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世谷さんは距離感が溶けている

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


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      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


【あらすじ】

女子大生と距離感と倫理観が死んでる社会人の話です。

 手のひらに柔らかい熱を感じて目を開くと、視界に艶やかな黒髪が入った。輪郭をたどるように目で追えば、ベットの傍らに私の手を握る世谷(せや)さんがいた。


「せ…やさん?」


「起きた……?」


 世谷さんは寝たままの私を抱き起し、ぎゅっと腕の力を込めてから身体を放した。


「おはよう、渚」


 そういって柔らかに笑う彼の本名は、世谷望(せやのぞむ)さん。世の谷と書いてせや。望はのぞみでは無くのぞむ。二十八歳。職業は弁護士。そして私は舘河渚(たてかわ なぎさ)、職業なし、物理学科四年生……。世谷さんより七つ年下の恋人だ。


「朝だよ。ちょっと早いけど顔を洗いに行こうか」


 世谷さんと一緒に寝室を出て、洗面所に向かって廊下を歩いていく。その間も手は繋いだままだ。


 特に会話をすることもなく洗面所に辿り着くと彼は私の洗顔フォームの入ったチューブを棚から取り出し、蓋を取った。手を差し出すと、チューブから出してくれる。


「ありがとうございます」


「いーえ」


 二人並んでもゆったりと顔が洗える洗面台は、初めて世谷さんの家に訪れたとき驚いた場所の一つだ。


 世谷さんとは、私の大学の入学式の朝に出会った。電車にスマホを置いて来てしまった私を追いかけ、届けてくれたのが通勤途中の世谷さんだった。


 それから通学途中、目が合うと軽く会釈をする関係になり、夏には二、三言葉を交わす関係になった。途中の駅でアーティストのライブが開かれ電車がごった返した時、守ってくれたこともある。


 青々と茂っていた葉が色づくように世谷さんという存在が段々と、見知らぬ人からたった一人の人へと変わっていき、秋には世谷さんのことを意識するようになっていた。


 でも私は大学生で世谷さんは社会人。どうこうなれるとは思っていないけど、私は少しでも昨日の自分より自立的な人間でありたいとバイトを始めた。


 するとそこに世谷さんが来たのだ。


 私のバイト先のコンビニは、世谷さんの勤めるオフィスの近くだった。バイト先の帰り道に会い、送ってもらうことが増えた冬、私は玉砕覚悟の告白をした。結果、交際に至った。


「ん、顔を洗い終わった?」


 タオルで濡れた顔を拭こうとすると、世谷さんが両手にタオルを持っていた。「拭いてあげるね。目を閉じて」と私の顔に優しくタオルを当てていく。


「顔も俺が洗ってあげたいんだけどね。なんだか溺れさせちゃいそうだから」


 少しだけ残念そうな声を聞きながら目を閉じていると、タオルの感触が顔から離れる。目を開くと今度は世谷さんが私の歯ブラシを構えていた。


 洗面台にいつも並べている歯ブラシは、同棲を始めたころから何となくお互い同じタイミングで買い替えている。色は世谷さんがオレンジで私がピンクの時もあるし、私が青で世谷さんが赤の時もある。


「じゃあ次は歯磨き。口開けて?」


「いやさすがにそれは……」


「駄目?」


 吸い込まれそうなほどに真っ暗な瞳が私を映す。そっと口を開けると彼は笑って、私の歯を磨きだした。


「気持ち悪くなったり、痛くなったりしたら言ってね」


 頷くことはできないから、目で返事をする。世谷さんにもきちんと伝わった。彼は私の顎を手ですくうようにして歯磨きに集中する。


「じゃあまずは上の歯からね」


 なんとなく気恥ずかしい気持ちもあって鏡面に目を向けると、世谷さんが私の歯を磨いているのが映りこんでいた。


 世谷さんが私の歯を磨いている。さすがに恋人同士でもこんなことはしないという、いたたまれなさを感じた。ただでさえ彼はスペックが高い。大学もトップ大学に首席卒業、国家試験は一発合格。基本的に一度目を通したことは全部記憶できる。


 彼氏といえど、そんな人に自分の歯を磨かせるのはな……と今さらながら思う。


「はい磨けたよ。お水どうぞ」


 葛藤を覚えつつ差し出されたコップを受け取ろうとすると、世谷さんの手はいつまでたってもコップから離れてくれない。


 まさかと思ってコップに顔を近づけると、彼は満足げに笑った。


「いい子だね、そのまま口につけて」


 言われた通りコップに口をつけ、ゆすいでいく。きちんとゆすぎ終えると、世谷さんは私の頭を撫でた。


「綺麗に磨けたね。じゃあ朝ごはん食べに行こうか。今朝はパンケーキを焼いてみたんだ。気に入ってくれると嬉しい」


 世谷さんはそう言って私の手を握り、ダイニングへ向かって歩き出す。


 絡められた指は強い力が込められていて、逃げようなんて思わないけど、逃げられないなとは思う。


 程なくしてダイニングに辿り着くと、そこは昨日まできちんと対面式でセットされていたテーブルと椅子が、二人並んで食べる形に無理やり変えられていた。


 不自然にセッティングされたテーブルに並べられているのは、まぎれもない今日の朝ごはん。パンケーキ、サラダ、スープ、ハムエッグ、オレンジジュースが並ぶ。


 しかしそれらが盛り付けられているのはすべて一つの皿や、プレートだった。オレンジジュースが注がれているのも、一つの大きなコップだけ。けれど盛られている量は一人分ではなく、二人分。


「昨日、模様替えしちゃったんだ。一緒に食べよう?」


 強引に腕を引かれてダイニングチェアに座る。世谷さんも私の隣に座って微笑み、パンケーキを切り取りとると私の口へ運んできた。


「はい。あーん」


 唇をパンケーキでつつかれ、一口食べる。彼は今度は切り取ったパンケーキを自分も食べた。


「おいしいね」


「はい」


「今度は何が食べたい? スープ? サラダ?」


「……スープでお願いします」


「わかった。火傷しないように冷ましてあげる」


 世谷さんはまるで子供にするみたいに、私が火傷しないようスープに息をふきかける。こういった状況に以前こそ葛藤はあったものの、最近は段々と受け入れてきている。


「はい。口開けて。あーん」


 世谷さんが私に向かってスプーンを差し出す。とろりとした液体が照明を反射して揺らめく姿は、毒にも似ている。口を僅かに開くとスープが流し込まれた。優しい味だ。前に世谷さんが作ってくれたものと変わらない味。


  だけど初めて飲んだ時と今で、世谷さんは随分と変わってしまった。 



「今日、午後からどうしても出なきゃいけない打ち合わせがあるから、会社に行ってくるね」


 朝食を終えて二人で紅茶を飲んで過ごしていると、世谷さんが手錠を取り出した。鎖のついたそれはこの家の一番奥……私が寝起きしている部屋の壁と繋がっている。そしてもう一方はといえば、私の足首につけられた。


「外せば、分かるようになってるから」


 交際をしてしばらくしてから、ずっと私は世谷さんに監禁されている。


 この春にバイトを辞め、通信制の大学に編入して内定を取り消した。両親とは会えるから監禁ではないかもしれないけど、彼が同伴しなければいけない決まりがある。


 スマホも持っているけど、現在位置は常に彼のスマホで分かるようになっているし、そもそもこの家にはあらゆるところに監視カメラが置かれている。


「外しませんよ」


「でも、外されることだってあるかもしれないし」


「あの柵を突破するのは無理があると思いますよ」


 私は部屋の廊下を指差した。玄関に繋がる廊下には、大きな柵が設置されている。家事やガス漏れ、災害が起きない限り開かないようになっていて、解除キーは世谷さんの指紋だ。


「ごめんね、こんな、俺を、受け入れさせてしまって」


 世谷さんが悲しそうに目を伏せた。私は静かに、唇を押し付けるように彼へキスをする。


「……私は、世谷さんがどう変わろうと、世谷さんが好きです。だから、世谷さんと一緒に、生きていきますから」


 世谷さんは過保護だと思う。いつか私は彼なしでは生きられなくなるだろうし、駄目になってしまうかもしれない。


「ありがとう、渚」


「……こちらこそ、ありがとうございます。世谷さん」


 でも、私は世谷さんが大好きだし、愛している。優しいところも、変な時に子供っぽくなるところも愛おしい。


 人を閉じ込めても、管理しようとしても根本は変わってないのだ。


 だから私は世谷さんの歪みごと、彼を愛していく。



 浅い眠りを繰り返せば、いつかは朝が来る。それは今日も同じだ。俺はベッドから身体を起こして隣へと目を向ける。


 カーテンから差し込む朝日を受けても隣で眠る彼女は一向に起きない。眠る姿はあどけなくて、まだまだ無垢な少女にも見える。


 眺めているだけではいつか消えてしまいそうで、引き止めるために無防備な手のひらをぎゅっと掴んだ。


 渚と出会ったときは、ただの大学生としか思っていなかった。


 男だとか女だとか性別すらも気にせず、ただ景色と同じに見ていたところもあったかもしれない。


 あの頃は誰に対してもそうだった。幼い頃家族で乗ったバスが事故に会い、長い年月をかけて両親が死んでいったあの日から、俺はこの世界で生きているつもりがなかった。


 渚が落としたスマホをを送り届けた時も同じだ。それから電車で何度か会い世間話を交わしたけど、薄い膜の向こう側にいる人と話す気持ちだった。


 彼女とは七つの年の差がある。本来なら庇護だけが正しい感情の動きだ。


 しかし、いつから変わってしまったのだろう。


 夏が来て、秋が終わり、冬も半ばに過ぎた頃のこと。俺は渚に告白された。俺は大人の責務として彼女からの申し出をしっかりと断る義務がある。


 なのに俺の口から出た言葉は、強張った表情の彼女を和らげるものだった。


 今なら断れるんじゃないか、今日は断ろう。家を出るたびに決めるのに、俺は渚との時間に安らぎを感じ、こんな日々が永遠に続けばいいと思う。


 俺は、もう自分の道をきちんと定めるべきなのだと悟った。両親が長い眠りから解き放たれこの世界から去ったとき、自分の魂も半分そちらへ行ったと思っていたけれど、もうこの世界できちんと生きようと。


 だから渚に自分の好意を伝えようとした。その矢先のことだった。


 渚の家の近くのアパートで、刃物を持った男に女子高生が襲われたという報せを聞いたのは。



 気の狂った男がストーカー行為を繰り返して、最終的に女子高生と無理心中を図ろうとしたらしい。


 その話を聞いてひたすらに怖くなった。


 渚の家の近くに住む女子高生を見たことも理由としてあるかもしれない。昨日まで普通に歩いていた人間が襲われたとを聞いて想像したのは、もし彼女が同じ目に遭ってしまったらということだった。


 本来、弁護士という職業は人の立場に寄り添わなくてはいけないが、依頼主の期待に沿うため冷静さが求められる。感情を出してはいけないし、表に出すこともご法度だと先輩の弁護士に学んだ。


 しかし今、俺は毎日法を犯している。


 渚を不当に監禁し、自由を奪い、将来すら喰い荒らした。なのに俺は酷く満たされている。後悔を繰り返しながらも解放してあげようという結論には至らない。


 渚しか、いらない。そんな俺を渚だけはどうか許さないでいて欲しいと思う。


「渚は、一人でも生きていける。俺の我儘だ。君を一人にしたくないのは」


 眠る渚にキスを落とす。眠り姫は運命の相手の口付けで目を覚ますけれど、きっと今俺がしていることは魔女の行うそれだ。


「好きなんだ。だから俺は、君だけは離せない」


 そう伝えてから、ベッドを抜け出し、朝食を作る為に寝室を後にした。

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