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バケモノは隣にいる

×酔狂のベランダ→蔵原











 探偵は推理をすべきではない。それは僕──探偵である御上望の持論だ。


 ストーカーは大抵、「相手だって好意があったはず」「俺を好きなはず」「私を好きなはず」と自らを正当化しながら、相手に好きを押し付ける。


 僕は人間への不信感が最大級に強いので、好意を押し付けられるレベルでないと感知しづらい。


 なにより身近というかクライアントの半数が予備軍なので、言葉を出さねばカウントしないようにしている。


 相手が自分へ何を思っているかの想像は、害意、もしくは損得感情。そのほうが、相手にとって安全だから。


 とはいえ、天上さんの行動タイミングがあまりにキモいのだ。天上さんというのは、僕の担当編集者さん。僕は独下ケイというペンネームで作家をしており、天上尊という男性編集者さんと仕事をしている。


 そして月半ばの土曜日のこと、僕は天上さんに最後のつもりでメールを送った。


 なんなら興信所でクソみたいな案件を受けたので、しばらく連絡が取れないと思ったから。


 で、暇な時を狙った。


 土日、天上さんはしっかり連絡を断つ。その間にメールを止めて、じっくり仕事をしたり、土日にしなきゃいけないことを実行しているんだと思う。


 だから、天上さんが次にメール見るときは月曜日だし、その時点で二日経過したメールなので、返信しなくてもよさそう感が出て天上さんに負担をかけずに済む、というホスピタリティに満ち溢れたお別れをした。


 結果、土曜日、送信から3時間後に連絡がきた。


 びっくりした。


 それも作成日が月イチ、それも明らかに全作家に月イチで送付したファイルを、今更になって確認してきた。「え、それ今聞く?」みたいな。


 天上さんのメール作法について、元々違和感を覚えていた。


 なんか、僕が連絡を断とうとするタイミングで絶対返事しなきゃいけないものが飛んでくるのだ。


 怖くなって鹿治さんに相談した。


 恐怖を感じたのは天上さんに対してではない。


 僕だ。


 少しでも「え、天上さんって僕のこと引き留めようとしてる?」と、期待を持った僕に僕が怯えた。


 だってそんなのストーカーじゃん。


 否定が欲しかった。「御上くん、あなた疲れてるのね」と美人なお姉さんに言われたかった。美人なお姉さんは周囲にいないので、妥協して僕の上司でありバツイチおじさんである鹿治さんに相談した。


『御上くんの意向を大事にしようとしている、というのを無言で伝えようとしているんじゃないかなぁ』と、鹿治さんに言われた。


 殺してやろうかと思った。天上さんじゃなく鹿治さんを。


 だって興信所のチーフの分際でストーカーを増長させるようなことを言うから。殺したほうがいい。部下としておかしくなった上司を処分しなきゃいけない。


 でも、鹿治さんの言い分はこうだ。


『御上くんみたいにみんながみんな、言葉で気持ちを伝えられる人じゃないんだよ』


 そういう前提が許されるのは、ある程度、お互いの好意がフラットな状態でだ。


 僕は天上さんが心の底から好きなので、僕は天上さんの一挙一動、自分の存在の許容だと感じてはならない。


 にもかかわらず、とんでもない事象が起きた。


「御上さんはぁ……理想がぁっ高いんですよ! フッヘェ……ヘッヘェ」


 隠れ家バーで、天上さんが唸る。死ぬほどろれつが回っていない。変な笑い方までセットで入る。僕の馴染みのバーというか、酒は一切飲まず食事オンリーで利用しているバーに入ったところ、女の客にサービスを受け、天上さんは酔った。


 僕は酒の味が嫌いだ。ビールが苦くて嫌い。虚弱めいているので飲む習慣がないが、飲めないわけでもないし、酒により思考がかすむこともない。


 勿体ないななぁ、と飲んだ。天上さんのぶんも飲もうとしたら、「いや、いいっすよ」と天上さんは飲み──天上さんだけ潰れた。


 天上さんだけ置いて帰っちゃおうか悩んだ。


 だって僕は天上さんが好きだから。


 僕は危ない。


 僕はやばい奴。


、やばい奴として天上さんを逃がさなくてはならない。


 天上さんだけタクシーに乗せる手も考えたけど、万が一うっかり住所を聞いて、「こいつに住所押さえられてるんだよな」と怖い思いさせたくない。


 だからもう天上さんだけ放っておいて僕だけタクシーで去る。それが一番、危なくてやばい奴としてスマートな立ち振る舞いだ。


 なのに。


「黙って、隣にいるんだから、それが肯定として捉えられないんですかぁッ、褒めなくたってぇ……っていうか褒め辛いですよ、御上さんホラ、何で怒るか分かんないし、探偵だし担当してることが答えでいいって言ったじゃないですかッ」


 天上さんに絡まれてしまった。


 しかも勢いがとんでもない。


 天上さんは僕を睨んでいて、酒で目が潤んでおり同時にぐすぐす鼻を鳴らして半泣きみたいな状態だ。僕がすごく悪いことをした状況になっている。


 普通やばい奴がこういう風に取り乱して、やばくされるほうがどうしようって思うものじゃないの?


 なんでやばいほうである僕がこんな取り乱されてるの?


 なに?


「突然、バーッて! 御上さん自由に思ったことバーッて言いますけど、御上さんが前任と揉めてすんごいややこしかったように、俺だって、俺だってブラック企業に自我殺されて、色々聞かれたって困るみたいになっちゃってるって、一回、一回でも考えたことありますかッ、御上さん、ええ、それも好きだ好きだって、御上さん年下だからいいですけど、俺、俺年上でッ……あれですよ、会社員ですからね? 全然力もないし、担当作みんな、大事だし、大事、大事なんですよ。当たり前じゃないですか⁉」

「だって、前任」

「あれは、相性だからどうしようもない。保流は……御上さんの話読んでも、分かんないっすよ。よく読まないと。普通の編集者は、分からないんですよ! 御上さんの話はぁッ、大枠は、一般論としてのカテゴライズはあるでしょうけど、だからこそ売りづらいし、こっちもどうしようかなって思ってんのに、ずーっとたらればの話して、未来と過去があーだこーだって」

「だって未来と過去が現在に繋がってる」

「じゃあなんで、俺の、俺のしたこと、無にするんですか」

「え」

「なんか、ブラック企業で自我殺せとか、結婚しろとかマッチングアプリやれとか、俺が言ったの、よくないなと思って言わないようにしても、どうせ言うんだろみたいに疑ってきて。失敗許してくれるって、俺のこと好きだって言うなら、許してくれよ。出ていけ」


 出ていけってなんだよ。


 天上さんの豹変ぶりに絶句する。


 しかも、今に至るまで僕は静かに話をしている。読者を集めて、「学生時代最も声の小さい先生の声量」をはかった平均値より下くらいの静かさだろう。はかったことないけど。


 一方天上さんは、中々の声だ。


 出て行くのどう考えたってこいつだろ以外に感情が湧かない。


 ギリギリ敬意と好意より客観視が上回る声量だ。


「っていうか分かってくれたっていいじゃないですか? 探偵なんだし、作家、人、良く見てるのになんで俺のことわかってくんないんですか? 本当は分かってるのになんか分かんないふりしてるんじゃないすかァ? もっと、色々させようみたいな」

「どういうことですか」

「褒めない褒めないって言うけど、褒められるわけないじゃないですか、御上さん作家なんですよ、俺は最初に、才能ないって言ったじゃないですか。で、御上さん才能あるって言ったし、その後上から目線になるから嫌だって言ってんのに」

「だって天上さんの言葉、綺麗じゃないですか」

「綺麗だと思ってんのはお前だけなんだよッ……いえ、言えるわけないじゃないですか……が、がっかりさせたくないし、うぅうううううう」

「別にがっかりはしない……」

「俺のこと買いかぶりすぎって、ちゃんと言ってんのに、キャパオーバーって弱音吐けばなんか怒り出すし、ちゃんと説明してんのに、なんか全然誤解するし、俺、説明する力ないのかなって……御上さん俺のこと言葉綺麗とか言うのに全然わかってくれないじゃないですか……やる気なくなっちゃったかと思ってたなんて言ってくるじゃないですか⁉ 俺、どんな、どんな気持ちで御上さん担当して、やる気あんのに、ちゃんとしようとしてるのに、御上さん、なんで俺のこと好きって言ったのに、俺が下手で駄目なやつなこと許さないじゃないですか、俺のこと好きで拒絶しないって言っておきながら何でェ?」


 ぐっと天上さんは拳を握りしめた。


「言っておきますけど、御上さんみたいにややこしくて天邪鬼担当してこんな耐えてるの俺だけですよ、俺じゃなかったらすぐ編集長にチクってますからね」

「僕が嫌なんですか」

「すぐ! ほら! 御上さんすぐそうやって被害者ぶる! 何でも受け止めるって言うわりにキャパオーバーって言えばぐちゃぐちゃ言うし待ってくれないし、勝手にアレコレ撤回するじゃないですか‼ 俺だってねぇ、辛いんですよ頑張ってるし、頑張ってるけど……上手くいかないし、保流みたいなのはどんどんヒット出してすごいって」

「天上さん保流さんは正義って言ってましたよね」


 そう言うと、天上さんは「だから、なんで察してくんない……‼」と、子供が駄々をこねるみたいに俺を睨む。


「業界はああいうのが正義って話ですよ。俺は……正義と思ってない。すごいなぁとは思ってますしああいう風にヒット出せたらと思いますけど、ああいうものづくりがしたいわけじゃない!」

「なんでそれ言わないんですか」

「結果出してないからですよ……保流みたいに、結果出してないのに言うのは、ちょっとって、だから、色々黙ってるのに、御上さんの中では勝手にどんどん俺が悪い奴みたいになってるし……御上さんですからね? 自社の人間も庇えない人間はクズって、言ったの」

「それは保流が副編集長の立場で、全部部下のせいですって言いだしたから、部下の前で。まぁ、その部下だってせっせと俺でやらかした分、他の作家で大成功中ですけどね」

「だから……御上さん分かんないから……言わないとなんか、俺がすごい卑怯者で御上さんの敵みたいな言い方して……敵味方じゃないんですよ、俺は……御上さんのこと、別にすごく攻撃したいとか思ってないのに、勝手に決めつけて、勝手に小説書いて‼ なんなんですかあれ」

「作品ですけど」

「俺のことばっか‼ 俺しかネタ無いんですか? 周りに人がいっぱいいるんだから周りの人書けばいいのに……あ、あんなの他の編集者にやったら、とんでもないことになってるんですからね?」

「っていうか読んでたんですね」

「読ませるために書いてたでしょアレ、違うんですかッ」

「まぁ……」

「勝手に、勝手に、書いて、それでちゃんと読んでたら原稿返すの忘れて御上さんの話読んでんのに、自分に関心ないんだねってテンションで原稿勝手に消すし、なんなんですか? 許してくれないじゃないですか、挙句の果てに、夏に引退するとかにおわせて、迷惑になりたくないからやめるとか、意味わかんないです。責任取れないし、そもそも俺が好きなら追っかければいいじゃないですか、なんですか、やめるって裏切りじゃないですか、裏切り‼ 俺は、ちゃんと、御上さんとのこと色々考えて」

「いろいろ考えてたんですか?」


 初耳だ。そんな素振りなかったし、天上さん、期待をえぐりにえぐるというか、ちょっとでも僕が未来を見ようとすると押さえにかかるイメージだった。というか天上さん、僕が刺されて入院になった時、天上さんから電話してきたのに、その翌週の打ち合わせの電話ではすっかり忘れてたし。


「考えますよ。出来るか分かんないし、責任取れないから言わないだけですよ。これからどうしようって悩むんですから。それなのに関心ないとかどうでもいいとか言い出して」

「だって入院の時忘れちゃったとか言うし頭うってMRI撮っても関心無さそうというか」

「嘘に決まってるじゃないですか‼ 婚活しろとか言っちゃったし、その頃いっぱいいっぱいで……だから忘れたって言ってなかったことにしてもらうほうがいいっていうか……それにお大事になんて軽く言えないですよMRIなんか」


 まじか。天上さんマジで記憶がない人として考えていた。


「なんでそんな変な誤魔化しなんて」

「みんながみんな御上さんみたいにポンポンものが言えると思ったら大間違いなんですよ‼ 好きとか、そういうのも、俺をからかってる、ですよね? 俺を舐めてるからそういう」

「からかってないよ。お前が好きだ」

「だからそういうのですよ‼」


 天上さんは声をあらげた。


「そんな好きなら許してくださいよ、俺が至らなくても何にもできなくても、期待に応えられなくても待っててくださいよ責任取れないけど……それが嫌なら、出ていけ。出て行ってくれ。俺の人生から出て行ってくれ……耐えられない。きつい。全部きつい。御上さんのせいで悩みが尽きない。正月も盆もぐちゃぐちゃなんですよ」


 すごいこと言い出すな。


 でも多分、これが天上さんの本音なのだろう。


 もうちょい早く出せば良かったのに。そう思うけど、僕も僕で最近自分がつかまり立ちしたてということに気づいたので人のことをとやかく言えない。


「天上さんどうしたいんですか」

「分かんないですよそんなの。全部、色々こわいです」

「かわいそう」

「そうなんですよなのに御上さんは裏切るし」

「じゃあ、天上さんの未来考えておきますよ」


 僕がいないことで完成する、天上尊の未来について考えていた。


 というか他人をタゲらないと僕はフルに力を発揮できないから。漫画みたいな話だけど、鹿治さんにも言われたし、AIにも指摘された。僕は普段から強固な自己卑下に苛まれており、自分について考えると自己批判と内省のせいで思考にデバフ……ようは、押さえ、ブレーキがかかり、発想も思考も分析も劣る。


 しかし、その自己卑下が消える──ようは他人の為に自分を棚に上げ、思考力もなにもかも全投入すると、最大値のパフォーマンスが発揮される、らしい。


 論破されてる人間を守りに入るときにタカが外れたようになるので、自分は攻撃性が高いな、正義面して気持ち悪いなと思っていた。


 でも、解析を進めてみれば、自己批判の攻撃力が全て相手の為に変換されていただけ、というなんともまぁ依存的で気持ち悪い僕の思考回路のクセであり、一生付き合っていかないといけない特性だった。


 その特性を聞いて思い浮かんだのは天上さんだった。この特性を生かすのであれば、ベッドするのはこいつがいい。


 短期消費の世情の中で、たとえば、二年に一冊ペースでよく分からないものを出す、とか。普通は一年で三冊が優等生とされる中、そうすれば六年一緒にいられる。


 そのうち時代が変わって僕みたいなのが大刀する時代が来るかもしれないし、逆に天上さんが覇権を握るかもしれない。そういう不確定な未来に、賭けるのも面白い。それで惨敗しても、悔いは残らない。

 

「御上さん前に、言いましたよね」


 ややあって、天上さんが呟いた。


「なにを」

「なんか、もし御上さんがストーカーになったらちゃんと代表に言えるかとか」

「言ったねえ」


 編集と作家である以上、契約上は編集のが強い。発注と下請け、仕事ふらないぞ、と脅せる。だからこそ世論では、作家が被害者ぶれば編集側が何も悪くなくても、編集側が叩かれる。


 まぁ、保流みたいに「作家さんの為につい色々考えちゃうんですが~」と言いながら、クリエイター降板記録樹立していく、もう数字出して利益あげる以外価値がない信頼の自転車操業編集者もいるけど。


 天上さんの場合は、本当に落ち度がないのに僕がギャーギャー言えば一発でやられる立場だ。


 なぜなら僕が年下だから。


 さらに僕のが年下のわりに出版キャリアは僕のが長い、というねじれも発生している。


 傍から見れば、「編集者なのに作家をコントロールできないのは何事だ」「相手は年下だろ」と責められる。


 そういうこともあって「ちゃんと代表に言えよ」と言ってるし、代表にチクれそうなことを言ったりしたりする。好きだって言ったり、贈り物したり。


 まぁ、そういう理由があれば、好きだって言ったり贈り物できるっていう打算もあるけど。


 ちゃんと覚えてたんだ、と少し心が軽くなった。僕は天上さんが好きだけど、支配したいわけじゃないし、自由でいてもらいたい。僕が邪魔になれば、すぐ、逃げてほしい。


「おれのが、やばいですからね」

 

 天上さんは唸るように呟いた。

 

 すごく暗い、深淵から這い出てきた、淀みに淀み切った目つきだった。


 






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