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ヒーロードラマ

消防士(変態)×弁護士



攻略対象異常の最新刊(10/1発売)の帯の推薦コメントを=LOVEの野口衣織様より頂きました。紙単行本限定です。よろしくお願いいたします。

 弁護士は法のエキスパートだと美化されがちだ。


 ドラマではヒーローな感じで描いてもらえて大変助かっている。


 でも現実は違う。


 海外線で働くパイロットの夫が全然帰ってこなくて、寂しかったです。将来を見据え、英語教育の豊かな幼稚園に子供を通わせていましたが、子供は幼稚園では静かなのに家に帰るとママ、ママとうるさく、とうとう家電に当たり散らしたり癇癪を起こすようになってしまったので子供をベランダに出していました。


 一回じゃありません。最初は駄目だと思っていましたが、習慣化していたかもしれません。


 それがバレ、離婚を切り出されました。夫は絶対に子供は自分が育てると言っています。


 SNSの投稿サイトではちょっと有名で、ささやかながら広告収入もあるのですが、それゆえに顔出しをしており、子供も出演しているので、どうしても親権が欲しいです。


 そういう女の弁護をしなきゃいけなくなるのだ。


 しかも日本の法制度だと、親権取得は母親に有利になっている部分が否めない。


 子供は母親が育てるものという固有価値観……が濃かった時代の影響だ。単純な話ではなく構造として昔は専業主婦が多く、亭主関白という概念も強かった。母親側はよほどのことが無い限り離婚を切り出しづらい。


 一方の夫側は収入があるので離婚を切り出す以前に優位性もあるし、妻に対して耐えられないところがあれば注意する。女は収入の面で耐えるが、それでも離婚を切り出す、いわば離婚裁判に至るまで行きつく例というのは、暴力を振るわれた、不倫など法に触れるようなケースなど、母親が親権を取れるものに集約される。


 原則過去の判例をもとに判決を下すという平等の采配が悪さをしており、母親に問題があっても父親側の親権は認められ辛い。そこへ夫側が暴力をふるっていたのに妻と子供に去られ、妻を子供を誘拐したと宣うケースも考慮しなければいけないので、クズ男女により法の清廉性が薄れるように見えるという最悪が起きている。


 依頼人がたとえどんな人間であろうと依頼を受けた以上、弁護人および法定代理人は依頼人の味方をしなければいけないので、自分の心を完全に殺す。


 こんなことのために私は六法全書を付箋だらけにしたのか。


 こんな人間の為に私は色んなものに折り合いをつけ耐えてきたのか。


 そんな虚ろを抱えながら働き、ちょっと悩みを打ち明ければもれなく飛んでくるのは業界外からの「結婚したらどう」という助言だ。


 こんなもの見て結婚なんかしたくなるわけないだろ。


 叫びながらハンマーで殴ってしまえば少しは気が晴れるだろうが、誰かの助言にハンマーで応戦するという選択肢が芽生えた時点で人としても法律家としても終わりなので、ジムに行くことにした。


 結婚という実用性の低い助言の他にも、筋トレしろがあったから。


 一番大きな理由は、裁判になったとき素手ならハンマーより刑が軽いからだけど。


「あ、お疲れ様です‼」


 職場の最寄り駅近くのジムに向かい、トレーニングルームに入って声をかけてきたのは夢野守といういかにもヒーローですみたいないでたちの男だ。


 戦隊もののブルーにいそうな感じ。


 前年のブルーがツンツンクールキャラだと翌年ブルーが柔らかくなるものだけど、そういう時のブルー。

 

 皆の頼れるさわやかお兄さん枠というか、


「お疲れ様でーす」


 私は軽く会釈する。私は健康増進のためだけど、夢野守は消防士をしており、休日までトレーニングをしているタイプの、いわばガチ勢だった。


 ジムに通い始めてから知ったけど、ジムにはヒエラルキーが存在する。


 私みたいな健康増進とか流行ってる、いわば初心者ミーハー層と、身体動かすのが好きという筋トレそのものが趣味枠、格闘家とか消防士で筋肉が無いと仕事にならない実用ガチ勢、ボディービルダーを目指してるプロガチ勢、あと普通にダイエットとかしてる美容系だ。


 そこに筋トレと筋肉に心を売った変態勢がいる。アニメとかに出てくるマッチョがそれ。


 でもジムに通い始めて、筋肉は全てを解決するとか、マッチョは精神が安定しているイメージは嘘だと知った。


 マッチョは管理栄養士などがつき、厚生労働省の指針のもと食事を管理している人工的マッチョの場合大丈夫だけど、野良マッチョはネットの情報に踊らされ、たんぱく質はとればとるほどいい、糖質は悪と、極端な食事生活により栄養バランスが崩壊しているのでメンタルもどうかしているのが多い。


 夢が壊れたし、正直心の虚ろは取れないけど、デスクワークが常な身の上としては、今後の健康の投資にはなったのかもしれない。


「補助必要になったとき言ってくださいね」


 夢野守は丁寧に声をかけてから、自分のトレーニングを始める。

 

 ジムの中は助け合い、という前提が根ざしている。トレーナーもいるけど別料金なのと、皆各々こだわりがあるのか予約制だ。


 私は最初の一か月入会金無料初心者コースの時にだいたいのトレーニングの仕方をトレーナーさんから学ぶプログラムが組み込まれていて、それらを履修して以後、一切の予約を入れてない。


 だってもう、関わりたくないし。


 歯医者の受付とかはいいけど、こういうジムのトレーナーとか美容師はキツイのだ。理由は分からない。仕事でクライアントと話すときは大丈夫。正直人によるけど。


 そして夢野守は、駄目な部類のはず──だけど、なんでか大丈夫だった。というか大丈夫になった。


 理由は、思わぬ共通項を見つけたから。


◇◇◇


「俺、全然大会とかあんま……どうしても頑張ろうって思えなくて、ごめんなさい」


 それは私がジムに通い始めて半年くらい経ったころだ。


 休憩中、夢野守がプロガチ勢に大会に誘われているところに出くわした。「食事制限とかもきつい感じで」と断っていて、中々勧誘もしつこかったので、「夢野さんすいません補助いいですか」と割って入ったのがきっかけだ。


「俺の名前覚えてくれてたんですね」


 ガチ勢が去って夢野守に言われて、しくじりを痛感した。それまで一度も話をしたことがないし、ジムで馴れ馴れしく接してくるキモいおじさんのSNS投稿がネットをにぎわせていたので、色々後悔した。


「あ、他の人が言ってたんで」


 実際、夢野守の名前を私が知っていたのは、変な気持ちがあるからではなく、トレーナーがちょくちょく彼を呼ぶからだ。それ以外に他意はない。


「ありがとうございました」


 そして夢野守は私の名前を知らなかったらしく、特に名字を声にすることもなかった。以後、関わり合うことはないと考えていたが、その日を境に夢野守はトレーニングの補助に関して声かけをしてくれるようになった。


 頼みはしない。だってそれ以降ルーティーン化しても嫌だし、一度してもらって、それ以降頼まなかったら、あの一回が駄目だったのかなと気を使われても嫌だから。


 夢野守が嫌、なのではなく、そういう構造が嫌。


 なので交流なんて深まらないはずなのに、夢野守はちょくちょく声をかけてくる。ジムをやめる理由にしてもいいかな、とふつふつ思うくらいだったけど、そのうっすらやりづらい感じ、要約すれば駄目なのが大丈夫になった理由が、共通点を見つけたことだ。


◇◇◇


「あの時、助かりました」


 ランニングマシンで併走されているとき、ぽつりと夢野守が呟いた。


 マシンを使いながら小声で歌っていたり、英会話の練習をする猛者もいるのではじめ、自分について言われてるか分からなかった。


 なんなんだろうなと横目に見て、夢野守の顔が直角でこちらに向いていたので、やべえ私に言ってんじゃんと危機感を抱き、私に言っていると理解したくらいだ。


「助けてもらうの初めてだったんで、こういう感じだったんだなって」

「どうも」


 夢野守が消防士をしていることは、ジム内の周知の事実だった。


 シニア向けキャンペーンで入ってくる明るいおじさんとかおばさんは、たいてい夢野守をターゲットにする。話しかけやすそうとか、頼もしそうという見た目と雰囲気に準拠した理由だ。


 そうしたシニアにタゲられた夢野守は「夢野くんって普段お仕事なにしてるの?」など悪意無き情報開示を余儀なくされ、コミュニケーションという大義のもとに個人情報をばら撒かれる。


 さらにそうしたシニアはふらっと飽きて一週間でやめるので、シニア向けキャンペーンのたびに夢野守の情報開示はセットで行われ、無関係の私の耳にも入ってくる。


「この間も、助けてくれましたよね」


 夢野守は言う。この間と言うのは、一週間前のことだった。


「今後どうしたいの?」みたいな具体性も抽象性もない質問を投げかけられた夢野守は、「将来のことちゃんと考えなきゃだめ」「やりたいこと見つけなきゃ」「だらだら生きてちゃダメ」という正論をバッティングセンターのボールみたいに投げられていた。


 基本的に質問には相手を知りたいという無垢と相手の答えを待って叩き潰したいの二種類に分かれるけど、後者寄り。私は「夢野さん補助お願いします」とやりたくもないベンチプレスを行い、正論妖怪を退けた。


「私もここで話せるような夢はないんで。やりたいことないというか。正しくないこと許されないじゃないですかこの世界。自分の好きなようにって言うけどそれが許されてる人間と許されてない人間がいるし」

「ふふ、ですよね」


 夢野守は暗く笑った。誰かの悪口を言う時の笑顔、みたいな独特な笑い方だった。


「俺も、ないです。というか、皆の望むように生きてきたんで、やりたいことまで求められても困るって言うか」

「ですよね。本当にやりたいこと聞いてくれてるならいいですけど、自分はみんなの意見を聞いてるのおかずにされたくないし」

「はは、志島さんそんなこと言うんですね。弁護士なのに」

「言いますよ。法廷じゃなければ」


 軽く返しつつ、違和感を覚えた。私は仕事のことも名前のことも言ってない。


 ただ弁護士である以上名刺も配るし顔も出る。女性採用のため、というだけでホームページにインタビューをのせられたりもするので、そういう理由だろう。


「じゃあなんかやりたいこと見つけたら協力しますよ」


 夢野守は「助けてくれたお礼に」と付け足す。


「じゃあ火事のとき助けてください」

「一番に行きます。何があっても助けます」


 ドラマみたいな台詞だ。冗談だとしてもこんなこと言われる日が来るなんて思ってなかった。


 消防士だから、こういうことを言うのは日常なんだろう。


 弁護士の場合、法があるし裁判で負けたときが怖いので、クライアントにこんなことは言えない。


 どんなに、お前だけは絶対に勝たせると思うクライアントにも、言えない。特別扱いが知られたら失格だから。寄り添いの言葉はかけられない。行動で、仕事で結果を見せる。


 でもその倫理で、果たして救えるかと、疑問を抱くけど。


「頼もしい」


 どうしても言葉に憧れがのってしまう。羨ましい。私も、そんな風に言いたい。何があっても助けるって。言いたいけど言えない。助けられないかもと、二の足を踏んでしまうから。コンプライアンス的に無理。そうやって折り合いをつけるけど本当のところは自信が無いだけだ。


「……なら、私も夢野さんのしたいこと見つかったら、手伝いますよ」


 ──役に立てるか分からないけど。


 一歩踏み出してみたものの、自信のなさが付きまとう。


 私には自信も自身もない。でも、ハッタリでも、ちょっとだけ変わりたい。


◇◇◇


 それから半年後、要するに現在。夢野守に対しての苦手意識はなく、普通に話す人になった。ジムの休憩が合えば、ちょっと込み入った話もする。でもその込み入った質が、明らかに変わってきた。


「ジムを作りたいんですよね」発端はそんな一言だった。「いいですね」と何気なく相槌をうったけど、問題はその後。


「風営法に引っかかるみたいで」と、夢野守は真面目に相談を始めた。


 風営法。ホストクラブとかコンセプトカフェとか、性産業に関わる法律だ。本来ジムと結びつかないそれが何で夢野守の口から発されたのか。理由は単純明快、夢野守が作りたいジムが完全に変態向け特化施設だったから。


 ホストクラブやキャバクラは、法律上では接待に伴う飲食の提供で認識されている。


 いわゆるえっちなお店は、法律上、マッサージとか入浴のお店であり、そこでえっちなことをするのは、客と店員の自由恋愛の範疇扱い。


 ゆえに何かあったとき、法律での介入は難しいケースがあり、そこに目をつけ店は悪さをする。そういうのを取り締まり、被害者を少なくしつつそれはそれで経営の自由もあり……と風営法があるけど、それに引っかかるジムというのは、もう、駄目だよねっていうのが、個人の感想だ。


 でも法律家として、きちんと法の下万物を平等に見なければいけない。


「どういう形態なんですか」

「マットになれるジムです」


 そうして夢野守は真面目に話した。風営法にひっかかるジム構想を。


 形状としては二階建て。二階にトレーニングルームがあり、その二階の床が、二階側からは見えないが一階側からは全て中の様子が見えるシステムらしい。


 刑事事件の発展性を考えたが、二階の利用客は一階から見えていることを全て説明し、そのうえでの利用を義務付けられているとのこと。


 さらに一階から見る人間は、いわばベッドのロフトみたいな構造で横たわり目の前が二階のジムの床と隔てられる形で、本当に床になれる。休憩用の椅子も床と同じような構造で、中に人が入れることができ、椅子になれることも出来るらしい。


 完全に風営法に引っかかるというか、営業が出来ないタイプのジムだった。えっちなお店は入浴という大義名分があるが、そのジムはもう、ただ見るだけとはいえ見るが目的になっている。芸術とか、ジムパフォーマンスと言える余地は、客が床になれるシステム、夢野守こだわりの、寝そべって見れるという視聴形態で全部潰されていた。


 弁護が出来ない。しかし夢野守は、エッチな意味でではなく、「床になって見たいんですよ」と、真面目に話す。無垢の目だ。


 私は一応、相談に乗っている。完全に果たしてはいけない夢の相談だ。叶えてはいけない夢。だって夢野守が捕まるから。最初の2~3か月は逮捕されず営業できるかもしれないけど、2年後くらいに絶対に検挙される。そういうものだから。警察は完全な証拠を掴んで動くので、何するにでも時間がかかる。誤認逮捕を出さないための徹底だ。だからしばらく営業できたとて、許しではない。


 一応、風営法を理由に指摘していくけど、中々難しい。落としどころがここまでない案件もないから。やったら捕まる。一見シンプルだけど、ずっとやりたいことが見つからなかった人間の夢だ。正しさでは絶対に救われない。


 夢をかなえることも難しいけど、夢を見ることもむずかしい。


◇◇◇


 夢野守がジムにいない日、私は知り合いと一緒にランニングマシンに乗っていた。


「御上さんはアニメ化とか考えてるんですか」

「会社が決めることなんでねえ」


 そう答えるのは探偵の御上さんだ。


 基本的に依頼主が持ってきた証拠は信用できないので、「探偵に依頼して浮気の証拠も揃えてきたんです!」と提出してきた証拠を探偵目線で捏造ではないか精査、こちらは裁判に使えるかで精査というダブルチェックを行う。


 私がよく頼むのが探偵の御上さんだ。そんな御上さんはペンネームを使って小説家をしている。お互い法の下、守秘義務があることから、ちょこちょこ込み入った話もする仲だ。


「御上さん自身はアニメ化したいとかあるんですか」

「読者が喜べばいいよ。でもさ、出版社の人間が実直なキャラを俺の愛のせいで炎が燃え上がってお前は火傷しちゃったって言わせるのを面白がったりとか、睡眠中の強姦表現があるものを小さな娘がいる副編集長がジュニア文庫で出そうとするという地獄が起きたし、俺がそれを訴えたところで副編集長は一生懸命だったんです、悪気はなかったんですって許される場で、でかいこと望めると思う?」


 御上さんは諦めた顔でランニングマシンを歩く。時速はゆっくりだけど歩いている距離は12キロ。延々とペースを乱さない。


 彼は何年か前、出版社とトラブルになった。編集者と揉めた。出版業界のあるあるだ。こちらもこちらでクライアントと揉めることはよくある。


「御上さんでトラブルが発生したのであれば、すでにその対策は出来ているのでは?」

「無理。悪気はなかった。やれることはやってたで終わってるから。皆知らないよ。現場であいつは地蔵で、会社の不手際でスタッフに俺がディスられようと沈黙。そういう時って編集がスタッフ側の事情を話したりして、作家側にあの人にも事情があるんだなって思わせなきゃ駄目じゃん。何にもない。元々作品について絶賛したのは自分がやったメディアミックスだけだよ。あとは感想すらなかった人なんだから。登場人物の名前出したことはない。俺との制作。というか制作も何も打ち合わせの場所すら全無視だから。しかも俺がそれを指摘しても、会社は俺が打ち合わせの場所ひとつ思い通りにしないと気が済まないやつって思ってる」

「天上さんは」


 で、うちの会社もそうだけど揉めれば担当が変わる。

 

「大変な事情があったで終わりだろ。そもそも会社人間だし身内に文句言う俺のことが無理だろうし。俺は株が下がるだけ。数とヒットが正義だから作家ぶっ壊して絵師ぶっ壊してもヒット作持ってる限り正義です。天上さん本人が言ってた」

「天上さん、というのはどういう文脈で言ってたんですか。その人が正義だと」

「ああいうのが正義なんですよって」

「声音と表情の査定はお済みでしたか?」

「査定してるけど、ああいう奴が正義の業界ってクソ、正しいと思うし認めるしかないけど納得いかない、って風に見えた──要するに僕に都合のいい見え方だったから、無にしました。自分に都合よく見えたものに関しては認知の歪みとして排除してるから」

「それもそれで認知歪んでますけどね」


 御上さんに突っ込む。御上さんは怖いのだろう。自分の為に行動しているかもしれない、自分に対してミリ単位でもなにか思いを持つ存在を認識することが。それは期待を持つことだから。期待をゼロに生きている人間だから。


 鎧を着ないまま、コミュニケーションが出来ない。


「御上さんは、天上さんが好きなんですよね?」

「好きだよ。でも僕ほら、作家の天上さんは敬う対象だけど編集の天上は併走対象だから、そこちゃんと分けてるよ。編集の天上の謎のビビりにちゃんとなんだお前はって思ってるし、天上ボーイについては普通に仕方がねえ奴だなと思ってる」

「御上さんにとっては天上さんはどう見えてるんですか」

「8歳のすっぽんぽんの子供、そいつは男、一般論で逃亡する癖のある成人済み、そいつも男、分析癖のある大学生くらいのやつ、そいつも男。14歳くらいの作家としてのあいつ、こいつは性別が分からん。あと30歳のべしょべしょ拗らせ男ですね。そこにさらに処世術カバーがかかってるし、あと何人かいそう。確実に23……26歳くらいの女も混ざってる」

「それを本人に言わないんですか?」

「言っても僕から見えた天上だから。それに、まぁ天上さんが動かないと僕はどうしようもないし、天上さん次第じゃない? 僕はもうきちんとプロットも原稿も出してたけど、それをねぇ、読まなかったのは本人のアレだし? 僕はもう動かずたーだ見てるから、それを本人のやる気次第ですよね、やる気ないなら仕方ないですよね、って逃げることだけは許さないだけ。僕のやる気が出るように試行錯誤して悩むのがあいつの仕事。それを怠り、自己保身の自慰をして間違い探しをしながら無意味な商業をして、副編集長みたいにこの失敗を取り戻すぞって永遠に自分から目を逸らし青春ゾンビをするのか、痛い思いしてバカだと思われても、お立ち台から降りて足掻くか、選ぶのは天上さん。俺は、なーんにもしない」

「男ってそういうものなんじゃないですか。弱いところ見せたくない、恥をかきたくないって」

 自分で言いながらも、これはコンプラ的に問題だなと反省した。

 男ってこうとか女ってこうとか。でも、男女のそういう決めつけをされるのも苦しいけど、決めつけちゃダメという流れも苦しい。

「なので僕は男として動かず、作家のやる気がないと編集はどうにもできませんからねってあいつが言った瞬間ハンマーでぶん殴るようにする、これが俺のしたいこととする」

「読者はどうするんですか」

「それみんな言うんだけどさ、商業でやる以上、編集は必須じゃん。読者はいるって言うけどさ、読者が校正原稿チェックして改稿作業するか? っていう。てめえの自尊心逃げに読者の名前出した瞬間ぶっ殺してやるからなっていう。でもそれ本人も分かってんのか読者いる、は絶対に言ってこないけどね。俺にマジで読者いない可能性あるけど」

「本当に御上さんは天上さんのこと好きなんですか?」

「好きだよ、俺は、誰かを好きで話をしたことはない。ありがたい、感謝してるだけ。誰かに好きって言ったことはない。人間そもそも好きじゃないし。同時に見返りも期待してないけど、天上村では好意と見返り期待セットっぽいのか僕の振る舞いがあれなのか、そういう奴に見られてそうだけど」


 御上さんは言う。


「見返りが無くていいって感覚って、どこから来てるんですかね」

「成功体験のなさかも。見返りが欲しいって思うのが正常だからね。夢を見る権利も体力もない」

「私もです」


 だから、夢野守の願いを叶えたいというか、それは駄目だよが言えない。


◇◇◇


 しばらくして、夢野守は「建築家の知り合いに聞いたんですけど、火災系の制限で駄目みたいです……」としょんぼりしながら夢の終わりを語った。


 正直、ほっとした。私は夢野守に肩入れしすぎて、どうしても彼の引導について関わりたくなかったから。でも同時に、逃げ続けてよかったのかと疑問が浮かぶ。


 ドスケベ変態ジム。


 夢野守の構想はそうとしか言えないけど、彼にとっては大事な夢だったから。


「じゃあ、別にやりたいこと見つけたら教えてください。手伝います」

「いえ、彼氏がいる方にはお願いできませんよ」


 夢野守は死んだような目で言った。


「彼氏なんかいませんけど」

「でも御上さんに告白されてませんでした?」

「いつ?」

「好きだよ、俺は、誰かを好きで話をしたことはない。ありがたい、感謝してるだけ。誰かに好きって言ったことはない。人間そもそも好きじゃないし──って」


 夢野守は御上さんの口調を模倣した。夢野守は普段はきはき、御上さんはダウナーの塊なので、違和感が強い。


「それ御上さん私に対してじゃなく別の人に対して言ってたんですよ」

「え、そうだったんですか」

「はい。私は付き合ってる人いないです」


 こんなドラマみたいな勘違いあるんだ。あと、夢野守はドスケベ変態ジムを考案する割に倫理観があるらしい。確かに彼氏いるというか相手がいる人間に仕事……経営の話とはいえドスケベ変態ジムの話をするのはアレだし。


「じゃあ、言うんですけど……ジムも駄目になったので、その、キッチンスタジオはどうかなと思って」

「キッチンスタジオ?」

「はい。基本的にジムの構造と変わらないんですけど、同素材で、調理台と椅子、実食台と椅子と床に人が入れるシステムで、うどんとか作って、それを見てる人間が食べられはしないけど食べてるところは椅子になって見れるキッチンスタジオです。勿論、調理者は合意の上です」


 夢野守はもっともらしく話す。


 でもジムだから駄目じゃなく、構造的に駄目なんだよな。


 第二の変態特化型施設の構想計画に対して、私は微笑むだけに努める。


 あとうどんって、なんでうどんなんだろう。何かのこだわりだろうか。そういうのってベタだけど肉じゃがとか、そういうのじゃないのか?


 蕎麦とは違うの?


 私は作業工程に思いを馳せる。


 あ、うどんだと踏むから? うどんは踏むイメージが強い。


 っていうか、ジムで話をしているから、ジムで何かしたいってイメージだったけど変態うどんスタジオに移行したということは、もしかして夢野守は、無機物として見たいが夢の根底にあるのでは。


 だとすると、筋トレしてる消防士が変態じみた発想をしているのではなく変態がたまたま消防士と筋トレをしてるで逆転してくる気が。


「本当ただ、あなたの姿が見たいだけなんですけどね」


 ぼそっと夢野守が呟く。


 ふつうは、多分「え、今なんて言ったの?」とか、物語あるあるで聞こえず済むのだろう。


 現実なのでガッツリ聞こえた。


 どうしようかなと思う。ドスケベジムおよび変態うどんスタジオの願いの根源に自分がいる。


 ドラマのセオリーで考えると、夢野守の完全なる願いごとを、私は叶えられる……立場になってしまっている。


 というか何かの解決方法について結婚を引き合いに出してきた奴は殺すと思っていたけど、今、結婚がものごとの解決の選択肢の第一等に躍り出てきた。


「ずっとそばにいられたらいいのに」


 夢野守は独り言をつぶやく。まるでドラマだ。


 私は全然ヒロインの資格が無いけど、それっぽくならないと風営法や夢野守逮捕の字面が浮かぶ。解決策は、ある。


 でも聞こえないふりをした。ドラマみたいに。


 まだちょっと、心の準備が出来ないから。

 


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