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囲い込みライブハウス

 \最新情報をお届け/


【悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎる公式ツイッター】


10月2日 オーディオブック①巻 ボイスドラマCD コミックス⑤巻 紅茶缶


           〜情報公開中〜


      https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


【あらすじ】

真面目が取り柄の大学生、富白栞とみしろしおりは同じ大学に通うバンドマン、霧垣陸きりがきりくに恋をした。いつも女の子に囲まれる彼を見て恋の終わりを悟った栞は、せめて遊んで貰おうと行動し……。

 世の中には、付き合ってはいけない3Bという人たちが存在するらしい。


 美容師、バーテンダー、そしてバンドマン。


 その職種の人たちは端麗な容姿を求められたり、お客さんと距離が近くモテるという問題から浮気に発展しやすかったり、社交的じゃないと務まらないから遊び人気質な人が多いらしい。


 話を聞いた時は、「はー、別に関係ないしなー、っていうか偏見では?」なんて気に留めていなかったけれど、大学二年生の春になってびっくりするくらい私に関係ある話となってしまった。


 それは私、富白栞(とみしろしおり)が、同じ学部の霧垣陸(きりがきりく)くん……霧垣くんのことが好きだからだ。


「……ねえ。明後日バンドの練習あるんだけど見に来てくれない? 明後日ならバイトないでしょ」


 授業の終わった講堂で鞄を整理していると、ふわっと柑橘系のフレグランスが香った。振り向くと霧垣くんが私の隣に座って、机に頭を預けながらこちらを見ている。


 その真っ白な髪からのぞく瞳は気怠げで、耳には儚い雰囲気とは対照的なピアスがいくつもつけられていた。彼はCDが発売されれば必ず週間ランキング一位を取り、単独でラジオパーソナリティをしていることもあって人目を惹く。現に今も周りの女子の目は釘付けになっていた。


「栞ちゃんに来てほしいんだけど……駄目かなぁ?」


「ううん。行ける日だよ」


 頷くと、霧垣くんは吐息を漏らすようにして「嬉しい」と笑った。


 ◇


 霧垣くんとの出会いは、一年前に遡る。


 就活でヒールのある靴を履くからと大学に履いていったところ、駅の近くで隙間に挟まり、ヒールが折れてしまった。しかもその場所が最悪で、階段だった。


 その時に咄嗟に私の肩を掴み、絶対絶命の危機を救ってくれたのが彼だった。


 そして運命的なことにお昼休みに大学の学食で再会し、周りに彼の入っているバンドのメンバーがいたこともあってライブに誘われた。


 はじめこそ、霧垣くんの雰囲気はビジュアル系バンドっぽいところもあって「きちんと感想伝えられるかな」と不安だったけど、聞いていて切なくなるほどの声で歌い上げるサビでの力強さや、切ない恋を歌う彼の詩に一瞬で心をつかまれてしまった。


 それから霧垣くんのファンになった私は、ころころと坂を転がり落ちていくようにライブに通い、今ではすっかり大ファンになっている。


 それどころか学部は違えど講義がかなり被っていることもあって、彼自身にも惹かれた。


 朝が苦手なところや少し気怠げなところさえ、全部がきらきら輝いて見えて途方もなく好きになってしまったのだ。


「やった。じゃあ楽しみにしてる。栞の為に歌うから、ちゃんと聴いてね」


 霧垣くんはチョキをぐにゃぎにゃ曲げながら去って行く。いつまでたっても顔の熱がひかないまま、私は猫背気味のその背中を見つめる。


 彼は、遊ぶようなタイプには見えない。だけど周りにはいつも女の子が沢山いるし、大層モテる。


 私が遊んでもらうにはどうしたらいいんだろう。


 付き合ってもらうなんて絶対無理だから、一度ぱっと遊んでもらってこの苦しい恋心とお別れし、私は霧垣くんの音楽を純粋に楽しむファンに戻りたい。


 そうしないと彼がファンサービスで言う「この歌詞、栞のことだよ」という言葉に心不全を起こして死ぬ。


 ただでさえ最近の霧垣くんの曲は、告白やプロポーズをテーマにしてる恋愛ソングが多い。でも全部片想い系だから感情移入して泣いてしまう。


 思い出したら、また涙が出てきそうだ。


 私は気を紛らわすようにして鞄の整理を終え、バイトへ向かう為に講堂を後にしたのだった。



 一つ一つ、入ってきたCDを棚に並べていく。霧垣くんに間接的にでもかかわる仕事がしたいと思いCDショップのバイトを初めて一年になる。


 置き方は決まっているし、きちんと正しい位置に置かなければお客さんが商品を見つけられず困ってしまう。一筋縄ではいかない仕事だ。その分やりがいもあるけれど。


「今日はお客さん少なくて助かるねえ」


 バックヤードの奥の部屋に入ると、その中で新発売のCDのポップを作る女の子、莉羽りはねちゃんが耳につけていたイヤホンを取った。彼女はバイト仲間で、大体同じ時期にバイトに入った。都内のトップの大学に通っていてとても頭がいい子だ。


「うん。今日は雨だからかな」


「なら明日も雨でいいや。ははは」


 莉羽ちゃんは思ったことをそのまま言う。でも人を傷つける言葉をずばずば言うんじゃなくて、見栄を張ったりとかをしない正直な子だ。作業中は大抵音楽を聴いている。


 バックヤードでの作業は、音楽を聴くことが推奨されている。単純作業は音楽でも聴いていないと気が狂うからと店長が言っていた。


「そういえば莉羽ちゃんよく音楽聴いてるけどなに聞いてるの?」


「音楽じゃないよ、今現在のお兄ちゃんの声だよ」


 ん?


「もしかして、電話中?」


「違うよ。お兄ちゃんのスマホを盗聴しているんだよ」


「そうなんだ」


 あんまり莉羽ちゃんが自然に言うから自然な返事をしてしまった。でも、よくよく考えるとかなり不自然なことをしている気がしてならない。


「莉羽ちゃんさ、なんでお兄さんのスマホ盗聴してるの?」


「私お兄ちゃんのこと世界で一番好きなんだ。ずっと一緒にいてくれるって約束したのに、裏切られたからもう逃げないようずっと聞いてるの」


 何だろう、人を好きなことは何も悪いことじゃないと思う。でもその好意の向け方が大変良くないような、法に触れてるような……。


「莉羽ちゃん、お兄さんのこと大好きなんだね……」


「うん。私、中学の頃めちゃくちゃ馬鹿だったんだけど、お兄ちゃんを追いかける為に今の大学入ったんだ。寝ゲロ吐くくらい勉強したの。お兄ちゃんへの愛で」


 それはすごいことだと思う。盗聴とかとんでもない単語さえ出てこなければ……。でも奇抜な考えをもって実行し成功させていく彼女だから、私のこれからについていい案を考えてもらえるかもしれない。


「莉羽ちゃんさ、女の子遊びが好きな人と付き合う……、とか、そんな人に遊んで貰うにはどうしたらいいの?」


「え、栞さんそういうことされたい願望があるの!? すごい性癖だね!?」


 莉羽ちゃんは私を見て驚愕の表情を浮かべた。


「違うよ! 付き合いたいけど、それは絶対出来ないから、せめて遊んでもらえないかなって」


 慌てて訂正をすると、莉羽ちゃんは眉間に皺を寄せ唸り始める。 


「うーん、栞さんそういう感じしないし、遊ばれたいなら遊び人っぽい感じになればいいと思うよ。本当に欲しいなら、最悪既成事実決めるしかないかなって。私も手錠買ったけど……。でも相手遊び人なら出来ない戦法だしね……。なんだろ。もういっそ催眠とか? やったことないけど、結構いいって聞いたよ」


 なんだろう、質問しておいて相手の答えにけちつけるなんて絶対駄目だけど、既成事実も催眠も絶対駄目な気がする。


「っていうか遊び人ってどんなタイプなの? 来る者拒まず派? それとも自分からぐいぐい行く系?」


「うーん、どうなんだろ。同じ大学でバンドのボーカルしてる人でさ、ゆったりしてる感じかなぁ、周りに女の子が集まっていく感じというか……」


「ん……? その人、なんか今どきのバンドマンって感じで、髪の毛白かったりする?」


 莉羽ちゃんはまるで霧垣くんのことを見て来たかのように言い当てる。すごい。何で分かるんだろう。


「そうだよ!」


「なら脈あるんじゃない? 髪白い人、栞さんのことよく見てるの、私見たよ」


「い、いつ?」


「うーん。退勤のときとか? 栞さんがバイト来るときとか」


 莉羽ちゃんの言葉が本当なら、きっと霧垣くんはこの辺りで買い物とか、色々してるんだと思う。お店に来ることもあるのかもと思うだけでバイトがもっと楽しくなる。


「すれ違ったことあるけどさ、あの人の隣通ったとき、お兄ちゃんの盗聴音声にノイズ入ったんだよね。だから多分何か聴いてると思うよ」


「何を?」


「栞さんの声」


 莉羽ちゃんが私をまっすぐ見つめる。だけど霧垣くんが私の声を聴いてるはずがない。綺麗な声ならまだしも歌だって上手くないし。


「う〜ん。相談乗ってくれてありがとう莉羽ちゃん。とりあえず遊び人っぽい感じ目指してみる」


「応援してる。あ、既成事実作りなら協力できるからいつでも言ってね。知り合いそういうの詳しい子いるから」


「ありがとう」


 なんだか、今日はバイト仲間の新しい……そして知ってはいけない顔を知ってしまった気がする。私は何だか複雑な心境を抱えながらバイトの業務を再開したのだった。



 そうだ。ピアスの穴を開けよう。


 莉羽ちゃんにアドバイスを貰った私は、色々悩んだ末に自分の見た目を変えることにした。


 いっそ髪の一束を白くしたりカラーコンタクトでも入れようかと思ったけど、お父さんもお母さんも古風な人だから泣いてしまう。


 だから霧垣くんみたいにピアスをつけようと考えたのだ。


 でも、ピアスをつけるには自分の耳に穴を開けなくてはならない。


 家には小学生でうるさい弟がいるし、こういうのやってる時に来てちょっかいをかけられ、耳が千切れたら怖い。


 そう思って空いている講堂を使わせてもらうことにした。椅子に座っていると何人かのカップルが私を見ては「使ってる人いる、場所変えよ」とか言ってたから、楽しく話すおしゃべりスポットになっているのかもしれない。申し訳ない。


「さて」


 昨日、ドラッグストアで買った耳穴あけ器……ピアッサーなるものを見つめる。


 ピアッサーの白いフォルムはちょっとマシュマロみたいで可愛い感じだけど、その中央に設置された針は紛れもなく何かを貫通させるもので、手に取ることすら躊躇われる。


 購入する時は勿論持ってたし、さっき鞄からこれを取り出すときも持てたけど、次に持てば開けなきゃいけないと思うだけで手が伸びない。


 痛いことは怖い。でも、霧垣くんに遊ばれたい。そしてこの恋心を封印したい。


 恋心と痛みへの恐怖がせめぎ合っていたずらにピアッサーを睨んでいると、また柑橘系の香りがふわりと立ち上る。


 顔をあげると霧垣くんが私の前に立った。


「なーにしてんの? ん、ピアッサー? 誰の? これ」


 霧垣くんはリングが沢山ついた指でそれを取り、光に透かすように眺める。


「わ、私のだよ」


「なに、穴開けるの? どうして?」


 手を伸ばして返してもらおうとするけど、霧垣くんはその手を避けて私の隣に座った。流石に本人を前にして遊ばれたいからなんて言えない。


「お、お洒落になりたくて」


「うーん、あんまりお勧めしないけどなぁ。そんないいものじゃないよ。身体に穴開けるってことだし」


 そう言って、霧垣くんは自分の耳を縁取るようになぞる。そこにはイヤーカフであったり、ピアスだったりがいくつもつけられていた。


「ああ、俺はいーの」


「でも、私はやりたいの」


 霧垣くんの耳に留まるそれを見ていたら、ぼやけていた決心が形を作り始めた。


 一歩、踏み出したい。霧垣くんとお揃いになりたい。そう思ってしまう。


 私はぎゅっとスカートを握りしめながら「返して」と霧垣くんを見つめた。


「じゃあ俺がやってもいい?」


「え」


 好きな人に、自分の耳に、穴を開けてもらう……?


 どうせ霧垣くんにとって私は沢山いる女の子のうちの一人だ。それはきっと変わらない。だけど、霧垣くんに開けてもらった穴は一生残る。


「お、お、お願い!」


 一生懸命お願いすると、霧垣くんは決心するように頷く。そして鞄からウエットティッシュを取り出して机に置き、私が持っていたピアッサーを手に取った。


「じゃあ気が変わらない間に、さっとやっちゃおっか。こっちに顔向けてて」


 彼はすぐに私の耳にピアッサーをあて、じっと私を見つめてくる。


 真剣なまなざしにどきどきして、しっかりと呼吸をしているのにまるで酸素が入っていかないし、出てもいかない。


「いくよ」


 カチッと、何かがはまったような音がした。


 もっと痛いと思っていたけど、耳に霧垣くんの手が触れていてそれどころじゃない。心臓が潰れて死にそうだ。心臓動きすぎて大量出血で今死んだらどうしよう。


「もう片方も……っと。出来た。血が出てるから、抑えとくね」


 ぎゅっと、霧垣くんがウエットティッシュごと私の耳をつまむ。あれ、耳に穴を開けるときって、血って出るんだっけ? いつ血が止まるんだろう。っていうか、もう一人で大丈夫では?


「じ、自分で押さえるよ!」


「いいよ、刺したところ見えないだろうし、俺がする」


 霧垣くんはじっと私を見つめたままだ。なんだか逸らすのも失礼な気がして遠慮がちに目を合せていると、僅かに彼の口角が上がっていく。


「美味しそう」


「え」


「じゃあこれ、捨てとくね」


 どれくらい時間が経ったか分からないままずっと霧垣くんと見つめ合っていると、彼はウエットティッシュを持って立ち上がる。


「え、いいよ悪いし、血とかついてるなら悪いし」


「ううん、俺がしっかりやっとくから、しばらく安静にしてな」


 霧垣くんは立ち上がると軽い足取りでゴミ箱のほうに向かっていく。その背中をぼんやり眺めていると、彼はごみ箱でごそごそ何かを捨てたりして戻ってきた。


「じゃあ、お疲れってことで」


「な、なんかお礼するよ! ピアス開けてもらっちゃったし」


 一生の思い出をもらったのだ。お礼したい。最後に……って、私の下心もあるかもしれないけど、ちゃんとお礼はしたい。霧垣くんはじっと私を見つめた後、ポケットから一枚の紙を取り出した。


「じゃあ、これに名前書いて」


「え」


「名前書くだけでいいから」


 そう言って霧垣くんがこちらに押し付けるように差し出した紙は、間違いなく婚姻届けだった。



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