3話 囲い込み
「ゆっくり編み物したいかな?」
ステラは答えた。
本音を言えば「自分以外の人と結婚をして欲しい」なのだが、まだ確証したわけではなかった。
というか、下手に頼み込んで藪蛇したくない。
エルが斜め上の解釈をして、
『ステラ以外の人と結婚しても、俺は幸せになれない。俺はステラと幸せな結婚をしたい! 18歳になってないけど結婚しようぜ!』
とか、言い出されてしまった暁には、シャレにならないからだ。
「ゆっくり編み物? それでいいのか?」
エルは虚を突かれたような顔になった。
「まあね。編み物しながらお菓子食べたり、エル君の武勇伝を聞いたりしたい」
つまるところ、いつもの日常である。
特別して欲しいことはなく、姉弟のように仲良く過ごしたかった。
「それだと、いつもと同じだろ?
たとえば、新しいドレスを買って欲しいとか、宝石を手に入れたいとか、気に入らない奴の首を切ってくるとか」
「さらっと、なに物騒なこと言ってるの!?」
ステラは目を剥いた。
前半部は貴族の御令嬢が喜びそうなことだが、同じノリで物騒なことを提案してこないで欲しい。
「あのね、エル君。私はそういうこと望んでないから」
ステラは大きく肩を落とすと、長く息を吐いた。
「ドレスも宝石とかいらないし、首なんて以ての外だから。知ってるでしょ?」
「ああ、知ってた!」
「だったら、何故聞いた!?」
ステラの困惑をよそに、エルは上機嫌そうに目を細めている。
「でもさ、わがままの一つや二つ、言ってもいいんだぜ?」
「うーん、それじゃあ……」
ステラは実弟に尋ねた調子で、とあるお願いをしてみることにした。
「エル君の男友達を紹介し――」
「それは嫌だ!」
即答された。
ステラの言葉を遮るように言い放たれる。エルは眉間にしわを寄せると、怒ったように睨んできた。
「ステラには俺がいるんだから、他の男なんていらないだろ?」
「いやいや、私は――」
婚活をしたい。
その言葉を口にしようとして、ステラは息を飲んでしまった。
赤く獰猛な瞳が輝いている。飢えた獣のような視線が、ステラを貫いていた。ステラは脚が地面に縫い付けられたような気がした。赤い瞳から目を逸らすことができず、口は水に打ち上げられた魚のように開いたり閉じたりを繰り返している。
「俺はステラ一筋だぜ? それに、約束したじゃないか」
「でも、あれは子どもの頃の約束で……」
「約束は約束だ。ステラは、それを破る気なのか?
それとも……俺を捨てたのか?」
エルはステラの耳元に囁きかけてくる。
耳に吐息がかかる距離で、ゆっくりと。ぞくぞくっと身体が震えたが、嫌な感じはしなかった。むしろ、変な声が出そうで、慌てて唇を噛みしめる次第だ。
この異常事態に頭の中で警鐘が鳴り響いている。ここで逃げないと不味い。どこまでも真剣な赤い目で見つめられ、もう一押しされたら、頷いてしまいかねない。
頷いたら最後、彼との結婚が決まってしまう。
それだけは、姉分として避けたい。
エルは弟にしか思えないし、思えないはずだ。
ステラは恋愛結婚がしたいし、そのために夜会で婚活をしているし、子どもの頃の約束なんて時効だし、彼の人生を縛らないためにした約束だったのに―――
「どうなんだ、ステラちゃん?」
もう駄目か、と思った、その時だった。
視界の端に、金髪が見えた。
金髪を優雅にくるりと巻き上げ、豊満な胸を調教するような青いドレスの美少女が視界の片隅に入って来たのである。
「ご、ごめん。エル君! 私、友だちを見つけたから!」
ステラは急いで断ると、一目散に友人のところへ駆けだした。
友人はステラに気付くと、大きなエメラルドグリーンの瞳を見開いた。
「あら、ステラさん」
「モリーさん、お久しぶりです!」
「気軽に、モリーでよくってよ。会えてよかったですわ。私、あなたとお話ししたいと思っていましたの」
ステラとモリーは歩き始めた。
途中、手近なウェイターからドリンクを受け取り、壁の方へ向かった。このとき、ちらりとエルの方を確認したが、再び御令嬢たちに囲われていた。この隙に逃げなくてはいけない。
「ねぇ、モリー。せっかくだから、貴方の部屋で話しません?
ここだと、ゆっくり話せないでしょ?」
「別に構いませんけど……ステラさんはいいんですか?」
モリーは不思議そうに首を傾げた。
「いつも殿方様と話しすることに集中しているようでしたけど?」
「今日は良いんです、今日は!」
「そう? まあ、いいですわ。私も素晴らしき作品の数々を見せつけたいと思っていましたの」
モリーはすんなり了承すると、一緒に広間を出た。
さすがに、エルは追ってこれないだろう。ステラは広間から出ると、こっそり胸をなでおろした。
モリー・ライオネット侯爵令嬢。
今回の夜会主催者の娘である。兄同士の仲が良いことから、それなりに交流がある昔馴染みだ。仲が悪かった時期もあったが、女学校に入ってからは手芸部の先輩後輩として切磋琢磨し合い、友だちといえる仲まで回復している。
「それにしても、ステラさん。今日はどうしたのですか?」
廊下を歩きながら、モリーは心配そうに尋ねてきた。
「エルキュール様と仲睦まじく過ごしていたようにみえたのですが……」
「うわー……そう見えていたんですか」
ステラはグラスを持っていない方の手で、額を押さえた。
これも、エルの策略なのか? と勘繰ってしまう。
そういえば、以前、エルが「城の攻め方」に関する本を読んでいた。
ステラも後ろから読ませてもらったが、たしか「堅固な城を落とすには、まず周囲を囲む堀から埋めていく。堀を埋めたら、城は裸も同然。簡単に落とせる」とか書いてあった気がする。
ステラの周りの人々に「エルキュールとステラは仲が良く、結婚してもおかしくない」と思わせることで、攻略する城を落とそうとしているのではないか?
「……駄目だ。エル君がそんなこと考えるわけないのに」
ステラは首を横に振る。
すると、モリーはますます心配そうに眉根を寄せた。
「私で良ければ相談に乗りますけど?」
「実は……」
ステラは歩きながら包み隠さず話すことにした。
11年前の約束に始まり、エルがステラを婚約者だと思っているところまで全部話す。ちょうど、彼女の部屋の前に着いたとき、語り終えることができたが、その頃にはモリーの顔は蒼白になっていた。
「なんと、なんと恐ろしい……!」
「普通、11年間も生きていれば、好みは変わってくるでしょう?」
「11年間も……」
「可愛い女の子なんてたくさんいるのに、もっと他に目を向けると思って言っただけなのに。
もっとハッキリ断れば良かった。って、後の祭りか……」
「逃げましょう!」
モリーが手をつかんできた。
「ステラさんは、遠くへ逃げるべきですわ!!」
次回更新は10月18日18時を予定しています。