敏腕マネージャーエドガーの絶対的なしつけの仕方
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【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】
10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶
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【あらすじ】
松戸円は見目麗しく生まれ幼少期から周囲にちやほやされていたが、そのぶん誘拐事件や人々の好意に振り回され、とうとう愛する妹まで魔の手が及んだ結果、『暴力』によって周囲を支配すればいいのだと結論を出す。それから十数年後、二十八歳になった彼女は女優として活躍していたが、彼女の周りには不穏な影が寄り添っていて……。
「あなたは弱い。なぜ弱いかわかるか?」
「……」
「私には、光がいる。しかしあなたには光がいない。家族以外に向ける愛――友情でも、愛情でも、何かを見つければいい。でなければこれ以上鍛えても、あなたは私に勝つことはできない」
そう言って、180㎝はある図体の大きな女……神宮季績が私を見下ろした。道場の端から端、私を二十回以上投げ飛ばしておいて息を乱す様子はない。傍にはパステルカラーのセーターを着た女子高生……に擬態する男がいて、神宮にぶんぶん手を振っている。
「きーちゃん勝てたね〜じゃあカフェ行こ? 今日も秒殺だったねぇ〜かっこよかったよぉ〜! さっ! そんなザコ女放っておいて早く二人きりになろ〜!」
「待て光、着替えなければいけないから」
「じゃあボクが手伝ってあげる!」
「それは……」
「えへへ、期待しちゃった? きーちゃんのえっち〜。そういうのはお家で、ね?」
二人はぴったりと肩を寄せ合い道場から去っていく。畳に伏す私は二人の背中を見つめた後、思い切り拳を地に叩き付けたのだった。
◇
初めて人を殴ったのは十歳の頃だった。四歳下の妹が私を好きだと言った男に突き飛ばされ、自然と手が出た。痛みを訴えながらのたうつ男を見て、初めからこうすれば良かったのだと気付いた瞬間だった。
というのも、私は生まれつき人を惹き付ける容姿をしていた。どこに行っても容姿を称えられ媚を売られ求められた。小学校の頃に貴族という人種を学んだとき、自分はこういった扱いを受けているのかと思ったくらいだ。
要するに私は人より美しく産まれ、家族以外の人間からは玩具にされて生きてきた。よく人目を奪うなんて言うけれど奪われているのは間違いなく私の方である。
目が合えば告白し貢がれる。そして始まるのは私を求めることで起きる喧嘩。広がるのは怒号の世界だ。人間とは誰かと愛情を共有出来る生き物では無い。
しかし暴力という手段を覚えてから私は変わった。気に入らない人間がいれば殴り倒せばいい。殺したり相手が病院で確定的な診断さえもらわなければ、そして目撃者さえいなければどれだけ痛みを与えても無かったことになるのだ。法律は最高である。
以降私はボクシングや空手、ムエタイにテコンドーなど習い始め、いかに相手にケガをさせず最大級の痛みを与えるかにだけ心血を注いで生きている。
力を得たおかげで心に余裕が出来た。視野も広がりこの容姿を利用しようとの考えに至ったのだ。よって私はしつこいスカウトを受ける度人間をマンホールの下や側溝に詰めていたけど、話をちゃんと聞いた結果女優という職業に就いた。
本当は格闘家になりたかったけど、一般人を殴りつけると選手の資格を失ってしまうから出来なかった。
私はがむしゃらに働いた。どんな役でもやった。悪役でも何でも。お金がたくさんあれば妹を獣医の大学に行かせてあげられる。
妹は私と違って傷つきやすく繊細で優しい動物が好きな子だ。家の金銭状況を考えたのか、小学校の高学年から獣医になりたいと言わなくなってしまった。
だから、女優業を通して妹の学費を世間から搾り取れるだけ搾り取ろうと思った。
いっそ目の合った相手を殴って勝てたらお金をもらえるシステムが社会で構築されればいいけど、お母さんやお父さん、妹は弱いし、家族が殴られたら法に背いてしまう。だからなしだ。私が一方的に人を殴ってお金がもらえるシステムじゃないといけない。
最近では仕事も順調で、給料も桁が変わって楽しい。ちょうどこの間撮り終わった役は主演で、嬉々として自分の邪魔者を殺していく猟奇的な暗殺者の役だった。監督には「気が滅入らない?」と心配されたけど、役の気持ちがよくわかるし、撮影中はとても心の体調が良かった。ほくほくである。
だから今日こそあの女、神宮を半殺しにできると思ったのに駄目だった。
奴は私よりだいぶ年下で道場の娘だ。武器を持つ相手に素手だろうが格闘家相手だろうが無敗だった私を平手一つで打ち負かした化け物。いつか打ち負かしてボコボコにしてやりたい。強い奴は好きだけど、強さの秘訣を聞けば「愛がない」の一点張りでむかつく。埋めてやりたい。
苛立ちを抱えながらスマホをいじる。ニュースサイトは夏終わりに起きた湖の水死体の事件で持ちきりだ。互いの両手を縛った高校生の男女が湖に浮かんでいたらしい。人は生きていれば死ぬというのに毎朝評論家がこの件について言っていて、ひたすら不愉快だ。お前を次のニュースにしてやろうかと思う。
「円さぁん。歩きスマホは駄目ですよぉ~」
歩いていると、にゅっと電柱の影から男が姿を現した。
「何でここに?」
「俺は弟子兼マネージャーですからねっ! 送迎をしにきました!」
熱意ある話し方をするこの男の名前はエドガー。名前の通り外国の人間で、日本文化に触れながら育ちこの国へと渡ってきた男だ。その顔はホラー映画よろしく夜闇から現れたとは思えないほど整った顔立ちをしている。さらさらしたプラチナブロンドの髪色や蒼眼も相まって、人形が歩いていると通報されてもおかしくない。
エドガーと出会ったのはおよそ一年前だ。彼がぼったくりバーの過剰請求から逃げているところに出くわし、私が追っ手を撃退した。以降彼はストーカーみたいに私の前をうろつくようになり、弟子にしてほしいと懇願してきたのだ。
どうやら彼の国では出国に伴い弟子入りの文化があり、一人前にならなければ自国に戻ることは禁じられているらしい。元は輸出業をしていたらしいけどすぐに私の事務所に勤めマネージャーになった。
ずっと弟子入りを断ってきた私だけど、彼はマネージャーになったわけだし、前のマネージャーは行方不明になってしまい彼を傍におくしかなかった。
まぁ今はそこそこ打ち解けてきて、仕事の合間にエドガーに体術を教えたりしている。
「明日はオフですけど、どうしますか? 一緒に遊園地、水族館、動物園、買い物、映画とか、色々デートしますか?」
「うーん、明日のデートはなしで」
デート。といってもエドガーとのそれはデートではない。彼の国では同僚や仕事の人間と出歩くことをデートと言うらしい。中々独特な国で、日本の恋人繋ぎは彼の国では親交を深めたい知人同士がするものだそうだ。変だなと思う。
私とエドガーはお揃いの指輪を左手薬指に着けているけれど、それは師弟関係を結ぶ意味合いで結婚ではないらしい。驚いたのはこれだけじゃない。彼の国では師匠に必ずおやすみの挨拶を面と向かってしなければ親族全員呪われ四肢を焼かれてしまうそうだ。必死になって毎晩私のもとへ走ってくるものだから、仕事に影響があると今私はエドガーと同居している。
「どこか買い物行くですか? わたし荷物持ちしますよ?」
「ううん。そういうのじゃないよ」
「女友達とお出掛け? あっ、妹と会う、です? ヒナさん?」
「ううん。緋奈と会うんじゃないよ」
さらにエドガーの出身の村全体に伝わっている宗教はかなり複雑で、師弟で食事をする際は、二人きりの場合に限り弟子は師匠が口にしたものを移されなければ食事を始めてはいけない――つまり一食目は絶対口移しで食べないと食事を始めちゃいけないらしい。面倒である。
身体の清めは一緒――風呂は一緒だったり、寝るときは同じベッドで手をつないで眠るだとか、一方で異性との逢引は控えるなどかなり複雑だ。挙句、災いが本人にふりかかるのではなく家族にふりかかるらしい。恐ろしいものだ。もう慣れたけど。
「実はお見合いに行くんだ」
「見合い?」
私の言葉にエドガーが目を見開いた。明日の休日、私は見合いの予定が入っている。どうやら映画の配給会社の社長の息子が私に一目ぼれしたらしい。私の縁談の話が出て、社長は断ろうか迷ったけれど立場上危うく、私の意思を尊重した体で……つまり見合いの席で断ってもらうことにしたようだ。
「そんなこと、わたし、聞いてませんが? 車誰出しますか。困るでしょう?」
「社長が運転するって」
「社長、直々ですか?」
直々に社長が立ち会うことになったのは、まぁ他人同士で繋がりは社長経由でしかないことと、私が殴りそうな相手だからなのだろう。
社長は良くしてくれていると思う。自由に仕事をさせてくれるし、今回のお見合いも私が不本意だろうと断ってくれようとしたし。
でも、「美人姉妹で売れたらいいと思って」と言い私の妹の紹介を頼んだ挙句、私の参加したイベントに来た妹を見て「普通だね」と落胆した様子を見せたことは許していない。
その時は殴らなかった。ただ「お孫さん塾があるのって、火曜日と金曜日で、今日は息子さんが送迎でしたっけ」と社長に聞きはした。怯えていたけど私は子供は殴らない。子供を殴る人間は死んだ方がいいと思っている。狙ったのは三十八才の息子の方だ。子供は可愛い。好きだし育てたいとも思う。ただ結婚はしたいと思わない。だから妹に子供が出来た時可愛がろうと思う。
「なんで、円、見合いするですか?」
「社長命令だからね。あと見合い行けばお金もらえるんだって」
「だめです。そんなの。エドガー、相手殺します」
「なにそれまた宗教の話?」
「違います。弟子は、師匠の相手、殺さなきゃいけない。結婚、駄目。エドガー、人殺し、駄目でしょう?」
「まぁね、捕まるからね」
エドガーの困ったところは力の加減ができないことだ。私に近づく男を番犬のごとく半殺しにしてしまう。打撲とかじゃなく粉砕骨折とか洒落にならないほう。弟子の本能らしい。
この間は共演した俳優が私の連絡先をエドガーに聞いたらしく、怒った彼が硝子の壁に俳優を叩き付けようとした。既の所で止めたけど。
きつめに注意するとしゅんとして犬みたいだった。後輩の女優が私の悪口を言ったときは窓から放り投げようとしていたし、主人への防衛本能が根付いている感じがより犬っぽさを演出している。
「円さん、相手の男、好き、ですか?」
「会ったことないからわかんないけど、社長が同席するってことは私に殴られる可能性があるってことなんじゃない?」
「お、そういう意味で社長、一緒行く?」
「うん。断れなかったんだって、配給会社の社長の息子が相手でさ、私から断ったってことにしてほしいらしい」
私がそう言うとエドガーはほっとした様子で笑った。
「円さん、結婚したいですか?」
「どうだろうね、でもエドガーが一人前になるまではしないと思うよ。なんか宗教に引っかかるんでしょ?」
「はい。とてもひっかかります。エドガーの家族、円さんの家族、地獄行き、とても困る」
「そういえば、エドガーの家族ってどんな感じなの」
「あ、えっと日本で言う。ヤクザ? でもお薬とかやってないよ。とてもクリーン。人間殺す感じ。アサシン、マフィア?」
「そっか〜」
「だから円さん会わせたくない。危険」
家族を大事にしているようだけど会わせたくないというのは、気恥ずかしいというか授業参観をむずがる子供みたいな感情からだろうか。
エドガーは年齢のわりに幼いところがある。寝相が悪く服とか脱げてるし、酷いときは私の服まではいでいる。妹が赤ちゃんの頃はよくオムツ勝手に脱いでたから、ああいうような癖がいまだ抜けていないのだろう。彼もうすぐ三十だけど。まぁいびきとか歯ぎしりが煩かったら関節外してトイレに置いとくけど、騒音被害は無いから許容範囲だ。
「じゃあって言うのも変な話なんだけどさ、今度私の家族に会わせてあげるよ。妹が彼氏出来て、強さ確認したんだけど中々丈夫だったからエドガーも会ってみて」
「どれくらい、です?」
「鉄パイプで二十発くらい骨に異常ないよう加減して殴ったんだけど、顔はやめろ妹嫁にくれって叫ぶ元気あった。今まで見てきた男と全然違うタイプだから、あれなら緋奈を任せられそうだなって」
「わたしの、弟になる男、ですか?」
「師匠の弟だからねぇ、そうなるんじゃない? エドガー今のところ私のお父さんにしか会ってないし、お母さんともよかったら会ってよ」
「ふふふ。うれしいです。とてもうれしい。今夜は、ぎゅって寝たいですねえ」
「肩凝るよ。明日お見合い行って断らなきゃいけないんだから」
エドガーは人を抱き枕にして寝る節がある。エドガーは身長が190㎝くらいあるし、筋肉もあるから横抱きにされると翌朝肩が痛い。
「明日、きちんと断ってくださいね、神様、弟子一人前になる前に師匠、結婚、許さない。家族ともども地獄行き、なってしまいます」
「わかってるよ。それより今日の夕飯どうするよ。実家から来たそうめんあとどれくらいあるっけ」
「二箱ですねえ」
「はぁ〜、じゃあ今日もそうめんにしようか」
躊躇いがちにエドガーに顔を向けると、彼はうっとりと笑っていた。そんなにそうめん好きだったっけ? 昨日あたり「そうめん、このままだと9月までそうめんですよ……?」と顔を青くしていたはずなのに。そういえばその時もしゅんとしてた。
じっと見つめているとエドガーは私の唇を甘噛みしてきた。よく夜道でやってくる健康祈願のおまじないだ。本当に彼の宗教とか国の文化は、こっち基準だと恋人同士に見られるようなことしかしない。
「なんかスーパーで肉とか刺身買って豪華なそうめんにしよ」
私は彼と手を繋いで、月夜に照らされた道を歩いて行ったのだった。
それからおよそ五か月後のこと。エドガーが何故か日本の産婦人科を見てみたいと言い出した。単独で産婦人科に突撃し不審者として警察に突き出される様子が鮮明に想像できて同行すると、私のお腹には子供がいた。
エドガーの子らしい。彼の国では運命の男女が手を繋いで眠ると神の子が産まれるそうだ。びっくりである。
エドガーは泣いて喜んでいたし、私もなんとなくお腹にいる命に愛おしいという感情が抱けたから頑張って育ててみようと思う。でも不思議なことに、その後一応入籍するかと区役所に行けば、私とエドガーはすでに入籍していた。
受理された日付を調べれば、もう五年前からエドガーと結婚していたことになっていたらしい。書いた覚えのない婚姻届けについて彼に聞くと、「運命だからかもです」と言っていた。エドガーの国の神、結構やばいかもしれない。
今までなんて名前の神様か聞いてなかったから聞こうと思ったけど、国籍は日本国籍にしたけど生まれは南米、育ったのは北欧で日本に来るまで欧米だとか結構転々としてるから、面倒だなと思ってやめた。
そしてあれだけ地獄に落ちる悲しいとエドガーの言っていた彼の家族は、私と出会った直後に皆死んでしまっていたらしい。「日本は銃無いから、いい」とか言ってたし、死因はそういうことなんだろう。人懐っこく接していたのは、悲しみの反動もあったのかもしれない。
「円さん。ゆっくり、ゆっくり歩いてください。転んだら一大事です。公園と言えど魑魅魍魎集うジャングルだと思ってください。やっぱり帰りますか?」
真昼の公園で、エドは私に日傘を差しながらあわあわとしている。私に日陰を作ろうと必死すぎて彼の顔は半分くらい日差しに照らされていた。私はぐいと傘の持ち手を押して、彼にも日陰がかかるように動かす。
「まぁ、エドガーがそう言うならそうしようかな」
「はい。そうしましょう。暑いのよくないです。熱中症あぶないです」
そう言って日傘の向きを変えるエドの左手薬指には、水色の宝石があしらわれたリングが嵌められている。私の指も同じだ。
結婚の手続きはすでに終わっていて他の手続きもエドガー任せな私は、芸能界も引退して育児や家事に専念すべく家にいる。彼は家で仕事しているから、ほぼずっと一緒だ。運命ってすごい。
「来年には、三人でこういうところ来るのかな」
「はい。当然です。わたしたちは運命ですから」
なら、こうして平和な日々が続くんだろうなと思う。エドガーがそう言っているし。




