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きみに完璧な世界があったとして[男主人公]

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


【あらすじ】

俺、知縫景しらぬいけいの幼馴染みである宇山千早うやまちはやは顔は天使のように可愛いが、わがままだし気も強くて態度も大きい。朝迎えにいってやると大抵第一声は「うるさい!」だし、話を聞いていないと判断すると絶対に手が出てくる。いわゆる「暴力系ツンデレ」だ。でも教室に入ると、奴の様子は一変して……。



「やれやれ、やーれやれ」


 朝四時半。どこにでもいる普通の高校三年生知縫景(しらぬいけい)こと俺の朝は早い。


 朝起きて顔洗ってご飯食べて、支度してそのまま高校へ行く……のであったならそこまで早く起きる必要はなが、俺にはやらなきゃいけないことがある。


 諸々の準備を終え家を出た俺は、そのまま隣の、最早屋敷と表現するのが適切なほどに馬鹿デカい金持ちの家の前に立ち、単語帳に視線を向けて片手で何度も何度も呼び鈴を押し続けた。


『うるさいわね! 起きた! 起きたわよ!』


 執拗に押しているとやがてインターホンが繋がり怒鳴り声が発された。


 でも、ここで手を止めてはいけない。


 門が開錠される音が聞こえても気にせず無言で押し続けると怒鳴り声は萎んでいき『やめなさいよぉ……やめて……起きたから……ねぇ……』なんて弱々しい声をあげはじめる。


 それを見計らってから敷地内へと進むのだ。遠隔で開いた玄関扉を開き中へ入っていくと、寝癖のついた亜麻色の髪を揺らす物体が震えていた。


「おはよ千早(ちはや)

「おはよ千早、じゃないわよ! 毎回毎回何であんなにチャイム鳴らすのよ!」


 蝋色の物体……家の隣に住む幼馴染、宇山千早は地団駄を踏み怒りを表明してきた。


 千早は小さい頃は子役をしていたこともあり、その顔は幼さや無垢を体現するように、目は大きく鼻は小ぶりで、口なんてすごく小さい。多分口に肉まんとか突っ込んだら死ぬだろう。髪の毛の毛先はふわふわだし、おそらく思い切り引っこ抜けば死ぬ。こいつを構成するものに迫力は何一つ存在していない。


 だからどんなに頑張ったところで怒っても意味なんてないのに、千早は一生懸命に怒りを表現して地団太を踏む。朝からご機嫌だ。


「怒鳴られるかなと思ったから、戦意削いでやろうと思って」

「いい加減にしなさいよ! 何度も何度も何度も! 次にやったら本当に許さないんだからね!」

「へーへー」

「こっちは怒ってるのよ!」


 千早はそう俺に宣言しているけれど、これは毎日繰り返していることだ。


 朝に弱い千早は目覚ましをかけても二度寝をするから、俺がこうしてわざわざインターホンを連打しなければいけない。


 さらに千早は寝起きだと戦闘力が倍になっているから、呼び鈴を鳴らしっぱなしにすることで俺はさらに追撃し、千早を無力化するのだ。


 すると血気盛んで獰猛な猛禽類千早は、生まれたての赤子も同然に変わる。そうして弱らせてから俺は千早の家に上がり、俺と千早の分の朝ごはんと弁当を作るのだ。


「はいはい。弁当の卵焼き増量してやるから」

「……許す」

「じゃあさっさと顔洗って髪の毛直してこい」


 千早を押すように千早御殿……千早ハウスに無事侵入すると俺は台所に入って、いつも通り弁当作りに取り掛かる。家の外観と全く遜色がない程に台所もバカでかい。


 何で俺がこんな分不相応な場所で、到底庶民の味なんて馴染みの無さそうな奴の飯を作っているかと言えば、千早はこの家に一人で住んでいるからだ。


 千早の家は中学の頃両親が他界した。分かりやすくお嬢さまの千早は世間知らずで周りの大人たちにバンバン裏切られ、仕方ないから俺が世話してやることになった。



「くそあっちぃなぁ……」


 もう学校だというのに、けたたましく鳴り響く蝉がうるさい。


 そんな廊下を千早と並んで歩く。今日もいつもと変わることなく、二時間かけて電車とバスを乗り継ぎ学校に登校した。


 こうして通学し教室に入るその瞬間まで千早は喋り通しだ。その様子を眺めながら歩いていると、不意に千早の眉間に皺が寄った。


 この目は、きっとあれだ。千早は俺が話を聞いていないように見えたらしい。大変に遺憾だ。


 俺はただ寝癖を整え二つに結んだ千早のツインテールが揺れているから、引っこ抜きたいとか、ほっぺたを限界までつまんで引き千切ってみたいとか、口いっぱいにおにぎりを詰めたいとか、飲み物を取り上げた状態でサクサクのクッキーを食べさせてあげたいとか、そういう想像をしながら心の中で英語のリスニングの反芻をしていただけだ。


 にも関わらず千早は不服そうな顔をすると、肘で俺の腹を小突く。


「ちょっと! ちゃんと私の話聞きなさいよ!」

「うっ……!」


 すかさず俺は呻き声を上げ、徐々に体勢を崩しながら地面に蹲る。脇腹を押えながら震えてみせると、途端に千早は慌て始めた。


「……ぁああ」

「え、え、やだ。ごめんなさい。え、どうしよう。やだ。痛かった? どうしよう、景? けい?」


 千早は半ばパニックになりながら俺の身体を揺すりはじめた。薄目で見てみると千早は明らかに目に涙を浮かべていて、縋るように俺の腕を掴んでいた。うける。廊下は人気のないところを選んでいるから、人通りもなく千早が頼れる人間は誰もいない。


 まぁ、生徒や教師がいたとしても、千早が頼れる人間はいないけど。


 そんな千早の様子をしばらく薄目で観察し、千早の瞳にたまった涙が溢れそうになった瞬間を見計らって立ち上がる。


「さ、行くか。そろそろ予鈴なるぞ」

「は? え? 景……?」


 千早は涙目できょとんとしている。そして自分がまた騙されたことを察したらしい。みるみる顔を赤くして俺を涙目で睨んだ。


「な、なによバカ! また人のこと騙して!」

「よしよし、心配してくれてありがとな。今日も可愛いぞー」

「っ!」


 千早の頭を撫でる。こいつは可愛いと言えばめちゃくちゃ照れるし、頭を撫でれば嬉しそうにする。だから怒りはじめた時は「可愛い」と言っておけば沈静化するし、撫でれば落ち着く。だけどそれを同時にすると……、


「も、もう知らない!」


 あっちから逃げていく。


 千早は俺を廊下に残し、教室へ向かってたいして速くもない足で駆けていく。そこで真顔で追いかけたりすると余計慌てて逃げていくのだ。だから千早に傍にいてもらうと不都合な時はそうする。


 でも今日は特に予定もないから、そのままにしておくだけだ。


 俺はあえてゆっくりと千早を追って教室に入った。クラスの連中と適当に挨拶を交わしていく。俺の席は一番後ろの廊下側の席だ。不審者が来たら一発で刺される席。対して千早の席は真ん中のあたり。俺以外のクラス全員が千早に飛び掛かっていったら死ぬ席である。


「宇山さん、おはよう」


 そんな真ん中の席につき、鞄を横にかけ読書を始めた千早に学級委員長である綾飛が声をかけた。その様子をじっと食い入るように見つめていると、千早は絞り出すように声を出す。


「お、は、よう……」


「うん。おはよう千早さん」 


 千早の死にかけの蝉みたいな挨拶に、学級委員長は嬉しそうに笑みを作った。委員長は眼鏡をかけた黒髪長めボブと、典型的な学級委員長の雰囲気が出ている。でも顔は千早同様整っているから、クラスの連中の視線は美少女二人の挨拶のやり取りに集中していた。それに気づいた千早は居心地が悪そうにまた読書を再開し、委員長は自分の席に戻っていった。


 そう、千早があの様な態度を取るのは、俺にだけだ。クラスの人間に対しては大体死にかけの状態になる。コミュ障……というか、借りて来た猫というか、びくびくして挨拶をするのもやっとだ。それは千早が中学生の時、千早の両親が他界してから出た症状である。


 両親が生きていた頃の千早……幼い頃から、その美貌を生かし子役をやっていた千早は、誰に対しても平等に尊大な態度をとっていた。


 特に中学生の時の千早は、気に入らなければ気に入らないと、メジャーリーガーの剛速球くらいにストレートな物言いをする。班分けや席替えで千早が嫌な席になれば変えることになる。家の力を使って教師だって辞めさせたし、とにかく好きなようにして生きていた。


 そして俺のような一般家庭の人間と一緒にいても、咎めないくらい自分の子に関心のない千早の両親はお互いにも興味が無かった。挙げ句2人ともよそに恋人を作り、離婚する際邪魔になった千早をどちらが引き取るか、車に乗って話し合いをしている最中、事故で他界した。千早はショックで子役をやめた。


 屋敷に残ったお手伝いたちはささっと千早を裏切り、ちくちく嫌味を言いながら過ごした。クラスメイトは「ざまーみろ」と千早をいじめた。その結果千早は家に引きこもるようになってしまった。


 そこで暇だし幼馴染だということ俺が学校で配られたプリントを届けたり、最低限の家事を教えてみたり、遊びに行ったりしている間に千早は俺に対してだけ昔の態度に戻るようになったのである。


 千早の物言いは確かにアレだが、結局のところ母親のコピーだ。小さい頃から周りに大人しかいなくて、幼稚園で俺と出会うまで同じ年の子供と接する機会がなかった。


 子役の仕事をしていたから大人への接し方は分かる。でも同世代への接し方が分からない。家では自分への関心の薄い両親と過ごし、抑圧される日々を送っていたから、その反動が強い自己主張に繋がったのだろう。


 何も知らない他人からすれば、千早は我が儘でやかましい女にしか見えない。


 でも千早が班分けを嫌がったのは、教師が全然対処しない虐め問題……ようするにいじめっ子といじめられっ子が同じ班になっているからだった。


 担任教師を辞めさせたのは、裏で担任が女子生徒に性的な嫌がらせをしていたから。表沙汰にすると被害を受けた生徒が傷つくから、千早は自分の我儘という形を取ったのだ。


 教師を辞めさせたことは千早の想いもあるから黙ったけど、席替えや班分けについてクラスメイトに説明すると、俺は幼馴染だから庇ってるのだと皆俺に同情した。


 全員死ねばいいのに。 


 周囲に怯え読書をする背中を見ていたら、少し嫌な事を思い出してしまった。後で千早のほっぺたをつねろう。そう考えながら俺は一時間目の英語の小テストに向けた支度をすべく、鞄へと手を伸ばしたのだった。



「はーあ、終わったー」


 気怠くなった腕や背中を伸ばすべく、腕をばたばた広げながら千早の隣を歩く。やっと今日も学校が終わった。今日は千早が体育でボールに遊ばれているような死にかけドリブルを披露したり、弁当で嫌いなトマトにんじん玉ねぎがあったことに喚いたり、とても元気そうにしていたが今はどことなく元気がない。


「なぁ、千早」

「何よ」

「今日の英語の小テスト、どうだった?」


 千早は俺の問いかけに目を逸らしばつの悪そうな顔をして地面を睨む。結果が悪かったと言うことだろう。普段千早は良い点数を取ると「どう?」と自信たっぷりに俺に見せつけてくる。そして俺がその点数よりはるかに高い……というか満点を見せると、悔しそうに走り出す。


「俺が教えてやるよ、だからまだ間に合うって、それにあっちで覚えればいいだろ?」

「そうだけど……、でも海外なのよ? 日本語通じないのよ?」


 千早は怯えがちに俺を見る。千早が不安がるのも無理はない。俺たちは海外への大学進学が決まっている。要は留学だ。俺は自分の成績で生活費込みの学費免除特待生で、千早は金の力で進学を決めた。俺が海外に進学を希望したからこいつは後追いしてきた。


 でも千早は英語を話すことが出来ない。英語の成績も悪い。だから俺がその分英語を学んで、通訳をする。


 そもそも言葉が通じる以前に千早はコミュ障だし、俺が間に入ってやらないとクラスメイトとまともにやり取りが出来ない。そんな千早が海外で会話をすることはハードルが高すぎる。母国語同士での会話も難しいのに、海外へ行くのは危険だ。だから一緒に連れて行く。


「どうせあっちでは一緒に住むんだし、ずっと一緒にいるんだから俺が通訳すればいいだろ」

「……で、でもご、誤解されるわよ! け、結婚してるとか夫婦って!」


 千早はぎゅっと拳を握りしめて反論する。顔も真っ赤で、さらに言えば耳まで真っ赤だ。


「そうだな。幼馴染同士の結婚成功率は高いというデータがどっかの国で出たらしいな。それで論文もいくつか書かれているとか」

「え!?」

「そうらしいぞ」


 俺はもっともらしく頷く。そんなデータも論文も知らない。探せばありそうだ。千早はぎゅっと口を引き結ぶ。


 でも唇の中央は震えているし、目も泳いでいる。


「将来俺と結婚するとお前は幸せになれるんじゃないか?」

「は、はあ!? バカなんじゃないの!! ふざけたこと言わないで!」

「……」


 真顔で千早を見る。ふざけて言っているのではないと暗に伝えると、千早はまた震えて目を逸らす。その視線を追うように覗き込むと「ちょっと……っ」と、か細い声を出してまた顔を背けようとするから、一歩近づいて千早の顔を見続ける。


 千早の華奢な肩を掴んで逃げられなくしてから顔を近づけていくと「ここ、外だし……」と手を震わせながら俺のシャツを掴んだ。


 そのまま顔を近づけていくと千早はぎゅっと目を閉じた。このまま凝視してもいいし、少し離れて観察してやるのも楽しいだろう。


 しかしそれは昨日やったから、俺はそのまま顔を近づけてキスをした。しばらくそうしていると、やがて酸素が足りなくなった千早が俺の肩を押し始める。


「ちょ、ちょっと殺す気!? 何考えてんの!?」

「千早のこと」

「……っ、あんたってねえ!」

「だから将来結婚しよう。な」


 千早の頭を撫でる。昔はいつもこうしていた。家に引きこもった千早も、それで嫌な記憶を思い出す千早も。両親から関心が得られないと泣く千早も。誰も千早をよく見ないなら、俺がずっと千早を見てる。千早は赤い顔で頭を撫でられていて、このまま頭から食べてみたいと思う。


「か、考えておいてあげてもいいわ!」


 可愛い。それでいて甘いよ。千早は。本当に、愚か。お前がどんな結果を出そうと、もう決定事項なのに。


「本当にチョロいよな。お前」


 ぼそっと呟くと、千早はこちらを振り向いて首を傾げた。その頬を少し舐めてやると、千早はまた怒り出した。

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