表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/112

すくわれすくわれず

「もしもし私ヤンデレ」を帆坂と瑠璃の交際歴に矛盾が生じたので修正しつつ、きみが隣にいてくれないの設定揺れ(泉だったり湖だったり)を修正しつつ、彼らになじみ深い場所があったほうがいいと変更、すくわれすくわれずもピアノの曲名と演奏シーンがひとつも出てないので、救いも足しました。救われ巣くわれずです。よろしくお願い申し上げます。


初出 2021/01/05


 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 人が終わるとき、身体から21g失われていくという。ならば私は、たった21gの集合に一生を縛られ続けるのだろうか。




「先生の言うことちゃんと聞きなさいよ? それと指を痛めないよう、体育は欠席すること。ほら、いってきなさい」


「大丈夫だよお母さん。心配してくれてありがとう。いってきます!」


 私は明るく、元気いっぱいに家を出た。真っ青な空の下、人々は紅葉が舞い散る空に夢中になっていた。俯きがちに横切れば、「桜羽沙梛(さくらば さや)がいる」と、景色に心を奪われていたはずの人々は、あっという間に私へと観察対象を移す。


 さっきまで空をスマホで撮っていた高校生の集団なんて、瞬く間にカメラをこちらに向けて言った。なんとなく、何を言い出すかは予想できる。「あいつ知ってる?」「ヴァイオリンの」「この間、優勝した」だ。


「うわ、初めて見た! えーどうしよ、握手してもらおうかな」


「一昨日また世界大会優勝したじゃん」


「だれ」


「ヴァイオリニストだよ! この間、湖月の曲にも参加してた!」


 想像通りの言葉だ。私は溜息を吐きそうになって、ブレザーのポケットからスマホを取り出す。うっすらとした朝日に眩むカメラロールをタップして、男が顔をスマホで隠した動画を開き、眺めながら歩く。


 今から二年前――中学二年生の頃、私は人を飼っていた。ネットで知り合った男で、会ったことはない。私が知っているのは、相手が年上であることと、男の背中、足の付根、心臓に黒子があることだけだ。


 ただサイトのDMでやり取りして、私が一方的に命令して、相手はそれを叶える。たまに、ご褒美として、顔を隠した動画を渡す。勝手に撮られたり触られたりすることは気持ち悪いけれど、面白半分で始めた隷属遊びはそこそこ続いた。


 でも、飽きるのも早くて、高校合格と同時に私から一方的に解消した。男に命令して送らせた画像はこうして残っている。DMは消してない。でも、サイト自体にログインしてないから、アカウントごと消されているかもしれない。


 私はそれを確認すらせず、平然と世界的ヴァイオリニストとして、今日も生きている。






「ねぇ沙梛ちゃん! 沙梛ちゃんは英語の授業好き?」


 三時間目が終わり、次は英語のオリエンテーションへ向かう為に立ち上がると、隣の席の徒木(あだぎ)が話しかけてきた。まだ高校に入学して半年、中学が同じだったわけでもない彼女は、さも当然のように「一緒に行こう」と笑う。優しさを感じさせる黒髪が揺れて、終わったはずの夏の香りがする。


 元々この高校は美術科、音楽科、体育科、普通科と分かれている。意図的に普通科のクラスに入った私を周囲は敬遠して見ているが、徒木だけは私に壁を作らない。親が音大の教授と指揮者だったことで、音色の世界で生きる人間は、私を同じものとして扱うことが殆どない。


 けれど、彼女はこの春、世界的ピアニストを義兄として迎えたはずなのに、もともと音楽に対する興味が薄いのか、私どころか兄を音楽家として持ったことすら何も思っていないようだった。


 徒木は、稀有な人間だ。


 音楽を何も知らない人間でも、私が世界大会で優勝した経歴や、受賞経験を見て漠然とした特別フィルターを重ねていく。


 しかし彼女は「聞いたんだけどさ、沙梛ちゃんってすごい人なんだってねーすごいねーそういえば食堂すごいんだよー」と、私についての全てのことを流した。


 いや、それどころか食堂の話題の導入にしたといっていい。そんな飾らない態度に惹かれて、特に拒絶することもなく、私たちは一緒に行動している。


「手術休みに入ったって言ってたじゃん? 英語の野田先生! 代わりの先生入ったらしいんだけど、その人体育の先生っぽいんだって」


「どういう意味?」


「私も分かんない。バスに乗ってる時前の席の子がそういう話しててさ、盗み聞きみたいな感じで聞いちゃったことだから。あと、かっこいいらしいよ。アイドルの誰だっけ……、誰かに似てるんだって」


「ふうん」


 窓辺の外へと視線を移す。相変わらず、子供がべったりと塗ったような青い空だ。朝よりもずっと高い太陽の日差しが、一昨日のコンクールのスポットライトを彷彿とさせ、閉塞的な気持ちになる。


「桜羽さん」


 振り返ると、面識のない教師が駆け寄ってきた。首から下げられたネックストラップには『音楽科』と、角張った書体の隣に、見覚えのない名前がある。


「音楽科の上野です。桜羽さん、突然呼び止めてしまってごめんなさい。世界大会優勝おめでとう」


「ありがとうございます」


「それで……あの……突然で申し訳ないんですけど、合奏に興味はありませんか? 僕は吹奏楽部の顧問をしていて、息抜きでもいいからぜひ桜羽さんに参加してもらいたくて……」


「息抜きだなんてそんな……でも、ありがとうございます。今は少し詰まってしまって日取りを決めることが難しいのですが、ぜひ」


「ありがとう! きっと部員の皆にもいい刺激になると思うんです。これ、僕の部活用アドレスです。予定が空いたら連絡してください」


 さっと名刺を渡して、先生は去っていく。隣には確かに徒木がいたのに、先生は一度も彼女に目を向けなかった。私は彼女に視線を戻して、謝る。


「ごめん」


「なんで?」


「時間取らせちゃったから」


「気にしないでいいよー! あっそうだ! 学食の話なんだけどね……」


 徒木ひまりは、「ねぇ、冬さぁ、あったかいうどん食べれると思ったんだけど、営業規模縮小? とかでやらないかもなんだって……」と、さも深刻そうに話を始めた。私は若干拍子抜けして、また窓辺に目を向ける。


 普通科を志望した時、両親も中学の担任も揃えたように反対した。「どうして音楽科に入らない」「何を考えている」「才能があるのに」と、考え直すよう毎晩言ってきた。結局、校長先生すら出てきて私の考えを改めさせようとしたけど、私が「学校で教わる内容は既に終えてしまっている」ということを、なるべく申し訳無さそうに伝えると皆納得した。


 でも、この高校の音楽科の教師たちは違う。


 音大に入ったけど最後の最後で才能に恵まれなかった、音楽家になれたけど何かを成せなかった、と音楽家に想いを残した人間の多いここでは、自分が見られなかった景色に焦がれ、私を通して手を伸ばすのだ。


 中学でも私に対する特別扱いを隠さない教師はいたけど、高校に入ってより顕著になった。だから普通科に入ったのに、結局こうして会いに来られては意味がない。徒木は「大丈夫な人間」だったけど、気を引き締めなければいけない。


「ねぇ徒木、さっきの先生……」


「鍋焼きうどんとかグラタンとか……パンフレットに載ってたよね? 私楽しみにしてたのに……なんで……」


 相変わらず食堂に頭を悩ませる彼女を横目に、私は閉口して教室へと入る。英語は習熟度別で分けられていて、私と徒木は特進コースだ。


 中にはまだ生徒はいないまでも、教卓のそばに教師が立っていた。こちらに背を向けチョークや黒板消しを物色する背中は、二十代あたりに見える。


 癖のついた黒髪に、細身の薄い色のポロシャツ。なんとなく、なんとなく、その骨格に身体全体がひりつき、私は足を床に留めた。上履きの硬い肌触りがやけにきつく感じられ、足の爪先がどんどん固められたように思う。


「おっ、ようやく来たか。いつもどーりの席に座っててくれ。俺、来たばっかりであんまり名前わかんねぇから!」


 くるり、とまるでカードをひっくり返すように振り返った先生は、優しい声色とは対象的に吊り目がちの三白眼の顔立ちで、キュッとあげた口角からは実直さだけではなく、不穏を覚えた。なんとなく、高さが違う。もっと暗かった。こんな声じゃない、気がする。そう思いたいのに、先生は私を見てうっそりと口角を上げた。


「シロ」


 突然先生が奇怪な単語を発したことに、席につこうとしていた徒木が首をかしげる。その単語を知らなければ、そうなるだろう。だって色の名前ともとれるそれは、白衣を着て教卓に立つこの男に、つけた名前なのだから。


 この先生ひとは、私がかつて飼っていた男だ。






華室司郎(かむろしろう)でーす。大学出たばっかの新任一年目なので、たぶん学校内で生徒と一番歳が近いとは思いますが、敬語使わなかった生徒には課題を倍に出します。他の先生にタメ口を利いている生徒には三倍出します。よろしくお願いしまーす」


 いくつもの机や生徒、教卓を隔てた先で、黒板の前に立つ華室先生は砕けた口調で生徒の笑いを誘う。確かに、徒木の言う通り整った顔立ちだ。くるくると遊んだ前髪が左右に分けられた美丈夫。瞳の色は黒とはかけ離れていて、ダークチョコレートを彷彿とさせる。それを縁取るまつ毛は長い。


 でも、こちらを見る目は力強くて、手元やスマホで隠された裏側は、こうなっていたのかと思う。


「先生さ、めっちゃかっこよくない?」


「ね、超嬉しい。英語頑張れそう」


「来年は担任持ったりするのかな」


「こーら、私語は慎め。初回くらいちゃんとさせろ」


 女子生徒の心を一瞬で掌握したらしい華室先生は、苦笑いで私の前の生徒たちを指差した。英語専用の教室には、黒板に曜日を知らせる安っぽいマグネットが貼られている。私は先生から目を逸し、Wednesdayと黒板にこびりついたマグネットを見つめた。


 明日は水曜日だ。ヴァイオリンを習いに行く日。その前日である今日は、お母さんが早くに帰ってきて豪華な夕食を作る。先々週はビーフストロガノフ、先週はよく分からない香草と、貝や魚を混ぜた黄色いご飯だった。家の二階でヴァイオリンを弾いている時、音は聞こえないまでも香ってくる料理の匂いを、私はあまり好きになれない。


 ふつふつと浮かんでくる感情に見ないふりをして、配られてきたプリントに意識を逸らしていく。一年間、教科書のどのページをいつ頃勉強するのか、記されている文字列は隙間なく詰まり、無駄がない。気質は真面目なのだろう。


 真面目な人間が、ネットで出会った人間のペットになるかは、疑問だけど。


 プリントを眺めていると、やがて授業を終わらせる鐘が鳴った。生徒たちは揃えるように立ち上がり、教室を後にしていく。徒木はふわふわしたペンケースに、淡い動物柄のペンをしまっている。華室先生は、さっそく虜にした女子生徒たちを躱しながら、こちらへ歩いてきた。


「桜羽。お前、放課後に先生が呼んでたぞ。名前忘れたから誰かは分からないけど、放課後別棟の進路指導室来いって」


 じゃあ、どうして私の名前は知ってるんですか。普通の生徒だったら、拒絶しても許されるのかもしれない。桜羽沙梛として生きる以上、私の顔と名前を一致させていることなんて珍しくないことだ。


 でも、一瞬こちらに向けられた視線は、そのまま存在ごと舐られるようなじっとりとしているもので、私を呼ぶ先生が誰なのか、すぐに分かった。


「えー華室せんせー、学校の先生の名前覚えてないのー?」


「当たり前だろ、お前らこの学校に教師何人いると思ってんだ。普通科音楽科美術家体育科、全部合わせたら五十超えるぞ」


「えー! じゃあ私たちが教えてあげるよ」


 先生を追ってきた女子生徒は、戯れのような会話を始めていく。徒木の元へ向かった私は、そのまま後ろに目もくれず、教室を後にした。






「ヴァイオリニストだって人を魅了する存在なんだから、ネットの扱いは気をつけなさい。間違っても変な人と話なんてしちゃ駄目よ」


 そう話すお母さんは、SNSにとことん疎かった。「やってない」「興味がない」と言えば満足し、スマホまでは干渉しない。たぶん、テレビでネットの事件を見て悪い印象を抱いたものの、身近にある悪ではなく、お母さんにとっては映画を見るような、遠い世界の悪なのだ。


 そんな人の娘が、あまつさえ年上の男を飼っていた。裸を見せろなんて送っていたのだから、笑ってしまう。


 始まりは中学一年生、冬の底冷えが段々と落ち着いてきた頃だった。私はネットの呟きサイトに登録した。


 以降、何気ない呟きを繰り返していたけれど、ある日『一生、自分の人生このままなのか』と、いかにも絶望を気取ったアカウントを見つけたのだ。『ナナシ』という、適当なハンドルネーム。いっそ禍々しいほど赤い夕空のアイコンに、一生の楽しみをすべて削ぎ、殺していくような鬱々とした呟きに、惹かれた。


 なんとなくフォローしてみたら、ネットを常に見守って生活しているのかすぐにフォローを返されたけど、すぐに会話をして……ということはしなかった。


 私は、一方的に呟くばかり。ただ毎日適当に呟いて、たまに来る業者のアカウントをブロックするだけ。だから『ナナシ』にフォローを返されたときは驚きだったし、夏の終わりに起きた事件のニュースを見て私が「二人だけで、他に誰も巻き添えにしなかったの偉いと思う」と呟き、それに『ナナシ』が「わかる」とコメントしてこなければ、一生話すこともなかった。


 泉が美しい場所だから、夜泉心中。蛍の美しい場所で起きたから、蛍心中。


 覗く度、色が変わる万華鏡みたいに、感じた人によって名前を変えるその事件は、高校生の男女二人が湖で発見されたというもの。


 二人は手を繋ぎ、そして離れないようにチェーンで手首を縛って、泉の傍の小屋で眠るように死んでいたらしい。


 事件が大々的にニュースで報道されたことで、死に焦がれていた人間が一斉に自殺を図ったとか、模倣した事件が立て続けに起こったとか、カルト的な都市伝説や考察があれこれネットで踊り、根拠もないままにその二人は神聖視された。


 でも、今その二人について口を出す人間はいない。海辺に建てた砂の城が崩れていくみたいに、皆、忘れていった。






「てっきり逃げて置き去りにされるかと思ってたんだけど、案外根性あるのなー」


 放課後、進路指導室へ向かうと、夕日に焼かれる窓を背に華室先生は笑った。人とのコミュニケーションを円滑にするような笑顔じゃなくて、せせら笑うという言葉こそふさわしい。


「先生に呼ばれたので」


「あはは、脅されたからだろ? いま俺が、お前と俺のやり取りネットにアップしたら、お前火だるまだろうしな」


 先生は、愉快そうに自分のスマホを見せてきた。遊園地やサーカスにでもいる雰囲気が出ているけれど、その画面には紛れもなく、私の動画が映っている。


 顔写真なら、まだ良かっただろう。ネットの人間に、自分の写真を送る。まだ、承認欲求を拗らせたで済むかもしれない。けれど先生が手にしているのは、まさに私の破滅のスイッチだった。


「このスマホ、見ろよ。これお前のアカウントだろ」


「違いますよ」


「じゃあこのアカウントがアップした手の動画と、お前の指紋が一致するか調べてみるか」


 ぎゅっと手首を取られ、代わりにスマホが眼前に突きつけられた。いつかの日、私が撮った手のひらの動画。私のアカウントに残した、ただひとつの私の痕跡。それが蘇るように、枷として現れたのだ。


「私も先生が見られて嫌なもの、持ってますけど」


 そして、華室先生が持っているように、私も先生の痕跡を持っている。なんとなく残していたけど、今この時の為に残していたのかもしれない。


 握られていない方の手でスマホを取り出し、ロックを解除する。しかし、先生の動画を表示する前に、嘲る声が乾いた室内に響いた。


「晒したいなら、晒せば? そういう命令出してたのは、まぎれもなくお前だし」


「……何が目的ですか」


 先生の背後にある真っ黒なソファに、ちらりと目を向ける。


 ここは保護者と生徒、そして教師と三者面談をすることを想定された部屋だから、当然ソファだって、生徒とその両親が並んで座れるような大きさだ。


 ベッドとしても扱えそうな黒革を見る私に、先生は軽い口調で語りかけてきた。


「俺は前みたいに、お前と仲良くしたいだけだよ」


「仲良くって」


 振り絞るように出た言葉に、ぎゅっと目を閉じる。しかし、覚悟していたような触れ方は一切されず、先生は「そんなの、ひとつしかないだろ」と、私のブレザーのポケットに手を入れてスマホを取り出した。


「ダイレクトメールだけじゃ、簡単に逃げられたからなぁ。連絡先、ちゃんと交換するぞ」


「でも」


「先生の言うこと、ちゃんと聞きなさい」


 言われるがまま、私は華室先生と連絡先を交換していく。ただアドレスと電話番号を交わしただけなのに、鎖でもつけられているように錯覚した。


 先生は「よし」と頷いて、私の頭をぽんと叩く。撫でられた指先は、ヒビの入った硝子におそるおそる触れるみたいに優しい。


「じゃあ、今日はもう帰れ。また、明日な?」


 存外冷たい言葉に、ひゅっと息が止まった。私が飼っていたはずのペットは、いつの間にか時を越えて怪物として私の前に現れたらしい。先生は、薄い笑みを浮かべて私を抉るように見つめている。


 そうして私は、かつての飼っていた男との再会を果たしたのだった。






 その再会は、災害に似ていた。でも急襲性に反して、私の心は学校を出て家へと近づく度、冷静になっていった。


 真新しいローファーに踏み込まれていく通りには、美術の教科書にのっているような薔薇の柵や、教会を模した風変わりな家々が並んでいる。


 芸能人を追う記者を稀に見かけるこの街に越してきたのは、小学生の頃だ。私のヴァイオリン練習のため、より防音性に優れた家に住もうということになった。


 同じクラスには政治家の娘やモデル、みんなが知ってる企業の役員の息子など、生まれた時から人生全てを恙無く決められた人間が多くて、意外にも統率は取れていたと思う。


 将来の夢の話は、しないこと。家の話は、しないこと。


 親の決めた道を望んでいた人間だっているし、元々興味がなかった人間だっている。家族が好きだった人間もいただろう。


 でも、誰が発端となったか分からないその決まりは、担任の先生の言う「人の悪口を言わないこと」よりも忠実にクラスの均衡を守り、六年間誰にも破られることはなく私たちは各々、親の選んだ中学校へ入学していった。


 以前自分が着ていた制服に身を包む小学生を眺めながら、朝出てきた家へと戻る。家の門のロックを外して、さらに鍵を開ける。そうしてようやく家の玄関の扉をまた別の鍵で開けて、閉める。


 ずっとやってきた動作なのに、なんだか自分から閉じ込められているようで、不快だ。玄関は落ち着くようにと、白磁のタイルにピンクのマットがしかれている。スリッパはふわふわで、地面に足をつけている気がしない。


 洗面台で手を洗い、少し歩けば簡単に着いてしまうリビングの奥では、お母さんが料理を作っていた。


「ただいま」


 懸命に魚を捌く背中に、声をかける。かつてフルート奏者として名を馳せていた指先は、魚を捌いた血でべったり濡れ、鈍く光っている。


「おかえりなさい。手は洗った?」


「うん」


「今日はカレイと茸のクリーム煮なの。でも、今日ちょっと残業したから、お惣菜があって……」


 テーブルには紙袋が置かれていた。駅の地下街で買ってきたそれは大学から帰る時間が定まらず、洗い物や調理の時間をあまり持てないお母さんが、行きつけにしているお惣菜のお店のものだ。


 添加物を一切使うことなく、毎日きちんと一から作って、廃棄品は無農薬の畑の肥料になるらしい。


 お父さんは世界を巡って指揮者をしている。頻度こそ少ないけど、夕食の用意をする時があり、そんな時もお母さんに倣って、そのお店のお惣菜を買ってくるから、説明書きの文章も覚えてしまった。


「そういえば今日、体育はちゃんと見学した?」


「うん」


 少しだけ、返事が遅れてしまった。お母さんは探るような目で私を見た後、作った笑みを浮かべた。


「ならいいの。貴女って、ちょっと抜けてるところがあるでしょう? ぼーっとしたり……ヴァイオリンの才能が無かったらって思うと、たまに心配になるくらい! だからやっぱり、バスケットボールとかの球技は良くないわよね。怪我をして、治った後元通りの演奏が出来る奏者もいるけど……やっぱり少ないし」


 お母さんは、ヴァイオリニストとして有名な奏者だったらしい。世界大会にも出場したことがあるみたいで、リビングには控えめに当時の楯やメダルが飾られている。


 でも、大学時代に怪我をしてしまったらしい。何がきっかけか聞いたことはないけれど、なんとなくお母さんの声色や言葉からは、「自分の代わりに娘には一流の奏者になってもらいたい」という願いが伝わってくる。だから私は、小さい頃はヴァイオリンだけではなく、色々な音楽に触れていた。家にもその名残があって、古びたオルガンが物置にある。


 お母さんの願いは、たぶん期待と同じ音をしている。その願いは、お母さんの姿がなくてもしばし聞こえてきた。


 体育は、球技のときは見学すること。低レベルな演奏を聴くと耳が劣化するから、なるべく低俗な音楽……ロックとか、ネットにアップされている機械で作った音楽は聴かないこと。


 音楽に対する情熱が冷めないように、きちんと自分のプラスになる良いお友達を選ぶこと……。特に、友達作りにおいてお母さんはかなり目を光らせている。


 中学一年生のころ、私は友達からバンドのライブに誘われた。彼女の兄のしているライブで、音楽が好きなら息抜きにどう、なんて。


 私はヴァイオリンを習うだけではなく、高校の進学に向けて塾にも行っていた。コンサートやコンクールで学校を欠席するから、その穴埋めのためだ。


 毎週土曜日の、10時から15時。バンドのライブは12時から14時。


 塾を途中で抜けて、私はライブに行った。初めて、人が激しく歌うところを見た。汗をかきながら、叫ぶような曲や、心臓の鼓動よりずっと速いリズムは新鮮で、日々の鬱屈を晴らしてくれるものだった。


 けれどそれは、麻薬のような夢だった。


 母は、万が一私が塾を早退することがあれば、連絡がほしいと塾講師に頼んでいたらしい。その万が一を、私が起こした。


 元々母は、感情的になることはあった。


 でもそれは私が演奏のミスをしたり、優勝しても母の想像するハードルを越えられなかった時だけだ。


 叩かれたり、髪の毛を引っ張られることもあったけれど、それはヴァイオリンを手にしている時だけ。最悪なことに、その友達とは塾内の友達だったことで、私がどこに行ったのかも、だれと行ったのかも、相手の連絡先も、早々に割られた。


 うちの子と、貴女の家の娘は違う。余計な事をしないで。結果的にその友達と疎遠になった。


 新しい音と共に友達を失った私は、なるべく母を怒らせないように日々努めている。母の望む言葉を選んで、軽く自分を否定して、大げさに感謝を言う。簡単なことだ。心さえなければ。


「来月の最優秀賞記念凱旋コンサート、お父さんも見に来れるみたいよ」


「そうなんだ!」


 父は、滅多に家に帰ってこない。小さい頃はよく家にいて、私の指導をしていた。でも、私が優勝したり、ヴァイオリニストとしての実力が認められていく内に、自分も海外でコンサートや楽団の演奏に参加するようになり、今では世界各地を飛び回っている。最後に会ったのは、高校受験の説得の時だろう。


 そんな生活で、父が恋しいかと言われればそうでもない。あの人もあの人で、ただ私が自分のように才能を開花させ、喝采を浴びることを望んでいる。ただ母と違って、感情がのっているかのっていないかだけだ。だから、毎日会いたくはない。


「もう、そうなんだ! じゃないわよ。呑気ねぇ。お父さんが日本に帰ってくるなんて、早々ないことなのよ? それに、最年少で記念凱旋コンサートに出れるなんてとっても名誉なことなの。特別なことなのよ?」


「ごめん、なんか実感わかなくて……」


 お母さんは私の言葉に、首をかしげている。


 けれど自分なりに勝手に解釈して、「まだ優勝の実感が湧かないの? 貴女は世界一のヴァイオリニストなのに」と、魚の分解を再開した。






「なんもやる気しねえな。こう雨ばっか降ってると。じとじとして、気持ち悪いっつぅか」


 昔飼っていたペットが教師になり、挙句の果てに脅迫してきた。そんなことがあった翌日、華室先生は前日に女子高生を脅して、連絡先を手に入れたとは思えないほど気怠そうに声をかけてきた。


 二時間目終わりの廊下は、体育から戻ってきた生徒や、これから向かう生徒が忙しなく行き交っている。そして女子生徒は必ず、華室先生を一瞥したり、話しかける。


「華室センセー! 何してんの?」


「あー、生徒指導? 提出物とか色々あってな」


「まじかー、頑張れー!」


 そして私を見て、羨ましげだったり、何故? という視線を投げかけ去っていくのだ。「えー、じゃあ今度私もプリント出すの止めよーっと!」なんて、あけすけに答える生徒もいたから、私は今日この一瞬だけで「提出物忘れ」のレッテルをいくつも貼られている。


「何の御用ですか」


 生徒の波があらかた過ぎ去り、私は華室先生を見る。


 どうやら女子生徒の前では明るく気安いお兄さんを装っているけど、周囲の生徒がはけた途端、じっとりと不敵な視線を向けてきた。挙句の果てには私の髪を一束人差し指でくるくる弄んでくる。


「用がなかったら話しけかちゃいけねえの? 前は用がなくてもそっちから話しかけて、どこまで私のためにできるか誠意見せろだの、メッセージ送ってきたくせに」


 昔は、たしかに用がない時に連絡をしていた。


 何一つ思い通りにならない世界で、シロだけが私の思い通りになる存在だった。シロが私を想って行動するたびに、優越感や、独占欲や、劣悪な愛おしさに、私の心は占められていた。


「先生は、私を犬にしたいんですか」


「いや? 全く?」


 見返すと、「今日の放課後、裏門で待ってろ」と、先生は車のキーを私の手に握らせた。


「今日はヴァイオリンを習う日なので無理です」


「弾く度に、嫌いになりそうなのに?」


 嫌いになりそう。当然のように言われた言葉に、呼吸が止まった。驚く私をよそに先生は「今日、お前は俺とお休み」と、簡単に宣告する。


「無理です」


「無理じゃない。お前きれいな顔してるけど、人形じゃないんだから」


 ――待ってるからな。淡々と言いながら先生は、私の前を横切って去っていった。手のひらには、無機質なキーの感触だけが残っていた。






 確かに夏は終わった、蝉の声だってもう聞こえない。だというのに、赤く染まる太陽に焦がされるような放課後の校舎は酷く暑く感じた。


 影はどこまでも伸びていて、暗い。そんな暗闇に身を潜めるようにこそこそと、人目を気にしながら裏門へ向かうと、華室先生は既に到着していた。


「遅くね?」


 先生は堂々と裏門に立っている。まるで隠れながら教室から裏門までやってきた私がバカみたいだ。しかも薄い色付きサングラスをかけて、不服そうにしている。


「見られたら、終わりでしょう」


「終わりもクソもなくね? 別にいーじゃん見られても。俺は淫行教師、お前は不良女子高生ってことで、一緒に学校追い出されて、1kのアパートで慎ましく暮らそ」


「あれ、華室せんせーなにしてんの?」


 突如投げかけられた声に、どきりとした。振り返るとスクールバッグを下げた生徒が不思議そうにこちらを見ている。絶体絶命の瞬間であるはずなのに、先生は「あー」と呑気な声を出した。


「生徒家に送り届けろって頼まれちゃってさぁ、俺、末端の教師だからそういうのもやるわけ」


「いいなー!」


「お前も怪我したら送迎つくぞ〜。だからって、自分から怪我すんのはナシだけど」


 生徒は「え〜」なんて楽しそうに納得して、帰っていく。信じられず先生を見ると「堂々としてろ、こそこそするから怪しまれるんだよ」と私のブレザーのポケットから車のキーを取って、助手席側の扉を開けた。


「ヴァイオリンは休むってちゃんと連絡したんだろ?」


「まぁ」


「じゃあどーぞ」


 有無を言わさぬ瞳で見つめられ、私は視線を落として車に乗り込んだ。車内は微かに珈琲の臭いがする。父や母以外の助手席に乗るなんて初めてだから、余計緊迫した気持ちになる。すぐに先生が隣に座って、車は走り出していく。


「どこへ連れて行く気ですか」


「どこへでも」


「は?」


「なぁんかさ、海でも見たい気分っつうか。そういう時ねぇ?」


 先生の、真意が掴めない。思えば一番最初、先生を……シロを……いや、ナナシをペットとして飼った時もそうだった。


 やる気が持てない、もういっそ誰かに飼われて生きていきたい。そう言った『ナナシ』に、私が「じゃあ私が飼う」なんて言ったのが始まりだった。


 あの時私は、適当に、それこそ流れに身を任せて答えたけど、翌日『ナナシ』は、私以外の四十人ほどいたフォロワーを全員切り、アカウントに鍵をかけて、私とだけ会話をするようになった。


 訳を聞けば「全部疲れた」と端的な五文字が返信されてきて、首を傾げたことは記憶に鮮やかだ。


 以降、ナナシが全世界に発信していた呟きは、私だけに宛てられたメッセージに変わった。ナナシは私に名前を求め、私はシロという名前をあげた。


 友だちができたような、未来の共犯者ができたような、満たされた気持ちがした。あの時、私は確かに嬉しかったと思う。その日は少しだけ、明日が楽しみだった。


「なーんか、変な感じだわ。お前が横に乗ってんの」


 ぽつり、と確かめるような言葉で先生が呟く。サングラス越しの視線は前に固定されたままだ。換気を名目に僅かに開けた窓からふんわりと冷気が入り、風が私と先生の前髪を攫っていく。


 徐々にアスファルトを撫でつけた臭いから潮の香りに移ろいでいき、海へ近付いていることが感覚的に分かった。


「明日とか、お前乗ってたんだよなぁとか思いながら朝学校行くのかな」


「私に聞かれても……」


「困るなよ。先生って私のこと好きなの……? ってときめいてくれよ。頬を赤らめろ、やんわりと」


「すみません。生まれたときから嘘がつけないもので」


「よく言うよ。嘘ばっかのくせに」


 先生は、どん、と私の太ももに手をのせた。大々的にセクハラをしてきたかと思えば、プリントで分厚くなったファイルが置かれている。


「これ、なんですか」


「お前の嘘の記録。見てみ」


 そういわれてファイルを開くと、私のインタビュー記事が載っていた。両親の紹介とともにのっている私の笑顔は、すべて丁寧にバツ印がつけられている。


「私、恨まれてるんですか」


「好かれてる。俺、ストーカーだから。ただ、そこにあるファイルのお前は、大嫌いだけど」


 敵意が含まれた声に、不思議と安堵を覚えた。少なくとも家で聞くどんな言葉より、私は好きだと思えるものだった。


 しかし、振り返って後部座席に目を向ければ、椅子の下にシャベルが二つ並んでいた。その横には泥のついたブルーシートがあって、ロープや軍手まで並んでいる。


 今先生が考えを変えれば、きっと先生は帰り道、一人になる。


 埋められる時の土の感触に思いを馳せながら、私は車窓を眺めたのだった。






 先生の車は、やがて砂浜沿いの車道に停車した。降りろと脅され、捨て置かれるのかと思えば先生は勝手に砂浜を歩いていく。


 もっと人がいるとばかり思っていたけれど、日暮れの近い風はひどく冷たくなっていて、砂浜を歩く人間もいなければ、海で泳ぐ人間だっていなかった。


 波間は冷風に揺蕩って、夕日をただただ反射させている。


「あーやっぱりいいな。この時期の海。世界で二人きりって感じ」


「さっきからロマンチックなことばかり言ってますね」


「俺は元からこうだっただろ。お前と同じでなあんもあの時から変わってねえよ。従順なシロのまんま、飼い主に尽くすいい犬。まぁ、聞き分けが良すぎて簡単に捨てられたけど」


 沈んでいく夕日に、ピンク色の空。大きな雲に、オレンジ色の海。恋人同士ならばロケーションとしては抜群だけど、口から出るのはお伽噺を殺していくような狂気を孕んでいる。


 私は視線を逸らして、海を見つめる。


 相変わらず波間が断続的に砂浜を侵食していき、身勝手に身を引いていく光景が繰り返されて、もう見るところがないと今度は空を見つめた。


 ナナシが私のシロに変わって、私のペットのシロになるまでに、時間はそうかからなかった。


 おそらく私があのとき「じゃあ私が飼う」なんて言ったことで、この歪みが始まったのだ。その段階まで、シロの「飼われたい願望」は誰でも持っている逃避願望の近くにいたはずだった。学校に行った直後の家に帰りたい、みたいな気持ちや、ここではないどこかで生きたい、死にたい――とか。


 けれどその日、「じゃあ私が」なんて軽い気持ちで返事をした。私が中学生の頃だったから、先生は多分大学生の頃だ。


 以降、シロは私に対して簡単な質問が増えた。


「今日の昼は何を食べたら良い?」


「飲み会に参加したほうが良い?」


「大学の講義行ったほうが良い?」


 中学生でも、大学の授業と中学の授業は勝手が違って、休めば進級できないことくらい何となく分かる。授業は出るような選択肢を残していたけど、一方でシロが他の人間と交流する選択肢は捨てていた。


 今思えば当時の私は、おもちゃを取られたくないから……なんて幼稚な独占欲を持ち、人が自分の思い通りに動くことに、歪んだ快感を得ていたのだ。


 そうしてエスカレートしていった私は、リードはつけられないからと、シロにピアスを開けさせた。きっとそれが、シロ自身に干渉するスイッチだった。


 以降、動画を撮って送ってと命令したり、適当に回答する質問者と回答者の関係ではなく本当に主とペット──主と奴隷になっていった。


 私はシロに対して能動的になって、シロは受動的になった。「犬のくせに服着てるんだ」なんて、他の人だったら絶対口に出してないことだって、シロには言えた。


 反対の立場で、私が命令されたと交番に駆け込めば、未成年淫行とか、そういう罪状で捕まっていただろう。


 そうしてふたりとも静かに沈んでいく日々の中で、私が年齢を明かしたことはついぞなかった。


 先生が私を脅した『痕跡』を残したのも最後の最後だったから、先生は自分より年下の子供に飼われているなんて、痕跡を見るまでは分からなかったに違いない。


「春が終われば、夏が始まるな」


「そうやって出来てますからね、四季は」


「でも、終わらないようにする方法もあるだろ」


 先生は私の手をとった。ぎゅっと握りしめ、一歩一歩海へと向かっていく。シロの身体を知っているといえど、動画や動画でしか見たことがなかった。


 指の骨は、自分のものより一回り太い。肌は少しかさついていて、肉全体が硬い。漠然とした感覚としては、血の密度が濃い気がした。先生はやがて爪先だけ飛沫に浸るくらいまで進み、足を止めた。


「俺たちがここで死ねば、浜辺心中とか、そういう名前になるのかな」


 今後をそっと指し示すワードにしては、いささか物騒だ。


 呼称表記なんて人間の識別する都合としか思えないけれど、それでも先生の言葉に否定の気持ちは浮かばない。


 今の所耐え難い死にたさはない。心中を図った女子生徒よりも生活環境は恵まれている。状況だってそうだ。


 心中を完遂させた女子高生の境遇についてニュースで見たけれど、父親から精神的な虐待を受けていたらしい。一方、男子生徒は、親が殺人を犯したようだった。


 世間は、どんなにそれまで酷い目にあってようと、加害者の家族にだって厳しい。名前や住所を、簡単に晒されたりする。男子生徒も、相当な環境に置かれていたことは想像に容易い。


 双方苛烈な環境の中、自分を傷つけた誰かに復讐して死ななかった二人は、きっと優しい。


 でも、私は違う。






 華室先生に海へと攫われたといえど、私はそこで沈められることもなく普通に家へと送られた。


 先生は嘘を付くのが得意で、まさか生徒を砂浜ぎりぎりまで引っ張り心中の話をしたなんて思えないほど明朗に、「体調が悪かったようで……」と見事に母の前で模範的な教師を演じきってみせた。


 そうして家に戻り、最優秀賞記念凱旋コンサートまでの日付を確認しながら私を心配する母の器用さを目の当たりにして、日々は過ぎていった。


 コンサートも成功した秋の半ば、今では蝉の代わりに紅葉が学校の周りを囲っている。


 気温が低くなっていき、空の色が薄くなるのと同じくして、華室先生は「バカだけど顔もいいし何か好き」という巧妙な立ち位置を獲得していった。


 一方、私は窮地に立たされている。


「桜羽さん、こんにちは。この間のリサイタル、聴きました。感動しました」


 お昼休み、うどん復刻を喜ぶ徒木と食事をしていると、上野先生がやってきた。私と徒木は向かい合って座っているけど、上野先生は変わらず徒木を見ない。意図的に視野から省いているというよりかは、本当に認識していないようだ。


 一方、存在を完全無視されている徒木はといえば、わかめたぬきうどんを、わかめの区画、かまぼこの区画、あげ玉の区画と仕分けをしていた。


 どうやらきちんと整えてから食べたいらしい。


 うどんとにらめっこをしながら、でも私と上野先生の話を邪魔にしない姿はあどけなくて、とても綺麗に見える。


「他の方は稚拙さを感じましたけど、やっぱり桜羽さんの演奏は抜きん出て優れていますよね。音楽に対する情熱もしっかり感じますし……他の方の演奏ももちろん聴きましたが……すこし可哀想になるくらいでした。それで、何度も聞いて申し訳ないんですけど、今月の予定ってどうなってますかね……? 放課後……」


 対比、対比、対比、対比、対比。上野先生が誰かを称賛する時、必ず対比が入る。上野先生は自分が顧問をしている吹奏楽部すら、私と比べ下に言ってしまうことがある。癖なのだろう。


 しかしその些細な癖に目を瞑ってまで、合奏へ参加したいとは思えない。


 私が参加すれば、間違いなく吹奏楽部に不協和音が訪れるのは明白だ。もう面倒だから一度話を引き受けてしまおうという気持ちになる日もあるけれど、その度に目の前の上野先生が気の緩みを正してくれる。


「すみません。放課後は予定があって。お誘いいただきありがとうございます。本当にごめんなさい」


「……空いている日って、ありませんか? 桜羽さんがお忙しいのは重々承知してはいるのですが……」


 いつからか、上野先生の声色に苛立ちが交じるようになった。焦りも入っているかもしれない。これだけ誘っているのに私がうんと首を縦にふらないのだから、仕方ないだろう。上野先生は辛抱強い。


 そんな情熱に溢れた先生を、心の中ではどうしても冷ややかな目で見てしまう。


 そんなに情熱的であるならば、何故徒木に目を向けないのとか、人を褒める時、どうして比べるようなことを言うのか――とか。


「ごめんなさい。突然練習が入ることもあるので……」


「桜羽さん、本当は空いてる日あるんじゃないですか?」


 いつになく強い口調に、きゅっと喉がつまった。柔和だった上野先生の瞳は、少し意地悪そうに私を見据えている。言葉を選ぶ内に、ぱさりと頭にプリントを乗せられた。


「上野せんせー、桜羽、今日補習なんですよねぇ。音楽のことばっかさせられて、成績やらかし気味なんで」


 得意げで、道化じみた声が上からかかった。華室先生が私の横に立ち、上野先生を見下ろしている。身長差があるからか、華室先生はやけに威圧的で、どこか上野先生を馬鹿にして見えた。


「なぁ、桜羽」


 向けられる視線は、「助けてやった感」たっぷりだ。でも、頷かない手はない。


「……はい」


「ってことで、上野先生。悪いんですけど桜羽借りますね」


 華室先生は、さりげなく上野先生に去るよう伝えた。しかし、上野先生は「……桜羽さんに参加していただきたいんです」と続ける。


「でも先生、自分の顧問してる吹奏楽部のこと、結構ディスってるじゃないですか。そんなんじゃ誰も行きたいなんて思いませんよ。それに、上野先生も俺も男でしょ? あんまりガツガツ来られたら女子生徒は怖いと思いますし……それに、校長先生も結構気にしてましたよ? 桜羽さんに変な気起こしてるんじゃないかって」


「僕はそんなつもりは――」


「断られてんのに週イチで勧誘来るって、結構異常だと思うんですけどねー」


 華室先生の揶揄する言葉に、上野先生は、ばつが悪そうに踵を返し去っていった。華室先生は気怠げに欠伸をして、背中を伸ばしている。


「今日は予定があるんですけど」


「すぐ済む。来年も一年生の教室で授業受けたいんだったら、サボってもいーけど」


 私の頭の上でプリントをクラゲみたいに泳がす先生を、横目で見る。先生は私を海に連れて行ってから、特に態度は変わらず、時折話しかけてきては探るような目を向けてくる。でも、こんなに大胆に接触をしてきたのは海以降初めてだ。


「……分かりました」 


「おー。徒木、こいつのお守り大変だな」


「へ?」


 突然話をふられた徒木は驚いて目を丸くした。華室先生はそんな彼女に「桜羽、お前のこと大好きだって言ってたぞ」と付け足して去っていき、「先生!」と怒る私に腕だけ軽くあげた返事をしながら、その場を後にしていった。


「突然話しかけられたからびっくりしちゃった……」


 一方の徒木はまた驚きが抜けきっていないらしく、目を瞬いている。華室先生は、人の頭にプリントを乗せながらも、きちんと徒木にも視線を向けていた。ただ、彼女がうどんをつついていただけで……。そんな彼女は、目をキラキラさせながらうどんから顔を上げる。


「あ、ねぇこれ見て! せっかく食堂の人が盛り付けてくれたのに、男子よけたときにぐちゃってなっちゃってたんだけど……復旧出来たよ……!」


「徒木は、そのままでいて」


 この世界に、他人への悪意を受け取らずに済む魔法があったなら、間違いなく私は徒木にかけているだろう。


 たとえ使える回数が、一度きりだとしても。






 進路指導室から教室までの距離は、25メートルのプール三周ぶんくらいある。


 教室の喧騒は届くことなく、また主要な移動教室の場所からも離れているため、進路指導室にたどり着くまで誰ともすれ違うことはなかった。


 目的地の扉をノックをして、聞き慣れた返事が返ってくるのを待ってから、私は扉を開く。


「失礼します。桜羽沙梛です」


「よ、扉閉めとけ。あ、鍵もな」


 鍵も閉めろとの命令に、私は華室先生を見返した。先生は口角を上げていて、ひどく悪趣味な笑顔を浮かべている。


 人質に自分から鍵を閉めさせるなんて、このことが裁判になったら間違いなく犯行の狡猾さを指摘されるだろう。


 いったい今日は何の為に私を呼んだのか、パチっと下ろすだけの鍵を閉めて向き直ると、先生は机の下からグラスやらフルーツ缶、絞るだけで食べられるホイップクリームやらを取り出して、「まぁ座れよ」と自宅のような我が物顔をした。


「何をしようとしているんですか?」


「んー? 喫茶店ごっこ? お前文化祭出ないって言うし、パフェでも食わしてやろうと思って」


 先生の言う通り、私は月末に開かれる文化祭に出ない。冬の終わりに開かれる世界大会に出る為には、文化祭当日に開かれるコンクールで一位にならなければいけないからだ。


 最近の父は「優勝祝いは何がいいだろう」と浮かれた様子で母と連絡をとっている。


 父の言う優勝というのは、きっとコンクールではなく、世界大会のほうだろう。


 幼い頃から最年少記録を破り続けてきた私の名前の隣には、二位という文字は似合わないと父は言う。


 だからもし私が二位になった時、私はきっと桜羽沙梛ではなくなる。


「メロンソーダとかタピオカにしてやろうかなとも思ったんだけど、一番豪華な奴にしてやろうと思って」


 華室先生はおどけた口調で、紙皿にのせた苺を切っていく。


「……手洗いました?」


「さっき洗ったし、なんなら除菌までしてる」


 そうして武骨な手が、遠くに置いてあった除菌シートを指した。


 先生はわざわざそんなことのために、道具を学校に持ってきて、さらには飲食を禁止されているであろう進路指導室でパフェなんて作ろうとしてるのか。


 怪訝な顔をする私に、先生は「ほら、さっさと座れよ」と、あごで指示してきて、私は先生の向かい側のソファに座った。


「こいつ、クリスマス先取りしてんのって店員に見られた。これ買ってるとき」


「毎日パーティーしてるのかなって可能性もあるんじゃないですか」


「お前と対極の印象抱かれてるのか」


「対象?」


「だって、お前、心ここにあらずの究極系みたいな? 棺桶に片足つっこんでる顔……俺が医者だったら時計見て死亡診断するような顔、いつもしてんじゃん。俺の痴態足りてねえのかなって」


 いつの間にか先生の作るパフェは、進路指導室で出来上がったとは思えないほど、きちんとした見栄えをしたものに変わっていた。下にジャムがあって、スポンジがあって、クリームに、アイス、苺まで。そして先生の隣には丼があって、切りかけのスポンジや、余りをしぼったとしか思えないクリーム、苺が用なしのように置き去りにされていた。


「そちらは」


「俺が残さず全部食う。はい、文化祭お疲れ様」


 どん、と目の前にスプーンとパフェが置かれた。


「まだ始まってもいませんよ」


「でも、高校生の文化祭潰れるってデカイだろ。お前今年は特に」


 お前、今年は特に。


 見透かすような目から、視線を逸らすことができない。


「ほら、こっちは紅茶」


 じっと押し黙っていれば先生は私にカップを差し出してきて、簡単に沈黙を破った。渡された紅茶の水面は円を描いて、どこまでも続く螺旋回廊のように渦を巻いている。


 私は最近、夢を見る。コンサート会場で思い切りヴァイオリンを叩き割って、会場を騒然とさせる夢だ。


 私に期待の眼差しを向ける審査員はみな驚いたあと、私に興味を無くしてコンサートホールを後にする。私が壇上に上がった時喝采を起こしていた観客たちが、ひとり残らず消えていく。


 そして私は、壇上で、残ったあの二人を――、


「冷めるぞ、アイスは溶けるし」


 華室先生に声をかけられハッとする。先生は「つうか指導室に臭い移ったらまずいな」と、窓を開けた。びゅうっと冷たい風が入ってきて、頬をなでて髪を攫いながら吹き抜けていく。いつの間にか紅葉はひとつ残らず落ちてしまい、窓の外から見える景色はずいぶんと寂しいものに変わっていた。


「さみーな。もう冬じゃん。完全に秋終わってるわこれ。なぁ、桜羽」


「はい」


 そうして感じた冬の始まりは、甘い香りがした。






 文化祭を休んで参加したコンクールは、優勝という結果で終えることが出来た。文化祭の準備どころか当日すら参加しなかった私を、表立ってクラスメイトが責めるわけでもなく日々は巡って、もう冬休みも近い。


 どことなく周囲からの線が明確になったなとは思う。元々私が音楽科ではなく普通科に入ったことへ、疑問を抱く目は多かった。


 でも、前まではどことなく触れてはいけないような、腫れ物に触れるような態度だったのが、明確に線引され、いないものや空気、景色にカテゴライズされ直された。今はもう、硝子を一枚通したように、はっきりとした壁がある。


 ただ、徒木は、徒木だけは「コンクール大変だったねぇ、お疲れさま。あっねぇ沙梛ちゃんさぁ、テストどう? 私駄目だよーどうしよう? 留年やだよう」と、変わらず私のヴァイオリンを話の導入にしていて、正直なところ、救いだった。


 たまに、徒木と中学や小学校の頃出会わなくてよかったと思う。あの頃の私は、自分が他者と関わることで起きてしまう物事をよく分かっていなかった。浅はかだった。


 自分の選び取った音だけを聴かせたいお母さんのいる家に、人から借りたCDを持ってきたらどうなるか分かっていなかったし、お母さんがどれだけ感情で動く人間なのかも知らなかった。


 でも年を重ねていくにつれ、自分がコンクールや大会に行く際の渡航費がどれだけかかっているのかも、これから先、音大に進学することでかかるお金が、優勝賞金で賄うことが不可能なことも、きちんと理解した。


 今の私は、親なしに生きることが出来ない。


 自由を感じたいのは贅沢なことで、思春期特有とか、反抗期とか、そういうのをただ拗らせているだけだ。いずれ大人になったら、親に感謝する日が来る。今抱えている「これ」が、なんともないものだったと思う日が来る。


 みんな、たぶんそう言うし、そうなんだろうと思う。


 冬休み前最後の登校日の放課後、校舎で父の姿を見つけた私は、積み上げていた石が崩されたような気持ちで、ひどく動揺した。


「お父さん……?」


「ああ、沙梛。ちょうど飯田さんと話があって、ついでに沙梛が勉強しているところを見たいと思ったんだが、まさか会えるなんてなぁ」


 半年ぶりに見る父が、廊下でくるりと振り返る。隣には校長先生と、私の担任の先生が居た。


 担任の先生は校長先生と父に頭が上がらない様子で、胃が縮み、内臓がぐんと重くなった。


「先生に聞いたぞ、お前、徒木さんと仲良しなんだろう? あのピアニストの、妹の」


 聞きたくない。聞きたくない。その次の言葉なんて。でも、走り去ることも出来ず、私の足は廊下に縫い留められていく。


「友達、ちゃんと選んでるんだなぁ。父さんも母さんも嬉しいよ。お前が普通科行きたいって言ったときはどうしようかと思ったけど、お前はピアノが好きだったし、合うのかもな」


 判決を、言い渡された気がした。


 徒木は、私が仲良くなりたくて一緒にいる友だちのはずなのに。でも、お父さんの言葉に反論できない。


 だって徒木は、将来を約束されているピアニストの義妹だった。


 きっとお母さんも許してくれる、「ちゃんとした友達」だった。


 自分の知らない間に、私は徒木を「選んだ」のかもしれない。


 そう思うだけで、吐き気がこみ上げてくる。


 結局私は自由を求めているふりをしているだけなのかもしれない。曖昧に笑う私に、お父さんや校長先生、担任の先生も気付かない。今この場に徒木がいなくて、本当に良かった。


 徒木が偶然この場にいて、ショックを受けて去られてしまったら、どう声をかけていいか分からない。


 いや、いてくれたほうが良かったのかもしれない。いっそ、徒木と出会っていなければ、私は今頃、あの二人を──


「桜羽、お前準備室で教材の整理手伝ってくれるって言っただろ。ほら、行くぞ」


 ぽん、と肩を叩かれ振り返ると、私の肩を抱くようにして華室先生が立った。突然声がかかったことでお父さんたちは驚き、僅かに反応が遅れる。


 そしてお父さんたちが次の言葉を紡ぎ出す前に、「こいつ借りてきまーす」と華室先生が呑気に私の肩を掴んでその場から引き離した。後ろでは、お父さんたちの戸惑いの声が聞こえてくる。華室先生は「すいませーん」と、謝ってるんだか謝ってないんだかわからない調子で、歩みを止める気配はない。


「準備室までゲロ待てるか? それともトイレ行くか?」


「出るやつじゃないです……」


「嘘つけ。そんな真っ青な顔して、遠目から見ても分かったぞ」


 それなら、間近で私を囲んでいた三人が、ひどく薄情みたいじゃないか。華室先生を見るとやけに焦った顔で、


何だかとても安心してしまった。






 華室先生は私を英語準備室に連れて行くと、そのまま鍵を閉めた。「ほい」とさも当然にゴミ袋を渡され、小さな冷蔵庫から水まで取り出してくる。私はなんとなくゴミ袋を握ったまま俯いていると、先生は「お前、昔から親のこと嫌いだよな」と、当然のように言った。


「……え」


「もう、殺してもいいだろ。もうお前世界で一番のヴァイオリニストだしさ、親いないところで支援したいやつ沢山出てくるだろ。金いらねぇからうちの大学卒業してほしいって推薦も、ひとつやふたつじゃねえし」


 確かに、特待生として推薦入学を望む手紙が、うちに直接届いたり、学校を通してきている。高校に入学すると、それが顕著になった。中には海外からの手紙もあって、全部要約すると「大学に入って、卒業してほしい」で揃っている。でも、今は違う。そんなこと、呑気に話をしている場合じゃない。


 ――殺してもいいだろって、なに?


「同情してもらえるぞ。お前の両親がストーカーに殺されれば。それにわざわざお前が親殺して、自分のこと破滅させなくて済むし」


 平然と綴られた言葉が信じられなくて、私は華室先生をまっすぐに見つめた。こんな風に真正面から先生を見たのは、あの放課後の日、スマホを見させられた時以来だ。


「お前の悲願だろ」


 そう言って、先生は私の破滅のスイッチを画面に表示した。そこには、私の両親への呪詛が書かれている。執拗な私の殺意と共に。私と、私の家が崩壊していくスイッチが並び、最後に表示されたのは私の手のひらだ。


 ヴァイオリンについても触れているから、きっとこのアカウントが明るみになれば、両親はこのアカウントの持ち主の正体に気がつくだろう。そして崩壊が始まる。桜羽沙梛ごと、破滅へと向かっていく。


 だってそこには、両親への殺し方が、いくつも記されているのだから。


 それらを記したのは、シロがみんなを切り捨ててからだ。私も鍵つきのアカウントにして、私たちはつながりあっていた。私はダイレクトメッセージでシロに命令する一方、両親の殺し方を呟いていた。シロに向かって、淡々と。シロから来る「いいね」に、いつだって救われていた。


 こんな殺し方がいい。あんな殺し方がいい。


 まだ楽しそうな殺し方が見つかりそうだから、まだ殺さない。


 そうして茶化してないと、本当に殺す。


「俺だけが、お前の願いを叶えてやれる。徒木はお前のこと、楽しませてやれるかもしれないけど、お前の幸せを作れるのは、ずっと、今も昔も俺だけだろ」


 先生の意地悪そうな声に、不思議とさざめいた心が穏やかなものに変わっていく。


 私は、シロと初めて会った時から、親のことが許せなかった。感謝もしてる。私の為に、色々してくれて、親孝行しなきゃいけないと思う。


 でも、私がヴァイオリニストとして有名になる前、優勝の記録を作っていく前、ずっとずっと叩かれていた。蹴られることも怒鳴りつけられることも当たり前で、死んでしまえなんて言われたこと、一度や二度じゃない。


 なのに今、当然のように、優しくてあたたかい家族のやり直しをしようとしてくる両親が、許せない。


 あの痛みの記憶をなかったことにする両親が、許せない。


 背中に、腰にだって、まだ傷が残っている。今なお傷が残るくらいの力で、あの人たちは私を叩いていたのだ。


 どうしても許せなくて、嫌いで――殺したかった。


 この先、一生、優しい家族のカバーをかけて干渉されて生きていく未来なんて、見たくない。そんな未来を見させられるくらいならば、私を通して見ようとする夢なんて、全部ぐちゃぐちゃに壊してやりたい。


 先生はもう、最初から全部知ってたのかもしれない。私がシロを捨てた日、何を思っていたのか。


「まさか、普通に俺に飽きたんじゃなくて、親殺しづらくなるから逃げられたなんてな」


 先生が、私の頭にぽんと手をのせた。そのとおりだ。否定できないし、する必要もない。私がシロを捨てた日、ふと気付いたのだ。きっかけもなしに。私はこのままだと、シロをあの二人を殺さない理由にしてしまうと。


 シロと話が出来なくなるのが嫌だから、関われなくなるのが嫌だから、親を殺さない。許してしまう。


 そんな風に自分が考える前に、引導を渡すべきだと思ったのだ。


 だから、私はあの日シロを捨てた。ログインをやめ、シロが話しかけてきても返事をせず、ただの傍観者になった。


 なったというのに、まだ親を殺せてない。確かに死んでほしい。殺したい。許せないと思うのに、ヴァイオリンは弾きたくて、徒木と話をしたくて、シロと――関わりたい。その未来を手放すことが惜しい。殺さない理由ばかり作って、私は過去の私を裏切り続けている。


 才能が開花したら、世界に認められたら、親を殺す。


 そうすれば、才能に負けて、挫折して、プレッシャーがかかった反動でじゃなく、私が嫌だと思ったからだと、この殺意をちゃんと見てもらえると思ったから。


「何で私がなにも言ってないのに、分かるんですか」


「ペットだから?」


「気が狂ってる」


「お前が狂わせたんだろ。責任とれよ」


 ――で、どうすんの?


 続けられた言葉に、私は「分からない」と答えた。そうして準備室を後にしようとすると、先生は私の腕を掴む。


「なんですか」


「人攫いしようと思って」


「は?」


 腕を引っ張っても、華室先生は腕を離そうとはしない。見返すと、先生は場違いな程爽やかに笑ったのだった。






「ついたぞー」


 先生の車に乗り込み走り出した車が停まったのは、学校から離れたファーストフード店だった。


 本当に何処ででも見るような景色で、親子連れや学生が、食事を乗せたトレー片手に行き交っている。


 子供が何かをねだり、お母さんが首を縦に振らない光景はあまりに平和的な雰囲気で、元飼い主とペット、教師と生徒、どちらも問題があるカテゴリの人間が入るには、おこがましい気がした。


「何でこんなところに……」


「腹ごしらえだよ。必要だろ。何するにでも」


「はぁ……」


 先生は少し眉を上げた後、目を細めてこちらを見てきて、自分のかけていたサングラスを私にかる。


「なに食いたい?」


「最後の晩餐ですか?」


「お前一旦その犯罪思考やめろよ。ふつーに今日何食いたいかって話」


「あまりこういうところ、来ないので」


 両親は、私に添加物の含まれているものを食べさせたがらなかった。こういったお店は諸悪の根源として扱い、心底見下していた。


「じゃあ、これからたくさん連れてくから、初歩的なやつにすれば。ほら、ハンバーグ二つにチーズ二枚のやつとか」


 先生がメニューを指す。


「それ絶対初歩じゃないですよね。がっつりですよね」


「あは。ばれたか。まぁ自分の食いたいのえらべよ。食いきれなかったら俺が食うし」


 そう言って、先生は私の唇を指で挟んだ。睨むと、その耳に華奢なピアスが光っていることに気付く。


「まだそれ開いてるんですね」


「お前が開けろって言ったんだろ」


 ――お前の耳にも開けてやろっか。せっかくだし。


 何気なくかけられた言葉は脅迫めいていて、反比例するみたいに私の耳をつまむ指は優しい。私は「結構です」と返し、メニューに視線を移したのだった。






「やばい。初デートで浮かれすぎて、チョコパイまで買った」


 ファーストフード店の、二階の窓側に座って、道行く人々を眺めていると、物騒な発言とともに先生がやってきた。初デートなんて、正気じゃない。


 トレーには、ジュースの入ったカップに、ポテト、ハンバーガー、先生の言うチョコパイが二人分鎮座している。


 18時すぎの町並みは、駅前という立地だからか、夜でもすごく明るい。居酒屋の真っ赤な提灯や、塾が入ったビルの電気が煌々としていて、昼間確かに見た場所なのに別世界のようだった。


 だからなのか、今見ている景色が現実なのか夢なのか、曖昧になってくる。それに拍車をかけるのが、二階に私と先生しか姿が見えないことだ。


 ぎりぎり奥のほうには、ぽつぽつと人影が見えるけれど、みな注目してくれるなと言わんばかりに気配を消して潜んでいる


「いいんですか、こんな人目につくところに出て」


「そのほうが、お前を言いなりにしてる感じが出るだろ。幸い、防犯カメラにうつってても、会話までは聞こえないんだから」


 ふつう、命令する側は「いただきますしろ」なんて、言ったりしない。でも先生はハンバーガーを指して言ってくる。私は手を合わせて、ハンバーガーを口にした。少し湿ったパンと、ピクルス、ケチャップ、平べったいハンバーグ。家で食べるものよりもきっと安いそれが、この上なく美味しくて、味がした。


 向かいには、ここと同じようなファーストフードのお店がある。同じような二階席には、女子高生が楽しそうに食事をしていた。


 視線を下せば、今日は学生限定でセットを安くしているらしい。きっとこの場所も、明日は同じように学生が集う場所なのだろう。


 いつの間にか、涙が出てきた。ああいうのが、ほしい。ああいう生活がしたい。今が苦しくてたまらない。生活も出来ているけど、そのすべてが両親に由縁している。私は親に生かされていると言われたらそれまでで、耐えなければいけない。


 でも許せない。殺したい。


 なのに、徒木やシロと、生きたい。


「裏切りになんないだろ」


 ぽつりと、先生がつぶやいた。


「殺さなくても」と続ける声色は、ぞっとするほどやさしくて、諭すような響きじゃないからか、耳にすっと入ってくる。


「どういう意味ですか」


「復讐するなとか、綺麗ごと言うつもりもないし、その資格もないけど、お前は殺さなくていい。楽な選択肢を選んでいい。親への殺意も、手放していい。今殺すのやめて、後回しにしてもいいから」


 華室先生はハンバーガーを包んでいた紙をぐしゃぐしゃにした。私の頬を少しつついて、微睡むように笑っている。


 あえてさっき、指摘しなかったことがあった。


 どうしてここまで、先生が私の殺意に理解があるのか。驚きもせず、ただへらへらとしていたのか。


 私には、両親の殺し方を延々と呟いていた過去がある。かといって、自分が飽きられたからではなく、親が殺しづらくなるから避けられたなんて思考に、至るだろうか。


 私を海へと連れて行った日の光景が、ちらつく。


 真新しいシャベルに、ブルーシート。


「先生は、私のために、両親を殺そうとしてるんですよね」


「お前と結婚するのに、一番邪魔な存在だからな」


「嘘つき」


 偽悪的だ。本音も3パーセントくらい入っているのかもしれないけど。先生も、両親を殺そうとしていた過去がある。


 先生を、年下のペットにしてしまうくらい、負荷をかけていた存在が確かにあったんだ。


「……俺は、お前のおかげで刑務所に入らず、今まで生きてる。だから、お前の代わりにお前の両親殺して、ヴァイオリンが好き、徒木との友情は賭け値なしに大切、って言えるようにして、刑務所に入ってもいい。ついでに上野も殺しとくから」


「迷ってませんか」


 先生と、私は同じだ。同じだからこそ、分かる。先生は私の両親を殺せる。殺してもいいと思っているけど、私のお願いを待っている。


「私は、先生と一緒に、いてもいいですか」


「言葉がまとまってないぞ」


「殺さないで、そばにいてほしいです」








 先生の家は学校ともファーストフード店、さらに私の家とも離れた、駅の裏手にある裏寂しい通りに建つ、三階建てのビルの中にあった。一階は新聞屋さんと駐車場で、二階は空き家。エレベーターはなく隅にある階段を上っていくと、アパートのような廊下に出た。


 ただ普通のアパートと違って扉はひとつだけ。部屋に入ると全く生活感のない1LDKが広がっていた。洗濯機に、電子レンジと冷蔵庫、ベッドに、備えつけのクローゼット、お風呂、トイレ。


 本棚には一冊だけ表紙がビリビリになった大学の参考書がある。これだけあれば生きられるだろうと言わんばかりの部屋は、ノートパソコンと充電器が床に転がってみせることで、かろうじてこの部屋に人が生きている証明をしていた。


 流し台には、一応洗われているらしい平皿と丼がある。先生はスーパーから買ってきたパックごはんを二つ温め、丼にさっと片手で卵を割り入れ溶いていった。照明器具は、台所についている電球のみ。橙色をした電球に照らされた卵液は、いつも見るものより一層黄色が強く見える。


「先生って、ここで生活してるんですよね……?」


「ああ。今日からお前もここに住むんだぞ」


 抑揚のない声で告げられ押し黙ると、先生は「本気だから」と、私の頭に触れた。


「まぁ、好きにくつろいでろよ」


 おそらくリビングと――そして寝るときに使っているであろう一角は照明器具もなく、台所の電球の光によりかろうじて物の輪郭が分かるくらいだ。


 それに、椅子もないこの部屋で座るのはベッドくらいしかないけど、制服のままベッドに座るのは気が引ける。結局私は、ひとまず机がわりらしき段ボールの隣に座った。


「こんな簡単に連れ込めると思わなかったから、全部食器一人用だし、椅子も今度揃えねえと」


「犯行予告ですか?」


「正解ぶぅー」


 ぎゅ、と片手で両頬を掴まれた。私は見返しながら「はなしてください」と問いかける。しかし両頬を圧迫されているために、随分と不格好な質問になってしまった。


「ふは、すげえ仏頂面のくせに笑える」


「ふぇんふぇいのせーらんですが」


「俺のせい、良いなその響き。もっかい言って」


 あっさりと両頬は解放される。先程からポケットに入っているスマホはずっと振動を続けていた。名前を見なくても発信者は痛いほどに分かる。だってもう、門限から二時間も過ぎている。


 私はそのままスマホの電源を切って、先生の部屋に放り投げた。


 きっと、両親が警察に話をすることはないだろう。一週間くらい経てば分からないけど、桜羽沙梛のブランドが傷つくことを、両親は恐れている。


 それに今、父が日本にいるのなら、父の名前にも傷がつくのだ。今日、警察に連絡したり、人に居場所を聞くことは絶対にない。


 先生は、投げ捨てられたスマホを見て呟く。


「そういや、俺の声聴いてるとよく寝れるって言ってたな。今夜からぐっすりじゃん」


 ちく、と刺さった言葉に、返事はしない。


 二年前、ちょうど今頃。私はよく、先生に命令して電話をしながら寝ていた。


 先生がその日あったことをなんとなく聞いてきて、段々話すのが面倒で呼吸音だけに耳を澄ませ、眠る。朝になっても繋がっていた通信を私が切って終わる儀式は、私が一方的に別れを告げるまで続いていた。


 過去の会話を思い出しながら、がらんとしている部屋を歩く。そこには小さなトイピアノが置いてあった。小さい子が弾くような真新しいトイピアノに、そっと触れる。そうだ。私はピアノが好きだ。ピアノも好きだった。ヴァイオリニストになれと言われて、小さい頃しか弾けなかったけど。


「長いこと閉じ込めてたら、お前もさすがに気が狂うだろうと思って、用意しておいたけど、正解だった」


「不正解かもしれないですよ」


 鍵盤は、いつも弾いているものよりずっと小さくて、窮屈だ。楽譜もない。なのに今まで弾こうとしたどんなピアノより、弾きやすくて、自由な手触りがする。


 トイピアノを手にして、私は床に座った。ペダルもないけど、ここは演奏会じゃない。


 恐る恐る、撫でるように指を動かす。音だって、随分可愛い。でも、安心する。


「贅沢だな。ピアニストに家で弾いてもらうなんて、それ、なんて曲?」


「ゴルトベルク変奏曲です」


 ずっと、弾かなかった曲。弾けたけど、この曲すら嫌いになることが怖かった。


 それがいま、弾けている。




 一度、弾き始めたピアノから、中々手を放すことが惜しくなり、気が付けば時間は深夜をまわるどころか、夜明けに差し掛かっていた。先生は「こんなところ住んでるやつなんていない」なんて、とんでもないブーメランを放ったけれど、とりあえずトイピアノはしまった。


 そうして、ひとまず眠るべきかなんて考えている間に、先生は私を屋上へと誘った。


「ここの景色綺麗だろ。防音って高くつくからさ、どうしたもんかって家探して、ここ見つけたんだけど」


 真冬の夜空は、少しだけ角が明るくなっている。吐く息はたちまち白くなって、星空に溶けていく。


 フェンス越しに見えるビルは、どれも消灯していた。かろうじてマンションの階段から除く非常灯と、星空の光を奪うように、少しずつ陽が滲んでいる。


「お前に逃げられた時、お前のこと殺して俺も死のうと思ってた」


「それは怖いですね」


 本当は、怖くない。そういう結末も、悪いものと思えない。ただ投げやりな理由じゃなくて、散々玩具にしてきた報いは、受けるし、受けたい。


「でも、もしかしたらお前は、ただ俺から逃げたくて逃げたんじゃないんじゃないかって思って、どうしたもんかなぁって思ってたから、お前から現れてくれてよかったわ。女子高生だとは思ってなかったけど」


「あれ、私の年齢知らなかったんですか?」


 先生の告白に、私は思わず間抜けな声が出てしまった。てっきり、先生は年下に飼われることで、心を安定させたと思っていたのに。


「下手したら年上くらいに思ってた。だから、お前が世界一になったとかでインタビューやってるの見てたまげたわ。俺淫行で捕まるのかな? みたいな。会ってないけどさ」


 あまりにもあけすけな言い方で、私は声を出して笑ってしまった。


「私は年上だろうなとは思ってましたよ」


「だろうな」


 笑い交じりの返答が不服だったのか、先生はやや目を細める。


「あと、この人女子高生の言いなりになってて可哀想とか」


「死ぬほど煽るじゃん。なにお前、横に大人の男がいる危機感とか抱かねえわけ?」


「どうでしょう」


「むかつく」


 気がつけば辺りは次第に真っ暗闇から薄い青に染まっていて、満天の星空も少しだけ顔をのぞかせた太陽に溶けていく。


「せんせい」


「なんだ」


「夜ってこんなふうに終わるんですね」


「おー」


 適当な返事を聞きながら、眠たげな横顔を眺める。学校に居る時とまるで変わった深淵のような瞳は、私を映していた。


「まだ、お前の知らないことで溢れてんぞ」


「え……?」


「宇宙から見たら、日本なんてこっから見る星くらい小さい。お前のこと知らないし、お前のヴァイオリンも才能も、なんにも求めてないけど、お前と会って話しをしたら、お前を大切にしたいと思う奴だってたくさんいる。そういう奴を大切にしていけ」


「先生、嫉妬深いとか言ってなかった?」


「ああ。見つけたら即効消さなきゃいけないから、先生大変だよ。本当に困ってる。いっそお前のことどっか閉じ込めてえって、毎晩枕涙で濡らしてるから。まぁ、もう全部俺のものだけど」


 先生は、嘘泣きを揶揄するポーズをしたあと、私の右手を掴んだ。いつかの日、私が一枚の動画におさめ、シロのもとへと届くよう願った手だ。


「この手も」


 その手を、先生がなぞっていく。神様に触れるみたいな、そんな触り方で。


「お前が望むなら、俺が折ってやる。俺が終わらせてやるから」


「本当に?」


「ああ。お前の知らないお前まで、全部を知ってる俺が殺してやる。ちゃんとお前を跡形もなく消して燃やした後、同じ場所で俺も灰になってやる。どこまでも追いかけて、少しでも生きてたら殺してやる。同じように、お前が嫌いなやつも許せない奴も、誰だって殺してやるよ、俺が。だからお前の手は、汚すな」


 そう言って、先生は左の薬指をなぞった。ドラマとか、映画のワンシーンみたいだ。


 夜の匂いが薄れていくにつれ、徐々に群青が光に侵されていく景色はこんなにも美しいのか。何も知らなかった。この時間はいつだって、朝を憂鬱に思い眠っていただけだから。


「せんせい」


「なんだよ」


「シロ」


 すっと、私は先生の頬に手を伸ばした。かつて自分から手を離したのに、目の前の先生は――シロは私の手に自分の手を重ねて、私を見つめてくる。


「すきだよ」


 私の言葉に、シロはふっと馬鹿にしたような、生意気な瞳で見下ろしてきた。そしてぶっきらぼうに「わん」と鳴いた。






 私とシロは三日間、二人きりで過ごしたあと、一緒に私の両親のもとへ向かった。


 やっぱり両親は警察に捜索願なんて出していなくて、学校の連絡も風邪を引いたと、なんとも簡単な仮病で済ませていた。


 そして、心配しているだなんて自分勝手な思いを抱いた私を嘲笑うみたいに、両親は一流のヴァイオリニストとして失格だと怒りを顕にした。


 でも、その後先生は私を自分の車に乗せ、両親と話をした結果、私は先生と住むことになったのだ。


 両親に何をしたか、何を持って私の身元の引受の座を奪ったのか、先生は「年単位の証拠があるから」以外に言わない。


 でも、あれから三か月。父は変わらずドイツで指揮者をしているようだし、母も大学には向かっている様子だった。


 ……今のところは。


「あぁ〜、寒いねぇ沙梛ちゃん。凍死しちゃうよ〜」


 そして、私は今日も学校に通っている。ジャージのチャックを限界まで上げて、ぶるぶる震えながら廊下を歩く


徒木は、なんだかゆるキャラみたいで面白い。


「お、桜羽と徒木、どうしたジャージ姿で。芋掘りにでもいくのか」


 廊下の曲がり角で、陽気な声が後ろからかかる。振り返れば華室先生が小馬鹿にするように立っていた。


「体育です。うぅ寒い……」


「大変だなぁ」


 凍える徒木に、さして同情もしてなそうな声を出す華室先生を見ると、先生は「ジャージ似合ってんな」と、私の肩を叩く。


「あ、わりい徒木、ちょっと先行っててくれないか。桜羽に用があるんだわ」


「分かりました! 沙梛ちゃん、先行ってきます」


 徒木はトコトコ……と効果音がつきそうな走り方で、廊下を後にしていく。


「何か御用ですか?」


「すげえ冷たいなお前。釣った魚に餌やらないタイプかよ」


「魚ではなく犬なので……」


 あえて、馬鹿にした声色で話す。するとシロは生真面目そうに私を見返した。


「教師に犬扱いなんてみっちり指導だな」


「いかがわしい」


「作文三百枚くらい書かせるかも」


「まともな指導……」


「なにお前、俺の指導何だと思ってんの? 言ってみろ」


 不満げな言葉に、私は辺りを見回して人がいないのを確認してから、シロに向かって背伸びをした。一応は教師の顔をしていたシロが、目を細める。


「キスで黙らせるとか、悪いやつだわ〜。将来が心配。将来政治家とか手玉にとりそう」


「シロにしかしない」


「本当に?」


 試すような声色に私はぎゅっとシロの腕をつねった。気がつけば鐘が鳴る。


「頑張れよ」


「もちろん」


 私は、シロに背を向けて駆けていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ