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たてなおしの法則


 俺──天上尊は、酒に弱い。酔うまで飲まないという処世術で乗り切っているけど。


 簡単な打ち合わせのつもりが、バーに向かうことになり酔って何かを言った気がして、一応また打ち合わせの機会を設けることになった。


 なんとなく、バーではいい感じに話が出来たと思った気がしたけど、御上さんは違っていた。


「なんか、頑張っていいかわからないところが、キツイなって」

「どういうことですか?」

「天上さん、僕が熱意を出すたびに、潰しにかかるの分かってます?」


 潰しにかかる。そんなわけない。だって編集者は作家をサポートしてプロデュースし、コンテンツを生み出すのが仕事なのだから。それを御上さんは分かっているはずだ。実際、良い編集者さんとの出会いもあるみたいだし。


「別に潰しにかかってないですけどね」

「たとえば1月、僕が取引先に刺されて入院した時、状況を説明した。同時に、去年のことについて触れた。貴社についてです。貴方は、婚活すれば、マッチングアプリでもすればいいと言った。会社のことや今後についての話をした結果、貴方は作家は独り、みんな孤独だと言った」

「……いやあ」


 あれは年末年始で忙しかったし、普通にそんなひどいことになってると思っていなかったし、入院とかしたり色々あるのなら、結婚とかして支えてもらえば御上さんは違うと思ったのだ。普通に、一般論として。


「会社のことなんですよ。全部。だから、僕は言った。結婚しても相手がいようと変わらない。貴方の会社と取引が出るたびに、それは続いていく。だから、なるべく少しは前向きになれるように、企画を作って、今後もしも、一人で何とかできるように、ファイルを作った。それを貴方は、代表にたらい回しをして断らせたり、ファイルを長い、自我が強いと切った。それが2月です」


 こんこんと、御上さんは事実を適示する。裁判でつめられてるみたいだ。いつもなら、「裁判とかそうしてるんですか」と聞いているけど、聞ける雰囲気ではない。


「3月、婚活してマッチングアプリで自我を補正しろ、自我を殺せ、これは、完璧なコンプライアンス違反です。どうして再度、そうした話に至ったのだろうか考えました。試し行動、だったんじゃないですか? 人間の修正として、自分が失敗したかもしれない、駄目だったかもしれないと思った行動をもう一度取る。玄関のドアみたいなものです。きちんと鍵をしめたか分からなくなって、もう一度ドアノブを回す。鍵が閉まっていることに安堵する。それの、安全確認」


 それは、ただの一般論で。


 御上さんがずっと情緒不安定だったから。


 言いかけて、ファイルを思い出す。読んだ後すぐに、しまったと思った。通し見してスクロールして、ずっと前のことを繰り返し言ってるなと判断して「自我が強いんですよ」と言った。軽口のつもりだった。我が強いというかこだわりが強いというか。別に自我が強いと言っても御上さんは止まらないしと。


 でも思い返せば、御上さんは依存的で他人軸で動く。じゃあなんで我が強いと思うんだろうと違和感を覚えた。


 他人に関することは主張するけど、自己決定や保存、熱意については無くアッサリ手放す。だから全部押し付けられてるみたいでヒヤヒヤするし、自立してほしいと思った。


 自立してほしいと言った。

 でもなんで、自我が強いなんて言ったんだろう。

 自分で自分が分からない。


「よく覚えてますね。全然、忘れちゃってました」

「一月も同じこと言ってましたよ。電話、忘れちゃったって。僕、最初、感情的に考えて──僕のことがどうでもいいから忘れた、そう思ってたんです。でも、小学生みたいな言い訳の可能性もあるなと。自分の言ったこと、酷いことだったと思いなおして、無かったことにしたいから忘れたふりをした、だから、3月のマッチングアプリで自我殺せ以後、自我を殺すというワード、意図的に使ってない」

「……」

「次の4月の半ば、貴方は㏄のないメールを引用により晒した。貴方は、引用したことについては触れず、別に引用しても問題のないメールだと主張した。企業であればそもそも取引先からのメールを、相手に許可なく引用をしないのがベタです。相手に共有を悟らせず、内々に共有するのがベターでしょう。でないと取引先からの信頼を失う。形式だけでも、謝罪が必要だった。それをしなかった。謝る必要が無くても謝罪させられるのが、この社会です。だからこそ──悪いことだと思ったからこそ、謝れなかった」

「……」

「そういう、性格だと仮定すると1月、つじつまがあう。一週間前の電話も僕が取引先に刺されたことも忘れるという、あなたが」


 御上さんは「まぁ4月から9月に至るまで画像ファイルを送付し忘れて、去年11月に送付していた原稿を読み忘れて、今年の4月に送っていた原稿も忘れて、持っていることすら忘れて、何が覚えられるのだろうか、記憶にも残らない原稿なのかな、と思う所が無きにしもあらずですけどね」と軽く笑う。


 それは、忙しかったからだ。読みはした。でも御上さんは前任のこともあるし、原稿も独特なところがあり、どうしていいか考えたかったし、それを共有するのも違うなと思ったのだ。どうしていいか分からないと言えば、悩ませてしまう気がして。


 それに、他の作家さんは、御上さんと違って完全に初心者というか、SNSの運用もままならない人もいる。だからどうしても……出来ることはやってほしい。


 でも、御上さんの家の事情が分かってきたりして、生まれてから普通の作家さんも経験しないような、孤独や一人の人なんだな、と思うこともあったりして。


 そんな人、支えきれるはずないし、中途半端なこと言えない。でも、だとすると初心者の作家さんとかSNSの運用もままならない作家さんとか、デビューして間もない作家さんをフォローする自分が、妙に違う気がして、モヤモヤしてくる。平等にしたいのだ。皆大切だから。御上さんだけ特別扱いするわけにはいかない。専属マネージャーじゃないのだ。


 でも、御上さんは恵まれてるほう──と思っていたことが悉く削れていくし、誹謗中傷とかのニュースを見て「相手が恵まれてるので攻撃していいと思った」というアンチの言葉が妙に自分に向いている気がして、夜ずっと悶々とすることがある。


 いや、御上さんは成功してるほう。絶望してるのはネガティブすぎるから。御上さんが考え方を変えれば、幸せを受け取れるようになる。自立してくれる。そうすれば成長する。


「僕は、言われたことがあるんですよ。どうして王道以外が売れないか知ってますか、それは、売れないからです。売れない話だからです。誰の記憶にも残らない話と言いますが、そう言った編集者、自分が憧れだって言ってた作家さんを自分のレーベルに招いて、嬉しそうにネットではしゃいでますよ。夢だったって。ここ、そういう世界です。誰かにとって酷い編集者でも、誰かにとってはかげがえのない最高の編集者さん。そういう、世界です。面白ければなんでもあり、結果主義。著者絵師漫画家トリプルトーループで潰しても、大ヒット飛ばせば帳消し。正義。編集部でフォローし合って、あんなことあったねで、終わり」


 御上さんは、静かに視線を落とす。


「もしも天上さんが、自分が至らぬところがあっても、ファンレターや成功があればモチベーションに繋がるはず、作家は書かずにいられないから大丈夫、と思っているなら、同成功と同じ分だけ、作家を潰しにかかるものが存在する。むしろそのほうがずっと多いこと、知ったほうがいい。これから作家さんを売っていくなら」

「売っていくって」

「僕はほら、夢見てない。でも、この世界には小さい頃から本が好きで、将来小説家になりたいって作文に書いてるような人が、目をキラキラさせながらやってくる。そういう人間は、絶対に潰すなって言ってる」


 御上さんは、違うんですか──問いかけようと思っても言葉が出ない。


 12万字、御上さんは消した。その後、7万字。御上さんは消した。データも消した。設定も消した。


 読者のことはどうするんだと思った。感情的過ぎるとも。俺に依存しすぎている。


 でも御上さんが前に言った言葉を思い出す。


 ──読者からお金を取る以上、目の前の編集者も満足させられないのなら、お金を取るべきじゃない。本屋さんの店員さんの手を煩わせるべきではない。無料公開の手段があるのだから、無料で出したほうがいい。


 当てつけではなく、作家としての冷静な判断。


 いや、違う、だってそうしたら、俺が消させたみたいだ。


「話すこともないのにな、と思いながらも2か月に一度、お時間を作ってくださっていたことは、感謝しています。原稿、忘れられているのはまぁ、きついですけどね」

「御上さん……」

「WEB、アクセスが0ってザラなんですよ。それに正直、どんなに読者がいても、僕は……いつか期待を裏切るんじゃないかって、怖くなる時ある。でも商業は、必ず一人の人間が読んでくれるって保証がある。保流みたいに、逆国語テストみたいに、著者がかんがえてるのはこうですよねって決めつけてくるのもいるけど……だから、傷ついた」


 シンプルな響きだった。


 傷ついた。


 御上さんは話が長い。感情的だと思う。感想だと切り捨てた。でも、必ず、こうした理由でと根拠を出してくる。


 でも今、初めてだった。


 傷ついたと、言葉で表明されたのは。


「原稿を持っていて、考えてる、どう返事していいか分からないなら、それを教えてくれないと、他人は分からないんですよ。相手の全部を知りたい、さしだせって言ってるんじゃない。だから、貴方は忙しかった、多忙でどうしようもなかったとしても、その原稿に対する想いを共有していなかったのなら、雑に扱った、原稿に向き合ってない編集者だったということに、変わりはない。それを、僕だけにしているのなら、まだ間に合うと思う」

「間に合う?」

「だってほら僕は夢を見ていない。本気で思ってる。それは……小説書いて、生きていけたら嬉しいよ。読者が好きだから。僕のファンって、皆、変じゃん。こういう奴らを、幸せにしたいなーって思うから。あと全員、すべからく、生き辛そうで。だから小説書いて生きていけたらなと思う」

「なら」

「でも、夢を見ようとするたびに、辛いことが起きる。初めて書いた小説が、ぐちゃぐちゃになって、ファンを裏切った。一番大事なファンを守れなかった。それに、俺の言葉は誰の励ましにもならない。慰めにもならない」

「御上さん」

「そういう言葉を、得てない。前に言ったじゃん。天上さん、親に褒められたことないんですかって。そうだよ。なんなら保流も、俺を肯定しなかった。そんなはずないって思うでしょ。俺のことがあって変わったのかもしれない。前提が違うんだよ。天上さんは今を見ろって言うけど、過去と未来が前提を作って、今に至る──まぁ、それをさ、念頭に置いたほうがいいかも、他の作家さんとの、やりとりは」


 とうとうと紡がれる、諦めの言葉。

 思えば最近、ずっとだった。


 6月、電話したら、一人で解決しなきゃですからねと、終わった。普段だったら30分以上、話すのに5分で終わった。あれだけのことを言ったのだから逆に傷つけたのではと、悩んだ。


 7月、どうしても手一杯で、御上さんの企画を断った。今思えば受けても良かったんじゃないかと思ったけど、あの時はどうしても無理だと思ったし、下手に受け入れて失敗して、もっと傷つけてはいけないと思った。


 その後、御上さんはもう企画を出さないと言った。当てつけか天邪鬼だと解釈した。時間が立てば前みたいに話すだろうと。


 でも、何か月と経っても企画を出さない。やる気が無くなってしまったのか。気分に波がある人だしな。読者がいるし大丈夫だろう。そう思っても、御上さんは動かない。電話ではどうでもいいと話す。どうでもいいと言った後、どうでもいいのは自分に対してだけで、読者や俺はどうでもよくないと言う。


 いつもの自己卑下。そういう人。でも、今年からひどくなった。成功へのプレッシャーかと思ったけど、とうとう御上さんは夏に辞めようとした。


 そんなことないだろ、だってそんな成功なんて中々ないし御上さんは作家という生き物だし、という前提がすべて覆った。ファンはいる。見えづらいだけで。御上さんも心のどこかでは分かってる。甘えだ。御上さんは独りで強い。そもそも、人はいる。


 だけど、7月のことをふと思い出す。御上さんが関係者にお礼を送付していた。手配が大変だった。御上さんは保流だけ抜きにするのもな、と言い保流に送っていたが、明らかに保流のコメントは負担になるから、言わないほうがいいかなと伏せた。


 結果的に保流以外のコメントを送るのもな、となにも送信しなかった。伝わるだろうと思った。業界にいて長いし。


 鹿治さんに「御上くんって業界で生きていける? 会社全体で無視ってちょっとこっちも怖いかなと思ってて」と相談されて、ゾッとした。エンタメ業界では当然の慣習だしお礼なんかいらないと思っていたから。どうしようと悩んでいる間に、御上さんは祖母が死んだと連絡が来て、今更お礼も言えないなと、今に至っていた。


 でも普通に考えて。


 一般的に考えて。


 思い直すたびに、よぎる。御上さんが尊敬していたデザイナーから、長いコメントが来たこと。珍しいなと思いつつ共有したら御上さんから電話が来て、喜びつつも泣いていた。


 御上さんはデザイナーとファイルを通じてずっとやり取りしていて、保流からデザイナーとのやり取りはめいわくじゃないかと言われ、大丈夫だと伝えても膠着状態だったので、察して従ったこと。


 御上さんの中では、自分は嫌われ会社で問題になり、デザイナーさんから保流に相談があり、やり取り解消に至ったという認識だったこと。デザイナーからのコメントに、嫌われたんじゃなかったと喜んで、泣いてた。


 そんなことで泣くのかと思った。変な人だなと思った。


 そういう人だから。


 自分は嫌われて得られないのが前提で動く人だから、だからこそやりづらいなと思ったし、そこまで思ってないのになんで卑下するんだろうな、否定してもらいたいのだろうけど、否定したら繰り返しになりそうだしとためらいがあった。


 

 自己防衛の手段だったのか。


 あれは。


 本気で、俺が、御上さんを否定する人間だと思っている……いや、自分以外の全員、否定していしてくる前提でずっと生きてるのか。


 求められてると思っていたし、投げられた期待は、そもそも見返り自体捨てている人間のなにかだったと気づく。


 なら、出会ってからずっと、押し付けられていると思っていた信頼は、いつか返せと怒られると思っていた期待は、本当にただ一方的に投げていただけのもの。


 返さなきゃ求められている苦しいと思っていたけど、御上さんと自分の前提はそもそも違っていた。


 何を欲しているのか分からないと幼いころから言われていた。欲しても怒られるし、得られたとしても何を返していいか分からないので、困っていた。自分に自信がないとか言い方はいろいろあるけど、どれもぱっとしない。


 信頼されたいっちゃされたいけど、全幅の信頼は重い。返せないし。期待を裏切りたくない。人と関わる仕事をして特に思う。ガッカリさせるのは辛い。傷つけたくない。


 でも、何にも期待してないけど、誰かの為には頑張りたい人がいたとして。


 ガッカリさせたくないからと言葉を選んでも、見ているものも違うし来歴も違うのなら、受け取り方も読み方も違うのは当たり前で。


 理解し合えないからこそ、言葉が、必要だったんじゃないか。自分が守っていたのは、相手じゃなくて自分自身だったんじゃないか。御上さんみたいな、自己防衛と同じで。同じことを、してる?


 それに一般論とか、普通に考えてに死ぬほど苦しめられてきたのは、自分だ。ずっと苦しかった。それをなんで、御上さんに、よりによって。受け取り方は独特なのはわかっていたはずなのに。


 原稿が、怖い。御上さんの原稿を預かることが。書くのが怖いって、こういうことかもしれない。届かないかもしれない。なにをしても、どうにもならないかもしれない。取り戻せないかもしれない。一人なのは当たり前だけど、本当に心の底から、どうしようもない不安に襲われる。


 原稿を戻したらどうなるんだろう。本当にそれを読むのだろうか。御上さんは。


 また消されるんじゃないか。いやそれは御上さんの選択だ。


 でも怖い。


 12万字。


 原稿用紙300枚分。御上さんは簡単に消す。


 ああ、こういう。


 目の前の御上さんを見る。


 こういう、ことか。


 今更ながらに思う。御上さんは、去年から一人で。


 それだけじゃなく、1月からずっと、俺は色々言ってたのに。


 作家さんは生活がかかってる人もいる。執筆は孤独な作業。皆我慢してる。色々ある中で。


 そういう前提は確かにある。御上さんは恵まれてる。だからといって、俺が言ってきたこと全部、言っていいことじゃなかった。それ言った御上さんと関わるのが、怖い。これ以上何か言って、取り返しのつかないことになったら。


 何を言っても、傷つける。


 いや、でも傷つけずに接してる作家さんもいる。


 そもそも御上さんだけ、恵まれてるわけじゃない。成功してる作家さんは大事にされるのが当たり前だし、甘やかさないほうが本人の為だと思っていた。構い過ぎないほうがいい、とも。


 でもこの人、誰に、祝われたり、構われたり、褒められたりするんだろう。


 そう考えて、重責に眩暈がした。じゃあその分仕事を丁寧に? 原稿を持ち続けて制作を止めた。企画は進めてない。言葉は苦手だから行動を見てほしいと言った。出してほしいと言ったファイルは出してない。期間が過ぎて、告知のための効果的な期間は消えた。


 俺はこの1年、何してたんだっけ。


 いや、刊行の為にがんばった。


 編集者なのだから刊行の為に尽力するのは当たり前だ。


 それに御上さんをデビューさせたわけじゃないし、立ち上げじゃないから、俺が下手に関わってもと思っていた。ほかの編集の頑張りを奪うみたいで。


 何もしないまま、担当は続けていて、それこそ、他の編集者に失礼だったのでは。御上さんは自分を「他人の頑張りを奪うハイエナ」と自称していた。著者なのにな、と思っていた。


 その言葉が、刺さる。


 俺、何してたんだっけ。今年、何してたんだっけ。


 何かできることはあったんじゃないか。


 今更手遅れじゃないか。


 これは逃げ?


 俺は確かに失敗した。


 じゃあもう何もしないほうがいいんじゃないか。だって、もう取り返せない。


 でもこれが逃げなのか?


 失敗を取り返そうとして、御上さんに拒絶されることを逃げてるんじゃないか。御上さんは熱意を出すたびに、潰しにかかると言っていた。


 こういう怖さを抱えながら、御上さんは、俺になにか、言ってた?


 その重みに、耐えられず目を逸らす。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺は悪くない。仕方なかった。



「他の作家さんには、絶対にしないほうがいい。いつか保流みたいになる。まだ間に合う。大丈夫、大丈夫です。貴方は、ちゃんと大丈夫です」


 御上さんは決意を込めた目で言う。


 その瞳が何を求めているかは分からない。逃げ出したいことだけは確かだ。


「報われないの、当然なんですよ。未来に希望を持っていいって、ひとかけらでも欲しい。電話で今後ともよろしくって言ったり、最近貴方は言葉が変わってきている態度も、変わってきている。その変化を、見たいと思ってる。がっかりさせたくないということに貴方はトラウマを持っているのかもしれないけど、それでも、編集でいる限り、私のこととは関係なく、そこからは逃げられない」

「トラウマって、そんなことは」

「貴方にトラウマがあると、診断したり判断するつもりはない。ただ、貴方が、みんな希望を持っていていい、人は自由に生きていていいと考えていたとしても、前提を持っていたとしても、貴方の言動は、全部、希望を奪うものになっている。よく話さないと、相手を傷つけないためにと思っていても、そういうことを言わないと、というか、相手の言動10パターンくらい可能性を導く探偵とか、そういうのが相手じゃないと、誤解される」

「御上さんは俺のことをどう思ってるんですか」

「俺のことどうでもいいクズか俺のことどうでも良くないダメ人間の二択」

「え」

「部下もそうだし、あの、俺二択だから。俺のことを、どうでも良くない人間の8割がた、仕事20回くらい転職してるので職歴伏せてる男とか、男に300万貢いで川に飛び込むって言いだす女とか、200の短所に1のぎりぎりのヤバおもろポがある人間しかいない」

「はぁ……」

「だから、お前の思ってる、俺が求めてる? ものとか、俺にこう見られてるが、違うかもしれない」

「それは」

「たとえば、見栄はるとか。あと、アドレス変わったじゃん。途中で。ずっといる人じゃない想定はその段階からしてたよ」


 ドキッとした。一番、触れられたくないところだった。


「あと、思い込みやば人間の可能性ね。俺はお前に質問をしない、今から言うのはただ俺がもしやと思ってるだけだけど、お前の行動が変わったタイミングと俺がストーカー日報とかでお前のことべっしゃべしゃに書き始めた時期、あとお前が俺に最近WEB投稿してないんですか、話書かなくなったんですかって一切言わなくなった時期、滅茶苦茶一致してるからね」


 返答に迷う。俺が返事をしないまま御上さんは続ける。


「俺が、例えばの話ね、お前を書いてるかどうかって、俺がお前に言わない限り確定じゃないわけ。だからたとえば、俺が書いたものでお前が、俺こう思ってたーと思ってたとしても、ここにいる俺が、本当にそう思ってるか、お前を理解してるかは、分からないからね」

「いや」


 思わず否定が漏れた。


「いや、でも、だいぶ、よく見てるなーって思う所は、ありましたけどね。ストーカー日報」

「俺がどう思ってるかは別じゃん。だって、演出もあるしさ」

「そうですか?」


 小説のほうが、やり取りが上手く言っている気がする。というか御上さんが書いている俺のほうが、俺な感じがする。実際御上さんが口に出してる俺よりも。というかそこまで分かってるんだったら察してくれよと思う。メールに長文とか書いてないで。


「なに⁉ 今のそうですかって、やめろ、怖い⁉ 怖い怖い怖い怖い、怖いよお前‼ なんなんだよ」


 御上さんは笑い出した。怖いとか言ってもなんやかんや、そうは思えない。怖がってる感じは無しない。


「怖いって失礼な」

「いやバケモンの発想だなと」


 御上さんは怪訝な顔をする。沢山失敗したけど、なんかまだ、扉は閉じてない気がする。


 なんとかなるのかもしれない。まだ。


 少しだけ、思った。



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