痛みある恋の叫び
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【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】
10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶
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【あらすじ】
大学生の栞は、同じ学部でバンドをやっている陸と付き合うことになった。見目良しで音楽の才能もありテレビドラマや映画の主題歌も担当するバンドのヴォーカルを務める陸の彼女になれる幸せを最初こそ噛みしめていた栞だったが、徐々に陸の女性関係が気になり始めとうとう別れることを決意する。
ずっと好きだったバンドマンの陸くんと付き合うことになった。
初めは婚姻届けなんて出されてしまったけど何か高度の冗談だったらしい。記入した後は、「しばらく飾るね」と言って颯爽と去っていったから皆にしてることなのかもしれない。
宗教的な洗礼みたいに。
そんな宗教的なおまじないは私の心に深く刺さってしまった。それまで女の子に囲まれていた陸くんが私だけのもので、彼氏になってくれて、本気で大切に思ってくれるなんて勘違いをしてしまったのだ。
遊ばれてもいい。むしろ遊ばれたい。そう思えるほど好きで好きで仕方がなかった。大学内で声を聞けば姿を探し、遠くへ行く背中をぼやけるまで目で追ってしまう。
講堂でいつも窓に背を預けてる彼の真っ白な髪が陽に透けるさまが、瞼の裏に鮮明に描き出せるくらいだ。
怜悧な瞳、華奢な体躯に武骨な手。繊細で構成されている陸くんが歌う激しい恋の歌を聞いて、こんな風に想われたらどんなに幸せだろうと思っていた。
バンドマンは自分の恋を燃やして歌うと聞く。一曲作って満足するバンドマンなんていない。一瞬一瞬を燃やし尽くしていくのだと。
なら私は一瞬でも陸くんの視界に入ったという事実がほしい。そう思っていた私にとって、彼と付き合うというのはあり得ないほどの奇跡で幸せだった。
でも、いつからだろう。彼の家に出入りする権利を得てからだろうか。
ある時、男物の靴が並ぶ裏側に女の子の履く真っ白なレースの靴が箱にしまわれ、大切に大切に保管されているのを見つけた。
どう見ても、新品。箱の外装はラメ入りでシンデレラの靴のように輝いている。
その隣の箱には真っ黒なハイヒール。赤いスワロフスキーがあしらわれていて、彼が様々なタイプの女の子と関係を持っていたことを如実に現していた。
その日の晩は、眠れなかった。
初めから彼は一人を選ばない器だということは知っていたのに。だって彼の歌の世界はいつだって求めている女が違う。天使のような女の子、魔性で人を惹きつける悪魔のような女、穏やかな妻に、幼い初恋の少女。これまでの女性遍歴を語られずとも、いつも女の子に囲まれていることや「嘘は歌いたくない」という彼の言葉が絶対的な証明だった。
あの日彼の家で女の子の痕跡を見つけたことは、私を愚かにさせるには十分で次に彼の家へと招かれた時、私はトイレで決定的なものを見つけてしまったのだ。
手洗いに立ったとき「ごめん、ペーパー切れてるかもしれない」と慌てて彼も立った。私が替えるよなんて、調子に乗ったのがいけなかったのだろう。
彼は「棚のところね」と言ったけれど実際トイレで目にしたのはペーパーだけじゃなく、これまで彼が他の女の子と同棲をしていたことを示す決定的なものたちだった。
私は心のどこかで自惚れていたのだ。
彼は遊んでいるかもしれないけれど結局は自分のもとに帰ってくると。彼が同棲の誘いを会話の中に滲ませるたびに、彼にここまでさせたのは私だけだと思いあがった。頭の片隅にちらつくレースの靴を見ないふりをして。
しかしそれがどれほど愚かだったのかを、棚にしまわれたそれは私へと徹底的に知らしめて来たのだ。
もう、駄目だった。遊園地に遊びに連れて行ってもらったり新曲を聞かせてもらったり、一緒に作ったご飯を食べたりとどんなに楽しい思い出を浮かべても、悲しさや苦しさにかき消されてしまう。ここまでくれば私は気持ちを隠して一緒にいるより、いかに醜い女にならずに彼の元から去るかに集中するしかない。
別れの日にと選んだのは週末、大学に行くまで休みを二日挟んだ金曜日の午後十一時だった。最後の思い出作りにと決意を忍ばせ、ソファに二人で並び映画を見る。彼はキャラメルポップコーンを用意していて「ちょっと苦いかも」なんて笑っていたけど、私には味なんて何一つ感じられなかった。
映画が終わると彼は「時間だね」とそわそわする。バンドマンは手を出すのが早いと聞いていたけど、今まで彼は一度だって私に手を出さなかった。手を出す気配すらなかった。それが大事にされていると私が増長する原因になったことは間違いないだろう。
きっと彼は私に彼女を求めていたのだ。彼女なのだから当然だろうけど、関係を持たない、触れない、こうして一緒に映画を見たりポップコーンを食べたりするような、柔らかい陽の光のような恋愛を求めていたのだ。彼の歌のように激しい恋ではなく、落ち着ける場所を。
でも、もう私にその役割は全うできそうもない。彼の顔を見るたび一思いに責めてしまいたい気持ちになる。「栞だけだよ」という言葉が耳をかすめるたびに嘘つきと一思いに罵りたくなる。
なのに自分だけだと確かめる言葉が欲しくなって、口を噤む。そんな無様な自分を彼に見せたくない。だから、私は私に引導を渡さなければいけないのだ。
「陸くんは、私以外にもすきな女の子、いるよね」
不意打ちで彼に問う。卑怯な手段だとは十分に分かっている。でも、どうしようもない。彼は私を見て、想像通り驚いた顔をして、少し泣きそうな顔になったのだった。
俺が栞ちゃん……しぃちゃんと出会ったのは幼稚園の頃だ。皆が豆まきをする節分の日。鬼が現れて皆でやっつけるけど、当時の俺は鬼の正体が先生だなんて全然分からなかった。だから教室に入ってきた鬼が怖くて殺されるんじゃないかと思って、漏らした。
漏らしたのだ。
皆も怖がってたし、泣いている子もいた。だけどそんな反応をしたのは俺だけで、先生も鬼を演じることを忘れ騒然とする中、しぃちゃんだけは俺を廊下へ連れ出してくれた。
恥ずかしくて、ズボンも冷たくて気持ち悪くてずっと泣いてる俺をしぃちゃんは「よしよし」と頭をずっと撫でてくれていた。「泣かないで」と言ってくれたし、「実はしぃも前にお布団でしちゃったことあるから大丈夫だよ」って言ってくれた。
今思い返すとえっちだな。
その後すぐに鬼のお面を被った先生が「大変!」と言って追いかけてきたから、俺は走って逃げちゃったけどあの時しぃちゃんが一番に助けてくれたし、『お漏らしマン』という大層不名誉なあだ名が付けられそうになった時もしぃちゃんはすぐ庇ってくれた。
だから俺にとってしぃちゃんはヒーローで、女神さまで、世界で一番好きなかわいい子だ。
でも俺の初恋はしぃちゃんが私立の女子しか入れない、エスカレーター式の小学校に入ってしまったことで脆くも崩れ去ってしまった。
俺もしぃちゃんと同じ学校に入りたいとお母さんに言ったけれど、女子とついている学校は大体の男の子が入れないらしい。俺のこれ切ってもいいよと妥協したのに全然だめだった。
しぃちゃんに、会えない。会えないのが辛すぎて、いつもしぃちゃんが学校に行くところを眺めてから登校するのが日課になった。雨の日も晴れの日も風の強い日も毎日だ。通学路でしぃちゃんにぶつかった女のポストには、欠かさず死んだ虫や泥のついた石を入れていた。
でもしぃちゃんを見てるだけではやっぱり物足りなくて、話しかけるか迷ってる間に小学校三年生くらいになってしまった。
そこまでくると、今度は話しかけても忘れられてるんじゃないかとか、お漏らしマンだと名乗るのはつらいだとか、話しかけない理由のほうが圧倒的に増えてくる。でも想いばかりが溜まってしまって、俺は寝言で「しぃちゃん!」と叫ぶようになった。シャウトの始まりかもしれない。シャウトがいいと褒められることがあるけど、小学校三年生から中学校二年生まで一日平均二〜六シャウトしてたから、まぁ練習にはなっていたと思う。
お母さんとお父さんは、大体深夜二時から四時に不定期に行われる絶叫について最初は怒っていたけど、一緒にお医者さんに行ってからは俺にストレスを与えないよう怒らなくなった。そして俺のストレスが解消されるようなものが何かないか探し始めた。
結論から言えば、俺の両親は俺の絶叫を停止させることに成功した。
植物を育てたりスポーツを片っ端からやらされたけれど、全部だめだった。でも、音楽についてのあれこれをしてると、俺は夜にしぃちゃんを求めて叫ばなくなったのだ。
音楽といっても、具体的にはしぃちゃんについての歌を歌うことだ。
適当にギターをじゃきじゃき弾きながらしぃちゃんについて歌っていると、その晩はぐっすり眠れる。自分の叫び声に驚いて起きたりなんかしない。もう深夜二時から四時に断続的に行われる大絶叫を聞きたくないお母さんとお父さんは、楽器屋さんで一番いいギターを俺に買ってくれた。中学を卒業するころには自分で作曲もできるようになったし、パソコンで自分の作った曲をネットにアップすることを始めた。
始めたのは、ネットにアップだけじゃない。
しぃちゃんは、よく真っ白な帽子を被って出かけている。おばあちゃんからもらったらしい。俺は高校の校則が緩かったこともあって、髪の毛を白く染めてみた。この状態でたまたま淡い色のコートを着たとき、近所のお婆さんから「何か今日てるてる坊主みたいねぇ」と言われてしまったから、以降俺は日々の服装に細心の注意を払っている。評判も良かったし、あまりぱっとしない俺の顔も髪の毛が奇抜なことで雰囲気イケメンにまで昇華した。しぃちゃんに一目ぼれされたらどうしようという妄想で調子に乗り、ベッドで暴れて落ちて肋骨を折った。
しかし、そんな髪形を変えるという自分大改造計画によって、しぃちゃんと同じ大学に行けたのに、しぃちゃんは俺のファンになってくれたのに、俺が幼稚園で一緒だった「りく」であるとちっとも分かってくれなくなった。
その頃俺はバンドを組み、ドラマとか映画の挿入曲を担当するようになってネットでトップクラスの作曲をする湖月と雑誌で特集に組まれるまでになっていた。お金は大学中の人間の誰よりあるし、将来性だってバンドマンといえど抜群だ。
なのにしぃちゃんは、俺のことを覚えていない。ライブに来てくれて、ファンになってくれて、少しだけお話できるようになったのに、まったく思い出してくれない。
俺を思い出させる為の手段として、それはそれは強烈な切り札、「お漏らしカード」はあるけれど、これから先あわよくばお付き合いするとしてデメリットが多すぎる。お漏らしカードは墓地送りだった。
ではその後俺はどうしたかといえば、簡単なことだった。椅子に話しかけていた。
「しぃちゃん今日作ったカレーうどんおいしい?」
なんて、俺は自宅で誰も座っていない椅子にそう話しかけていた。机にはきちんと二人分の食事を用意して。
俺は正気だ。至って正気だった。ただ俺の目の前にしぃちゃんがいなかっただけだ。俺はきちんとしぃちゃんが目の前にいないことを理解したうえで、二人分の食事を作り椅子に話しかける生活をしていた。
しぃちゃんが家にいると思って生活する。そうすることで、自堕落な俺はQOLを保つ。
しぃちゃんと同棲しているつもりで、自炊をがんばる。しぃちゃんと一緒に住んでるのだから、ごみの分別はきちんとする。洗濯もきちんと色落ちするものと色落ちしないもので分けて洗う。
俺一人だったら、全部適当になってしまうこともしぃちゃんと一緒に住んでると思うだけで真面目に取り組むことができた。
ただ食事は二食出来てしまうのが難点だけど、しぃちゃんのお友達――なんかこそこそしてると思っていたらボーイズラブの本をせこせこ買っていて拍子抜けしたらよりによって女遊びの激しそうな陽キャの美容師と付き合っていて陽キャ菌がうつってしぃちゃんをクラブなんて不埒でえっちな場所に連れて行かないか不安になってしまうオタクの女の子と、俺がしぃちゃんに恐れ多くも着けさせていただいている盗聴器がその子と会うたびにハウリングして耳が痛くなってしまう自分のお兄ちゃんを監禁しようとしてるっぽいことがバイト中の発言に滲み出す女の子のどちらかとしぃちゃんが食事に行っている設定で、今までの一食分の余りを食べていけばいいのだ。
始めたきっかけは些細なことだ。しぃちゃんを陰から見守りしぃちゃんを想って歌を作る。しぃちゃんをお嬢様ぶってると陰口を言う女の家のポストに犬の糞をいれたり、片栗粉で作ったどろどろを流したり、しぃちゃんに近づく男のアドレスを出会い系サイトに登録する以外に特に生きる目標のない俺はとても不摂生な生活をしていた。
ファンとバンドマン以外に関係も一向に発展せず、このまま生きていてもしぃちゃんと付き合えることなんてないのではと考えた俺に希望なんてない。
いっそ今死んでしぃちゃんの心に生涯残る傷となりたかった俺だったけど、荒れた生活をマネージャーに指摘され廃れた生活を立て直したら、しぃちゃんと結婚できるよう尽力すると約束してもらった。
そうしてきちんと自分で解決策を編み出した結果がこれなのだから、マネージャーに文句を言わせる気はない。
それに、不摂生な生活といえど、別に女の子と遊んでばかりいるとか、お酒を浴びるほど飲んだりしているわけじゃない。ちょっとご飯を食べなかったりしていただけだ。しぃちゃんのことを考えて、六日くらい。
ただ、しぃちゃんとの同棲妄想でQOLをあげても、俺の性根は夜行性の根暗。だから夜更かしはしてしまう。夜しぃちゃんのアカウントを検索して、新しい呟きがされていないか確認をする。本当はリストに入れたいけど、もしフォローしたりリストにいれてるのが分かってしまったら怖いからしない。
俺は公式のアカウントと別に持っている、歯科衛生士二年目のお菓子作りが趣味なアイドルオタクの女の子としてのアカウントでしぃちゃんを見ているから、バレてもぎりぎり大丈夫だけど念には念のためだ。
そこで変なアカウントがしぃちゃんに話しかけていたら、きちんと通報をする。この間は「もしかして同じ学部じゃない? 今度話そうよ!」なんて、とても不審なアカウントを見つけたから通報した。
一方のしぃちゃんは、ネットで誰かに話しかけたりしない。つぶやくこと自体しない。遠出した時に撮った紫陽花とか、お祖母さんに貰った扇子をアップするだけだ。
彼女はあまり撮影が得意ではないから、いつも変なところに影が出来てたり、物に反射して映ったしいちゃんのくるぶしが見えて俺はひやひやしている。ストッキングの上からでも滑らかなのがすぐに分かる。絶対さわったらすべすべだ。
駄目だいけないと思いながら写真は保存した。曲が三つも出来てしまったし、しぃちゃんにその曲を「煽情的でドキドキしました」と褒められた。
しぃちゃんはえっちだね、エロいねを煽情的と言う。
すごくえっち。
最近は情という字でもドキドキする。前にしぃちゃんの二の腕がふにりと俺にあたって、感触を大事にしていきたかった俺は双極のフィニリーという曲を書いた。曲は不倫をテーマにしたドラマの主題歌に使われて、セクシーな楽曲と紹介された。世も末かもしれない。
けれど、好きな女の子への想いを歌にしたらネットで一億回再生されたり、しぃちゃんと同じ大学になったり、しぃちゃんにファンになってもらえたり、えっちなしぃちゃんにドキドキしてる歌がドラマの主題歌になったりと、俺は運がいい。
しぃちゃんと付き合うこともできたし、結婚の約束だってできたのだ。大学に入学してから、しぃちゃんの字を記憶して「しぃちゃんが家に来て置いていったノート」を作ってベッドの上に置いてひとしきりドキドキして死にたくなったりせずとも、しぃちゃんの忘れ物はわりと手に入る環境になった。それに今まで恋人同士になれた時用の物を買うたびに鬱になったけど、今はもう前向きに買い揃えられる。
トイレの物置には、しぃちゃんがきちゃった時のためにとスポーツOKとかさらさらタイプとか多い日夜用をきちんと揃えた。
下着を汚してしまった時の為に代えのパンツもあるし、パンツとブラが揃ってないのはだめみたいなことが雑誌に書いてあったから、きちんとパンツとブラは揃えて買ってある。
でもあんまり同じ系統だと「こういうのが好みなのかな?」と思われたり、しぃちゃんの好みと違っていた場合困るから、ふわふわした天使みたいなパステルカラーと、レースのちょっと派手なやつ、あとスポーツ用と揃えている。
でも、きちんとサイズはしぃちゃんのサイズにぴったり合わせた。しぃちゃんをこの十年以上の間ずっと見てたから、身体のサイズは分かる。
それが何センチなのかが分からないから、きちんと粘土をこねて、メジャーで測って、下着のサイズについて調べたから絶対安心だ。80と58と82。暗証番号に組み込もうと思ったけど、身近な数字をパスワードにするのは絶対危ないからやっちゃ駄目なことだとあきらめた。
あと、スリーサイズだけ知ってるのもなんかいやらしい奴だと思われたらと不安で、靴も買っておいてある。しぃちゃんの足のサイズは23センチ。小学校は20センチ、中学校は22センチ、高校で23センチと大体成長が止まったのかなって感じがあるよねと言っていいか分からないから黙っておく。本当はたくさん知ってるよ! って俺が知っていることをしぃちゃんに伝えたいけど気持ち悪がられたら嫌だし。
俺は、しぃちゃんに好かれていたい。それほどまでに好かれたい。しぃちゃんと結婚したい。しぃちゃんの子を俺が産みたいくらいだ。
「あの、さ、私……霧垣くん浮気……というかそういうことを言いたいんじゃないけど、私以外にも、付き合ってる女の子、いるよね……?」
「えっ」
「見ちゃったんだ。トイレにあるのとか、あと、靴とか、ほかに、クローゼットの、下着……」
なのに、どうして俺は浮気を疑われているんだろう。君は霧垣になる女の子なのに。俺がしぃちゃんの名字になるのもいい。しぃちゃんの名字ほしい……いや、今はしぃちゃんが暗い顔をしている原因を潰さなければ。
どうやらしぃちゃんは生理用品やブラや下着を自分じゃない人用だと思っているようだ。バンドマンはすぐ浮気するみたいなイメージも、影響しているのだろう。
俺はしいちゃん以外にそういう気持ちにならないのに。今日の映画鑑賞だって、長めのキスシーンがあってドキドキしていた。
きわどいシーンに戸惑うしぃちゃんの顔が見たくて、でも恥ずかしくて、すけべなやつだと思われたくなくて迷った結果ガン見してたりもした。
それに夜の十一時だし「今日泊まってく?」とかさりげなく言ってもいいかそわそわした末にしぃちゃんが深刻そうな顔をしたから、完全に変態だと思われたか、それともしぃちゃんに告白しようとしていた男のSNSアカウントを片っ端から通報しまくって凍結させたり、カルト宗教の勧誘がくるように仕向けたりしたのがバレたかと思って死にたくなったけど、まさか浮気している話になるとは……。
「あのさ、お、重い女の子嫌いなのは分かってるし、問い詰める気持ちはなくて。でも、えっと、その、ね……」
しぃちゃんが涙を流しながら俯いて言葉を詰まらせた。俺はしぃちゃんをずっと想ってきた。婚姻届けだって早く大学を卒業して提出したいと思っている。しぃちゃん受験勉強頑張ってたから、きちんと卒業させてあげたいし。
でもこれ以上、どうやって本気を示せばいいんだろう。しぃちゃんが泣きそうだ。俺はこんな顔をさせたいわけじゃないのに。
どうしようか悩んで、はっとした。
あるじゃないか、俺には墓地に捨てていたカードが。あの頃から好きだとしぃちゃんに分かってもらえれば、きっと下着も生理用品も何もかもがしぃちゃんの為にあるのだと分かってもらえるはず!
ちょっと引かれるかもしれないけど、浮気してると思われるよりずっといい。浮気マンよりお漏らしマンの方が絶対マシだ。それに今は全然お漏らししないし。しぃちゃんだって前にしたことあるって言ってたし大丈夫なはず!
「あのね、俺――!」
しぃちゃんに、俺が誰であるかを伝えなきゃ。そして、ずっと一途に想っていたことを、今日こそ分かって貰わなきゃ! 今日がきっと、俺たちの記念になる日だ! 聞いてね、俺の気持ち!