表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/105

つかまり立ちをする前に


 御上望。


 自分の名前を考えていると、全然真逆だな、とつくづく思う。普段自分の名前を意識してみることなんてないし、会社では名前を呼ばれる機会が多いだけで目にすることはない。


 逆にペンネームは視覚的に感知することのほうが多く、自分の名前の漢字すべてが育った自分と不釣り合いで情けなくなる。


 僕の名前と僕が不釣り合いなことを知っているのは、僕の本名を知っている人だけ。読者は知らない。


 だから、普通に同意を求める場所が無い。そもそも名前は気に入ってるけど、似合わないなと思う。そういう本音を理解する人間はいない。親からもらった名前でしょ、そういう正しさが付きまとう。


 こんなにも鬱々とするのは、死んだ祖母の手続きの諸々で、自分の戸籍謄本を見る機会があったから。提出した人間は父親だったけど、多分普通の人にはない親権という項目があり、父母提出のもと母親に親権が確定していた。


 出生から約260日のこと。


 赤ちゃんは可愛いというし僕も赤ちゃんは可愛いと思うけど、僕の父親はそうじゃなかったみたいだ。元々母親は父親について死んでたと言っていて、遺影が無いとか墓参りイベントが無いことから中学生くらいの頃に離婚らしいことを薄々感じ取ってはいた。


 でも自分の出生に関わった人間がほんの260日で自分に見切りをつけたと考えると、もう生まれて何十年も経過して学生ですらないのに、心に来るものがあった。


 祖母が死んだことは、正直家に帰れば「出て行け」としか言われないし、「お前は悪さばかりする」「邪魔だよ」「いなくなってよ」ばかりだし、お菓子を食べた祖母がそれを忘れ「警察呼んでやるからな」「そうしたらお前は終わりだ」と何度も何度も責め立てる日々から解放されたというのが大きい。


 その一方で260日、普通の子供が「大好きだよ」とか「元気に育ってね」とか言われてた時期に、全くそうじゃなかったことを踏まえると、なんかもう、自分がほとほと誰ともリンクできない人間に思えてくる。


 人間というのもおこがましい気がしてきた。


 社会不適合者とかコミュ障とも異なる、その土台にすら上がれない、深海に住む異物。そんな異物が果たして誰かの心を動かすことが出来るのだろうかと、自分の執筆感にも影響してきて、いや、絵師さんと漫画家さんだけ祝われて自分だけガッツリ省かれる人間には無理か、と身の丈を弁える。


 出版業界にいる以上経済的価値を提供できなければ意味がない。求められているのは利益。


 だから、普通にその後一生別れたとしても、あの時は確かに通じ合っていたかもしれないという瞬間が欲しい。今後、道が分かれても、何があってもあの瞬間だけは、自分は人と繋がれたと実感できる経験が欲しいと望む僕には、合わない。


 それを多分、理解者と呼ぶのかもしれない。でもそこまで高望みはしない。理解してもらえるような価値を提供できないし、僕がまず僕を嫌いなので、全部理解されたいというより、仕方ないと思ってほしいがまず上に来る。出来れば理解してもらうのが一番いいのだろうけど。


 特別に思われたい。でも大きな期待をされるのは怖い。いていいと思われたい。


 だから多分、僕の前には誰にも現れない。


 客観的に考えれば、手を差し伸べようとする人間は出てくるかもしれない。でも、第三者からすれば僕は手を出せば悪化するかもしれない爆発物であり、そのわりに可燃性が高い。攻撃性も多分ある。


 どうせ僕なんか価値が無いという建前の鎧なしに生きていけないから。


 だから天上さんのことを定期的に八歳児の自尊心と言うけど、僕は多分つかまり立ちも出来てない子供だと思う。普通に童貞だし。魔法使いになろうとしてるし。魔法使いになれたら童貞をぬいぐるみにする能力を手に入れて、袋にパンパンに詰めて走り回りたいと思ってるし。


 そしてこうして時折自分のことを茶化しながらじゃないと、話が出来ない。怖いのだ。途方もなく。


 本当の自分を出して拒否されたらというか、そんなはずじゃなかったをされることが多かった。言っても理解されないことなんて当たり前なのだから慣れればいいのに、中々慣れない。


 小説を書きながら誰か出てこないかな、分かるって言ってくれないかなと望みながら書く。


 そうしたら少しだけ一人じゃないって思える。その後に、もし大嫌いって言い合う日が来てもあの瞬間僕は独りじゃなかったって思える。


 そういうのをほんの少し見破ってくれる人が出てきたらいいなと思う。「御上さんはややこしいし、アレだけどちゃんと見てますよ」と。全然役に立たなくていいから、というか役に立つと気負うから、いてくれる人。許してくれる人。ギャーって怒られていいから、その後も「仕方ない」ってしてくれる人。


 それが僕の望み。つかまり立ちも出来ない僕の、存在証明。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
― 新着の感想 ―
彼の望みを肯定したい。もっと望んでほしいと思いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ