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久目先生の指導室

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/



【あらすじ】

高校で数学の教師として働いている久目征吾ひさめ しょうごは、「モテそう」「きっとモテるはず」という勝手な印象の元、同僚であり生物教師の鞠住知頼まりすみ ちよりに恋愛相談を持ちかけられる。しかし彼女の相談は、久目にとって非常識で常軌を逸しているとしか考えられない相談で……。




「で、居酒屋の方と何があったんですか?」


 職員会議の開始三十分前、麗らかな朝のひと時を打ち壊すように同僚の教師から呼び出された。挙句、込み入った話が出来るような場所……生物室に通され、五分。俺を呼び出した張本人は、視線をきょろきょろと動かしながら「あの」「その」を繰り返すだけだ。


 できれば、言いたいことを整理してから声をかけてほしい。こちらは暇ではありません。そう言い放ちたくなる気持ちを抑えながら、笑みを固定して聞く態度を示していくと、目の前の同僚……生物の毬住先生は、相変わらずの頼りなさそうな瞳を彷徨わせながら口を開いた。


「はい……そのここ最近停滞気味で……というか既成事実作戦も全然上手くいかなかったんです……!」


 頭を両手で押さえ毬住先生は「絶望です……!」と震える声で呟く。しかし俺としては、「だろうな」としか思えない。毬住先生から「久目先生ってモテそうですよね? っていうかモテますよね? 恋愛の相談も得意だったりしますよね?」と圧をかけられながら強制的に相談された内容は、常軌を逸したものであった。


 というのも毬住先生は大学生の頃、教師を目指すか、就職をするか迷っていて、その時に受けた企業の面接で、面接官の方の言葉に励まされて教師になったらしい。そして数年前……その面接官であった人を街で見かけ……追いかけ回し、通ってる居酒屋を突き止め、現在偶然を装う形で計画的にアプローチをしていると言う。


 そう、彼女の相談は、恋愛相談などというものではなく、ほぼストーカーの犯行の自白と考えて間違いのないものであった。


 話を聞いた当初、俺が「毬住先生、その行動はストーカーにあたるのでは」と、目に見える形で指摘すると、先生は「ええ、そんなことないですよお」と戸惑いながら、居酒屋のメニューで食べ方が複雑そうなものを選び、食べ方を聞くという話のきっかけを作り上げたのだと話を展開させた。先生は一般的に言う「天然」という性格付けからやや逸脱したところがあり、その点について生徒たちにからかいを受ける姿を度々目撃していたけど、ここまでとは思わなかった。


 そして今回の既成事実作戦というのも、酔ったふりをして送ってもらい、あわよくば持ち帰ってもらえないかと待つもので、根本の目的からしてずれているように思う作戦であったのだ。


 毬住先生は、居酒屋の彼について、誠実で優しい人だと言うけれど、本当に誠実で優しい人間は、酔った人間を暴行しようとは思わない。そもそも酔った人間を暴行するような人間を、精神がまともな人間は好きにならないだろう。毬住先生が、まともだと……仮定するとして。


 つまるところ、毬住先生の計画は最初から破綻しているのだ。先生が計画をわざわざ俺に発表してきた時否定したら、代替え案を求められるから適当な返事をしたけれど、絶対に失敗するとは思っていた。しかし毬住先生は意味が分からないとでも言うように「何がいけなかったんでしょう……!」と首をかしげている。


「いっそのこと、記入済みの婚姻届でも渡してみては?」


 そう言って、話を切り上げようとしているのを悟られないよう注意しつつ腕時計に目をやる。時刻は八時過ぎ、職員会議まであと十五分というところだ。毬住先生は俺の言葉を聞き、ぶつぶつ俺の言葉を反芻するよう繰り返して、顔を明るくした。


「いいですねえ! そうしましょう! 逆プロポーズ! これできっと私の気持ちも査竹さんに伝わるはずですよね!」

「はい」


 毬住先生の言葉に頷きながらそっと窓のほうに向けると、必ず手に入れると決めた彼女が、規則的な歩幅で校舎に向かって歩いている。毬住先生は、愚かだ。絶対に欲しいのなら、まずは外側から囲んでいけばいいのに。それに、手に入れた後の、その後を微塵も考えていない。絶対に欲しい人なら、もう逃げ出せないように縛り付けて、その鎖を見えないように、自覚させないようにする準備だって必要だ。拒絶をしてきた時にする対策だって。


「久目先生も困ったことがあったら言ってくださいね! 私協力するので!」

「ええ。その時はよろしくお願いします」


 人間なんてものは、信用のおけるものじゃない。でも、今校舎へと向かって歩く彼女と、たった一つに狂った人間は例外だ。校舎内で勝負を仕掛けなければいけない以上、教師の味方は必要だ。毬住先生は手札の中でも劣等極める存在だが、こういうカードが時に切り札になるから侮れない。


「じゃあ私さっそく近くのコンビニで雑誌買ってきますね!」

「何故」

「職員会議まで時間があるでしょう? 最近の雑誌には婚姻届がついてるんですよ!」


 さっきの弱々しい声が嘘のように毬住先生は「会議に間に合わなかったら、誤魔化すのよろしくお願いしますね!」と軽やかな足取りで駆けていく。職員会議まで、あと十分。この学校の最も近いコンビニまでは、大体五分でたどり着く。先生が会議に間に合うのは無理だと踏んで、数学の授業を準備する為の教室へと歩いていく。


 毬住先生と話をしていたせいで、準備室へ行くのに遅れてしまった。誰かを待たせている訳ではないが、放課後に生徒を……彼女を待たせ、仕事を作り出す準備が必要だというのに。会議が始まるまでの間に、何としてでも仕事を作らないと……。


 やや苛立つ気持ちを抱えながら足を動かしていると、準備室に辿り着いた。ポケットにしまっている鍵で扉を開き、中に入って後ろ手で鍵を閉める。そして棚から適当に資料を取っては、トランプカードをシャッフルするように混ぜていく。


 彼女……阿須川芙海と三年前の入学式の日に正しい再会を果たしてからというもの、俺は部外者から見れば不毛とも取られない行為を、もう幾度も繰り返している。


 というのも、彼女と初めて出会った当初は、自分と彼女が教師と生徒として出会うとは、考えていなかったからだ。


 彼女と出会ったのは、六年前の秋、彼女が中学に入って間もなく、俺は大学に入って三年が経過していた頃だ。俺は夜、大学の帰りに乗った電車に揺られていた。車内は帰宅ラッシュにぶつかったことで、空間という空間に人が押し込められていて、まともに立っていることで精いっぱいという、何の節理も秩序もない世界。人は皆、自分の立っている領域を守るのに必死で、周りなんて見ていなかった。


 そんな中、扉の隅で、ひと際自分の空間を死守しようと、扉に手をつき力を籠めるように立っている少女を見つけた。人と人の隙間から顔を覗くと、少女は顔を赤くしながら、耐えるように立っている。一瞬何かされているのかと疑い少女の近くを見ても、老人が新聞を読んでいたり、俺と同い年くらいの女が気だるげにスマホをいじっているだけだった。何となく目を逸らせないでいると、電車は利用者の多い駅に到着し、車内で蠢いていた人々は、まるで栓を抜いたように扉から流れ出ていく。するとその少女の周りが一気に開いていった。


「ありがと、おねーちゃん」

「ううん、大丈夫だよ」


 少女の前に立つ、少女よりずっと小さな子供。帽子を被り、制服に身を包んでいるところを見るに、小学生だろう。その子供の姿を見て、少女が扉の前で踏ん張っていたのはその子供を守るためであったと分かった。それと同時に、少女に対して、関心を持った。


 弱い存在なのに、それを利用するのではなく、自分より弱い存在を守ろうとする。


 面白いな。そう思った。


 それから、電車で通学する間は、少女の様子を窺うことにした。少女は子供を守る為なのか、いつも同じ時間、同じ車両に乗り込み、同じ位置に立つ。しかし子供との血縁関係はないらしく、少女と子供が下りる駅は別だった。雨の日に通学の手段を変えることもなく、子供が電車に乗り込むまでは本を読み、子供が来れば扉の近くで耐え、子供が電車を降りたら読書を再開する。少女の習慣を観察することは、やがて俺の習慣となり、朝の時間も、少女の姿を探すようになった。いくつか車両を変え、時間を変えることを繰り返し、少女の登校時間を割り出してからは、朝夕と少女の通学時間に合わせて登校を始めた。


 月日が巡っていくにつれ、募る想い。俺は半紙に墨を垂らし、じわじわと染み込ませていくように少女への想いを肥大化させていった。


 本を読む横顔が、愛らしい。


 子供を守ろうとする一生懸命さが、眩しい。


 その目が、欲しい。


 彼女への想いが、関心や面白みといった淡い感情が色濃いものへと変わり始めると、俺の行動はどんどん大胆になっていった。時折彼女の後ろに立ってみたり、隣に立ってみる。すると彼女は自分のスペースが俺の邪魔になってはいないかと気にして、その後は本の世界に入り込んでいく。子供をつぶさないように守る彼女を守るように、俺がさらに防波堤となることだってままあった。そうして過ごすうちに、彼女の身を包む制服が、中学校のものだと分かった。開きかけた鞄から覗く教科書から、彼女の名前を見つけた。


 これから、どうやって先に進めばいいんだろう。悩んでいる間に、周りは就職活動に追われていく。俺は研究をしないか、大学院に入らないかと誘われた。彼女との通学時間の逢瀬を続けるならば、院に入るのが手っ取り早い。しかし、家族や親族全員が教職に就いている我が家の都合上、それは許されない。どうしたものかと考え、俺は一つの賭けに出ることにした。


 高校の教師となり、彼女の入学する高校で、教師として彼女と出会うということを。


 どうせ職業は教職しか選ぶことは出来ないのだ。父も母も、俺が教職にさえ就きさえすれば、細かいことは気に留めない。もし俺の教師としての赴任先が彼女の進学する高校であったなら、きっとこれは運命の恋なのだ。そう考えて、俺は高校の教師になるという選択をした。


 そして、彼女が生徒として、俺が教師として向かった高校は、一致したのだ。


 奇跡といえるほどありえない確率の一致だ。きっとこれは運命。そう結論付け、俺は今、彼女に近づいている。運命であるから、俺が彼女の授業の担当を持つことになった。少しずつ、少しずつ毒を馴染ませるようにして、俺と一緒にいても違和感を感じさせないように、授業の手伝いを頼み、その報酬として俺の作ったものを食べさせる。同じものを食べ、同じ時間を過ごすということは、古めかしい価値観から来る手法であると懐疑的な目を向けていたものの、彼女には効果があり、俺に対して徐々に視線が向くようになった。


 けれど、彼女が入学して一年。彼女の中学生時代、俺という存在が比較的そばにいたことに気づかない。当時の俺と、今の俺、特に変わりはないはずだが、全くもって気づく気配がない。


 高校は、留年しなければ三年間しかいられない。


 俺と彼女が高校で一緒に過ごせるのは、あと二年だ。


 しかし、俺に焦りはない。


 別に彼女の高校在学中に彼女を手に入れられなくても、彼女が卒業したあと手に入れればいいだけだ。俺はこの三年間を彼女を合法的に手に入れるタイムリミットに設定して、手に入れられるよう動けばいい。そして三年が過ぎて、彼女が卒業してしまったら、俺は手荒に、手段を選ぶことなく彼女を手に入れればいいだけだ。


「あと二年か……」


 均等に並べていた資料を崩しながら、教室を見回す。彼女との生活までの時を刻んでいくからくり時計も、砂時計も、中々その時を示してくれない。下に落ちていくだけの砂たちは、半分以上の余裕を持ち、ただその時を待っている。


「うっかり全部割らないように耐えなきゃな」


 この薄い硝子の砂粒がすべて落ちきるその時、その時が早く、ただ早く訪れることを祈りながら俺は砂時計を静かになぞった。




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