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 僕──御上望は、先日、天上さんに対して失言をした。


 きっかけは普通に電話中、色々天上さんの会社あるあるだなーと思うことがあり「どうでもいいです」と言ったら駄目だった。明らかに空気が変わった。


 前も界面活性剤──保流(ほる)副編集長と揉めたのがよぎり、天上さんに「保流みたいにやる気ないのかと思った」と言って、「保流みたいにって?」と聞き返してきたので、「作品そのものへの関心が薄い」と言ったら「そう思うならそうなんじゃないですか?」と珍しく強気に返してきたことがあった。


 あれと、多分同じ。


 やる気を疑われるのが嫌なのだろうか?


 というか僕がやる気ないの、嫌なのだろうか。


 一応メールで天上さんと制作についてはどうでもよくなく、自分に対してですと答えた。実際そうだから。僕はどうでもいいし、結局話の内容は未来的というか、普通に天上さんの会社の今後のことだったので、どうでもよかった。


 だって僕は、前の担当者──界面活性剤こと保流副編集長のとき、死ぬほど宣伝したり、原稿書いて、スケジュール最優先で動いていたし、愛想良くして、コンテストいっぱい応募して受賞してなんとか実績作って、事前確認とか、なんていうんだろう、制作のすべてにおいてガン無視だったのでそういうの少しでも減ればと思ってたけど、そもそも制作にカウントされてなかったという前例がある。


 普通に祝い事とか打ち上げとか、保流副編集長は絵師と漫画家さんだけ祝ってたらしいし、別の作品でも同じことしてたし、そういう人だから。制作にカウントされない。普通は一つの会社で実績出せば、ある程度評価される。未来に繋がる。でもそれが無い。未来に関係ない。保流と揉めたこと、保流の担当作を把握していることで、「SNSに書かれたら嫌だな」「小説として暴露投稿されても困るな」「そうしたら会社の不評に繋がるな」の三点セットでかろうじて発言権を得ているだけに過ぎない。


 つまり僕が今、天上さんの出版社で著者扱いを受けているのは、僕が作家だからじゃなくて、保流を守る為でしかない。天上さんが色々聞くのもトラブル防止である。あと、編集者の仕事が好きだから。


 だから、結局のところ、会社の未来には関係ないし、天上さんの未来にも影響がないので、どうでもいいと答えた。


 でも、天上さんの返事が明らかに違った。


 今までの流れを推敲していく。


 だって普通に僕が「天上さんやる気ある! 嬉しい! 一緒に頑張ろうね」みたいなテンションでいたら絶対嫌がるだろ。「重いしそんなやる気向けられても困る」というのが見て取れる。そもそも、僕みたいな人間に「やる気あるよね」と期待されて喜ぶ人間いるか?


 というか僕が天上さんのやる気を疑うというか、「天上さんは僕の作品に関心が無い、頑張っているのは編集者の使命と会社貢献のため」というスタンスは、天上さん的にも会社的にも「弁えてる」と歓迎されるものでは。


 だから僕がどうでもいいって言っても、怒る理由がなさそうというか、何が嫌なんだ、天上さんは。


 職場で事の顛末を話すと鹿治さんは「それは怒るでしょうよ、御上くんが悪いよ」と即答した。


「なんで、だって天上さん僕が熱意ないほうがいいでしょ。どうでもいいくらいのほうが扱いやすくていいんじゃないの?」

「天上さんは君がどうでもいいと思ってる対象が作品と読者だと思ってる可能性もあるし」

「読者はどうでも良くないよ。僕は僕がどうでもいいだけで」

「それでも、多分怒りは消えないんじゃない?」

「なんで? だって天上さんも僕に関心ないでしょ」


 視線を落とすと、鹿治さんは不思議そうに首を傾げた。


「打ち合わせではうまくやってたんじゃないの? どうして急激に冷めるの? 御上くん今年入ってからずっとじゃない?」

「そうですか?」


 聞き返す。鹿治さんは「自覚あるね、うっすら」と付け足した。


「御上くんショックだったんでしょ、去年の12月、天上さんに頼って、共有ありがとうございますで切られたの。というか、報われないかもしれないけど頑張ろうって言って断られたの」


 最悪の記憶がよみがえる。僕は「痛いですよね、今時間が巻き戻ったら絶対言わないのに」とため息を吐いた。


「君にとっては相当な勇気だった。誰かに併走を求めることも助けを求めることも君の人生にはないことだった。色々頼み事はしてきたけど、断られて当然という期待値の低さでやってきたのに、その瞬間だけは祈りだった。今まで会社のことがあって信じたくないのに、ここで信じないと多分これから何か大きなことをするときに、どうしても引っかかる。だから君は一世一代の勇気をもって、天上さんに伝えた」


「……」


「結果、駄目だった。君の中で天上さんならもしかしたら一緒に頑張ってくれるかもしれない、の前提が狂った」


 鹿治さんが僕を見据える。


「天上さんからすればこれからもっといろいろ求められたらどうしようと思ってたんだろうけど、君はこれからなんて一つも見てなかった。天上さんが今までやってきてくれたことを、少しは、自分が書いたものを、やってて良かったと思ってくれてると期待していいですか、という質問だった。そこの確認をしなければ、未来なんか一つも見たくない。見れない。そう思ってたんだろう。君は自分の未来を絶対に見ない、見ることから逃げ続けてきた人だから。それを天上さんは知らなかった」



 僕は何も返さない。


 だって僕のことだから。


 その可能性を考えたことがないわけがない。


「天上さんは読者もいるのに、と思ってると思う。どうして読者を見ないんだろう、自分に執着するんだろう。読者を無視しているんじゃないかって。読者の為に書かないの? って。もしくは読者の為に書けるんだから自分は要らないだろうって。だから君たちは掛け違う」


「……」


「君は怖いんでしょう。読者を見ることが。保流さんが強行したメディアミックスで、君は三桁の誹謗中傷を受けた。それを一心に受けた。それも自分のファンからだ。保流さんに伝えたとき、共有ありがとうございました。お話しいただけて独下先生との距離が縮まった気がしますと返事されて、その後は、こちらでは誹謗中傷が確認できてないのでって突っぱねられた。そのあと保流さんが、天上さんから明るい、ハッピー野郎って呼ばれるようなポジティブモニュメントみたいな人だと知るたびに、相手をなんとか恨まないようにして、読者のことも編集者のことも信じず、期待せず、なにも受け取らないようにした」


 反論しなかった。


 全部合ってるから。


「だから君の、12月の一緒に頑張ろうは、読者と編集者を見てもいいかの祈りだった。自分で見てもいいと、成長して乗り越えて、前を向けるほど浅いダメージじゃない。保流さんの制作に耐えて読者の為にと一心に書いた結果、その読者に裏切者、作品を返してって言われた傷が、簡単に癒えるわけないんだから。そしてその後の理解しかねるが、君にとっては、決定打だった」


「……はい」


「それから君は、どうしようか悩みながら、全部静かに切っていった。天上さんに質問をしながら。もしかしたらと賭けて、天上さんに企画を出した。その合否はどうでも良かった。でも天上さんは代表に言えと言った。それが君にとってはたらい回しにされたとしか考えられなかった」


「はい」


「その後、天上さん二回くらい天上さんを試してる。天上さんに企画について聞いて、共有してほしくない情報を、CCの共有でさらし者にされた、君にとっては勇気のいっぽだった。天上さんは、多分それを分かってない。君が相当な勇気で何を話すか知らない」


「言っても重がられるしそこまでの熱意を持たれたくないですから」


「だから復讐してるの?」


「え」


「君は、打ち合わせのあと期待値を下げる。大幅に冷たいくらい。向こうは好感触だったと思っても、メールでは拒絶的、一応補足はしているけど、今回どうでもいいって言ったり」


「別に」


「前の天上さんみたいだ。打ち合わせをしたあと、君がやる気を持ってなんとか勇気を出してメールをするのを、そう言うの好きですよねって言われたり、普通に共有ありがとうございますで定型文で切り捨てる天上さんと、今の君は同じことをしてる。傍目に見れば打ち合わせでは楽しそうにしてるのにどうして? と思うだろう。気分屋なのかなと、でも君は12月からずっと、天上さんから一歩引いてる。どうでもいいはその結果で出たんでしょ」


「……」


「嫌だと思うよ、天上さん。君なにしたいか聞かれて、天上さんの仕事って答えたんでしょ」


「そうだよ。商業でしたいことは、天上さんと……フラれ漫画家さんと仕事することだから。それくらいしかない」


「フラれ漫画家さんのこともフラれてないよ。御上くん。御上くんが発作絶望起こして12月の天上くんのこともあって秒で警報ブザー鳴らしてシャッター閉じただけだよ」


「……そんな幸せなことは、僕の人生にないよ」


「周りからすれば御上くんは幸せのハードルが死ぬほど低いし、御上くん視点だと死ぬほど高いんだよ。社会科の先生にも言われたでしょ」


「どうだろう」


「責任取れるの?」


「なにが」


「御上くんはさ、天上さんに責任取らせる気微塵もないでしょ。夏は逃亡する気でいたし。おばあちゃんの件で全部滅茶苦茶になったけど。むしろ逃げようとしたくらいなんだから。天上さんがいざ失敗した時、挽回した後に消えるで一択でしょ」


「はい」


「天上さんが御上くんのために頑張ってるとかさ、君がフラれたと思ってる漫画家さんが君のことどうでもいいとは思ってないどころかついていこうと思ってた場合、逃げずにその場にいれるの? いていい場所が無いとか言って逃走しない? うちの事務所もやめようとしたでしょ」


「まぁ、必要とされるなら、頑張りますよ。やる気を持って。でもまぁ、天上さんなんかポーンと高跳びですよ。僕のことなんかどうでもいいから」


「でもどうでもいいで怒ってる」


「会社の人間がないがしろにされたみたいでやだったんでしょ。ちゃんと謝ったもん。というか誤解だし、俺は、俺の存在そのものが心の底からどうでもいい」


「じゃあ御上くんは、天上さんが御上くんが自分のことどうでもいいって言うのヤダって言ったらどうするの? そういう発言全部嫌だって言ったら」


「やめるよ普通に。でもそんなんありえないから」


「本当に? 天上さんが別に普通に御上くんの作品は、他の担当作と同じように大事だよ、だから御上くんが自分のことどうでもいいって言うのは、肯定できないって言ったらどうすんの?」


「そんなことあったら保流の靴べろべろ舐めますよ。保流の超キモクソ弟子のご自慢のお靴だってべっしゃべしゃ。天上さんの会社のフロアのど真ん中で天上さんのリクエストの子供向けの童謡全部歌いますよ。全力の踊り付きで」


「本当に?」


「するする。全然しますよ。めちゃくちゃ笑顔でするよ」


「本当に?」


「もちろん。なんなら、代表の前でやったっていいし」


「いいのそんなこと言って」


 鹿治さんは試すように見る。


「いいの?」


 鹿治さんは静かに聞いてくる。なんなんださっきからと思いながら、僕は大きく頷いた。


「するする。ありえねえから」


 そんな、未来は、起きない。

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