表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/85

打算まみれの合意要求

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


 基本的に、私、滝永さん、何らかのイベント行事の相性は悪い。ガソリン、炎、爆弾、くらい危険で、本来であれば、絶対合わせてはいけないのだと思う。


 例えば、クリスマスだ。私はイブに滝永さんからノートを渡された。見た目は普通のキャンパスノートで、何の変哲もないノートだった。開く前に「銀行の暗証番号が書いてあるとかじゃないですよね?」と問い掛けても、「全然違うよ!」と笑う。


 だとすると、残された選択肢は一択。


 以前滝永さんは、私に手帳を渡してきたことがある。それは、想像の、私が散歩する様子や、彼のデザインした服を着て笑うものがびっしり描かれ、さらに私の発言のメモも添えられ、なんていうか、日記に似ていた。量がやや常軌を逸していたけれど。


 あの手帳と、同じ内容だろう。


 そう考えた私は、躊躇いもなくノートを開いた。


 私は今まで、姉に送られてきた悍ましい手紙を読んできた。だからある程度ショッキングな内容に耐性があると思い込んでいたのだ。しかしノートの中身は想像を絶するもので、しいていえばそのまま警察に提出すれば、滝永さんが逮捕される内容だった。


 でも、悪意や性癖による犯行かと思い様子を窺うと、「これで信じてもらえる?」と泣きそうな顔をしていて、この人とは完全に見ている世界や、物事の判断基準が異なっているのだと悟った。


 それから、距離を置こうと思った。滝永さんは勢いで押し切ろうとする傾向が見られるし、私も何となく、今まで出会った人たちと全く異なる反応や発言、予測できない行動をする彼に対して、混乱し、思考を停止させてしまった結果譲歩してしまうところがある。


 だから、避けたり連絡を取らないようにするとか、勘付かれるやり方じゃなくて、一歩引いて、冷静になって彼を見ようとした。


 その結果、滝永さんは私に距離を置かれていると野生で察知し、倍近づいてきた。


 時期も、致命的に良くなかった。バレンタインデーの次の日は私の誕生日で、滝永さんに二日続けて会おうと誘われた私は、家族で過ごすから誕生日は会うことが出来ないと断ってしまった。


 元々私はバレンタインデーにいい思い出がない。逆チョコなどという文化のせいで、姉にチョコレートを贈る者が後を絶たず、渡すことの代行を頼まれたり、私の机や靴箱、ロッカー、鞄に姉宛てのチョコレートが詰められ、私の荷物を駄目にされることは日常茶飯事だった。


 毎年バレンタインデー翌日に、ほぼ災害レベルの事象に巻き込まれた私の心を癒すのが、バレンタインデー翌日に行われる家族との誕生日会だ。私の友達の彼氏になれば、間接的に私の姉に関われ近付けると考える馬鹿な人間が多くて、友達も皆離れていく。だからこそ家族はこの世界で唯一の手放しに信じられる味方で、誕生日は家族と過ごしたかった。


 でも、滝永さんにその説明をしていなかったことで、私はバレンタインデー当日。今までの二月十四日に起きた地獄絵図を余裕で上書きし、挙句これ以上強烈に思うことは無い大事件を引き起こされてしまった。


 その日……、バレンタインデーの日。私は滝永さんを家に招いた。以前チョコレートの話をした際に、「緋菜さん触ったやつだよねえ!」と執拗に確認されたことで、作ったものよりチョコレートフォンデュで済ませたほうがいいとの結論に至ったからだ。


 一瞬、いつどんなタイミングで取り乱すか分からない滝永さんと、常時加温されるフォンデュ機の相性は最悪では……とも思ったけれど、滞りなく終わって、私の心配は杞憂に終わった。そう思った時だ。


 滝永さんはトイレに行くと言って部屋を出て、トイレまで本当に往復してきたのか疑うくらい早く帰ってきた。不思議に思っていると、彼は突然自分のズボンを下着ごとずりおろし、「緋奈さんの名前書いてきたんだよ! ちゃんと油性ペンで書いたの! これで俺がもう誰とも遊ばない、緋奈さんが本命って信じてくれるよね!」などと子供みたいに笑って見せたのだ。


 彼が人前でズボンを下ろすことに全く抵抗がないことは以前から知っていた。私がサークルでスキーに誘われたのをどこからか聞きつけ、「行くんだったら……俺待ち合わせ場所ついて行って、ズボン下ろしちゃうよ、パンツごと」と私に脅迫をしたこともあったし、一緒に歩いている時彼の知人を名乗る女の人に声をかけられた時は「緋奈さんと出会ってからは何もしてないよ! 見て!」と街中でズボンを下ろそうとした。


 滝永さんは、脱衣癖があるのだろうか。


 そんな風に思っていたこともあったけど、やっぱり行動を起こす前の彼は焦っていたり、泣きそうで、どう見ても性癖によるものではなく、私は彼とは文化が違うのだと意図的に思考を停止させていた。


 でも、それでもなお、バレンタインデーのあの日の凶行は、意味が分からなかった。呆然とする私に滝永さんは「本当はタトゥーにしたかったんだけど店の人絶対ダメって言われて……」と不満げな顔をした。


 店で私の名前を彫ってもらおうとして、そういったカップルは多いけど実際すぐ別れるからしないと拒否されたらしい。熱弁……というか、私は今なんのスピーチを聞かされているんだろうと思うほどのテンションで言われた。滝永さん曰く諸悪の根源はタトゥーのお店の人らしいけど、私は心からお店の人へよく止めてくれたと感謝をして、彼のズボンを下着ごとずりあげ、もう下さないようベルトもきつく締めたのだ。


 それからだ。滝永さんは徐々に顔色が悪くなり、お腹をさするようになった。彼は平静を装っていて「大丈夫だよ」「元気だよ」「全然痛くないよ!」と言うものの大量の冷や汗を流し、無言が増えた。


 考えられる原因は、一つしかない。私は緊急を要すると、救急車を呼んだ。その時の滝永さんはぐったりとしていて、どう見ても病院に行ける状態ではなかったからだ。幸いすぐに救急隊の人が来てくれたけど、彼は大人しく救急車に運ばれてはくれなかった。


 とにかく、「緋奈さんへのアピールポイントが、う、失われてしまう……」と泣く。救急隊員の人は絶句していたし、私が落ち着けようと否定すれば、「緋奈さん俺のでかいから見て! って言っても一回も見てくれなかったじゃん!」と逆ギレをした挙げ句、「怒らないで、俺が切られちゃっても仲良くして……」と大粒の涙をこぼす。


 今思い出しただけでも、頭が痛くなる。それから病院へ行って、処置室の前で「嫌だ、絶対切るだろ!」「緋奈さんに好きになってもらえなくなっちゃう!」「緋奈さあああああああん助けて緋奈さんああああああ」と、病院に多大なる迷惑をかける個人情報大公開命乞い絶叫を聞かされた。


 切実に知人だと思われることが辛く、本当に申し訳ないけどどうにか他人のふりが出来ないかと悩む間に処置が終わった滝永さんが「俺! 切られていないよ!」と私に笑いかけてきたことで、私の思惑は散った。


 そして今日は、ホワイトデーだ。滝永さんが異常行動を起こしても大丈夫なように集まる場所は滝永さんの部屋にしたし、油性ペンの類は事前に回収済み。セルフでしないようタトゥーをしている人間は嫌いとも伝えた。「俺フォンデュ」だとか「俺を具にしてさあ」などの彼の言葉を聞き、嫌な予感がしたから、人間のチョコがけは厳しいことも伝えた。絶対しないと念書も書いてもらったし、本気度を伝えるために、きちんと法的拘束力のある形式だ。私の判子も押したし、名前も書いたから多分本気度は伝わっているはず。


 多分、大丈夫。


 ホワイトデーは何も起きないと滝永さん家のインターホンを鳴らすと、いつも三秒後にすぐ出てくるはずなのに、扉は一切開かれない。何となく嫌な予感がして、もう一度鳴らしていると、後ろから「はっはっ」と、息を切らしたような、真夏のわんちゃんのような声がした。振り返ると、道の先から滝永さんがこちらに駆けてくるところだった。どこかで用事を済ませているのだろうかと考えている間に、彼は目の前に立ち、私の手を取った。


「はい! 指輪! 今日から俺たち夫婦だからつけて!」

「……は?」


 薬指を見ると、確かにリングがはめられている。滝永さんは理解不能なことを言うけど、なんとなく致命的な何かが起きている気がしてならない。嫌な予感がして彼をよく見ると、ポケットに四つ折りにされた紙が入っているのが見えた。そこにうっすらと透けた文字に「婚姻届」などという文字が見えた気がして、さっとそれを抜き取る。


「なんですかこれは……」

「うん! 昨日ね! ズボンおろしちゃいけないとか、緋奈さんと二十個くらい約束したから、今度は俺から約束してもらえると思って! それにね、へへ、緋奈さん俺との約束に判子とか使うようになったしさぁ、 貰ってきたんだ! あのね、あと緋奈さんが名前書くだけにしたから! えへへ! 俺緋奈さんの字ずーっと真似してたから俺が書いて出しちゃっても良かったんだけど、書いてもらいたいなあと思って!」


 呆然としていた頭が、「書いて出しちゃっても良かった」などと不穏な単語ではっきりとしていく。


 駄目だ、滝永さんの行動を予想して防ごうとしたら。そのせいで、この人はさらにどんどん変な行動を起こしてしまう。というか、この人は、「やっちゃいけない」とかじゃなくて、「書いてもらいたいから」婚姻届勝手に出さなかっただけ……?


 常識が、法律の概念が、存在していない……?


 恐る恐る、左手に目を向ける。そこにはどう見ても、きらきらと輝くリングが光っていた。


「昨日さ、沢山約束したし、俺指輪買ったし……、も、もしも緋奈さん、俺と結婚してくれなかったら、あれだよ。結婚詐欺とかで、俺訴えちゃうかも」


 滝永さんはそう言って、恐る恐る窺うように私を見た。態度のわりに、強かさがすぎる。私は滝永さんの素を知ってしまった当時を思い出しながら、当時と全く同じ心境で立ち尽くしていたのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ