フォリアの救済
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【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】
10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶
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【あらすじ】
どこにいても男子高生の元へと辿り着く女子高生と追いかけ回されてる男子高生の話です。
私の彼氏である元尋くんは、顔がすこぶるいい。
スタイルも抜群で、年中スカウトされる。当然女子に人気だから目が離せないし、一人には出来ない。スポーツも万能だし、頭だっていい。
しかし神様は、その万能性に帳尻を合わせるらしい。
「元尋くううううん! あっそびましょおおおおおおおおおお!」
昼休み、真夏の日差しが照りつける屋上にはいつも彼の姿がある。三段飛ばしで学校の階段を駆け上がれば、フェンスの向こうにやっぱりいた。
「朝からギャアギャアうるせえな大声大会の練習中かお前は」
元尋くんは恋人のはずの私に対してびっくりするくらい口が悪い。
彼女じゃないと誤解されることもあるけど、ちゃんと中学の頃に私から告白して付き合った。高校が一緒なのは私が元尋くんの志望校を聞いて入ったからだけど、別にストーカーじゃない。ちゃんと合意の上だ。
それに私を合格させたのはこの学校の判断だし、この学校がいいって言ったんだから私と彼が同じ高校でも何の問題もない。私が家に押しかけると彼は心底嫌そうな顔をして「いい加減突撃してくるのやめろ」ときつめの注意をしてくる。
でも私はストーカーじゃない。好きだからどこまでも追いかけたい。愛情表現の一種だ。
「お前まじでいい加減にしろよ、朝も来ただろ、間髪いれず突撃してくんじゃねえカス」
「えへへ」
元尋くんは私をまるで蠅を避けるように腕を振り、顔を歪めた。
最近、元尋くんに合コンの誘いや女の子紹介がある。だからなのか、社交性皆無の彼は人を避けるように屋上へ足を運んでみたり、科学室で体育座りをしたりと忙しい。
「あ、ねえ水やり手伝ってよ! この日差しでちょっと枯れ気味だしさ」
「俺に指図すんな。何様のつもりだよ」
「桔梗さまでーす!」
私がそう言うと、元尋くんは短く舌打ちをして、屋上のフェンスを越えた。
そのまま床に敷き詰められたタイルに着地して、ため息を吐きながら校舎へと向かっていく。彼は優しいところもあるのだ。こうして水やりを手伝ってくれるし、二人で歩くときは道路側を歩いてくれる。雨が降って相合傘をするときは、自分の肩をびしょびしょにしてしまう。
元尋くんには顔やそのスペック以外にいいところがあって、むしろ私は彼のそういうところがたまらなく好きなのだ。
◆
「元尋くん、元尋くーん、水やり楽しい? ずっと出来そう?」
中庭でせっせと花に水をやる元尋くんの隣にしゃがみ、面倒くさそうにじょうろを動かす彼を見上げる。
「何も楽しくねーよ。分かってんだろうがお前も。いちいち言わせてんじゃねえ。水ぶっかけんぞ」
そして枯れかけのトウワタを千切ると、こちらに投げてよこした。この花の意味は……。
「えっ心変わり!? 心変わったの!?」
「うるせえぶっ飛ばすぞてめえ」
元尋くんは威嚇するようにこちらを睨み、じょうろの水を私の頭めがけておろそうとする。言葉に対する仕返しがえげつない。私は慌てて立ち上がり、すかさず彼の隣に移動した。
「んだよ、じょうろの水かけられてえのかよ」
「違うよ、もうじき進路決める時期でしょ? 進路どうするのか聞きたくて……ねえ、元尋くんはどこの大学に行くの?」
もうすぐ、夏休みが始まる。でもその前に進路希望調査票が配られた。その紙を提出して面談をしないと夏休みが始まらない。こっそりみんなの提出した進路希望調査票から元尋くんの出したものを探したけれど、そこに彼の希望調査票はなかった。
「行かない」
「いや行かないわけないじゃん、教えてよ! 高校選んだときみたいにさあ。それともあれ、就職すんの?」
「俺はどこにも行かねえし働かねえ」
「ニートじゃん!」
「うるせえ叫ぶなはっ倒すぞ」
元尋くんは心底うっとうしそうに私を見る。そんな目もかっこいいけど、出来れば睨むだけじゃなく、笑顔が見たい。
「……お前は」
「ん?」
「お前はこの先、どうすんだよ」
「元尋くん次第!」
にっこり笑ってピースをすると、元尋くんは残りの水を花々にふりかけ私に背を向け去っていく。どんなに苛立っていても、物にあたったり、じょうろを投げたりしない。そんなところも好きだと思いながら、私は彼の後を追いかけた。
◆
「はーあ」
放課後になり家に帰ってきた私は、電気をつけることもなくベッドに横たわりぼーっとしていた。もうじき三者面談があるのに、元尋くんの進路を聞き出せていない。
どうしようか考えていると直感的に元尋くんに呼ばれた気がした。ぞっとする気持ちがしてすぐさまベッドから起き上がり、隣の家に住んでいる彼の元へと向かう。
「元尋くん!」
家に突撃し、そのまま元尋くんの気配を追って風呂場へと突入する。
やはりそこには元尋くんがいて、湯を張った浴槽を前に服を着たまま立っていた。最愛の彼女が自分の家の風呂場に現れたというのに、心底嫌そうな顔で私を見る。
「風呂にまで入ってくんじゃねえよスケベ野郎」
「野郎じゃないですー! だっ」
そう言って、私は入浴には絶対に使わないような鋭い包丁を握り、自分の首を切ろうとしている元尋くんの前に立ちはだかった。包丁を奪い取ろうとするけど、やっぱり私の手は簡単にすり抜けていく。
元尋くんも私の手を見て、握りつぶすように掴もうとするけれど、その手はただ空を切った。
「……何なのお前、傍にいるって約束させてきたくせに、いちいち邪魔してくんのマジでうざいんだけど。いい加減にしろよ。性格悪いよお前」
「いやむしろ自分の為に後追い自殺しようとしてる彼氏止めないわけなくない?」
元尋くんが、声を震わせながら私を睨む。私が死に、もう一年。私たちは、こんなことばかり繰り返している。
一年前……今からぴったり一年前だ。元尋くんと一緒に高校に入学した私は、夏休みを迎える前に服を買いに行くという目的で彼をデートに誘った。そして当日、浮かれつつ道を歩いているとそこに車が突っ込んできたのだ。
目を覚ますと私の体は病室に浮いていて、傍にはベッドで横たわり顔に布をかけられた私と、土下座しながら先生に私を助けてと泣いて懇願する元尋くんの姿があった。
それから目まぐるしく日々が過ぎた。彼も、私の家族も、誰一人私の姿は見えないし聞こえない。
クラスで霊感があると言っていた子ですら私の存在を認識してくれなかった。お寺とか神社の人ならわかってもらえるかもしれないと行ってみたけれど、駄目だった。
そして、四十九日が過ぎ去った頃のことだ。元尋くんは自らの命を絶とうとした。それまで彼は私を認識したことはなかったけど、初めて死のうとした途端、彼は私のことが見えるようになり、私の声が聞こえるようになったのだ。
その日元尋くんは私がいたことに驚き、死ぬことをやめた。
けれどその次の日、彼はまた死のうとした。
私が幽霊になったことが分かった以上、死んでそっちに行くと言って。
私は元尋くんが死のうとする姿を見て、今だけでいい、今この瞬間だけでいいから彼に私の言葉を届けてほしいと神様に祈った。彼に死んでほしくなかった。ただ生きていてほしかった。
元尋くんが初めて私の存在を認識したときその祈りが届いたのだと思っていたけど、どうやら違うらしい。私の姿を見たことで彼は明確に自分の死をより強く意識してしまったのだ。
だから私はこれまで、何度も何度も自分から命を絶とうとする元尋くんを止めてきた。
まるで彼岸を縁取るように歩く彼の傍には、時折嫌な感じの幽霊が付きまとうこともある。そういうよくない感じのものは、自殺が絶えない場所や人が大勢いる場所で見かけることが多かった。
確証は得られていないけど、そういうよくない感じのものは死に近い人間を、死の淵へ誘ったりするのだろう。私はそういうものに彼が連れて行かれないよう、見張っている。
「自殺したら天国に行けなくなるって言うじゃん、死んだあと一回くらいは会いたいしさあ……」
「お前自分が天国行ける身の上かと思ってんのかよ」
「行けるよ、悪いことしてないし。怖いこと言わないでよ」
「クソ」
「っていうか頭冷やして、アイスでも買いに行こう。供えてくれない? アイス食べたくなっちゃってさ」
「食えねえくせに調子乗ってんじゃねえ。泥供えるぞ」
「ほら行こうよ! お願い! 買ってくれないと夜中ずっと歌ってるよ! 元尋くんの耳元で」
元尋くんは私を見て、今日何度目か分からないため息を吐くと、風呂場の扉に手をかける。
沢山血を出すため、浴槽には熱いお湯が張られている。お湯が勿体ないけど溺死を試みられても嫌だ。私はうるさいと思われるよう歌を歌って、彼の右手から包丁が離されるまではしゃいでいた。
◆
「アイス、アイス!」
あえてうざがられるようなテンションで大通りを歩く。元尋くんはうんざりしてるけど、その手には私の好きだったアイスが五つも入った袋が握られている。彼の好きなアイスはそこに入っていない。
「いっそ、ここら一帯の奴ら皆殺しにしてやろうか」
「えっ……」
「俺が生きてたら、何十人の人間が死ぬ。そしたらお前も俺の自殺止める気にはならねえだろ」
はは、と喉の奥で元尋くんは笑う。反応に困って周りを確認すると私と彼の周りに人はいなかった。忙しなく車が行きかっているだけだ。
元尋くんはじっと前を見据えている。どこか嫌なものを感じていると、彼の後ろに黒い靄が纏わりつくように見えた。
慌てて追い払うけれどまた靄が湧く。
もう一度周りをよく確認すると、向こうの交差点に花束が添えられていた。近くに立つ電柱には、ひき逃げの張り紙が貼られている。
「ねえ、元尋くん道変えようよ」
「は?」
「なんか悪いのいっぱいいるよ、良くないよ」
私以外に危うい存在がいることは、元尋くんに話をしているから彼も知っているはずだ。それなのに彼は方向を変えることなく突き進んでいく。
「元尋くん!?」
「お前の指図は受けない」
「でも……!」
そう言っている間にも、元尋くんの傍には黒い靄が湧く。彼の瞳は昏くて何かに集中しているような……憑りつかれているようにも見えた。
黒い靄はいくら振り払っても消えない。やがて元尋くんは交差点に向かって駆け出していく。急いで追いかけるけれど、あっという間に彼と距離が開いた。視界の端から車が近づいてきているのが見える。その車は轟音を立てながら彼へと迫ってきていた。
「元尋くん!」
「うるせえ、これでやっと……!」
元尋くんは交差点の中央に飛び出し何かを振り払う。そして一瞬にして車から放たれる閃光に包まれた。彼の身体は綿のように宙を舞い、鈍い音を立てて地へと落ちていく。
一度自分が体験したことなのに、目の前の光景が理解できない。元尋くんは頭から赤い、おびただしい量の血を流して倒れている。傷口を押さえて血を止めたいのに、私の手はすり抜けていくばかりで全く役に立ってくれない。
嫌だ。なんで。ずっと死なないでって言ってたのに。なんで。なんでなんでなんで。出血を少しでも抑えようと何度も傷口に手を伸ばす事を繰り返しても、私の腕は元尋くんの体をすり抜けていくだけだ。役立たず。なんでこういう大事な時に私は何もできないの。早く救急車をと顔を上げると、子供の泣き声が響き渡った。
「……くん! どうして道路になんか飛び出して! ああああ!」
女の人が泣く子供を抱えながら、倒れている元尋くんを見て顔を青くした。震える手でスマホを取り出し、救急車を呼び始める。
「む、息子をかばって、人が、ひかれて……」
息子を、かばって……? なら元尋くんは黒い靄に導かれて、死のうとしたわけじゃない……?
震える足に力を入れながら、親子を見る。交差点に突っ込んだのはこの子供を助けるために……? そして突き飛ばして自分が轢かれた……?
そう思い至った瞬間、頬にひやりとした感触が走った。
「やっと触れた」
私の頬に触れる、懐かしい、懐かしい手。振り返ると後ろから元尋くんが私の頬に触れていた。
「自殺じゃなきゃいいんだろ」
ふん。と鼻を鳴らす元尋くん。倒れている元尋くんの顔色は真っ青なのに、私の隣に立つ元尋の顔色は良く頭に血も流れていない。
「ど、どうして元尋くんが、二人に」
「二人じゃねえよ。即死してるってことだろうが。救急隊のやつらの顔見てみろよ」
倒れている方の元尋くんの体の周りをいつの間にか救急隊の人たちが囲んでいた。心拍数や脈拍を確認しながら、厳しい顔つきで彼を見つめている。
「ま、まだ間に合うよ元尋くん! 身体に戻って!」
「無理だろ。お前だって同じような状況で出来なかったんだろ?」
見透かすような声に、一瞬言葉が詰まる。
でも元尋くんには生きていてほしい。私は死んじゃったし、彼を幸せにしてあげられなくなってしまった。
「元尋くんは、前を向いて、乗り越えて、幸せにならなきゃ……笑って……」
「うるせえな」
言葉を遮られ、そのまま肩を乱暴に掴まれる。そのまま元尋くんは吐き捨てるように「俺は死んだんだよ、今」と私を見る。
「いい加減現実を、俺を見ろ」
「でも」
「お前が死んだら、生きてても意味がねえ。誰かと幸せになんてなれねえんだよ。何が前を向いてだ。お前が死んでから前どころか乗り越えなきゃいけない壁も、なんも見えねえんだよ。好きなやつが突然死んで、へらへら笑いながら前向いて生きていけるわけねえだろ」
元尋くんの射るような目に、囚われそうになる。でも彼が死んでしまったのだ。子供は助かったけれど、でも、でも……。
「でも元尋くんが死んじゃった……」
「人間いつか死ぬんだよバカか。もう花とか摘んでやれねえし、代わりに水やったりも出来ねえけど、ずっと傍にいてやるからもうぐだぐだ面倒臭えこと言って泣くな。死ぬの散々邪魔した分くらいは大人しくしてろ」
「でも…」
「でもとだっては聞き飽きた。お前は俺から離れられねえんだよ、いい加減理解しろ」
ぎゅっと元尋くんは私を抱きしめる。前みたいに彼の心音は聞こえない。私の心臓も動かない。でも不思議と温かい陽だまりのような体温は確かに感じていて、私も応えるように彼を抱きしめた。
◆
「元尋くん、こっちこっち〜」
元尋くんに手を振りながら、向日葵が一面に咲く花畑を歩いていく。彼はそんな私を見て「ガキかよ」とため息を吐いた。
今、花畑の中心を歩いているけれど、私たちによって綺麗に咲いた花々が踏みつけられてしまうことはない。それは元尋くんも同じで、彼が歩いた痕跡には綺麗な麦藁菊が美しく咲き誇っている。
元尋くんが死に、今日で二か月。私たちはずっと一緒にいた。彼のお葬式にも出て、その身体が焼かれるところも一緒に見た。
私は元尋くんの入った棺が焼かれるところを見て、本当に死んでしまったんだと実感し泣いてしまった。彼はそんな私を見て「すっげえ泣き方」と笑った。
「ねえ、めっちゃ綺麗じゃない? 向日葵! 流石名所だよ!」
「お前が横でギャアギャア騒いたらどこで咲いてようが同じだわ」
「あれれ? もしかしてそれはデレ発言です??」
「お前俺の四十九日過ぎたあたりからうるせえの日に日に酷くなってんな」
「えへへ〜」
私たちは、お互いに成仏する気配が全くない。
てっきり元尋くんのことが気がかりだから、私は成仏することなくこの世にとどまっているのだと思っていたから、彼の四十九日が終われば私も一緒に成仏するものだと思っていた。
しかし、今なお成仏することなく私は元尋くんと各地の花畑を転々としている。
いつその日が来るかはわからない。ずっとこのままなのかもしれない。私はもう元尋くんを置いていきたくないから、もし成仏することがあったなら元尋くんが先に成仏してほしい。
そして私も追いかけていく。そうして生まれ変わったら、また元尋くんの傍に、彼女になりたい。お嫁さんにもなりたい。結婚式もしたい。
私は祈るように空を見上げた後、元尋くんの手を握り、明るい方へと歩いて行った。