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次は直接聞きにいく

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

稔橋(としはし)さん、これ今週の分のリクエストカードね」


 司書の先生が無造作に並べられたテーブルに紙束を置く。図書室のカウンターの奥、司書さんが作業をしたり、届いた本や返却された本が一時的に置かれたりする、この場所は図書委員の手伝いをしている私にとって聖域だ。


 図書室とは壁一枚隔てられていて、司書さんとしか会わずに済む。生徒たちの声は聞こえるけど決してみんなに私を見られない、教室半分ほどの大きさだけど私を守ってくれる大切な場所。私はいつもここで、図書室の前に出されているリクエストカードの回答を書いている。リクエストカードというのは読んで字のごとくどんな本を借りたいか書くものだ。


 普段はカウンターのすぐそばに置かれていて、記入した紙を、リクエストボックスに放り込むと、大体十日後くらいに返事が書かれたカードが図書室の前に掲示される。入荷できる本なら学校の予算で買って、駄目だったら入荷不可リストにしてまとめて発表する。誰がどんな本を借りようが自由という図書委員のスローガンのもと匿名性に配慮されているけど、利用者はまちまちだ。そして今日のリクエストはーー、




【求む! 最恐小説  記入者:苦悩する陽キャ】


怖い話による吊り橋効果で好きな女の子とワンチャン狙いたいです!!!! いい本教えてください!!!!!! よろしくお願いします!! いいクリスマス過ごしたいです!




 初めからなんだかとてもテンション高いリクエストカードを引いてしまった。このびっくりマークを何個も使う人はよくリクエストカードを書いてくれる人で、いつも元気いっぱい……というか女の子とワンチャンを狙っている人だ。


 その好きな子もリクエストカードを書いてくる毎に変わっているらしく、なんとなく毎回「好きな子」が違う感じがする。というかそもそも毎回この人は仕入れのリクエストじゃなくておすすめリクエストをしてくる。


 私はひとことカードに『相手がホラーが苦手な場合、吊り橋効果以前に嫌がられて嫌われますよ。しっかり確認してからならば』と前置きをしてからおすすめを書いた。すると丁度というべきか、書庫の外で「このリクエストカード頂いてもいいですか?」と爽やかな声が聞こえてきた。


「ええどうぞ。未都(みと)くん本好きなのね。どんな本をリクエストするの?」

「実は……最近ホラーがいいなって思ってて」


 外で会話をしているのは司書さんと、二年の未都くんだ。学年が違う私の耳にも入ってくるほど彼は有名な人で、単刀直入に言えば女子にすごく人気がある。


 優しく整った顔立ちをしていて、誰にでも紳士的な態度で礼儀正しいそうだ。何でも出来るのにそれを鼻にかけないとか、長所を出したらきりがない。長所おばけじゃんなんて言われていた。


 でも、そんな完璧な王子様こそ、この女子とワンチャンを狙うリクエストカードを書いた張本人である。彼がこのリクエストカードを出した瞬間こそ見ていないものの、びっくりマークの彼にすすめた本を必ず借りるのはあの未都くんだった。図書カードの整理をしているときに発見した時はすごく驚いたし、二面性に震えた。けどまぁ、清楚ビッチなんて言葉もあるし、その逆バージョンなんだと思う。


「おっ! 未都じゃんか! こんなところで何してんだ! 女子が探してたぞー!」

「ああ 能取(くまとり)先輩。こんにちは」


 書庫にすら大きく感じるほどの声が聞こえてくる。この声は三年の先輩の声だ。バレー部の主将をしていて明るく快活、ちょっと荒っぽい話し方をする女子生徒で、このリクエストカードの常連でもある。カードの束から探してみると、やっぱり彼女の書いたカードが入っていた。




【レース編みの本が気になっています  記入者:しんしあ】


最近レース編みにはまっていて、専門書が読みたいです。本来購入が望ましいのですが海外のもので価格が六千円とお小遣いでまかなうことが厳しく……。市の図書館では貸し出し中になっており困っています。前回刺繍本をリクエストしてすぐのことで申し訳ございませんが、よろしくお願い申し上げます……。




 このリクエストカードを書く人は、必ず手芸やお菓子作りの専門書を頼んでくることで目立っていた。


 それだけじゃ男女の判断はできないものの、「私は女子なのでわかりませんが」と自分語りが入ったことで、女子なんだとわかった。別に特定したくてしたわけじゃないけど、リクエストカードは当然この人しか書かない日みたいなのもあって、その前後に図書室でカードをもらっていったのが能取先輩だった。


「うわ、熊取じゃん。お前も図書室なんて来るんだな……あっ、未都だ。えっお前未都狙いなん? えげつねえな」

「私はちょっと用があっただけだ! ほら、用のない奴は出ていけ」

「なんだよお前押すなって……! いってぇな」


 先輩は、周りから結構ガサツというか「お前男子枠だよな」なんて扱いを受けている。だから表立って自分の趣味を素直に好きといえないのだろう。


 だから私は能取先輩をひいき目に見てしまうというか、専門書の仕入れをどうにかできないか司書さんに聞いたり、もう少し安くていい本がないか調べたりしてしまう。


 今回の本は六千円とまた厳しい値段だ。私は後で司書さんと相談する為保留にして、次のカードを手に取った。その瞬間喉のあたりがきゅっとして、またこの人か……と虚脱感に襲われた。




【好きです  記入者:ひとことさんの運命の相手より】


この間ひとことさんがどんな恋愛をしたいか質問した僕です。ひとことさんのおすすめしてくれた小説、ホラーでしたよね? 趣味、一緒ですね。僕ホラー大好きなんですけど、これ最後主人公の女の子が好きな男を祟り殺していましたが、ひとことさんは好きな男を祟り殺したいんですか? びっくりです。でも僕はひとことさんがどうしてもっていうなら祟り殺されても可! です。老後にお願いします。そういえばひとことさん前回からスターチス文具のヌルヌル書けるブラック0.5から八槻咲社のボールペンに変えたんですね。僕もひとことさんに合わせて変えました。お揃い嬉しいです。シャーペンは何を使ってますか?? ちなみに今回のリクエストは素敵な料理が出てくる小説です。よろしくおねがいしまーす! 何卒何卒!




「だからこのリクエストは入荷リクエストなんだって……」


 うっかり独り言が出てしまうほど、このリクエストカードの主はどうかしている。初めこそ普通だったけど、どんどんひとことカードの返信をしている人間宛のメッセージが増え今ではこのありさまだ。しかも最後の部分に本題のリクエストをしてくるところに手口の巧妙性がうかがえる。


 前回だって『ひとことさんの憧れの恋愛が出てくる小説を教えてください』などと書いてきた。私は嫌がらせとして最も相手の男が悲惨な状態になるものを選んだけど、まるで効かなかったようだ。


 こんな、顔も姿もわからない相手にこんな気持ちを抱く人間なんていないし、完全に愉快犯だろう。


 もうそろそろ時間だと思い書庫の扉からそっと外をうかがうと、このカードを書いた主……いや犯人である彼がおどおどしながらやってきた。


「あっ、リクエストカード一枚頂いてきます……」

「どうぞー」


 司書さんの声に華奢な体をびくりと震わせるのは、一年の咲倉(さくら)くんだ。そしてこのリクエストカードを書く犯人……だと思われる。長く分厚い前髪で目元を隠すのとは対照的に、半袖から覗く腕は真っ白で細い。校則違反は絶対したくないと言いたげなシャツインスタイルで、どうやらクラスからは浮いているようだった。学年は違うけど挙動が明らかにこちらよりだし、友達と一緒にいるところを見たことは一度もない。


「し、失礼しますっ」


 彼はリクエストカードをカウンターから一枚抜き取ると、一目散に図書室を後にしていった。それと同時に昼休みの鐘が鳴りみんなも一斉に教室へと帰っていく。私はそれを見送って、横の椅子に置いてあるカバンから教科書とノートを取り出した。私は彼がたまに怖い時もあるけど、所属しているクラスや学年だって知られていないし、このままなら卒業まで会うことはない


 なぜなら今私は、訳あってこの春から教室に行けていないからだ。保健室登校……という表現が正しいのだろうけど、新学期が始まって以降私が出入りしているのは紛れもなくこの図書室だから、図書室登校というのがしっくりくる。


 朝はみんなの登校時間より少しずらして早めに学校に来て、放課後はみんなより早く帰る。その分休み時間を減らしているからそこそこハードな日々だ。


 でも、やっぱり教室に行ける子たちから見たら楽をしていると思われてしまう。そんな矛盾を抱えながら、こうして図書室のことを手伝いつつ勉強しているわけだけど、リクエストカードの回答をするのは人と会話をすることがない分楽しくはある。


 私は後で司書さんにレース編みについての話を相談しなければ……と思いながら自習を始めたのだった。











「いいなぁ、この子、絶対可愛いんだろうなぁ……」

「おっ能取! 休み時間終わるぞ!」


 リクエストカードの回答が貼られた掲示板を見つめていると、隣のクラスの男子が声をかけてきた。どきっとしながらも「おう!」なんて返事をして、去っていく背中からまた掲示板に視線を戻す。


 もともと男兄弟で生まれ育ち体を動かすのが好きだったけど、同じように可愛いものも好きだ。家族は私の趣味を知らない。兄や弟たちにからかわれてしまうことが嫌で、図書室で可愛いものの本を読みたいけど、周りが私に抱いているイメージとも絶対違うからできない


 そんなときこの掲示板のカードと出会った。


 そこには毎週私がやってみたいと思う趣味や、ふわふわして可愛い表紙の本をリクエストした人がいた。きっと可愛い女の子だろうなと思って見入ってしまい、それは日課になって今に至る。




【刺繍の本が欲しいです  記入者:しんしあ】

実は先日海外文学を読む授業があり、そこに出てきた魔法の刺繍で出来たドレスを再現したく思っております。その作品にはいくつかヒントらしき記述はあるものの挿絵はなく、刺繍も魔法で行われた設定上技法に関する情報がありません。そこでネットで調べたものの、技法は名前しか載ってなく、ブログもまちまちで詳細は本で学んだほうがいいと思いました。どうかよろしくお願いします。


【回答】

魔法で出来たドレス。素敵ですね。司書さんにお問い合わせをさせて頂いたところ、無事購入が決定しました。入荷は一週間程度かかるとのことなので、頃合いを見てお立ち寄りください。


それはさておき……と置いてしまっていいことでもありませんが、先日は押し花のしおりをありがとうございました。押し花は落ち着いた色味のイメージでしたがカラフルな色が幾重にも層になっていてとても綺麗でした。ありがとうございます。大切にします。ちなみに刺繍を取り扱った日本文学はご存知ですか? おすすめがあって――




 回答している図書委員の人と、その裁縫が得意なお姫様みたいな子……「しんしあ」とのやり取りは、ひたすら羨ましい。


 だからリクエストカードを書きたいと思ったけど、おしとやかな文章が書けなかった結果、なんだかチャラい男子生徒みたいなことしか書けなかった。設定ばかりが独り歩きして、この間なんて読めないホラー小説のリクエストまでしてしまった。


 もう授業も始まるのに。切ない気持ちで教室へ向かえずにいると隣に小柄な男子生徒が立った。


 見るからに華奢で、前髪も長く顔はよく見えない。手にはしんしあが先週リクエストしていた本があった。彼はしんしあではないだろうし、彼が回答カードに記入している図書委員なのかもしれない。じっと見ていると彼はぎょっとした顔で私に会釈してきて、慌てて返しながら掲示板に目を向けた。




【彼氏か彼女が死なない号泣小説! ください!  記入者:苦悩する陽キャ】


超泣きたい気分な時に読む話を求めてます!!!! 出来れば恋愛がいいんですけど、でもどっちか死ぬ系じゃなくて、ブワァアアって泣けるのに誰も死なない話がいいです! できれば映画化なんてしてると女の子家に誘えるので嬉しいっス!




【回答】


不殺映画化感動恋愛小説ですね。あとここ、リクエストコーナーじゃないですから。


図書室に無くて入荷の必要があるものをいくつかピックアップしたところ、どれも文庫版が出ており予算クリアの運びとなったので再来週、特設コーナーを作ることになりました。タイトルは――




 図書委員の回答カードは、私の作った私――陽気で女子とワンチャン狙う彼に対してかなり辛辣だ。


 でもきちんと接してはくれるし本も勧めてくれる。ホラーは……怖くて読むのに時間がかかってしまいそうだけど。きっと隣に立つ私が書いているなんて、隣の彼は気付きもしないのだろう。


 ここで待っていたらお姫様にも会えるのかな? なんて思いながら踵を返すと、どん、っと思い切り人にぶつかってしまった。位置的に私の背後にいた回答カードの彼らしき生徒にも玉突き事故のようにぶつかってしまう。盛大に転んだ彼を助け起こしてから振り返ると、私にぶつかってきたのは二年で王子様と呼ばれる未都だった。


「ごめんなさい先輩っあと……えっと……君も」

「僕は大丈夫ですっ! すみません……! 失礼しますっ!」


 回答カードの彼はぺこぺこ頭を下げる。でも何かに気付いたようで「あれ?」と動きを止めた。


「あっ……この八槻咲社のペンは……どちらの……?」

「ああ、それ俺の。ありがとう。大事なものだから失くすと困るんだ」


 そう言って未都が受け取ると、回答カードの担当かもしれない彼のほうは刺繍本を手に取りささっと駆け出して行ってしまった。


「能取先輩は戻らないんですか? 教室」

「私もすぐ戻る。っていうかお前はいいのか?」

「今日自習なんで、ちょっとこのひとこと回答見ておこうと思って」


 そう言って未都はにっこりと笑う。視線を向けた先を追うと、図書室の名物になりつつある気持ち悪い人のリクエストカードが貼られていた。





【愛しています  記入者:ひとことさんの運命の相手より】


先日、朗読会を開催してほしいと希望を出した僕です。もう俺の事、筆跡でわかりますか?? 人間は繰り返し見るものに好意を抱くと聞いたのですがどうでしょう? 案外ひとことさんはもう俺を好きで好きで仕方なくなって図書室で俺を見るたびに俺の胸に飛び込みたくなる衝動を抱えているのではないでしょうか? いいですよ。ひとことさんなら大歓迎です。俺のことが好きなのに今日もまたひとことカードでそっけない回答をして、全校生徒を前に公開SMに励むおつもりなんでしょう? そんな可愛くて変態さんのひとことさんも俺はばっちり受け入れるので結婚してくださいね。


さて、ここで質問です。ひとことさんはどんな恋愛がしたいですか? フフ。ひとことさんの言いたいことはわかります。入荷のリクエストをしろ、ですよね? ひとことさんの考えはお見通しです。僕はあらかじめ図書室の恋愛小説は網羅してきました。なのでここにない本でお願いします。フフ。僕のリクエストで司書さんが頭を悩ませる姿が目に浮かぶようです。優しくしてあげたいのに、とても興奮します。




【回答カード】


セクハラ、という概念はご存知でしょうか? また精神状況に著しい不安を覚えますので毎週金曜日に来校予定のあるスクールカウンセラーの方にご相談することをお勧めします。


〈追伸〉


指定の本を入荷しましたので絶対借りてください。カウンターで特集がありますので。タイトルは――





 ふふって、文字にしているところが気持ち悪いと思う。わざわざカタカナにして。


「こいつヤバいよな、結婚してくださいとか」

「ハハ、ですよね。きっとこのひとことさんのことが大好きで仕方ないんでしょうね」


 くすりと未都は笑う。女子にキャーキャー言われている笑顔だというのに、私はひどく寒く感じて、その場を後にしたのだった。





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