自望自希
生きるのが大変。誰だってそうだろうと思うし、言われてしまう。
でも口に出さねばやってられない訳で。
弱音くらい吐かせてほしいと感じるのは案外世代問わずなんじゃないだろうか。
「推しが死んだんですよ、昨日の放送で……原作で死ぬのは知ってたっていうか……連載を追ってたので……だいぶ受け入れてたつもりだったんですけど……声がついて動きが入ると……また」
週の半ば、疲労を感じる水曜日の20時。
チェーン店の居酒屋には通えぬ人間の逃げ場となっている、低価格帯の個人居酒屋。
カウンター席で夕食代わりの焼き魚をつまみ、ハイボールをあおる彼女を見て、つくづく思う。
「それは……お悔やみ申し上げます」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
推しが死んだと絶望的な目をするのは、鷹亡かりんさん、二十五歳。
淡い栗色のボブヘアに、少したれ目がちな、すごく前に流行った「森ガール」的な雰囲気を持つ女性だ。
カフェに勤務していて、ラテアートが得意らしい彼女とは、仕事で知り合った。
というか、仕事でなければ接点なんて生まれなかったと思う。
何故ならほんわかしている彼女と違い、俺は三十六歳、四十が目と鼻の先にある、もうそろそろ「おじさん」射程圏内のおっさんだ。
ぎりぎりあと二年くらいは、おっさんでありたい、そこで手を打ちたいと抗っている。抗っている時点で駄目だと言われたら、もう泣くしかない。
「私は、可能なかぎり現実を見ていたくないんですよ! カフェの仕事も楽しいですけど、怖いお客さんもいるし」
鷹亡さんはハイボールをちびちび飲んでいる。小動物みたいな仕草だ。ジュースでも飲んでいるかと錯覚するけど、彼女は結構飲む。酒豪の多い地方出身らしい。
「まぁ……ねえ」
怖いお客さん。
元々、鷹亡さんとの出会いは、俺が彼女のストーカーを撃退したことがきっかけだった。ヒーローがヒロインを助けるみたいにかっこいい助け方じゃなく、法律に乗っ取って。
「今度調査してくださいよ、私のこと」
鷹亡さんは声のボリュームを落とす。配慮してくれてありがたい反面、そもそも言わないでほしいと思った。困るから。
周囲に変に誤解されることも、職業について触れられることも。
「あんまりそういうこと言わないように、調査できなくなるから」
ストーカーと対峙する職業は色々ある。
警察は勿論のこと、弁護士、検事、裁判官、あとレアケースだけど、民間の警備員。
そして最後に、興信所勤務の──探偵だ。
テレビでよく盗聴器を調べたりして出ているけど、被害者が探偵に調査依頼をしてストーカーを見つけるというより、ストーカーを相手にすることのほうが圧倒的に多い。
彼ら彼女らは「友達が消息を絶った」「恋人の行方が分からない」だとか、「妹や姉が突然いなくなった」とか、知り合い、親族のふりをして、被害者の居所や家を突き止めようとする。
事件、事故に巻き込まれているのではと心配をする善意の人間を装ってだ。
そして中には本当に家族や友人が行方不明で困っている人間もいるけど、本当に稀だ。普通は警察で、『事件』と名前がついて、捜査される。
だから捜索願の有無や警察が動いているかを本人に聞いたりして、ストーカーかどうか見極めないと、犯罪幇助になる。
悪いことはしたくないのは勿論のこと、命に関わることだ。居場所を突き止め被害者に伝えてしまえば、依頼主は被害者を殺すかもしれない。殺害に至らずとも被害者に何かをして、被害者は自殺するかもしれない。
ゆえに探偵は、調査対象のみならず依頼主のことも調べる。可能な限り。
でも探偵と周囲に知られれば、調査がしづらくなるため職業は伏せる。
うちの事務所では、職場の人間とどんなに仲が良くても冠婚葬祭には行かない決まりだ。
特例を除いて家族や知人にも会わない。
そして依頼主がいなければ仕事にならないという不安定な収入により、別の仕事と掛け持ちしている人間も多いが、どんな取引先であろうと職業は伏せる。嘘をつけば経歴詐称になりかねないため、無職と説明する人間もいる。
家族にも言えない仕事。制約も多い。
それでも探偵に憧れを持つ人間は多いけど、うちに勤めるのは、探偵になりたくてなったというより、ならざるを得なくなった──知人紹介、コネ入社が多い。
俺もそうだった。ならざるを得なくなった。
後悔はないけど、この仕事を始めてから、自分以外の人間は、全員まぶしく見える。嘘をつくこともつかれることも多すぎて。
「それに、調査対象への声かけは、禁忌なんだよ本来」
俺は板わさを頼み、豪快にかぶりつく鷹亡さんに言う。
ストーカーと思わしきクライアントの依頼は、本来拒否するだけで、被害者にそれを伝えることはしない。
依頼されたこと以外の仕事をするのもそうだけど、たとえば被害者に伝え、その行動が代わりそれをストーカーが勘づいた時、危険に晒されるのは被害者だ。関わらない、が鉄則。
でも、鷹亡さんの場合は違った。ストーカーは明らかに、彼女への殺意を持っていた。
一応、上司の判断を待ってから、俺は鷹亡さんに状況を伝えた。その当日、鷹亡さんはそのストーカーから呼び出しを受けていることを話し、案の定ストーカーは鷹亡さんを拉致する計画を立てていて、襲撃が起き──なんとか、鷹亡さんを守ることができた。
もちろん俺の行動は褒められた行動じゃない。
探偵はヒーローになるための職業ではなく、そもそも事件を起こさないよう未然に防ぐ、もしくはクライアントを裁判に勝たせるだけに機能すべき職業だ。
現に、こうして鷹亡さんと、交流が始まってしまった。クライアントとの交流は、元とはいえ、良いことではないのに。
「鹿治さんは怖い目にあったりしないんですか」
「健康診断とか? あと、将来?」
俺は枝豆をつまみ、飛ばさないように皿へ出す。若い頃は馬鹿にされた所作だ。でもこうして食べたほうが美味しい。
「そういう意味じゃなく! クライアントさんからストーカーされたりとかないんですか」
「あぁ……まぁ、俺は無いよ、おっ、おじさんだし、若い人は、されてるけど」
おじさんのくせにおっさんって言ってる、なんて痛く思われないように、おじさんを自称する。バリケードだ。
「それに浮気調査とかで、親身になってる、自分だけ特別扱いされてると勘違いされることも多いからねぇ」
業種柄、一度きりの相手だ。継続して仕事をすることはまずない。そもそも継続的に依頼してくるクライアントは問題がある。企業から依頼をされるならまだしも。
「元々、クライアントとの距離を置きがちな業種だけど、まぁ、距離感は大事にしなきゃいけないし、特定のクライアントに肩入れするなんて、あってはならないんだよ。感じが良くても悪くても、最終的に支払う報酬が違っても、同じクライアントだから、みんな、一緒、平等に、取引先」
そう言って、俺は枝豆を食べた後、「トイレ」と席を立つ。
年かもしれない。ここ最近、トイレが近い。
興信所の職業病に、腰痛、膝痛──そして膀胱炎がある。調査中、ずっと立ってるか座っているかで姿勢が固定されることと、トイレに行けないからだ。
あと、メンタル的な職業病も。
病と言っていいか分からないけど、人間不信がある。
浮気調査をしていれば、無限に裏切りを見続けることになる。
若くして探偵になれば、結婚に消極的になるのは勿論のこと、既婚でいたら、相手への不信感が募る。
浮気でもしていようものなら、すぐに分かるし、探偵は浮気をされやすい。
何故なら家を開けがちになり、生活も不規則だから。
たいてい、不貞行為は夜間に行われる。真昼間から旅行している人間もいるけど一握りだ。その場をおさえるために、夜動く。
でもクライアントとの面会は昼間、半月以上家に帰らないなんてザラだった。
家族のために働き続け、買った家が不倫相手の宿泊所になることも、当然ある──俺がそうだった。
ならば同業同士で結婚するのがいい、なんていう人もいるけど、仕事への価値観が違えば、どうにもならない。
ストーカーからの仕事は受けない、事件に発展しそうな依頼は受けない。
俺はそういう価値観だけど、中には、仕事は仕事、自分には生活があると割り切り、事件性に関して目を瞑りながら、依頼主について調べようともせず、依頼を受ける人間もいる。
社会のはぐれものの仕事だ。
「鹿治さんはこうして私の、くだらない相談に乗ってくれるじゃないですか、いいんですか?」
トイレから戻ってくると、鷹亡さんが聞いてきた。
彼女のそばには空になったハイボールのグラスが並んでいる。今日はお店も混雑している。片づけが間に合ってない。そして彼女のペースもいつもより早い。よほど推しの死がショックだったのだろう。
「飲みの場が一緒なのは仕方ないよ、元調査対象とはいえど」
ここには、俺の職業を知らないまま知り合った飲み仲間がいる。彼女も同じだろう。繋がりが全てではないけど、大変な世界だからこそ、繋がりがあるに越したことは無い。
「なら、依頼という形にしませんか」
「え」
「私、鹿治さんと飲むの楽しいので、でもほら、元調査対象とずるずる交流続けるのも、良くないじゃないですか」
ぽん、と鷹亡さんはテーブルに三万円をぽん、と置いた。
「おごってもらうなんて出来ないよ」
「飲みの料金は別ですよ、これは鹿治さんと話をするお金です」
「は……?」
「パパ活……逆パパ活みたいな」
鷹亡さんは末恐ろしいことを言う。「受け取れないし受け取りたくない」と返せば、彼女は「でも、距離感はしっかり持っていたほうがいいじゃないですか」と、いつものふわふわした感じとは異なり、弁護士が理論を詰めていくように話す。
「私、鹿治さんと行きたい場所とかあったんで、丁度いいです。お金で解決できるなら」
「お、お金でって」
「アフタヌーンティーとか、あと回らないお寿司とか、焼き肉、フレンチにイタリアンに中華とか」
「そんな服ないよ」
「ありますよね? 興信所勤めなら、調査のために」
「……し、仕事場の人とかお友達と行けばいいんじゃないかな?」
「行ってますよ、行ったうえで鹿治さんと行きたいんじゃないですか」
──じゃあ、宜しくお願いしますね。
鷹亡さんはハイボールを一気飲みすると、にっこり笑ってから颯爽とお店を去る。テーブルには三万円が並んでいる。急いで彼女を追おうと会計に向かえば、料金は既に支払われていた。
「逆パパ活って知ってる?」
「なんですかその登場人物全員死んだほうがいいようなタイトル」
翌日、職場で一番若い御上くんに話しかけると、苦虫を嚙み潰したような顔で訊き返してきた。
御上くんは、主に尾行調査を得意とする探偵だ。
興信所で働く人間には、主にクライアントからのヒアリング、尾行調査、ネットでのリサーチ等細かく役割分担をしているパターン、一人の担当者が一括で行うパターンと様々あるけど、うちでは大体分業、チームプレイが多い。
一人のクライアントからの報酬を、会社、担当者と分担するため、給料もそこまで良くない。収入が欲しければ、数をこなすのが一番。でも、やむを得ない事情を抱え、定期的に休みたい、午前は全く動けない人間からすれば、午前担当、午後担当と分けられ、部分的には働きやすかったりする。
そして御上くんは、尾行調査は一流なものの、やり方が滅茶苦茶で有名だった。
本来浮気調査にせよ素行調査にせよ、調査対象に近づくことは禁忌だ。浮気調査をするときは、外で見張る。スクープ記者と変わらない。しかし彼は「面倒」ということを理由に、調査対象の勤務先のそばでバイトをしたり、セミナーに参加したりする。それだけじゃない、元々人間不信気味だったとはいえ、職業病により本当に、酷い状態になっていた。主に、性格が。
「お金渡して、おじさんと食事しようとする女性……みたいな」
「美人局じゃないですか、死んだほうがいいやつ」
御上くんは真顔で返す。本当にしかねないから怖い。彼は……身内判定さえすれば、どこまでも甘い。しかしそうでない相手──知人程度だと、「殺していい」「まだ殺していいか分からない」の、極論二択になる。実質一択かもしれない。
「美人局するように見えないかな」
「美人局するような女は美人局するような女としなそうな女がするんですよ、なのでそれっぽいと思えばもう、美人局クソ女ですよ。どうせ水商売上がりのキャバクラでも上手くやれねえ店も開けねえおしまい女じゃないんですか」
「そんなことない」
俺はすぐに否定した。
「……鹿治さんがされてるんですか」
御上くんは俺をじっと見る。
「前にいたでしょ、あの、鷹亡さん」
「ああ、客にストーカーされてたカフェの女」
「その人が、お金渡してきて……」
「いくら?」
「三万円……」
「生々しい数字、調べましょうか、裏になんかあるか」
御上くんは事務所のロッカーへ向かおうとする。中には、彼の着替えが入っている。
「いいよ、御上くん今三人素行調査してるでしょ、それもクライアントの」
「まぁ、でも、出来なくはないんで、っていうか今回三人とも黒なんで、切るだけっすよ」
御上くんはそう言うけど、彼は現在、素行調査、浮気調査を依頼してきた三人のクライアントを洗っていた。
全員、大物だ。オーナーシェフとデザイナーに、美容師。三人とも、同じ大学の女子大生の調査依頼をしている。
「二人、ニアミスしてるのが懸念なんですけどね」
「え」
「滝永と和泉、あいつの大元、西のほうの茶道ルーツなんですよ。二人とも完全に標準語だし、曾祖父のずっと前からこっちにいるんで、まぁ、こっちの人間ですけど……旧家系っていうか。で、俺の、何の血縁もないのに祖母替わりしようとしてくるイカレババァと流派が一緒で」
御上くんの言う、イカレババァというのは、以前御上くんに素行調査の依頼をした元クライアントだ。依頼内容は、息子の嫁の素行調査。問題は無かったけれど、ちょっとした出来事があり、以降、御上くんを気にかけていた。
「微妙に危ないね」
「まぁ黒なんで、依頼却下で終わりですけど……高校生の依頼がなぁ……」
「ああ、逆浦島猟奇殺人事件が起きた高校の子」
以前、幼馴染を誘拐した犯人を探して欲しいという依頼だ。
依頼主は真木朔人、高校生だ。
元々犯人は警察により捕まったが、未成年だったことから、少年院にしばらく入った後、行方知れずになっている。大学進学にあたって、犯人のそばは避けたいため、近くにいないか調べてほしいというのが依頼だった。
「でも見つけても、言わなくていいんでしょ? 受けてもいいんじゃない?」
犯人の居場所を知らせることは、復讐の助長になる可能性がある。でも真木朔人の希望は、居場所が分かっても伝えず、大学の進学先のそばにいないかだけ教えてほしい、というものだ。
未成年を理由に断るのが筋だけど、でも、被害者関係者の感情というものがある。近くにいたら怖い、防ぎたいと言われてしまえば、どうにも、答えをすぐに出してしまうことに抵抗が出る。
「それもあるんですけど、真木、怖いなって」
しかし御上くんは眉間に皺を寄せた。
「怖い?」
「なーんか別の目的がありそうなんですよねぇ、まぁ、俺には想像もつかないですし、馬鹿なんで……」
「御上くん馬鹿じゃないでしょ、副業のほう、ほら、皆言ってるよ、御上くん頭いいから、特殊犯罪の脚本とかしてるんじゃないかって」
「それ誉め言葉じゃないですよね、明らかに反社扱いじゃないですか」
「まぁ……」
御上くんは、興信所とは別に仕事をしている。でも聞かない。本人が言わないから。ただ、上手くいってはないと思う。顔色が悪いし、時折、冷めた目で思い詰めている。
「めんどくせ、考えんのやーめた」
ややあって、御上くんは伸びをした。
「そもそも探偵は推理なんか一番やっちゃいけないですから、裁判に勝たせる浮気の証拠集めて、コツコツネットでリサーチして、後は弁護士さんにお任せ、それが探偵のお仕事~」
「を、御上くんは、ちゃんと全うしたことある?」
訊ねると、彼は無言で笑みを浮かべた。
「ちゃんと証拠揃えて世谷さんにパスしてますよ。まぁ、ある程度証拠揃ってなくても、世谷さんは勝てるけど、念には念を入れて」
「石橋叩き壊す性格の君が言うとなんか、なんか別の意味に感じるなぁ」
「叩き壊れる石橋のほうが悪いでしょ。それより気を付けてくださいよ、鹿治さん」
「え」
「人間の執着、あなどれないですからね。その女、金払ってまで鹿治さんとの繋がりを守ろうとしてる」
御上くんは、それまで半笑いだった表情から、感情を一気に消し去る。
彼は、大体一年半ごとのペースで、問題のあるクライアントに当たる。本人は「大化け物」と茶化すけれど、その結果の傷が、彼の腕、左の手首にある。
「どんな一言がトリガーになるか分からない。ミイラ取りがミイラになることも、往々にしてあるんですから」
その夜は調査だった。
鷹亡さんが立て替えたお金と三万円は、お店の人に諸々を伝えて渡してある。しばらくあの店に通うのはやめよう。馴染みの査竹さんと話せなくなるのは惜しいけど、鷹亡さんにも人生がある。俺の行動がトリガーになってはいけない。
スーツに身を包みながら、俺は眼鏡をかけ、カフェで仕事を開始する。
今日の調査は「嫁が浮気をしていないか調査してほしい」というものだ。
依頼主が興信所に高いお金を払うと決断している時点で、たいていは黒だ。
夫婦で嫁側が依頼をしてくるとき、裁判の証拠を集めたい、という浮気を既に受け入れているものが多い。
でも、旦那側の依頼は、確かめてほしいというものが多い。男女の差があるのかもしれない。皆が皆そうとはいえないけど、でも、割合としては多いし、配偶者の裏切りを知って、最終的に相手を打ち負かそうとするのは嫁側、死のうとするのは旦那側だ。
自分もかつてそうだった。生きる気力がわかなかった。何がいけないのか原因を考えて、俺が全部駄目だと結論付けた。信じたくなかった。信じるしかなかった。
それから結婚も、誰かと生きていくことも、俺の選択肢から消した。
仕事が一番だ。仕事は、浮気しない。
証拠になる写真と動画は、すんなり手に入った。
ただ、クライアントが自分と同世代だったからか、気分が上がらない。この事実を、伝えなければいけない。気が滅入る。
鬱々としながら家に帰っていると、スマホが振動を始めた。俺はすぐにボイスレコーダー機能をオンにする。紙のメモは記録に残り、処分に困る。だから電話を受ける側は、録音をする。
だから無意識に録音を開始して、聞こえてきた声に絶句した。
『今日は現場から直帰なんですね』
電話越しの声なのに、やけにリアルだった。
後ろを振り返ると、黒髪ボブショートの、背の高い女が立っていた。
街灯に照らされた唇がやけに赤く艶っぽい。黒いワンピースは喪服を彷彿とさせ、すらりと伸びた手足はモデルを連想する。廃れた住宅街には不釣り合いなハイヒールを響かせながら女は近づいてきた。
こんな知り合いはいない。この女は一体誰だ。
「分かりませんか、昨日、飲んだばっかりなのに」
「鷹亡、さん?」
昨日飲んだ相手は一人しかない。化粧も何もかも違っているけど、言われてみて分かった。
鷹亡かりん。
「なんで、ここが」
「調べたからですよ」
ふにゃりとした笑顔が特徴的だったはずの彼女は、大人びて、冷え切った笑みを浮かべる。
「美人局疑われてるとは思いませんでした。まぁ、鹿治さんの世代の発想なら、妥当とも言えますが……ああ、御上くんでしたっけ、彼、結構若そうなのに、美人局とか知ってるんですね、職業病ですか?」
「……」
その話は、事務所の話だ。背中に冷や汗が伝う。原因を探して、俺は自分の持つスマホを頬から離す。
「とう、ちょうき」
「使い方なんか知りませんよ。法的に仕掛けられないですし、鹿治さんだってそうでしょう?」
「え?」
「盗聴器が仕掛けられているかの調査を行うことをお客さんに伝えることは、リスクがある。仕掛けることは法的にアウト、だから盗聴器の取扱いに関して、知ってる探偵は案外少ない。そんな勉強をする暇があるなら、仕事してますしね……」
あはは、と聞いたことも無いような声で鷹亡さんは笑う。
「信頼できない人間との飲みの席では、なるべく席を外さない。飲み物になにか混ぜられたり、悪い人間はいっぱいいる。スマホに変なアプリを入れられるかもしれないから──最近、大学とかで教えられるらしいですよ。知りませんでしたか? ああ、大学行かずに、高校卒業後就職して、たたき上げで頑張ってきて、結婚してリストラに遭って、興信所に勤めて、浮気されて──なら、分からないか。娘さんも息子さんもいないのであればなおさら。それに案外探偵の年齢層って高めですもんね。物語にあるような、大学生のバイトはあんまりいない。若い世代の情報が入ってこないのも、仕方ないか」
俺の言ったことのない経歴を、とうとうと鷹亡かりんは語る。
「なんで」
「調べたからですよ」
「検索出るわけないだろ」
「検索で出るわけないもの、地道に調べるのが探偵の仕事でしょう?」
鷹亡かりんは、俺を睨む。
「どうも、ミイラ取りのミイラ──改めまして、探偵の鷹亡かりんです」
◆NO HOPE◆
探偵は何かの成り損ないがなる職業だ。
この仕事を始めて、思い至った結論だった。
「鷹亡さんって、探偵小説とか読まれます?」
事務所での休憩中、興味も内容も薄い動画を適当にスクロールしながら、同じようにドリンク剤をストローで流し込んでいれば、後輩が声をかけてきた。
「読まない。本、仕事以外で読まないし」
「ですよね、あんなこと出来ねえしのオンパレードで、俺最初好きだったんですけど、続けるにつれ、全然読まなくなっちゃった」
──職業病!
と、後輩は喚く。
イヤホンでもつけておこうかと考えていれば、手元のスマホから不愉快な動画が流れてきて、やめた。
アイドルがこんなダイエットをしている、こんなトレーニングをしていると紹介する動画だ。
キャプションにはご丁寧にPRというハッシュタグのもと、漢方、サプリ、着圧タイツとURLも並んでいる。まるでアイドルがそれらを使っているような動画だけど、こんなもの使わない。
管理栄養士指導の食事管理のもと専属トレーナーによるメニューをこなす。そうして、アイドルの身体は作られていく。道具には頼らない。自分しか頼れない世界だ。
「果崎あかり、一時はどうなることかと思いましたけど、持ち直しましたよねー、あんだけ炎上してたのに、今じゃトップアイドルじゃないですか!」
「そうだね」
後輩がはしゃぐ。
果崎あかり。
その名前を聞いて、吐かなくなったのはいつからだろう。記憶が無い。でもたぶん、この仕事を始めてだんだん、変わっていったのだと思う。
スマホに映る、可愛くて綺麗で、途方もなく素敵な女の子。かつて私は彼女と同じレッスン室で、彼女の隣で同じように、アイドルを目指していた時期があった。
「いらっしゃいませー」
お洒落な内装に映えるスイーツ、フリーWi-Fiに一定の治安を担保する価格帯、飲まなければ乗り遅れた気がする、期間限定のドリンク。
平日休日関係なく、行列を形成するチェーンのカフェで私は代わる代わるやってくる客を笑顔でさばいて、ドリンクを作っていく。
先輩後輩問わず、フードの提供を手伝ってもらえば、客に対するものと同じ笑顔を向けて、ありがとうと言う。それがルールだ。
おしゃれでアットホームで楽しそう。なにより自慢になる。
当然、ここでバイトがしたいと手を上げる人間は多い。
小さい頃から夢だった。学生の頃から憧れていた。誰もが羨むそのカウンターに、私は簡単に立つことができた。
でも、小さい頃目指していた、アイドルにはなれなかった。
アイドルブームで、それこそ歌や容姿に粗があっても、地方や地下の道がある。
チャンスはあった。でも私は、スカウトをされた。芸能界で一番大きな芸能事務所から。そのチャンスを手放すことが出来なかった。
私はこの事務所に声をかけられた存在だ。事務所が推したい、売り出したいアイドルは他にいて、私のことなんてとうに眼中にないのに、私は立ちたい場所の、少し手前の場所からどうしても動けなかった
そうして賞味期限が切れ、とうとう消費期限が目前となってもなお抗い続けた結果、私はどこにも立てなくなった。
私に残されたのは、とても書けない職歴の空白と、中途半端な容姿、ダンスと歌と、踊ったところで物まねにしかならないふりつけだけだった。
私は、普通になりたくない。アイドルになりたい。
その最低ラインで保たれていた普通にすら、なれなくなった。
とはいえ、アイドル事務所にスカウトを受ける容姿は、デビューリミットを過ぎても、機能する。水商売に、交際クラブ、ラウンジ嬢、子供には話せないこと、すべて。
そしてラウンジ嬢をしているときに、探偵の職業を紹介された。
親に内緒で働いていると言っていたら、言える仕事を紹介してあげると、余計なお世話をしたがる男がいて、当時、ラウンジの揉め事に巻き込まれていた私は、この世界に飛び込んだ。
馬鹿な男に騙される女、馬鹿な女に騙される男。
探偵として仕事を始めても、水商売、交際クラブ、ラウンジで見る光景と似たり寄ったりだった。
面倒な客がいることも、ストーカーも、全部見たことがある。退屈は続く。収入がかなり不安定とのことで、一応、バイトも予備で受けて、保険をかけた。興信所があるし、との余裕があったからか、今まで落ちていたバイトは、ずべて受かった。そして、カフェのバイトを始めた。
興信所では淡々と機械のように調べて、結果を報告する。職歴から普通の会社では働けないけど、毎日淡々と働いている人間の生活に近づくような気がして、こんなもんなのかと思った。その矢先だった。
「あの、鷹亡かりんさん、ですよね、すみません……」
怪しい前置きの後、付近の興信所の名前が男の口から紡がれた。
続けて知ったのは、男が鹿治道長という探偵であることと、私が客の男に調査依頼を出されていること。
そして、聞きたいことがあるから、大通りのファミレスに行かないかと誘いを受けた。
近くに車をとめられるスペースは無い。大通りとは正反対の位置に公園があって、そこにはベンチとトイレがある。
ファミレスを断れば私は歩いている方向的に、公園側へ進むことになる。
私は彼について行った。
「本来、調査対象への接触は禁忌なのですが……」
鹿治道長は深刻な表情で告げた。だろうなと思う。調査中、その対象に「お前は興信所で調べられている」なんて話すのは契約解除ものだ。一般企業で例えるなら、着服、横領に該当する。 なぜなら、依頼主を裏切り、調査対象に声をかけ、結果を改ざんする代わりに見返りを要求──なんてこともあるからだ。
「でも、どうしてそれを私に?」
私は無垢な女を装う。調査を依頼されていたのは想定外だったが、男の名前は鹿治道長が教えてくれた。こちらで調べて対処できる。あとはこの男に同業者とばれないよう、振る舞えばいいだけ。いつもと同じだ。幸い、男の扱いは慣れている。
「危ないから」
男は言う。苦しそうだった。なにか葛藤を抱え、痛みを感じながらも進むような力強さを感じるのに、どこか儚い。
興信所の人間は、高いコミュニケーション能力と交渉力が求められる。
相手から情報を聞き出し、信頼され、好かれる人間でいなければいけない、真心も優しさも不要で、必要なのは演技力と嘘を吐く力と嘘を見抜く力。それだけあればどんな人間でも探偵になれるし、逆に、優しさや心があったなら、絶対に探偵になれない。
なってしまったのなら、そのうち死ぬ。
なのに。
「なので、警察に行きましょう。被害届を出したほうが良いと思うんです」
鹿治道長には、心があった。
「ありがとうございました。鹿治さんのおかげで、私……なんてお礼を言ったらいいか……」
「いえ……」
鹿治道長と出会い、一か月後のこと。私は、鹿治道長と待ち合わせていたファミレスに向かい、開口一番そう言った。彼と初めて会ってから少し経って、調査依頼を出した男の襲撃事件が起きた。カフェの帰り道、拉致を企てた結果の事だが、私が鹿治道長を利用して、男を煽り人為的に発生させた。
決着をつけるのは早いほうがいい。放置していたら、ただでさえ予測できないものがより分からなくなる。
そのため男を入念に調べ上げ、行動を予測をたて、周りに私側の興信所の人間と警備会社を配置して、鹿治道長が私を助けさせる形を作り上げた。
金はかかったけれど、知らない間に刺されたり、仕事の邪魔をされると考えれば、そちらのが安い。
ただそれを知らぬ鹿治道長は暗い顔をしている。彼からすれば私は、襲撃を受けた被害女性だ。文字列や定義としては変わりないが、早期決着を望み事件を誘発した被害女性でもある。なんだったら、被害を受けた後、個室で行われた女性警官の一対一の安直な傾聴に苛立ち、「言葉を聞くのが辛くて」と、拒否までしている。
「本当に助かりました。命の恩人です」
少しは気が楽になるかと言葉を選ぶ。ヒーロー面をしている人間にとってはご馳走たるものだが、それを聞いた鹿治道長はより一層顔を暗くした。
「いや……」
先ほどから、鹿治道長は歩道橋から飛び降りそうな声しか発さない。
「どうしたんですか、どこかお怪我を?」
鹿治道長は襲撃時、私を犯人から遠ざけた。確保は興信所の人間と私服着用の警備会社の人間で、怪我なんてしていない。それは分かっている。
「いや……」
また、いや……だ。さっきから何重と「いや……」を重ねれば気が済むのだろうか。
「どうしました?」
「こういう時、どういう言葉をかければいいんだろうと、思って」
また、この顔だ。自分が刺されたみたいな顔。
「お気遣い頂き、すみません……」
私は幼気な女を演じる。そこまで気遣わなくていいのにと思いながら。
私が計画したことに、鹿治道長は無意識のうちに協力しただけ。私は彼が考えているよりずっと、弱くない。
なのに、同時に、自分は襲撃事件の計画をしておきながら、きつかったんだなと理解した。
私は、変な男が私に調査依頼をしたことが、きちんと怖かった。事件を誘発させ、早期決着を望むくらいに。
私は、怖かった。
「最近、働き方変わりましたね」
襲撃事件が落ち着き、淡々と興信所の仕事をしていると、先輩に声をかけられた。
特殊な業界とはいえ、実力や成果より年功序列や規律が重んじられ、体質的には古い。でも、居心地は悪くない。探偵はいかに人でなしでいるかを求められるが、働き方は真面目さや従順さが求められる。性格さえ悪ければ何も考えず働いているだけでいい。
「はい。仕事が丁寧になったように思います」
「遅くなりましたかね……?」
「いえ、危うさがなくなりました。以前の君は、どんなクライアントの依頼でも受けていた。こちらとしては収益が上がることは望ましいですが、限度があります。事件に発展すれば営業停止処分ですからね。それに、死ぬように働くことが気になっていたので」
「死ぬように働く?」
「はい。仕事は生きるためにするものですから、仕事の為に死ぬなんてねぇ、結婚も同じですけど、この人と生きたい、死にたいから結婚するわけで、結婚が死ぬ理由になるのは違いますから」
先輩はそう言って、大きく伸びをしてからデスクに向かう。
不貞行為を知り、死のうとする人間がいる。八割、男だ。女は殺しにかかる。殺しにかかると言っても法的にだ。だから、夫婦間において妻の調査依頼は、正直、重宝される。
一方で、母親から子への調査依頼は事件に発展する危険性が極めて高く、女の依頼は安全とも言えない。
私の母親は、三人の娘を産んだ。一番上の娘は容姿は劣るが努力家で、二番目の私は、容姿しか取り柄が無い、そして三番目の娘は容姿と能力ともに高い。
ただ、一番目は銀行勤めながらホストにハマり、私はこのありさま。そのためか三番目の娘に関して、両親はあまり触れず、関わらずで過ごしている。干渉に干渉を重ねた一番目がどうしようもなくなったからだ。二番目の私も、失敗したと思われている。実際失敗した。
三番目でようやく、両親は子供からの幸せを得られると思う。
そういう状況だから、仕事問わず、結婚に関しては否定的だ。してもしなくてもどうでもいい。誰かのトロフィーになる人生でも、成り損ないを一人で抱え続けるでも。
なんでも、どうでもいい。
「すみません、一人で食事するの、あれから怖くなっちゃって」
「いえ……」
事件についての片づけをする上で、鹿治道長と接触が増えるようになってから、ファミレスで夕食を共にすることが増えた。
平屋建てのファミレスは、昼間と夜とで客層が変わる。
くたびれながらパソコンを操作する大学生たちに、ビジネスマン、ぎゃあぎゃあと喚く子供を放置し、飲み会を繰り広げる治安の悪そうな親が六人席を占拠して、行き場がなく血色の悪い人々は、ほそぼそと一人席で息を殺すように過ごしている。
以前私もここの住人だった。
目深に帽子を被り、ただ座っていた。明るい場所が嫌いだし、毎日ドリンクバーを頼む生活の余裕なんてないのに、部屋に一人でいることに耐えられなかった。
そのファミレスで、今は鹿治道長と一緒に、当時飲んでいたものと似たようなジュースを飲みながら、工場調理でパック処理されたのち、店頭で加熱される安っぽい味のスパゲッティやカレーライスを食べている。
「お仕事、大変ですか」
鹿治道長が気遣ってくる。私は「期間限定のドリンクが出て」と笑う。。
昼間は、馬鹿なキャバ嬢に貢ぐ男を撮影しながらのアフタヌーンティー、夜はダブル不倫撮影フレンチ。どちらも、個室まで貸し切れない、ホール程度におさまった、甲斐性もない人間の傷の慰め合いを撮影していた。
自分は女を虜にする魅力があると錯覚する男と、貢がれることでしか満たされない馬鹿な女。どちらも相手に虚像を見ている。
そしてありがたいことに、どちらもきちんとSNSで証拠を公開してくれる。大助かりだ。ブランド品の撮影は特に助かる。不貞される側はたまったものではないだろうか、目に見える証拠だ。決定打にならなくても、裁判は基本積み重ね、素材はあればあるほど弁護士に喜ばれる。
だから、何も大変じゃない。いつも通り。予定調和。
「ずっとばたばたしてたんです。なので、こうして誰かと食事をするの、なんかいいなぁって」
私は、寂しさを纏わせながらはにかむ。
食事の内訳は、調査中、それっぽく振る舞うための演技が大部分を占める。あとは、栄養補給。だから食べるというより、「物を口に入れる」ほうが合っていると思う。
「ああ、そうかもしれません。普段仕事だと、どうしても時間を短縮しがちですし、適当になりがちというか……」
「ですよね、飲むだけになっちゃったり」
「分かります」
鹿治道長は頷く。興信所に勤めているならなおさらだ。立て続けにアフタヌーンティー参加なんて憂き目に合えば、自分の食事という時間は消え失せる。
「でもカフェとかだとでも賄いとか出るんじゃないですか?」
あ、鋭い。
私は思わず口角が上がりそうになるのを堪えた。こういう鹿治道長の指摘が好きだ。傾聴ではない、受け取ったものを観察するちょっとした冷たさと、適度な距離を感じるからだ。
「休みの日に友達といっぱい食べたいので、調整したりするんですよ~」
私はカフェと興信所の兼業をしている。興信所での食生活が不規則だから、カフェの賄いを食べる時と食べないときがある。でも絶対に断食はしない。アフタヌーンティーが三連続になれば和食にするとか、そういう調整だ。懐石が続けば、カフェの賄いにする。
このまま話を続ければ、鹿治道長は私が探偵だという事実に辿り着くのではないだろうか。
ハンバーグを食べる彼を盗み見ながら、ポテトをつまむ。
興信所に勤めていることは、誰にも言ってない。
ルールだからだ。会社によるだろうけど、よほどの事が無い限り、自分が探偵だとは明かさない。特例として、起業して調べれば名前がどうしても出てしまう社長、経営者クラスがある。
でも、同業者であれば、正体を暴かれることくらいは許容される気がする。そして鹿治道長は私を助けた実績がある。会社は受け入れるだろう。
素性を明かした付き合いのほうが、いいかもしれない。そうしたら、仕事の悩みも、もう少し込み入った話も出来るだろう。
そうしたら、私は。
鹿治道長と通っていたファミレスが潰れた。悪すぎた店内治安に、経営不振、バイトテロが決定打だった。近隣住民から苦情があったためか、新しく出来たのはハイクラスのカーショップで、鹿治道長との交流は、自然に消滅した。
「この仕事、いつまで続けられるか、考えたことありますか」
私は事務所で、先輩に問いかける。
「いつまでというのは?」
「何か起きたら、みたいな、消費期限というか」
「腰痛が決定的になるまででしょうか。最近、膝もちょっと、腰を庇う過程でやられてきたので、あと……正気を失う手前」
「ああ……」
興信所開業にあたって、いくつか条件がある。反社と付き合ってないかとか、色々。そして、心の病に関しての項目も。
「私今日、初めて行く居酒屋に行ってみようと思うんですけど、一緒に行きます?」
「あれ、鷹亡さん飲めたっけ?」
先輩が驚いた顔をした。液のカロリーを取らない。アイドル時代の名残の習慣だ。特にお酒は避けていた。飲んで、何か悪いことに巻き込まれた女は沢山いたから。
「仕事のこともあるし、行ってみようと思うんです」
私は頃合いを見て立ち上がり、目指すのは低価格帯の居酒屋だ。チェーン店よりずっと安く、客は男が多い。一番人気はハイボールと魚料理に板わさだけど、彼は絶対ビールと枝豆を頼む。知っている。全部。一緒に居酒屋で飲むのは、今日が初めてになるけど。。
探偵の禁忌。
自分の素性を明かさないこと。
身綺麗であること。
そして特定の誰かを、私利私欲のために調べないこと。




