表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

5話 おねがい


 そうと決まれば、先手必勝だ。

 ステラは素早く荷物をまとめると、父に頼み込みに行った。


「お父様、ルイーズ姉様に会いに行きたいの」

 

 ぽっこり太った父は、眼をぱちくりさせた。


「お姉様は冬に体調を崩されたのでしょう? それのお見舞いに。

 ジェーンお姉様は旦那様がいますし、アルフレッドは勉強があるでしょう? お父様は仕事がありますし、お母様は足が不自由ですし……自由に動けるのは、私だけだわ。ね、お願い!」


 ステラは両掌を合わせると、父に擦り寄った。

 父は娘たちに甘い。長旅をさせることに悩んだようだが、案外呆気なく陥落した。


「分かった。でも、くれぐれも気を付けるんだよ。しっかりとした護衛を用意しないと」

「ありがとうございます。

 ちゃんと、我がクレイン家の騎士から選んでくださいね!!」


 ステラは咄嗟に言葉を付け加える。

 『気心を知れているから』とかいう理由で、エルが護衛に入ったら、計画も何も全て意味がなくなる。


「無論だとも! ステラに何かあってはいけないからね!」

「さすがお父様。私は信じてますわ!」


 ステラは父に抱き着いた。

 ふっくらとした身体に抱き着きながら、もし……この作戦が成功したら、父とも会えなくなることを思うと胸が締め付けられる。


「……お父様。ステラは、お父様のことが大好きです」

「ああ、私も大好きだよ」


 父は頼りない。

 だが、家族思いで優しかった。そして、娘たちには異常なほど激甘だ。


 そんな父を騙すのは、心苦しい。

 父だけではない。家族すべてを騙すのだ。


「ごめんね、エル君」


 もう一人の弟も。

 自分が彼の人生を縛ってしまったのかもしれない。

 自分さえいなければ、彼はもっと素敵な出会いがあって、よい縁に恵まれたかもしれない。

 モリーは「ステラを束縛してくる」と言っていた。束縛されるのも冷や汗が出るが、それ以上に、彼を結婚対象として見ることができないという理由の方が大きい。



 ステラがいなくなれば、他の女の子に自然と目がいくだろう。

 上手く姿を消せば、彼は追ってこないだろうし、幸せな一生を送れるはずだ。


「……私も婚活したいし」


 トランクを閉じる前、橙色の手袋が目に飛び込んでくる。

 「手袋」と言われなければ、いびつな形の袋としか見えないだろう。エルが最初に作った作品であり、記念にとくれたものだ。なんとなく愛着があって、捨てられなかった。


「これくらいなら、いいよね」


 家族の思い出が詰まった袋の中に入れてから、ぱたんとトランクを閉じた。




 出立までの数日は、家族との別れを惜しむことにした。

 父に甘え、母と観劇を見に行き、もう一人の姉に会いに行った。


「あー、私もルイーズ姉様に会いに行きたかったわー」


 姉のジェーンは残念そうに肩を落とした。


「私だって行きたいけど、西方が騒がしいでしょ? いまは夫が帰って来てるけど、またすぐに行っちゃうし。私まで長期の旅に出たら、ねぇ」

「義兄様は騎士団の副団長ですからね」

「でも、本当に平気かしら?」


 ジェーンは頬に手を当てる。

 

「だって、ステラは抜けているところがあるから……。

 逆に、ルイーズ姉様を心配させるような気がするわ」

「ちょっと酷いですよ、ジェーン姉様」

「事実じゃない。ほら、これを届けて。ルイーズ姉様が好きだったから」


 ジェーンは侍女に目配せすると、大きな箱を渡してきた。

 箱を手にしているだけで、ふんわり甘い香りが漂ってくる気がする。


「『金羊亭』の焼き菓子セットですね!」

「そうよ。間違っても、途中で食べないように!」

「子どもじゃないんですから」


 ステラが言い返したとき、侍女が「失礼します」と近づいてきた。


「旦那様がお帰りになられました」

「分かりました」

「帰る前に、私もお義兄様に挨拶をしますわ」


 ジェーンとステラは並んで玄関まで急いだ。

 すると、エントランスでは背の高い二人組が執事と会話している。1人はジェーンの旦那だとすぐ分かったが、もう1人の姿を見た途端、心臓が止まりそうになった。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ジェーン、ただいま帰りました。ああ、ステラさんも来ていたんだね」

「れ、レイモンドお義兄さま、お久しぶりです。えっと……」

「ん? ステラが副団長様の家にいるんだ?」 


 エルが心底不思議そうに首を傾げている。


「エルキュール君、久しぶりね」


 ステラが答える前に、ジェーンがエルに近づいて行った。


「ジェーン様も息災そうで何よりです」


 それより、と、エルの視線はステラに向けられている。

 ステラは咳払いをして、心を落ち着かせてから話し始めた。


「私はジェーン姉様に会いに。エル君はどうして?」

「私の部下だからね。夕食に招待したんだよ」


 レイモンド副団長が答えてくれた。


「彼は凄いんだよ。編み棒で器用に『鎖かたびら(チェインメイル)』を編んで、部下に配っているんだ。

 どこで覚えたんだ? って聞いたら、君から習ったって聞いてね。話が盛り上がって、夕食に誘ったという次第なんだ」

「チェインメイルなんて、教えた記憶ありませんが」

 

 というか、編み棒で創り出せるのか?


「私が教えたのは、ごくごく普通の手芸です。チェインメイルとか無理です。

 私ができるのは、マフラーとか手袋とか」

「ああ、知ってるよ。ジェーンが自慢してた。『ステラのマフラーほど暖かいものはない』ってね」

「だ、旦那様! それは、内緒にしてくださいませ!」


 ジェーンが顔を真っ赤に茹で上がらせながら制したが、時すでに遅し。

 ステラはしっかり聞いてしまった。


「姉様には『手作りよりブランドもの』としか言われなかったから、とっても嬉しいです」

「勘違いしないことね。他になかったから、たまたま使っていただけです」

「私の帰りが遅くなったときは、ステラの作ったウサギを抱きながら眠っているんだよ」

「旦那様!」


 真っ赤になったジェーンと爽やか笑顔の義兄と会話に花を咲かせていると、エルは不満そうに唇を尖らせていた。


「ずるいぞ、ステラ。

 俺には、ぬいぐるみを作ってもらってない!」

「いやいや、あなたは男の子でしょう」

「欲しい物は欲しい!」

「ステラ、大人げないわよ」


 ジェーンは話題を逸らしたいとばかりに、こちらへ話を振って来た。


「どうせ、馬車の中で暇なんだから。作る時間がたんまりあるじゃない」

「姉様!」

「馬車?」


 ステラが叫ぶのとエルが聞き返すのは、ほとんど同時だった。


「ステラはね、ルイーズ姉様のお見舞いに行くの。その道中、暇でしょ?」

「それは……そうですけど」

「なら、いいじゃない。はい、決定」


 ジェーンはぱんっと手を叩いた。


「そうか、では、私からもルイーズ様によろしくとお伝えしてくれないか?」

「ルイーズ様のところへか」


 相変わらず爽やかな副団長の隣で、エルが訝しむような目をしていた。

 一瞬、バレたか!? と思ったが、瞬きをしたら、すぐにいつもの無邪気な目に戻っていた。


「ちょっと遠いな……ステラ! ちゃんと行って、帰って来いよ」

「行ってくるね。エル君もレイモンド義兄様の部下ということは、数日後に西方へ行くんでしょ? お義兄様もエル君も、お気をつけて」


 ステラは、彼の言葉に応えるようで、応えなかった。

 死なないで帰って欲しいと心の底から思っているが、帰りを待つ気はさらさらない。


 ルイーズのところへ行くことがバレたのは痛かったが、遅かれ早かれ分かることだ。



 帰るつもり皆無のことは、絶対に言わないけど。




「そうだ、ステラ。せっかくだから、一緒に遊ばないか?」


 帰り際、エルが呼び止めてきた。


「いえ、私は……」

「駄目か? 戦地に行ったらしばらく帰ってこれねぇし」


 頼む!っと両手を合わせて拝んでくる。

 ステラは唸りながら目線を逸らした。


 これまでの話の流れから考えるに「断る」というのが正解だ。

 先日だって、結婚云々の話で頷きかけてしまったのだ。彼から逃げるためには、もう会わない方がいい。

 それなのに、ジェーンたちが


「ステラ、聞いてあげなさいよ」

「カヴァス君は戦場に行くわけだからね」


 と、エルを援護してくる。

 せめて姉には事情を話しておくべきだったと後悔しながら、ステラは目を泳がせた。


「うぅ……」


 もう一度、エルに視線を戻す。

 まるで、忠犬のように行儀よく「待て」をしているみたいだった。これで断ったら、しゅんと尻尾を落とし、悲しそうな顔をするのが目に見えている。

 ステラは、自分の決心がぐらぐらと揺らぐ音が聞こえた気がした。


「ステラだって、『ゆっくり編み物がしたい』って言ってたじゃないか!」


 それは確かに言った。

 子どもの頃の口約束ではなく、わずか数日前に口に出した言葉だ。ステラは色々と逃げ道を模索したが、結局、大きく肩を落とした。


「……いいよ」


 ステラは陥落した。

 ただ遊ぶだけだ。

 どうせ、このまま逃げるわけだし、第二の弟(エルキュール)の最後のお願いだと思って聞いてあげよう。


「よしっ、やったぜ!」


 にかっと笑うと、エルはわずかに屈みこみ、ステラの耳元で囁いた。


「約束、だからな」


 と。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ