹が「濁り」から受けた攻撃により昏睡状態に陥っているという過去があり、いわば妹の為に非情になってしまった感じだ。そしてその冷たさを和らげるのが、佐久間さんである。佐久間さんは決して年上先輩ムーヴを解木方にすることなく、彼の冷たさを受け入れながら彼が上手くやっていけるよう調整し、palletとclayを繋ぐ。主人公の尽力により期間限定イベントの最後で解木方の妹は目を覚ますけど、基本的に全ての解決は佐久間さんのおかげだ。


だからか、解木方は精神的に丸くなり、どんな人物に対しても優しい好青年として振る舞うようになりつつも、佐久間さんに対してだけ変わった反応をするようになる。甘いと言うか、優しいと言うか、犬っぽいというか。そこが刺さる。当初の非道さから攻めの波動を感じ、なおかつ要所要所の発言が匂うので、良い。


「男が好きなの変わってるとか思われそうだけど、同志見つけて、話ししたいなぁって思って」


「そうだったんだ……」


 確かに惨エラは女性向けとカテゴライズされており、少年漫画がアニメ化して一般層に受けるようなブームの起き方ではない。


「でも、あれ監修してるの男の人たちだよ」


 惨エラの大元は、シナリオライター、イラストレーターさんのペアだ。廻田直と素井有栖、どちらも男性で、高校の同級生らしい。大学生の頃に同人ゲームを作り始め、ダウンロード販売を続けていたところ、コンシューマー化が行われた形だ。手がけているのは女性向け……というよりガチガチの乙女ゲームだったりするけど、ファンタジーも作っている。


「へー、知らなかった」


 彼は感心するように頷いた。同志を欲する一方、制作については知らない。なら、あんまり込み入った話をすると引かれてしまうかもしれないし、やってないイベントも在りそうだ。事前登録からプレイしていることは伏せていたほうがいいかもしれない……と考えていると、「お待たせ、ごめんね、遅れてきちゃって~!」となんだか、違和感を覚える声が聞こえてきた。


 なんだか嫌な予感がする。おそるおそる視線を向けると、華奢な女の子二人が隣の席につくところだった。一人は、黒髪地雷系ファッションの美人さんで、もう一人が──、


「砥庭さん……?」


 女装した砥庭さんだった。いわゆるオフィスカジュアルと言われるファッションで現われた砥庭さんは、「ああ、片吉さん」と私に微笑む。


「偶然ね、片吉さんもここでお食事……?」


 そう言って砥庭さんは私のテーブルに目を向ける。男の子たちが砥庭さんや彼の伴う黒髪地雷系ファッションの美人さんに羨望の眼差しを向けていた。


「は、はい……ど、どうしてここに」


「調べもの。あと……店のオーナーと知り合いだから」


 そう言って彼は目を細める。彼が伴う地雷系美人さんは、そんな彼にやや冷ややかな視線を送るものの、すぐにスマホを取り出し、操作を始めた。しばらくして、「ああ、トギさん」と、穏やかな調子でこのお店のオーナーシェフである和泉さんが砥庭さんたちのテーブルにお水を運んできた。


「仕事帰り?」


「ええ」


 女装をしている砥庭さんに対して和泉さんは平然と話しかけている。この二人に接点があるなんて知らなかった。和泉さんは女装している砥庭さんに戸惑うことなく、のんびりと接している。


私が知らなかっただけで彼は女装をするのが趣味なのだろうか。私は和泉さんから砥庭さんに視線を移す。


「調べなきゃいけないことがあって」


 砥庭さんは和泉さんにも同じように返している。


「調べる? デートの下見? じゃないよね、どう考えても」


 和泉さんは砥庭さんと、砥庭さんが連れている女性を見た。


 女性は一瞬だけ不機嫌そうな顔で和泉さんを睨む。


「御上さん受けたの?」


 受け、その言葉に反応してしまう自分が憎い。


「脅迫を」


 御上さん──というらしい女性が死んだような顔で呟いた。


「それより注文いい?」


 砥庭さんはもう既に決めていたらしく、料理名を口にする。御上さんというらしい女性は、「同じので」とだけ言うと、またスマホの操作を始めた。


 砥庭さん、御上さんというらしい女性は、一体どういう関係なんだろう。恋人同士……?


 私が砥庭さんについて知っていることと言えば、美容師さんであることと──何でか知らないけれど、砥庭さんは私と付き合っていると主張していること、くらい。告白をされたこともしたこともないけど、そうなっている。


 そして付き合っている人間がいるのに合コンに参加するのは悪いことだけど、砥庭さんと付き合ってない。そもそも、合コンとは知らなかった。そう言うと言い訳がましく感じるものの、そもそも砥庭さんと私は付き合っていなくて……なのに謎の罪悪感で、頭がぐるぐるしてくる。


 私は女装の砥庭さんの登場と、彼の前に座る地雷系美人女性の御上さんが死んだような顔でスマホをいじることに戸惑いながら、運ばれてくる料理を眺めていた。




 あれから、ずっとそわそわした気持ちで時折来る惨エラ好きの彼と話をし、数十分が経過した。そして、


「今の大学ってそんな感じなんだ!」


 なぜか私たちのテーブルには砥庭さんたちが合流した。砥庭さんは男性陣と、女性陣は御上さんとそれぞれ盛り上がっている。さらに、


「ヒマワリ燃ユル浄香花からなの? 私はその後から始めたんだ。なら、先輩ってことかな」


 と、砥庭さんが惨エラ好きの彼と盛り上がっていた。


 どうしてこうなったんだろうと思う。今の状況が掴めない。


「ね、今から女子だけで二次会にしちゃおうか」


 そして、砥庭さんの連れていたはずの御上さんは、多分違うと思うけど、女性陣営全員持ち帰ろうとしている。そして女性陣も「いいね」と乗り気だ。このままだと私は捨てていかれる可能性もある。さらに、男性陣のほうは砥庭さんに夢中で、砥庭さんは惨エラの彼にしか眼中が無い状態で、惨エラの彼が他の男性陣から明らかに敵視されている、混沌とし、もう、どこからこの状況の原因を探していいか分からない。


 もう、帰ってしまおうか。


 そんな考えが頭をよぎる。幹事の女の子も御上さんと一緒に抜けようとしているし、惨エラの彼は砥庭さんと話をして満足げ。これならば私の「一応勉強会に参加して……」という義務は、解消されたように思う。


「あの、そろそろ私時間で……」


「ごめん、ちょっと私たち抜けてもいいかな」


 声を発する前に幹事の女の子が席を立つ。「片吉さん、頑張ってね」と私に声をかけた。どうやら地雷系美人御上さんとどこかに行くと同時に、私と惨エラの彼との交流アシスト……のようなことも考えてのことだろうか。というか良く分からない。これは結局いったい何の会なんだ。


「なら、解散にしよっか」


 男性陣のまとめ役が言う。「良ければ二軒目とかどうです?」と砥庭さんに声をかけ、砥庭さんは「いいわね、ならお会計してこようかしら」と立ち上がった。


「なら、一緒に払っちゃいますよ」


「駄目よ、学生に奢られるなんて」


「なら立て替えるんで、お会計二度手間になっちゃうし」


 そう言ってまとめ役の彼は砥庭さんのお会計を手に取ると、さっとお店の出口に向かう。今日の食事会は、勉強会扱いで支払いの必要がないと聞いている。でも、大丈夫なのだろうか。不安に思い私も立ち上がろうとすると──、


「君は待っていてって」


 いつの間にかすぐそばにいた和泉さんが静かに言った。


「え……」


「トギさんから伝言」


 そう言って和泉さんは微笑む。私は訳が分からないままに、お店で待機することになった。




「結婚詐欺って知ってる?」


 しばらくして戻ってきた砥庭さんは、開口一番、言った。


「え」


 突然強烈なワードが飛んできて、私は大きく目を見開く。結婚詐欺、いわゆる結婚したいけど何か理由があって出来ないからお金を払ってほしいとか、結婚をちらつかせてお金を貰うことだ。


「それだったりする? それの準備段階的な」


「え」


 砥庭さんはどんどん質問を増やしてくる。


「な、なんで、どういうことですか」


「どういうことか聞きたいのはこっちだけど、付き合ってんのに合コン行くとか、どういうこと? それも合コン相手は金払いがいい感じの、社会人の女相手に立て替えとか言いながら親のクレカ出す馬鹿ばっかじゃん」


「えぇ……?」


「何が目的?」


 砥庭さんは被っていたウィッグを外しながら、足を組み替えた。


「目的と言われましても……」


「俺が興信所の浮気調査断られたの知っててこんな派手なことしてんの?」


「えっ、こ、興信所?」


 興信所って、いわゆる探偵事務所で、誰かのことを調べたりする場所では。というか私、調べられていた? でも浮気調査、断られて……?


「浮気調査ってなんですか、なんでそんなこと」


「蛍の浮気を調査するため以外に理由なんてなくない? まぁ、断られたけど……結婚してないならって……」


 砥庭さんは苦々しそうに続けた。


「なんでも受けると思ってたけど、色々あるんだって、ストーカーの幇助にならないようにとか、それこそ付き合ってないのに付き合ってるって言ったり、結婚してないのに結婚してるって言って、人の事を調べさせたりとか。俺はそんなんじゃないのに」


 付き合ってないのに付き合ってるって言うってそのまま砥庭さんのことでは。


「それで、俺は自分で調べることにしたってわけ、結果、真っ黒だったけど」


 砥庭さんは私を見据える。


「いや真っ黒じゃないですよ、そもそも浮気してませんし」


「しようとしてた」


「しようともしてません。合コンなんて知らなくて……それになんていうか、説明が難しいんですけど、ゲーム繋がりの同志集め目的というか……」


「それ、蛍狙いの男がいて、たまたま幹事同士盛り上がって、なら合コンしちゃおっかでしょ。美味しいもの食べたいし酒も飲みたいしで、自我持ったマッチングアプリ主催の合コンじゃん」


「自我持ったマッチングアプリって……」


「でしょ? マッチングアプリも広告料とかで自分の旨味にするわけじゃん。結婚相談所もマージン取るし、それと変わらない。そして蛍は、それを見抜けるはずだよ。しらばっくれても無駄だから」


「無理ですよ」


「無理じゃないよ、俺のこと落としたんだから。誰も好きになれない俺を好きにさせたんだから、素人なわけないし」


 砥庭さんはとんでもない理論を向けてくる。


「……浮気しないでほしい」


 そして、まっすぐ訴えてきた。でも私は、浮気なんてしていない。そもそも、付き合ってない。


「してません」


「確かにしてない。しようとしてた、だ。言い方変える。浮気しようとしないでほしい。これからも阻止し続けるけど、しようとしないでほしい」


「え……」


「さっき連れてた奴いるでしょ、あれ、男。俺一人だけじゃどうにもならないと思ったから、手伝って貰った……ああ、男同士でそういう関係とかじゃないから。お互い浮気してるから相殺って理論はマジでやめて。俺は女が好きっていうか蛍が好きだから、勘違いしないで。あと俺は蛍しか好きになれないから、蛍の趣味を否定したくないけど現実かけ算はやめて」


「いやいやいや砥庭さんでそういうこと考えたりはしません……」


 先ほどの地雷系美人女性は女性ではなく男性だったのか。


というか、今気付いたけど、砥庭さんは合コンが開かれること、その経緯、私がそれに参加することの全てを把握していた気がする。


「というかそもそも砥庭さんは合コンについてどこで知って……」


 嫌な予感がしつつも問いかける。すると、彼は自分のポケットからスマホを取り出した。


「ユーザーネーム、よし──リアル用アカウント、主に大学の非オタと繋がり用。おもゆ、惨エラ用アカウント。おもゆ2、腐った惨エラ用アカウント、取引用@午前不在、タイムラインを荒らさないようにしつつ、検索にヒットするようグッズの交換の定期ツイートをするだけのアカウント」


 そう言って、砥庭さんがスクロールして見せてきたのは、私のプライベート用、オタク用の鍵垢、腐女子としての鍵垢──発信用アカウントのすべて。


 絶句する私に、砥庭さんは真面目な顔で続けた。


「探偵は私利私欲のために調べないらしいけど、俺は彼氏だから、よろしくお願いいたします」



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